チャイナ・ウォッチャーの視点
日本企業が直面する「黒社会・中国」での新たなリスク 民営企業を狙い撃ちする地方政府
WEDGE Infinity 2012年05月08日(Tue) 阿古智子(早稲田大学国際教養学部准教授)
「国進民退」という言葉を聞いたことがあるだろうか。中国語で「国有企業が進み民営企業が退く」という意味である。
■民営企業を次々買収し、潤う国営企業
中国では近年、大型国営企業が民営企業を次々と買収し、海外投資や事業の多角化を進めている。2008年末に中央政府が4兆元規模の景気対策資金を投入したが、最もその恩恵を受けたのは公共事業を請け負った大手の国有企業だった。
金融緩和で国有企業は資金調達も容易になり、順調に経営状況を好転させているのに対し、銀行から資金を借りることができず、民間の高利貸などに依存する民営企業は、景気が悪化すればたちまち経営基盤を崩してしまう。その上、近年批判の的になっているのが、地方政府が公権力を濫用し、民営企業の財産を奪ったり、人事や経営に口を出したり、ひいては企業の役員やその家族を逮捕し、重い刑罰を科したりするという問題である。
■自殺、失踪、冤罪、死刑に追い込まれる民営企業家
民営企業が不当な扱いを受けるという状況はずいぶん前からあるが、最近、この問題に関し論争が沸き起こっている背景には、主に3つの事情があると考えられる。
1つ目は本コラムでも度々報じているが、重慶市を中心とする「打黒」(黒社会撲滅運動)の広がりによって冤罪が大量に生じた可能性があるということ。民営企業家のなかには十分な根拠がないにも関わらず「黒社会」(やくざ組織)を主導しているとされ、処罰される者もいる。2つ目は、浙江省温州市などで金融危機の影響をもろに受け、債務返済が滞った民営企業家の自殺や失踪が相次いだこと。3つ目は、「違法集金詐欺罪」で一審・二審共に死刑判決を受けた女性企業家・呉英の事案が大きな話題となっていることである。
■呉英の死刑判決 一審・二審は差し戻しに
呉英とは浙江省に本部を置く「本色集団」の法人代表で、07年2月、一般大衆から違法に7億7000万元の資金を集め、3億8000万元を返済不能に至らしめた容疑で逮捕された。
09年の一審は違法集金詐欺罪で死刑判決、12年1月の二審も一審を支持したが、つい先日の4月20日、最高裁判所が死刑執行を承認しないと発表し、浙江省高級裁判所に判決を差し戻した(中国では死刑執行は最高裁判所の審査を経て最終的に決定される)。過去の事例を考えると、死刑判決が差し戻された場合、執行猶予付きの死刑判決や無期懲役になることが多い(執行猶予付き死刑の場合、受刑者が執行猶予期間中に問題を起こさなければ無期懲役に減刑される)。
■死刑判決は「役人の保身のため」
農民家庭に生まれた呉英は、美容技術を習得して美容サロンチェーンを展開し、26歳で総資産38億元を築いた。全国各地に人脈を開拓し、不動産や商品先物市場など様々な投資ビジネスに手を伸ばしていった。
しかし、高利貸への依存、放漫で無計画な事業経営、浪費生活を続けた結果、損失の補填ができないまま借金で金利の支払いに充てるという自転車操業に陥った。呉英の代理弁護人によると、保有する不動産などを売却すれば借金は返済可能だったにもかかわらず、呉英は突然、地元東陽市公安局に身柄を拘束されたという。呉英は裁判の過程で賄賂を送っていた役人の名前などを明らかにしているが、一方、東陽市の役人十数人が呉英の死刑判決を支持する旨の文書を裁判所に提出している。「役人は自らの保身のために呉英を死刑に追いやろうとしている」と憤る声が次々に寄せられた。
■呉英は詐欺を働く意図があったのか?
