【日の蔭りの中で】京都大学教授・佐伯啓思 常軌を逸する政治
産経ニュース2012.9.17 03:13
「ますます混迷を深める」という程度の形容では収まらないような政治状況になった。もとより政治には筋書きもなければ、まして整合性や論理一貫性などというものを求めるわけにはいかないが、それにしても「常識」というものがこれほど見えなくなってしまった政治状況もめずらしいのではなかろうか。
たとえば、8月の時点で野田内閣はどうみても行き詰まっていた。社会保障・税の一体改革などといいながら、社会保障改革はほとんど地に足がつかず、税ももっぱら消費増税だけに焦点が絞られていた。それでも野田佳彦首相は消費増税に政治生命をかけるといっており、自民党はいわば助け舟を出して3党合意にいたったのである。
「常識的」にいえば、野田首相は消費増税法案を通せば一大目的を達したのだから、解散、総選挙となるであろう。野田・谷垣会談である種の合意がなされたと考えるのが「常識」であろう。ところが野田首相はまったく解散の気配もなくますますやる気満々。一方、自民党は3党合意を非難する問責決議に賛同するという、これまた「常識」では考えがたい事態になる。
今週から来週にかけて民主、自民、両党の党首選が行われるが、結局、現時点で党首が確実視されているのは、支持率低下をもたらした野田さんの方で、どうみても優勢のはずの自民党は谷垣禎一総裁が降り、誰が党首になるのやら、混乱状態に陥っているのである。しかも谷垣さんを支えるはずの石原伸晃幹事長が立候補している。これらも「常識」では理解できまい。
政治改革で二大政党制を作ったはずが、二大政党がこのありさまだというわけで、一気に「日本維新の会」が旋風を巻き起こしている。党首である橋下徹大阪市長は、政策実現のためには300人を超える候補をたて過半数をねらう、という。現実性はともかく、心意気はわからなくはない。
ところが、現時点で橋下さんは、自分はあくまで大阪市長であって、立候補しないという。考えにくいことではあるが、もしも過半数を得て政権を取ったとしていったい誰が総理になるのだろうか。いうまでもなく維新の会は橋下政党である。その党首が大阪で市の行政にかかりきりなどということはありえない。
「日本維新の会」が300人を超える候補者を擁立できるのかどうか、疑問はあるが、かりに擁立するとしても、そのほとんどはにわかづくりの素人部隊になるであろう。じっさい、「維新の会」について、橋下さん自らが「これは素人集団だ」と述べている。
しかし一方で「素人集団」といいながら、他方で政権を取って日本を変える、というのも「常識」では考えられない。通常ならば、政治をなめるな、ということになろう。
もっとも、彼からすれば、「素人集団」が国政に打ってでなければならないほどに既成政党による政治が停滞している、ということかもしれない。
しかし、それではたとえばこの3年ほどの民主党政権の失敗はどこにあったのか。「維新の会」は「統治機構を変える」ことこそが、彼らの仕事だという。
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しかし、言葉は違え、「統治機構を変える」は、平成5年に始まる政治改革の目的だった。政治改革が唱えたのは「脱官僚政治」であり「民意の反映」であり「政治主導」であり「政策選択の政治」であった。その行き着いた先が民主党政治であった。そして、民主党が失敗した理由はといえば、彼らが十分な準備もなく政権の座についたからである。つまり、いってみれば彼らは「素人集団」だった、というところに落ち着いてきたのではなかっただろうか。
「日本維新の会」の政策の基本におかれている政策も、おおよそ「政治改革」のなかで叫ばれてきたものである。地方分権・道州制、首相公選、議員定数削減、官僚行政のスリム化などは、基本的に政治改革のプログラムであった。それをいっそう過激化して大胆に打ち出したものである。
とすれば、「常識」からすれば、まずは実現不可能な絵空事とみるのが当然であろう。とてもではないが「素人集団」の手におえる政策ではない、とみるべきであろう。しかも「維新の会」は、政策本位で候補者を選び、連携を模索するといっているが、TPP反対論者など必ずしも政策的に一致しない者を候補者にしようとし、政策的に近い「みんなの党」とたもとをわかって、(大阪では)特に政策的一致もない公明党と選挙に際して連携しようとしている。
さらにいえば、安倍晋三元首相が維新の会との連携を強めている、と報じられている。近年においてもっとも政治らしい政治をおこなおうとしたのは、「戦後レジームからの脱却」を唱え、憲法改正の道筋をつけようとした安倍さんであった。政治家としてはめずらしく「保守」という理念を打ち出したのだった。
しかし、新自由主義的な方向を打ち出し、破壊的なまでの急進的改革を訴える「日本維新の会」と安倍さんの「保守」の理念が一致するとは私には思われない。安倍さんの目算がどのあたりにあるのかよくわからないが、「日本維新の会」が唱える「統治機構の改革」と安倍さんの「戦後レジームからの脱却」にはかなり距離があるように思うのだ。
少なくとも私の「常識」では理解しがたいことを列挙しているうちに紙面が尽きてしまった。まだまだいくらでもある。あるいは、今日の政治には、もはやかつての「常識」など通用しないのかもしれない。また、政界再編への過渡期の混乱だというべきかもしれない。しかし、もしもこれが政治改革以来の流れだとすれば、それは「常」なる「道」を見失った、つまり「常軌を逸した」政治状況というほかない。(さえき けいし)
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何もかも「常軌を逸した」政治状況・政治家たち
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