中国次期最高指導者、早くも躓く
特別レポート「弱すぎる男」習近平の悲劇
現代ビジネス2012年04月17日(火)週刊現代
中国の「次期皇帝」習近平とは、何者なのか。政治信条、性格、学歴など、その多くがいまだベールに包まれている。政権深奥への取材で、その実像に迫った産経新聞特派員・矢板明夫氏のレポート。
■失脚した幼なじみ
3月、中国では数年に一度の大きな政変があった。共産党の権力中枢を担う3つの派閥、太子党・共青団・上海閥のうち、太子党のトップランナーの一人と目されていた薄熙来が、事実上失脚したのだ。
中国では今秋にも、胡錦濤総書記から習近平への権力委譲が行われる見込みだが、この次期最高権力者である習近平もまた、太子党に属する。薄熙来の失脚により、習近平の権力基盤はどうなるのか---。
太子党とは、かつての共産党高級幹部の子弟を指す。親の七光りの恩恵を受けて、党内で異例の出世を遂げたり、若いうちから多額の金銭的利得を得るなどの特権を持つ人々のことだ。
彼らのもう一つの特徴は、幼少期から幹部専用住宅に住むため、互いに顔見知りで、広範な人的ネットワークを形成していることである。実際、習近平と薄熙来も幼い頃から面識があった。
両者の関係を示すこんな話がある。
習近平と薄熙来は、薄の方が4歳年上だが、幼稚園の頃から一緒に育った。薄熙来は喧嘩ばかりしている腕白なガキ大将で、一方の習近平は大人しくマジメな子供だった。
薄の弟が習近平をいじめていたという噂もあった。いわば二人は不良グループとマジメな子グループの代表で、習は薄に頭が上がらないという間柄だった。そのせいか、今でも習近平は薄熙来をどこか怖がっているふしがある。仲間でありながら同時にライバルでもある、そんな微妙な関係だというのだ。
ではいったい、薄熙来を失脚させたのは誰なのか。
薄は現総書記の胡錦濤、首相の温家宝らにとって邪魔な存在だった。というのも、彼は書記を務める重慶市で次々に保守反動的な政策を実行に移し、貧しい民衆の不満を煽りながら、現指導部と真っ向から食い違う政治方針を打ち出した。さらに、胡錦濤の腹心とも激しく対立していたのである。ここで薄を潰す決断を下したのが、現最高指導者の胡錦濤であることは確実だ。胡はずっと「薄打倒」のタイミングを計っていた形跡もある。
習近平にとっては、胡錦濤がライバルの薄熙来を倒してくれるなら悪い話ではない。それで、今回の政変では中立を決め込んだ。
ただ、習近平は複雑な心境でなりゆきを見守っているはずだ。薄熙来の失脚により、太子党全体には少なからずダメージがある。胡錦濤=共青団の力を見せつけられ、習の政権は発足後しばらく共青団に配慮しながらの運営を迫られる。習の権力は、スタート前にして既に揺らいでいると言っていい。
『習近平 共産中国最弱の帝王』(文藝春秋)が話題となっている。
中国残留孤児2世というルーツを持つ著者の矢板明夫氏は、産経新聞中国総局特派員として北京に暮らす。
中国の新たな最高権力者・党総書記に就任する習近平の素顔、生い立ち、政治信条は中国国民にさえほとんど知られていないが、氏は同書でその深層に迫っている。
現在の中国は、改革開放政策で経済的豊かさが増す一方、共産党一党独裁が続くという大きな矛盾を抱えている。そこで生まれているのが、共産党幹部と財界の癒着だ。
こうした状況下で薄熙来は、貧しい人たちの共産党・政府に対する不平不満を煽って、地元の金持ちの共産党幹部を捕まえて処刑し、自らはヒーローを演じるという政策を実行していた。
重慶に住む貧しい層は、これに拍手喝采を送った。
'10年に取材で重慶を訪れたとき、日本円で200円ほどの安価なマッサージ店に入った。すると、マッサージ師が「薄熙来は素晴らしい」と褒めちぎり始めた。「偉そうな奴ら、悪いことをして金持ちになった官僚は、みんな彼に捕まった。中国をよくできるのは薄熙来だけだ」と。