呉英の事案の主な争点は、金を不特定多数の一般大衆から借りたか、詐欺を働く意図があったかどうかにある。呉英は11人から金を借りているが、いずれも旧知の仲介人や金融業者であり、「一般大衆」とは言い難い。高級な車や宝石を買い漁っていた事実があるが、呉英側は、それらは手掛けていたブライダル事業などに利用する目的であり、詐欺目的ではなかったと主張する。
刑法199条は集金詐欺罪に関し、その金額が極めて莫大で「国家と国民の利益に特に重大な損失を与えた」場合は無期懲役か死刑に処すとしている。一方、192条は「違法に占有することを目的に詐欺的方法で違法に出資を募り、その金額が大きい場合は5年以上の懲役或いは15日以上6カ月以下の拘役(短期の労役)及び2万元以上20万元以下の罰金とする。金額が特に大きいか、状況が特に深刻なものは、10年以上の懲役或いは無期懲役とする」と規定する。
呉英を死刑にするなら、国家と国民に大きな損失を与えたことをどのように証明するのか。そもそも経済犯罪に死刑という極刑を適用すべきなのか。銀行が金を貸さないから中小企業は民間金融に頼らざるを得ないのではないかという声が上がっている。
■「違法集金詐欺罪」で死刑執行された者も
呉英のケースは様々なメディアに取り上げられ、広く注目された。最高裁判所が死刑判決を差し戻したのは、世論の高まりが背景にあるとも考えられる。
しかし、これまでに呉英と同じような罪状で重い罪に問われ、既に死刑が執行された事例もある。雑誌『財新』のウェブ版が整理した資料によると、1993年から2011年までに21人が数千万元から数十億元の資金を違法に集めたとして、違法集金詐欺罪や違法経営罪、違法公衆預金吸収罪で起訴されている(90年代の2つの事案は違法集金詐欺罪がなかったため汚職罪や賄賂罪が適用されている)。そのうち、死刑判決は10件、執行猶予付き死刑判決は1件、懲役刑は6件である。この数字は公開データのみを整理したものであり、実際はこれよりずっと多いと見られる。
■これだけある「量刑の開き」
京衡弁護士集団(本社・浙江省)の代表を務め、司法改革論争の著名な論客でもある陳有西弁護士は、12年2月7日、北京で開催された「金融秩序と司法公正研究会」において、自ら弁護人として関わってきたものを含め、いくつかの関連の裁判を紹介している。
そのうち、浙江省の企業について見ると、麗水市の某女性経営者の7億900万元の違法集金詐欺罪については、既に死刑が執行された。55億元の違法集金詐欺罪に問われた銀泰不動産の場合、一審は死刑で、現在上訴中である。38億元の違法集金詐欺罪で5人の理事長が逮捕された天一証券の裁判は、被告に有利に進んだ結果(陳弁護士が弁護を担当)、4人の理事長が刑事処罰を免れ、総経理は懲役2年、執行猶予3年に処された。
負債額20億元(うち民間高利貸からの借金は8億元)の南望集団と同25億元(同10億元)の華倫公司については、民事手続きを通して解決したという。負債額22億元(同10億元)の温州泰順県の立人集団については、経営者が居住監視(法的に定められた拘留施設以外の場所で監視を行うこと)の状態に置かれている。
このように、同じ違法集金詐欺罪に問われる場合でも、数年の懲役刑から死刑まで科される量刑に大きな差がある。また、刑事責任を問われるケースもあれば、民事の破産・再生手続きを行う企業もある。
■「鬼の洗顔」、「ロケットに座る」 拷問で自白の強要を迫る
民営企業家は違法集金詐欺罪などの重い罪を着せられるだけでなく、さまざまな手段によって苦境に陥れられている。ここに具体例を2つ紹介しよう(*主に雑誌『財新』、2011年第11期の記事を参考にした)。
1つ目は、ひどい拷問で自白の強要を迫られた自動車販売会社・南陽奥奔の社長・楊金徳の事例だ。南陽奥奔は某企業との権利侵害に関する裁判で敗訴したが、楊は結果に納得していなかった。しかし、裁判所が賠償金の支払いを名目に強制的に会社の銀行預金を引き出したため、憤った楊と30人あまりの従業員は裁判所の入口を取り囲んで抗議した。さらに、北京に陳情に行き、裁判所の違法行為への対応を求めた。
11年10月、区の共産党・政法委員会の幹部が北京に出向き、問題解決を約束したため、陳情者たちは南陽に戻ったが、楊は逮捕されてしまう。そして、楊は7月の一審で、「黒社会の性質を持つ組織を組織・指導した」など6つの罪で懲役20年の、南陽奥奔の従業員22名も様々な刑罰を受けた。
