原発の全面停止を決めたドイツ 欧州全体に悪影響、得するのはフランスか
2011.06.06(Mon)Financial Times
フランスのニコラ・サルコジ大統領は先月、世界第5位の規模を誇る同国北部のグラブリーヌ原子力発電所を訪問中に、原子力業界に対するコミットメントを新たにし、フクシマ後の原子力の安全性に対する不安を「古臭い」「不合理な」ものと評した。
サルコジ大統領は具体的な名前を挙げなかったが、誰のことを念頭に置いていたかは想像に難くない。
サルコジ大統領が原子力を巡ってドイツと同国のアンゲラ・メルケル首相を攻撃するのは、決して今回が初めてではない。フランスの原子力グループ、アレバに出資したいという独シーメンスの要請を、単にドイツが原発を一時停止したという理由でサルコジ大統領が拒否した時のことを思い出すといい。
今、メルケル首相はさらにその先まで踏む込むことを決めた。首相は先日、2022年までにすべての原発を廃棄することを突然決定したのだ。これは、国内に17基ある原発の閉鎖を延期するという、わずか9カ月前の決定を覆すものだ。今回の決定は、フランスだけでなく、他の多くの工業国でも困惑を持って迎えられた。
*多くの人を驚かせたメルケル首相の翻意
これらすべての国にとって、メルケル首相の決定はいくつかの理由で驚くべきものだ。第1に、このような急激な態度の変化は、ポピュリスト的な政治以外に、ほとんど論理的説明がないように見える。
第2に、このことがドイツの長期的見通しにとって何を意味するかについて、全く考察されなかったことは明らかだ。再生可能エネルギーを2倍に増やすと発表し、これでドイツは緑の革命の先頭を走ると主張するのは簡単だ。だが、実際には、そこに到達するまでの道のりは、費用がかかるうえ、リスクが多く、極めて不確かだ。
再生可能エネルギーはまだ主流の技術を使っていない。このため専門家たちは、再生可能エネルギーに一気にシフトする取り組みは、企業のコストを押し上げるとの見方で概ね一致している。消費者も光熱費の急増に見舞われる。ドイツは緑の革命が効果を上げ始めるまで、隣国のフランスから一層多くの電力を輸入せざるを得ないからだ。
フランスの高官らによると、ドイツは既に4月だけでフランスから電力輸入を43%増やしており、追加費用は約6000万ユーロ(8660万ドル)に上ったという。
そのため、もしメルケル首相が、原子力に関する方向転換によって短期的な政治的利益を得ることを目論んでいるのだとすれば、首相は、そうした短期的なコストが最終的には自身や自分の党、自国にとって極めて高い代償となりかねないことに気づかされるかもしれない。
*ドイツは欧州の中でも特別だが・・・
メルケル首相に公正を期すために言えば、ドイツは特別なケースだ。
何しろ、同国では緑の党がとりわけ強い力を持ち、世論が原子力に熱心だったことは一度としてない。実際、熱心どころか、全く逆だ。選挙で選ばれた政治家が国民の意志に逆らってできることには明らかに限界がある。
だが、メルケル首相は、ドイツがより持続可能で環境に優しいエネルギー政策を策定するまでの「原子力の架け橋」になるはずだったものを、あれほど素早く放棄することで自らが直面する潜在的な危険性にも注意すべきだ。
というのも、今回の決定の結果としてドイツが直面する可能性の高い中期的な経済問題がどのようなものであれ、欧州にとっては、問題はさらに深刻で、もっと即時性を持ったものだからだ。
経験豊富な日本の外交官で、パリの国際エネルギー機関(IEA)の事務局長を務める田中伸男氏は、ドイツの一匹狼的な政策は、欧州全体を結び付けている電力網を不安定化させかねないと警鐘を鳴らしている。「これはドイツの問題ではなく、欧州の問題だ」と田中氏は言う。
*欧州全土に大きな影響
ドイツは、単に近隣諸国から原子力で発電された電力を輸入する羽目になるだけではない。ドイツは、従来よりはるかに多くのガス(恐らくロシアから輸入されるため、ロシア政府への依存が一段と高まる)、石炭、石油も輸入しなければならなくなる。これは必然的に、ほかのすべての国にとっても資源の価格を押し上げることになる。
そのため、ドイツの一方的な決定は、ドイツの産業だけでなく、少なくとも米ドルに対して過大評価されている通貨ユーロから既に圧力を受けている欧州全体の競争力にも影響を及ぼす可能性がある。
そのことはまた、共通のエネルギー政策を持たない欧州の明らかな弱点も示している。欧州諸国にこれほどの悪影響を及ぼしかねない時に、ドイツがこのような決定を一方的に下せたという事実は、またしても、欧州統合の限界を露呈している。
事実、ドイツは過去1年間、幾度となく自国の利益を欧州全体の利益より優先させてきたように見える。
ある意味では、ドイツは、欧州のリーダーシップの中で正当な地位を得ているにすぎない。だが、ドイツは今回のような決定によって、国内政治がドイツの欧州ビジョンと指導者としての役割に暗い影を落とすのをみすみす許しているように見える。
*フランスは次世代EPRの建設にゴーサインを出すか?
一方、フランスにとっては、自らが表明した原子力の信念に従い、フランス北東部のペンリーで2基目の次世代EPR(欧州加圧水型)原子炉の建設にゴーサインを出すのであれば、小さな明るい材料が出てくるかもしれない。
フランスがこのプロジェクトのための巨額の財源と政治的意志に責任を持つ覚悟があるのなら、フランスは、原子力に挑戦する準備ができていない国々に電力を輸出することで、欧州の原子力工場としての役割を増強できるかもしれないのだ。
By Paul Betts
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