薄は捕まえた人を簡単に死刑にしたので、「でも、なにも殺さなくてもいいんじゃないか」と反論したところ、「お前は官僚の味方なのか。帰れ!」と怒鳴られ、マッサージの途中で追い出されてしまった。それほど一般民衆の間には官僚、特権階級への怒りが溜まっていた。しかし、その薄熙来は排除されてしまった。
■「消去法」で選ばれた男
一方の習近平が胡錦濤ら長老に選ばれたのは、彼が父祖を否定しない、いわゆる?赤い子孫?であり、安心できる人物だという理由が大きい。李登輝やゴルバチョフのような改革派では、せっかく作った国が民主化で潰れてしまう。薄煕来のように反発をせず、思想的背景もない習近平には、その危険が少ない。
もうひとつ、習は敵を作らないことに非常に長けた八方美人の政治家だ。温厚で、小さなことを気にしない。人を怒鳴りつけたりということは絶対にしない。
習近平とライバル関係にある共青団のトップエリート・李克強副首相は、ものすごく頭が切れるので、彼の部下に聞いた話では、失敗や不正をするとすぐに見破り、追及するという。
しかし、習近平は何も言わずずっとニコニコしている。だから、不正に気付いているかどうかわからず逆に不気味で悪いことができない。そういう力が、確かに習近平にはある。
習近平たち文革中に失脚した共産党幹部の子弟は、?下放?といって、思春期を農村での強制労働の中で過ごした。本の中では、以下のようなエピソードを紹介した。
〈(下放先の)梁家河村に着いた習近平だが、いきなり厳しい洗礼を受けた。持ってきた荷物を整理したところ、カバンからボロボロに乾燥したパンの残りが出てきた。「もう食べられない」と思った習近平はそれを通りかかった犬に投げ与えた。
うわさがたちまち村中に広がり、「腐敗分子の息子は北京で毎日贅沢三昧をしていたに違いない」と言われるようになった。
農地まで数キロの山道を歩かねばならない。農地に辿り着くだけで汗びっしょりとなった習近平は、それから一日中、腰を曲げて作業を続けることが何よりも苦痛だったという〉
急に農作業をやらされた都会のお坊ちゃんたちには、農民とうまくいかず挫折し、自殺する者もいた。
しかし、習近平は最終的に農民になりきり、村人の信頼を得て、20歳あまりで党支部書記(村長にあたる役職)を任されるほどになった。大物の片鱗、包容力があったのだろう。
習は、運も抜群にいい。かつて、江沢民派は上海市書記だった陳良宇を、胡錦濤派は李克強をそれぞれ後継者にしようと画策したが、'06年に陳を失脚させた胡錦濤は、李のことも強くは推せなくなった。両派ともダメージを受けたのだ。
そこで、江沢民派からも胡錦濤派からも「この人なら仕方ない」と、消去法で習近平が一本釣りされた。決して好かれないが、悪く言う人もいない。そういう時代の流れにもうまくはまって、トントン拍子で出世していった。
■何でも父親のコネ頼み
しかし、習近平にはかつての毛沢東や頳小平のように、強いリーダーシップを発揮したり、何か新しいものを生み出す力はない。政治理念もなく、とりあえず目先のことを問題なく回せればいい、そう考えている。
彼の境遇と人間性が垣間見えるこんなエピソードがある。
〈31歳の時、習近平は河北省の正定県の党書記を務め(中略)アミューズメントパークを建設し、観光客誘致に成功するなどして県の経済基盤を強化した。若手幹部としてそれなりの実績を残したが、(当時の河北省党委書記で習の上司の)高揚はそれを評価しなかった。革命時代にゲリラ部隊のリーダーだった高揚は、親の七光りで若くして県書記となった習近平のことを軽蔑しており、「業績は父親の人脈の力で作った」として冷たく当たっていた。
困り果てた習近平は(父親で元共産党幹部の)仲勲に相談した。仲勲は革命時代に面識があった高揚に対し、「息子をよろしく頼む」との手紙をしたためて送った。しかし、それが裏目に出た。高揚は全省の幹部会議で、手紙の全文を読み上げたうえ「父親の力を使ってこんな裏工作をしても無駄だ」と厳しく批判した。