楊は取り調べの間、供述書への署名を拒否したため、「オオカミと共に舞う」(シェパード犬と一緒に部屋に入れる)、「鬼の洗顔」(警察犬に顔を舐めさせる)、「ロケットに座る」(ビール瓶を肛門の中に挿入する)などと名付けられた15種類の拷問を受けたという。二審を担当予定の弁護士が楊に接見した際、楊には左目、右耳、腕、足に傷があり、全身麻痺、両足の筋肉委縮の症状があり、失禁までしていた。拷問で傷ついた楊の写真がインターネット上で公開され、話題になった。
一方で、揚州市政府は市の関連機関に調査を依頼し、自白の強要はなかったと結論付けている。楊は党・政府及び裁判所による一連の対応は、集団で北京に陳情に行った楊に対する報復的措置であると見ている。楊の弁護士は、「南陽奥奔は合法的に設立された自動車販売会社であり、黒社会の性質など帯びておらず、社会に危害を加えるような活動も行っていない」と述べている。現在、二審でどのような結果が出るかが注目されている。
■飼料会社の牧羊集団が受けた事例
次は江蘇省揚州市に本部を置く「牧羊集団」の事例だ。牧羊集団は08年の売上高が18億800万元、09年の売上高と新規契約額が共に20億元を突破しており、飼料機械の分野において中国ナンバーワン、世界第3位の企業である。02年に民営株式会社に改組された後、5大株主が理事となって理事会を設立したが、5人の理事のうち3人が邗江区(区は市の下の行政単位)の党組織などに取り調べを受けたり、拘禁されたりし、そのうち1人は強制的に株式譲渡を承認させられている。
確固とした証拠を提示するのは難しいが、一連のいきさつを見れば、区政府・党組織の関係者などが、関係の近い理事の株式を増やそうと画策したと疑われても仕方がないだろう。以下、その内容を説明しよう。
まず、民営化当初の理事らの所有株式比率は、元工場長の徐有輝が24.05%、徐斌が15.74%、許栄華が15.51%、李敏悦が15.74%、範天銘が15.61%、他の職員らが9.48%、国有資産監督管理委員会(国資委*)が3.87%であった。理事会は5大株主(2人の徐、許、李、範)で構成され、初代理事会の理事長は徐有輝、総裁は範天銘であった。05年から08年の第二期理事会の理事長は李敏悦、総裁は第一期と同じく範天銘であった。
(*)国有資産監督管理委員会:国有企業改革の一環で03年に設置された。これにより、政府の企業管理と資産管理の機能が分離され、政府がマクロコントロールの観点から企業運営の管理・監督を行う一方で、国資委は株主として企業の資産管理及び資本運営に関わることになった。中央の国務院だけでなく、地方政府も国資委を設けている。
理事会は例年3月に行われる。しかし、08年には予定していた日に理事会が開かれず、会計監査報告も提出されなかった。月に1度開催する例会が4月21日に開かれた際には、脱税に関する調査を行うべきだという提案が出されたが、意見がまとまらず、休会となった。これ以降、理事の李敏はさまざまな理由を提示し、例会の開催を見送った。
■党・検察が強権発動し理事の株式を奪取
例会も理事会も開けないなか、徐有輝と徐斌が10日間に及ぶ区の規律検査委員会(共産党組織)の取り調べを受けた。また、7月15日になってようやく、4ヶ月遅れで理事会が開催されることになったが、区の規律検査委員会副書記が会場入口に座り込み、突然開催を阻止した。
8月18日、理事会が開けなければ経営に支障が出るとして、理事の許栄華が理事会及び株主総会の開催を求めて区の裁判所に提訴した。しかし、同月28日には、今度は許が別に経営している福尔喜公司に対し、牧羊集団が商標権侵害の訴訟を起こした。理事である許の知らないうちに提訴したと見られる。その上、区の工商局が商標権侵害の事案は深刻な問題に発展する可能性があるとして公安局に連絡、許は9月10日に台湾視察から戻るとすぐに拘束され、その後35日間、楊州市看守所に拘禁されたのである。
看守所にいる間、許は区の人民検察院検察長の王亜民に「株式を譲渡すれば無罪放免する」と迫られ、仕方なく株式譲渡の書類にサインした。譲渡先は牧羊集団の工会(労働組合)主席・陳家栄で、譲渡額は1660万元だった。譲渡された株式の価値は1億5000万元を下らないと見られる。つまり、1660万元というのは破格の安値だ。その上、権力も予算も乏しい工会主席が1600万元以上もの多額の資金を準備できるとは考えられなかった。
「案の定」というべきか、陳家栄は株式をすぐに総裁の範天銘に譲った。許が看守所を出ると、牧羊集団は許の企業・福尔喜公司に対する商標権訴訟を撤回した。許は株式譲渡を無効とする手続きを請求したが、裁判所からは何の音沙汰もないという。
