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『勝てないアメリカ――「対テロ戦争」の日常』 戦争を「見えなくした」オバマ 10ドル爆弾に苦しむアメリカ 

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戦争を「見えなくした」オバマ 10ドル爆弾に苦しむアメリカ
『勝てないアメリカ』 大治朋子氏インタビュー
WEDGE Infinity 2012年11月09日(Fri)本多カツヒロ(ライター)
 11月6日、アメリカ大統領選はオバマ大統領の再選で幕を閉じた。
 2001年開戦以来、収集がつかない事態となったアフガニスタン戦争。現在全土の8割以上をタリバンが掌握するというアフガニスタンにおいて、オバマ大統領は2014年の全面撤退を表明している。アメリカはアフガニスタンの再建を目標にかの地で行動してきたが、果たしてアフガニスタン戦争とはなんだったのか?毎日新聞ワシントン特派員として、アメリカから、そして従軍取材で訪れたアフガニスタンから今回の戦争を日本人の眼で取材した記録が『勝てないアメリカ――「対テロ戦争」の日常』(岩波新書)だ。今回、著者の大治朋子氏に、米軍兵士の死亡原因1位のIED、そして従軍取材で訪れたアフガニスタンについてお話を伺った。
――本書前半部分では、日本のメディアではあまり報じられていないIED(即席爆破装置)とTBI(外傷性脳損傷、外力による脳の組織の損傷。典型的な症状として頭痛、短期記憶障害、不眠、怒りっぽくなるなど)について触れられています。IEDが戦場における米兵死亡の第一の原因であり、また大治さんの言葉を借りるならIEDは「対テロ戦争を象徴する主役の兵器」ということですが、IEDについて教えてください。
大治朋子氏(以下大治氏):対テロ戦争というのは、通常の正規軍同士の戦争ではありません。アメリカ軍は、強大な軍事力を持っていますが、一方のタリバンなどの武装勢力側は装備で劣る。すると、「持たざる者」、つまり装備で劣る側は、自らを危険に晒さずに、正面衝突を避け奇襲戦やゲリラ戦で戦うしかありません。これが装備で劣る側の非対称戦争における原則です。
 そのような状況で武装勢力側が現在もっとも有効な武器として利用しているのが土中や路肩に仕掛ける手製爆弾のIEDです。2009年の終わり頃まで、米軍はアフガニスタンでの戦闘において、バンビーという軽装の軍用車両を使用していました。ところが、このバンビーという車両は非常にIEDに弱かったのです。たとえば、米兵が5人乗ったバンビーがIED攻撃を受けると、5人のうち2、3人は死亡したり重傷を負っていました。
 IEDに為す術のなかった米軍は、2009年の終わり頃から、アフガニスタンに地雷にも耐えうる特殊な大型装甲車のMRAP(耐地雷装甲車)を投入しました。
 MRAP投入により、眼に見える身体の負傷や死亡者は減りました。しかし、IEDの特徴として、相手の身体にダメージを加えることの他に、心理的なダメージを与えることがあげられます。それはまさにベトナム戦争でジャングルに仕掛けられた罠と同じように、米軍の行く手を阻むのです。「いつIEDに遭遇するかわからない」という恐怖感が米軍兵士にとっての大きな重圧になります。IEDは、僅か10ドルで製造でき、いろいろな場所に埋めるだけで、米軍の戦略や機動性をも奪ってしまう。アメリカは、アフガニスタンの国としての再建を目指していますが、移動距離のある地方であればあるほど、再建への道は難しいものとなっているのが現状です。
――MRAPの投入により、眼に見える身体の負傷や死亡は減ったということですが、今度は眼に見えないTBIが増えているのですか?
大治氏:MRAPがなかった戦争――古くはベトナム戦争、そしてイラク戦争やアフガニスタン戦争の初期――では、死亡または身体の負傷といった眼に見える外傷に目を奪われがちで、一見して外傷がなく眼に見えないタイプのTBIがあっても気づかれなかった可能性もあります。MRAPの登場により、眼に見える傷や命の危険性は大幅に減りましたが、にもかかわらず帰還兵の中に体の不調を訴える人が多い。その主な原因となっていたのがTBIでした。私がアメリカ特派員だった2008年頃より、TBI問題がクローズアップされ始め、09年にはニューヨーク・タイムズが特集ページを組んだほどです。
――日本ではアフガニスタンに関する報道はかなり少なくなってきています。09年5月にアフガニスタン東部のアメリカ軍基地へ従軍取材に行かれていますが、かなりの危険が伴う従軍取材へ参加した動機とは?