周りの笑い物となってしまった習近平は河北省を去ることにした。父親の人脈を使い、翌年6月にアモイ市副市長へ転出するとの辞令を出してもらった。アモイは経済特区に指定されたばかりの都市で、その副市長のポストに、河北省という田舎から32歳の党委書記を持ってくることは大変異例な人事でこれはやはり父親の力で実現した。
習近平が高揚に「別れのあいさつをしたい」と電話をかけたところ、高は「あなたは党中央から直接の指示を受ける幹部だから、私のところに来なくていい」と冷たく拒否されたという〉
習近平は、その政治家人生の要所要所で父の威光を利用し、最短距離で出世街道を駆け上がった。
前妻にロンドン留学を勧められた際には、欧米留学の経歴が共産党内で「資本主義に理解がある」とみなされ出世の妨げとなりかねないと考え、これを断った。それが離婚の遠因ともなったという。中国の国内政治の中で、純粋培養されたエリートなのである。
各派の妥協の結果として頭角を現した習近平には、支持基盤もなく、理念もないため、今後さまざまな勢力に翻弄される恐れがある。私が彼を「最弱の帝王」と呼んだのは、建国以降最も強大になった中国に対し、彼の求心力がアンバランスなまでに弱いためだ。
現在のところ、習近平政権のほぼ唯一の権力基盤は軍である。軍内部に多い太子党の人脈に加え、現在の妻は少将の位をもつ解放軍所属の有名歌手だ。しかし道を誤れば、北朝鮮のように、ゆくゆくは逆に軍に呑み込まれかねない。
現在の人民解放軍は、政権を握る、戦争をするというつもりはなく、金儲けを中心に動いていて、資金さえ握らせれば大人しくついてくる。こうした状況は江沢民時代から続いているが、習近平政権ではそれがさらに顕著になる。
■日本には強く出てくる
中国経済は毎年10%近い成長を続け、今のところ政権は軍に潤沢な資金を与えて懐柔している。ただ、経済が失速してカネによる懐柔が不可能になれば、重大な問題に繋がりかねない。
また、近年の軍事費増大の背景には、海洋利権の拡大という思惑もある。中国はこれまで海軍力が乏しく、海外の利権には手を出せなかった。しかし今後は、軍事費が潤沢になり、新しく空母も建造し、次々に打って出るだろう。
軍の膨張は、こうした利権と密接に関係している。今までの中国はGDPばかりを誇っていたが、そのパワーが外へ向けば、圧迫されるのは日本や南シナ海の国々だ。
国内を強力に支配していた頳小平時代は、中国の国力が弱かったので、国内の不満を押さえつけつつ、外国に対して譲歩せざるを得なかった。それが経済成長をもたらしたという一面もあった。習近平の場合、国力は強大になった一方、国民を押さえる指導力は弱い。日本を含め近隣諸国にとっては迷惑な事態になる。
おそらく、習近平体制では対日外交も今以上、いや、徹底的な反日政策をとった江沢民時代よりも強硬になっていくだろう。
これまで中国が主張していた内容は「靖国参拝を中止せよ」「台湾政策に口を出すな」など、歴史的、伝統的な問題ばかりで、日本の国益と直接の関係はなかった。しかし習政権以降は、軍備をバックに東シナ海の利権、尖閣諸島、沖縄周辺の利権、レアアースなど、経済利益をめぐって対立を仕掛けてくるようになる。
そして、今後の中国は、おそらく引かないだろう。短期政権で外交素人ばかりの日本政府には、うまく対応できるとは思えない。
先日、習近平は民主党の鳩山由紀夫氏・輿石東氏二人と同日に会談を行ったが、内心ではきっと、鼻で笑っていることだろう。同じ党内で調整がついていないなど、外交の世界ではあり得ない。こんな簡単なことで国益を損なっていては、どうしようもない。
国内では脆弱な権力基盤しか持たない習近平が、唯一強く出ることができるのは、日本をはじめ近隣諸国に対してだけ。日本は、この新たな帝王にどう向き合うのか。それ以前に、正しい分析ができているのか。残された時間はわずかだ。(文中敬称略)
「週刊現代」2012年4月21日号より
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