強制起訴
日本の論点 文芸春秋編2012.04.27 更新
政治資金規正法違反の罪で検察審査会から「強制起訴」された小沢一郎・元民主党代表の判決公判が、4月26日、東京地裁で開かれ、大善文男裁判長は無罪を言い渡した。
起訴内容は、「小沢氏の資金管理団体『陸山会』が、04年に東京・世田谷区の土地を購入した際、小沢氏から4億円を借り入れたのに、これを収入として04年の収支報告書に記載しなかった。土地代金への支出(約3億5000万円)も、翌05年分の収支報告書に遅れて記載した。これらは収支報告書の作成に関与した元秘書3人と小沢氏の共謀による虚偽記載であり、政治資金規正法違反だ」というものだった。
これに対して、地裁判決は、04年分と05年分の収支報告書に虚偽の記載をした事実、ならびに小沢氏も内容を了承した点は認定したものの、それが意図的な共謀とまでは認定できない、と結論づけ、無罪とした。
09年の検察審査会法の改正後、検察審査会が「強制起訴」した裁判は、01年7月、兵庫県・明石で起きた歩道橋崩落事故(10年4月起訴)や05年4月に起きたJR福知山線脱線事故(10年4月起訴)など、現在6件が進行中だが、一審判決が出たのは、今回の「陸山会事件」が2例目である(1件は沖縄の未公開株詐欺事件)。しかも、判決は2例とも「無罪」となったことから、あらためて検察が不起訴にした事件を、検察審査会が"民意"にもとづく議決によって「強制起訴」できるとした、09年の法改正の意義が問われることになった。
もともと検察審査会は、占領下の1948年、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の主導による検察の民主化への過程で設置されたもので、検察が不起訴とした事件について、市民や犯罪被害者から申し立てにより、一般国民から選ばれた審査員で構成される審査会が審査し、「起訴相当」「不起訴不当」「不起訴相当」の議決をおこなうという機関だった。
しかも実質的な権限はなく、議決がおこなわれてもそのとおりにするかどうかは、あくまで検察の権限とされてきた。1948年から2009年末までに検察審査会が出した「起訴相当」と「不起訴不当」の議決、つまり検察が「不起訴」とした案件に異議を唱えた議決は、合計1万7000件以上にのぼるが、議決を受けて検察があらためて「起訴」としたものは、約1400件にとどまっている。
このチェック機関的なあり方を一変させたのが、09年5月、裁判員制度スタートと同時に導入された「強制起訴」(法律用語上は、「起訴議決」と呼ぶ)制度だった。これにより、検察審査会で2回以上「起訴相当」と議決されたとき、その事件は「強制起訴」になる、という拘束力をもつようになった。検察にとっては、これまで独占してきた起訴の権限(公訴権)の一部をもぎとられたかたちの制度改正だった。ちなみに、「強制起訴」の場合、検察官役は、裁判所が選任した指定弁護士が務める。
今回の「陸山会」事件がクローズアップされたポイントは、東京地検特捜部が、「小沢氏の4億円の出所は、中堅ゼネコン・水谷建設が胆沢ダム工事の受注にからんで渡した裏金」という見立てのもとに、政治資金規正法の虚偽記載を突破口にして、小沢氏の政治力の源泉である潤沢な政治資金の内実を暴こうとしたことにあるといわれる。しかし結局、検察は、その証拠をつかむことができず、起訴を見送った。これに東京在住の市民団体が異議を申し立て、東京第5審査会が10年4月と10月の2度にわたって「起訴相当」を議決したした結果、「強制起訴」となり、11年1月から東京地裁で裁判がおこなわれてきたというのがその経緯だ。
「検察審査会」は一般国民から選ばれた審査員が、これまでの検察調書をもとに審査して議決をくだすわけだが、今回の「強制起訴」は、「4億円を動かす小沢氏の背後には政治とカネをめぐるダーティな問題が必ず存在する」という前提が「民意」として反映されたといえる。
また、マスコミが総じて、そうした心証を後押しするような報道をしてきたのも事実だ。二度目の「起訴相当」の議決が出たとき、ジャーナリストの江川紹子さんは「小沢氏の政治手法や政策への批判は自由だ。政治家の場合、一般人以上に疑惑への説明が求められる。しかし、これほどまでに感情的な物言いで刑事司法の手続きが行われることを、賞賛してよいのだろうか」(『日本の論点2011』)と"民意の横暴"とマスコミ報道の危うさを指摘している。
もともとプロの検察官が詰め切れずに「不起訴」とした事件だけに、検察審議会の議決で「強制起訴」に持ち込んだからといって、裁判で新しい証拠が出てくる可能性は少ない。ただ、一審の判決文では、指定弁護士側の主張をかなり認めており、無罪といっても「限りなくクロに近いシロ」という内容だったのは事実で、民主党内には「日本の裁判は3審制。最終決着がつくまではわからない」(前原政調会長)と、小沢氏の復権を警戒して控訴を期待する声もある。
しかし、元東京地検特捜部副部長の若狭勝弁護士は、「新証拠がなければ控訴審で判断がひっくり返る可能性は低そうだ」(日本経済新聞4月27日付)と指摘する。09年に改正された検察審査会法には、控訴についての明確な規定はない。控訴するかどうかは指定弁護士が自ら決め、通常の刑事裁判と同様、14日以内に判決を出した裁判所に申立書を提出しなければならない。さらに新証拠調べも、同じ指定弁護士が担当することになる。
控訴へのハードルはかなり高いが、同じ「強制起訴」で一審無罪判決の出た沖縄の未公開株詐欺事件では、指定弁護士が控訴した。今回の「陸山会」事件の控訴期限は5月10日。控訴するか否かで、今後の政局は大きく変わりそうだ。
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「強制起訴」/陸山会事件の控訴期限は5月10日/新証拠調べも、同じ指定弁護士が担当することになる
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