大治氏:アメリカ特派員として赴任した当初は、TBIについて追っていました。その過程で、僅か10ドルで製造できるIEDはどのくらいの威力をもつのかと疑問に思い始めました。僅か10ドルの爆弾に対抗するために、アメリカ軍は巨額の軍事予算を使い、頑丈な金庫のようなMRAPを開発した。この非対称性というのは、資料やデータを見ているだけではわからないのではないかと。実際にMRAPに乗り、米軍部隊がIEDの埋まる戦場をどのように移動し、戦略を進めているのか。資料だけでなく実際に現地へ行ってみなければわからないという思いから従軍取材を決意しました。
 また、アメリカのメディアの現状を見ていくと、2000年頃までは規模も大きく海外支局も多かった。しかし、その後、インターネットが拡大して経営規模の縮小傾向が続き、08年のリーマン・ショックが追い打ちをかけ、ワシントン・ポストもボストン・グローブも海外支局を畳んでいるのが現状です。つまり、戦争当事国であるアメリカのメディアですら短期間の取材しかできず、戦争の現場の様子が十分に伝わってこない。
 もうひとつ、従軍取材を決意した動機として、アメリカのメディア報道を見ていて違和感を感じたというのもあります。アメリカは戦争当事国なので、激しい戦局での様子を描いたり、兵士個人にフォーカスした報道はします。しかし、それらの報道で共通しているのは、常に米兵を英雄視した見方。もう少し第三者的な目線でこの戦争を見ることができないか。そういったこともありました。
――戦争当事国ですから、多少の政府の圧力もあって、そういった英雄視する報道が多かったのでしょうか?
大治氏:現在はないと思います。湾岸戦争当時は、書きなおしを命じられたこともあったようですが、現在はむしろメディア自身による自主規制ではないでしょうか。
 というのも、当たり前ですが、アメリカの新聞の主要な読者はアメリカ人です。また「対テロ戦争」が「1パーセントの戦争」と言われるように、アメリカの成人の100人にひとりは戦場へ行っています。戦場へ行った兵士の家族や友人も含めれば、なんらかの形で戦争に関わっている人の割合が多い。そういった人たちが傷つくような報道やアメリカが非常に疲弊しているという視点での報道は、リベラルメディアといわれるニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストですら細心の注意を払っています。
――イラク戦争やアフガニスタン戦争は「戦争の民営化」と言われるほど、民間軍需会社が入り込んでいると言われています。実際に従軍取材でアフガニスタンの米軍基地を訪れて、民営化を感じるところはありましたか?
大治氏:アフガニスタン東部の米軍基地へ行くと、それこそサブウェイやサーティワンアイスクリームから食堂、ゲームセンター、ビデオレンタルショップ、映画館までさまざまな施設がありました。
 ある日、食堂で食事をしていたら給仕係の人と話す機会があったので、施設について聞くことができました。彼はポーランド人で、施設の管理をしているのはアメリカの民間軍需会社の社員だそうです。食堂での仕事は英語が達者でなくても務まり、また戦地の基地ということもあり、非常に危険ですので、賃金の安い東欧の人がほとんどでした。グアンタナモ基地ではそういった施設で働くフィリピン人を多く見ました。つまりアメリカ人に比べ、賃金の安い外国人労働者を使い、アメリカの民間軍需会社が基地運営をしているのです。
 第一次世界大戦くらいまでは、給仕やクリーニングも含め、兵士が交代で担当していたそうですが、現在は完全に民間に委託する形態をとっています。全体として、イラク戦争やアフガニスタン戦争では、民間軍需会社が基地の運営から警備までを担い、その規模が拡大しています。戦争の長期化に伴い、そういった民間軍需会社が相当な利益をあげています。そこに軍産複合体というアメリカの特徴を見ることができます。
――アフガニスタンでの従軍取材では、現地の人と話す機会はあったのでしょうか?
