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原発の安全性は週1回48分の会議で決まった/人間の安全を議論しない原子力安全委員会

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原発の安全性は、週1回48分の会議で決まった 何も発言せずに年間1600万円報酬のやれやれ・・・
JB PRESS2011.04.22(Fri)伊東 乾
 手元に4月18日夕刻に行われた原子力安全委員会の議事録があります。この種の報告書を網羅的に見たわけではないですが、率直に言ってやや呆れました。
 原子力安全委員会、と名はついていますが、主として担当官僚の報告があり、それに質問があれば時折口を挟む。とは言っても大半は式次第通りに進み、この場で実質的な討議などはまるでない。
 「会議」は48分で終了、週1回の勤務で「常勤扱い」月給90万何がし、年収1600万ということは、やや下品な計算ですが1回の会議が20万円以上に相当するわけで、席に座っていれば1分当たり5000円のおひねりがつくことになります。
 全く発言のない委員さんは、ただ役人の話を聞くだけで25万円?
 まあ、まさか毎回、この種の報告を聞くだけではないでしょうけれど、ちょっと呆れないわけにはいかない「委員会」だと思いました。
人間の安全を議論しない委員会
 と同時にそういうものかという気もしたのは、大学の教授会の類と同じなんですね。事務方と委員長など首脳が内容は綿密に詰めておく。大半の人は当日座ってるだけで、多数決に1票を投じればそれで結構という図式。
 「原子力安全委員会が独自の調査団を現地に送っていないことが判明」というような報道を目にした気がするのですが、これが独自の云々という空気かどうか、議事録と各々の発言を見れば、問うのも野暮と分かる気がします。
 まあ、しょせんは長老会ということで、その他のすべてを捨て置いたとして、先ほどの「第23回委員会」議事録を見て、ほとほと「ひどいなぁ・・・」と思ったのは「人間の安全」という観点が1度も出てこずに、1回の会議が終わったことになっている、縦割り官僚制の最末期症状ですね。
 「炉の状態」が報告される。その確認をする。正規の仕事で、大変重要なことだと思いますが、そこでの健康への影響、つまり「人間の安全」がほとんど顧慮されない会議もある「安全委員会」。
 これでは、アリバイと言われても仕方ないでしょう。一応国の中では大切な位置づけになっているはずのものが、これくらい形骸化した状況で、いったいどうしようというのか?
 米国のエネルギー長官、スティーブン・チューは精力的な男で、自分で率先して手を動かして仕事に目鼻をつけていきます。昔一緒に仕事をしたことがありますが、よくできる人物で、1997年のノーベル物理学賞受賞者の、本物のプロでもあります。
 右の写真(省略=来栖)、腕まくりをして青年のように見えますが、これで60歳。いまは63歳と思いますが、我が国の名誉教授諸兄が完璧に茹で上がった風情のが多いのと、仮に好対照と言わなくてもおのずと知れるものがあると思います。
 ちなみに今見てみたら、以前大学でよくお見かけした斑目春樹さん*1とスティーヴンは1948年生まれで同い年でした。〈*1:斑目春樹氏=原子力安全委員会委員長〉
 スティーブンは物理の道具をゲノムなど生命科学に転用する端緒を開きました。そういう幅広の視点から、現在の福島の事態にも縦横に試算を発表しています。
 日本国内とずいぶん空気が違うのは、まあ後々の補償など心配して、などもあるでしょうが、基本的に文系官僚がシナリオを書いて、専門家先生にOKを取ったことにするという日本のテクノクラシーのベースが、緊急事態に即応していない表れと思います。
 企業であればこのまま放置すれば左前一直線確定という気がします。
放射能と健康被害:確定的影響と確率的影響
 さて、以下では「人間の安全」に関わる基礎を確認しましょう。私たち人間が放射能を浴びると、どのような影響が出るかを、整理しておきます。
 放射能とは、目に見えない妖怪などではなく、ヘリウム原子核(アルファ線)や電子線(ベータ線)、威力の強い光線(ガンマ線)など、私たち人間の体を形作っているのと同じ小さなちいさな材料が、強い勢いでぶつかって来るものでした。
 こうした小さな部品によるアタックは、私たち人間の「器官」や「細胞」にダメージを与えます。例えば、高濃度の放射性物質が確認された水に足をつけて作業していた人は「ベータ線熱傷」という火傷のような症状になりました。
 私たちは、熱いやかんに誤って触ってしまったり、高温の水蒸気が当たったりすると火傷を負います。また、夏に日焼けしすぎると、皮膚が水ぶくれになったりもしますね。
 日焼けの方は、太陽の光の中に含まれる紫外線が、私たちの細胞をアタックすることで起きる、やはり火傷に似た症状です。
 高温の水蒸気を吹きつけられる火傷というのは、強い勢いで飛んでくる水分子で皮膚や身体をアタックされる症状です。