なぜ、許は株式を半ば奪われるような形で範に譲渡しなければならなかったのか。3人の理事に対する取り調べや拘禁は違法行為である可能性が高い。
■公権力を濫用する政府・党・司法機関
以上2つの事例は、いずれも複雑な人間関係や企業の経営状況が絡んでおり、直接取材したわけでもない私が全貌を正確に把握することは難しいが、政府・党・司法機関が公権力を濫用しているということは確実に言える。
牧羊集団の事例では、党の規律検査委員会が党幹部でもない者を突然取り調べのために拘束したり、一民営企業の理事会の開催を阻止したりしている。検察長は「無罪にして欲しいなら株式を譲渡せよ」と迫った。南陽奥奔に対しては「黒社会の性質を帯びている」とするが、一体「黒社会」をどのように定義するのか。なぜ、拷問で自白を強要しなければならなかったのか。
■「黒社会化」する地方政府 民営企業を狙い撃ち 直面する8つのリスク
このように民営企業が狙い撃ちされるのはなぜなのか。一言で言うなら、地方の党・政府・司法機関が癒着し、「黒社会化」しているからだろう。権力を振りかざし、自らに都合よく利益を確保しようとしているのだ。
前出の陳有西弁護士は「金融秩序と司法公正研究会」において、民営企業家が直面する8つのリスクを説明している。以下、その要点をかいつまんで整理しよう。
(1)企業家は近年広まりつつある「金持ちは犯罪人で、先に豊かになることは許されない」という絶対平均主義的な思潮に対抗しなければならない。
(2)「打黒」の拡大に対応しなければならない。当局は「企業の警備員が人を殴った、脱税だ、領収書の偽造だ」などと罪を掘り起こし、企業に「黒社会」の帽子を被らせ、死刑や無期懲役など重い罪を着せる。
(3)「富の再分配が必要だ」とする公権力が司法の武器を持って企業家の財産を奪う。
(4)腐敗が当たり前の現状において、企業家は土地の取得、さまざまな許認可、納税面の優遇などに関してレント(参入規制によって生じる独占利益や寡占による超過利益)を獲得・維持するために権力に屈せざるを得ないが、賄賂罪で逮捕されるリスクも抱える。
(5)役人は短期間でGDPや財政収入の増加などの業績を上げようと企業家に群がるが、そのためには前任者が実施していたプロジェクトを変更したり、停止したりもするため、企業家はそうした動きに振り回される。
(6)地方の役人には法律の知識を欠いており、民営企業を国有企業のように扱い、企業の人事や経営に介入する者が少なくない。
(7)『刑法』の度重なる改正で100以上の市場経済秩序に関する罪名が加えられたことにはよい面もあるが、地方権力に不当に介入する契機を与えたり、より多くのレント追求の余地を与えたりと、悪く働く場合もある。
(8)役人が企業家に嫉妬し、「自分に従わないならトラブルを押し付けてやる」というような事態が起こり得る。
■他人事ではない日本企業 リスク管理急げ
以上のようなリスクが高い地域では、冤罪が大量に発生している可能性がある。また、不安を抱える多くの成功した企業や企業家は財産を海外に移している。企業家やその家族は海外移住の準備を進め、既に移住した者も少なくない。このような状況が続けば、企業家の投機心理に拍車がかかり、安定的に産業を発展させることができなくなる。司法が公正でなければ国民経済に打撃を与えることは必至である。
「打黒」(黒社会撲滅)を大合唱していた重慶市では、その主であった薄熙来が権力を行使し、いわば「黒社会化」していた状況が次々に明らかになっている。薄は日本企業が多数進出している大連市の市長や遼寧省の省長、商務部長を歴任しており、多くの日本企業関係者が薄やその関係者とのパイプ作りに精力を費やしてきた。薄の解任によって打撃を受けている日本企業も少なくないだろう。
こうした企業は、ある意味で腐敗した中国の政治体制を利用してきたと言える。しかし、そうしたやり方は長い目で見て中国社会に、そして日本企業にどのような影響を及ぼすのだろうか。
中国をとりまく政治リスクは、本コラムで紹介した民営企業の事例を見れば明らかである。日本企業も中国企業の事例を「他人事」と考えず、リスク管理を強化すると同時に、短期的な利益だけを追求するのではなく、もっと大きな視野から中国をとらえ、中国と付き合うべきではないだろうか。
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