大治氏:米兵が近くにいる状況ではありましたが、米軍の通訳を通じて現地の人と話す機会はありました。そういった状況ですが、アメリカに対しての反感を表情や言葉で表す人たちもいました。
 また、本書でも書きましたが、弟が戦闘に巻き込まれ、米軍の病院に入院しているお兄さんに話を聞くことができました。彼は「(アフガニスタンの反政府勢力)タリバンは子どもたちのいる学校に爆弾を仕掛けるから嫌いだ」と。しかし「弟の治療をしてくれているのは米軍だが、だからといってアメリカを好きになるわけではない」と語ってくれました。現地の人たちからすれば、タリバンであろうと、米軍であろうと、自分たちを危険に晒し、戦闘行為をする限り来てほしくない存在だというのが本音でしょう。
――オバマ大統領について、本書では柔らかいイメージとは裏腹に、軍事に関して積極的であると指摘されていますが。
大治氏:オバマ大統領はCIA(米中央情報局)による無人機を使ったターゲテッドキリング、つまり標的殺害という戦略をパキスタン北西部の部族支配地域などで非常に強化しました。米国は無人の攻撃機を米国本土から衛星通信で操作しています。この標的殺害という戦略は、通常の軍隊による交戦規則のような手順を踏まえて行う戦闘ではなく、CIAがもたらす情報によって大統領の許可のもと行う戦闘です。
 パキスタンとアメリカは戦争をしているわけではありませんが、アフガニスタンと接しているパキスタン北西部の部族支配地域からタリバンへ人と物資が供給されているとして、その地域を集中的に攻撃しました。ただ、パキスタンの部族支配地域は、地形も険しく、天候条件も悪いため、なかなかCIAのインテリジェンス(諜報員)が入り込めない。そうすると、無人機の集めた間接情報からしか標的を決められないため、誤爆する可能性が高い。さらにその誤った標的の家族や隣人までも巻き込んでしまう。標的殺害は、正規の軍隊のようなルールも検証システムもないので、誤爆したとしても誰もチェックできないんです。
 そうした攻撃はオバマ政権になってから、ブッシュ政権の数倍にも増えています。そういった表沙汰にならない戦闘をオバマ大統領は強化している一方、眼に見える形では「国際的な理解を得た形」で戦争をしているわけです。オバマ大統領はイラク戦争を「選択の戦争」と批判し、アフガニスタン戦争を「必要な戦争」と呼びました。つまり、イラク戦争はやらなくてもいい戦争で、アフガニスタン戦争はやるべき戦争だということで積極的に推進し、無人機による攻撃を拡大して民間人の被害を拡大させました。
 もうひとつ、ブッシュ前大統領は、アメリカのリベラルメディアに非常に嫌われていたため、批判されることが多かった。一方、オバマ大統領は、リベラルメディアからさほど批判されることがない。仮に批判されたとしても、ノーベル賞を受賞したことや、柔らかなイメージが強くダメージが残らないのです。
 オバマ大統領のことを「テフロン大統領」と揶揄する声もあります。テフロン加工されたフライパンのように、批判されても傷がつかないからです。そうした彼のイメージと、CIAによる秘密裏に行われる戦闘によって、オバマ大統領の戦争はどんどん見えなくなってしまっているのです。
――今後のアフガニスタン情勢についてどう考えますか?
大治氏:いまですらアフガニスタン全土の8割以上をタリバンが掌握している状況ですから、14年に米軍を含めたISAF(国際治安支援部隊)がアフガニスタンを撤収する頃には、さらにタリバンの勢力が増すのではないでしょうか。
 もうひとつ、実は現在アフガニスタンで大きな問題となっていることがあります。ISAFがアフガニスタン治安部隊の教育・訓練を行っているのですが、その中にタリバンが紛れ込んでいて、ISAFの教官を攻撃するという事件が増えているのです。ISAF側も、募集事務所で荷物検査を徹底したり、兵器の管理を厳重にしたり、最初の応募段階で怪しい人物は排除したりと懸命に被害を食い止めようとしています。ただ、アフガニスタン市民の中には、半分タリバンであったり、いままではタリバンではなかったが急にタリバンになる人もいるので、スクリーニングすることが非常に難しい状況です。
 そのような状況で、ISAFも治安当局の教育を一時的に凍結しています。アフガニスタンの治安当局の育成は想像以上に遅れています。アメリカは、治安当局を独り立ちさせ、14年に全面撤退すると言っていますが、このままでは戦争で破壊し尽くし、治安当局さえも育成しないまま撤退することになりかねません。
*大治朋子 (おおじ・ともこ)
 東京生まれ。1989年毎日新聞入社。阪神支局、『サンデー毎日』編集部、東京本社社会部、英オックスフォード大学留学(ロイター・ジャーナリズムスタディー・フェロー)等を経て2006年〜10年、ワシントン特派員、現在は東京本社外信部編集委員。2002・03年の新聞協会賞をそれぞれ受賞。2010年度ボーン・上田記念国際記者賞を受賞。著書に『少女売春供述調書―いま、ふたたび問いなおされる家族の絆』(リヨン社)、共著『個人情報は誰のものか―防衛庁リストとメディア規制』(毎日新聞社)、『ジャーナリズムの条件1 職業としてのジャーナリスト』(岩波書店)などがある。
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