 私たちの身体は、壊れてしまった細胞を修復するように、新たに遺伝子を読み出して、一生懸命修繕の作業に努めます。途中ばい菌が入ってきたりしたら、白血球などの免疫系も頑張って働くことでしょう。
 放射線被曝による症状が、こうした通常の怪我や病気と大きく異なるのは、極めて小さな部品である放射線が単に器官や細胞を破壊するだけでなく、私たちの細胞の中に収められている遺伝子までも、ずたずたに切ってしまうことがあるため、非常に危険なのです。
放射線は人間の自然治癒力をも破壊する
 普通の怪我なら、遺伝子に書き込まれた指示の通りに修復することで、怪我は癒え、傷口はふさがり、たとえ時間がかかっても回復することが期待できます。
 しかし、その回復のための筋書きが書かれた遺伝子まで傷つけられてしまうと、私たち人間が持っている自己保存の力、自然な治癒力そのものが働かなくなってしまう可能性がある。ここに注意しなければなりません。
 被曝線量の問題を考える時、覚えておくべきことは、短期間に集中して多くの線量を浴びてしまうと、単に器官や細胞が破壊されるだけでなく、それを修復する遺伝子までも数多く傷つけられてしまい、治癒の能力を失ってしまうこと。これが恐ろしいのです。
 こうした被曝量の目安として、シーベルト/毎時とか、シーベルト/毎年といった被曝の許容量が考えられるわけです。
 いまお話しした部分は、放射線を浴びると、短期的にまず間違いなく起きる「確定的影響」と呼ばれるものです。
 これとは別に健康への「確率的影響」が懸念されます。
 これは主として遺伝子へのアタックで起こるもので、元は自分自身の細胞の遺伝子だったものが、放射線によって遺伝情報の内容が傷つけられ、制御不能な細胞を作り出してしまうようになること、つまりガンなどが後になってから発症することが心配されるわけです。
 放射線被曝による私たちの健康への「確定的影響」と「確率的影響」は、どちらも放射線、つまり電子や光線などが極めて小さく、私たち人間の生命をコントロールする最も細かなメカニズムが異常になるため、細菌やウイルス、化学物質などによる他の病気と大きく違う危険をはらんでいるのです。
シーベルトとグレイ:疫学量と物理量
 原発の事故や核兵器の被害による被曝・被爆では、多種多様な放射性物質から様々な放射線を浴びている可能性があります。このため、1つの原因だけで病気を正しく理解することは容易ではありません。
 また、お医者さんの立場に立つなら、診療の目的は人を治すことであって、原因や症状を分類・整理することが医の本来の目的ではありません(医学が先にたち患者がサンプルと化すような事態は、医の倫理に照らしてあってはならないことと思います)。
 1945年の広島・長崎への原爆投下以降、核の悲惨な影響によって、多くの人が健康を蝕まれ、尊い命を奪われていきました。
 そうした診療情報の積み重ねから、どれくらいの放射能を浴びると、身体にどんな影響が表れ、どのような病気が懸念されるか、といった健康と病気に関する統計情報、つまり疫学情報が積み重ねられていきました。
 よく目にする単位「シーベルト」の裏には、こうした膨大な数の被爆者の悲惨な経験に基づく莫大な疫学的データが存在しています。そのことを、まず認識してください。
 先ほどお話しした通り、各地の線量計は物理的な方法で放射線の量を測ることしかできません。実際には半導体検出器やシンチレーションカウンター、そのほかの器具を使って電子や光を計測するだけです。
 そのようにして得られる、物理的に測定することができる「吸収線量」という数値があります。この単位がグレイ(Gy)です。
 いま、原子力発電所を設計する技術者の立場で考えてみてください。タービン建屋など原子力プラントを建設・維持するためには、コンクリートや鉄など、建築材料が放射能によってどれくらい脆くなるか(脆性破壊試験)、といったデータが必要になります。
 そこで、素性の分かった放射線を鉄やコンクリートに照射して、強さの変化を調べます。
 この時、鉄やコンクリートなど物質1キログラムに対して放射線が1ジュール[J]の「仕事」をした時の「吸収線量」を1グレイ[Gy = J/kg]と言います。
 この「仕事」という言葉は高等学校の物理で教えるエネルギーの単位で、分かりにくければ熱量、カロリー[Cal=J=m×kg m/s2]と同じものと思っていただいてかまいません。
 「1グレイの吸収放射線量」というのは、鉄が浴びても、コンクリートが浴びても、はたまた人間が浴びても、物理的な量ですから変わりはありません。
同じ放射線を浴びても受ける側によって被害が異なる
 しかし、それによって照射された側が受ける影響は大きく違ってきます。コンクリートと鉄が各々1グレイの放射能を浴びて、どれほど強度が変わるのか、細かなことは知りませんが、人間が1グレイの放射能を浴びると、かなり健康に影響が出てしまいます。
 ここで放射能にもいろいろな種類があることを思い出してください。同じ1グレイつまり体重1キロ当たり1ジュール分の「熱量」を放射線から受けるとしても、アルファ線(ヘリウム原子核)によるのと、ベータ線(電子線)によるのと、X線やガンマ線(高エネルギーの光線)によるのとでは、影響の度合いが違います。
 これが陽子線や中性子線でも、各々また違ってきます。
 そこで、原爆病の治療などの過程で、いろいろな種類の放射線1グレイを浴びた時、それがどの程度健康に影響を及ぼすかを見積もるための、疫学的な値が工夫されました。それがシーベルトという単位なのです。
 基本になるのはX線、ガンマ線などの光線で、
1グレイ[Gy](光)=1 シーベルト[Sv]
 で換算します。またベータ崩壊で放出される電子についても、
1グレイ[Gy](電子)=1 シーベルト[Sv]
 と見積もることにしました。これに比べると、原子炉内で放射される中性子は、私たちの健康をより強く害する性質を持っており、
1グレイ[Gy](低速中性子)=5シーベルト[Sv](10KeV以下)
1グレイ[Gy](中速中性子)=10シーベルト[Sv](10−100KeV)
1グレイ[Gy](中超高速中性子)=20シーベルト[Sv](100−2000KeV)
1グレイ[Gy](高速中性子)=10シーベルト[Sv](2000−20000KeV)
1グレイ[Gy](超高速中性子)=5シーベルト[Sv](20000KeV以上)
 と中性子の持っているエネルギーによって健康に与えるダメージが異なっています。しばらく前に「ベクレル」は打率だけれど「シーベルト」は打点だと言ったのは、このことなのです。
 同じ1個の中性子でも、健康に与える被害の「打点」はエネルギー次第で様々に異なり、それを統計平均的に加算したものが「シーベルト」という単位なのです。
 アルファ(α)粒子は重く、また電荷を帯びているので、
1グレイ[Gy](アルファ粒子)=20シーベルト[Sv]
 となり、また重い原子核線を直接被曝したときのインパクトも、
1グレイ[Gy](重粒子)=20シーベルト[Sv]
 と計算します。
疫学量と物理量
 グレイが物理量であるのに対して、シーベルトが疫学量である、というのは、人間の感覚とちょっと似たところがあるかもしれません。
 例えば塩水を作るとします。いま塩水の濃度を2倍にしても、私たちはその「塩辛さ」を2倍とは感じません。人間に対する影響が物理的な変化と違う一例です。
 あるいは、ステレオのボリュームを上げて、出力のパワーを2倍にしたとしても、人間は決してそれを2倍にうるさいとは感じません。人の耳は精妙にできており、きちんと聴くことができる音のパワーは最小の音から最大まで10万倍もの幅があります。
 このため10倍、100倍になってようやく2倍くらいに感じる、ということも少なくありません(現実には音の高さや種類によってさまざまですが)。
 報道やテレビで1ミリシーベルトの線量が測定された、などと耳にしたら、それが「毎時」かどうか、また物質「1cc当たり」などなのか、それとも空間線量なのか、などに注意すべきだ、とお話ししましたが、さらに「シーベルト」という量そのものが、疫学的な情報によって見積もられた、便利のための数値である、ということを思い出してください。
 目的は、あくまで、私たちの健康を守ることで、数値は目安に過ぎません。より安全を見て判断、行動することが、何より大切です。
 私が冒頭の「原子力安全委員会」を問題以前と断じたのは、雰囲気でものを言うわけではなく、物理量ベースの議論だけでの「安全」で、臨床や疫学の量、つまり人にとっての安全という観点が(少なくとも上の回に関しては)ほぼ完璧に抜け落ちていること、そしてそれに特段、異論をさしはさむ空気もなく、議事がつつがなく進む様子を見て、この中に人間の安全という配慮は、全くないのだなと呆れ果てたというものでありました。(つづく)
〈筆者プロフィール〉
伊東 乾 Ken ITO
作曲家=指揮者 ベルリン・ラオムムジーク・コレギウム芸術監督
1965年東京生まれ。東京大学理学部物理学科卒業、同総合文化研究科博士課程修了。2000年より東京大学大学院情報学環助教授、07年より同准教授、慶應義塾大学、東京藝術大学などでも後進の指導に当たる。若くして音楽家として高い評価を受けるが、並行して演奏中の脳血流測定などを駆使する音楽の科学的基礎研究を創始、それらに基づくオリジナルな演奏・創作活動を国際的に推進している。06年『さよなら、サイレント・ネイビー 地下鉄に乗った同級生』(集英社)で第4回開高健ノンフィクション賞受賞後は音楽以外の著書も発表。アフリカの高校生への科学・音楽教育プロジェクトなどが、大きな反響を呼んでいる。他の著書に『表象のディスクール』(東大出版会)、『知識・構造化ミッション』(日経BP)、『反骨のコツ』(団藤重光との共著、朝日新聞出版)、『日本にノーベル賞が来る理由』(朝日新聞出版)など。


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