特集:死刑囚の生活空間公開 「その日」までの生 医療設備充実、「スタミナ焼き」人気
毎日新聞 2013年01月14日 東京朝刊
死刑囚の生活の場や関連する内部文書を東京拘置所と全国7矯正管区が毎日新聞に公開した。外界からほぼ完全に遮断された居室や運動場、「心情の安定」を維持するための配慮、逃亡を許さないための厳格なルール−−。常に緊張を強いられる担当刑務官の証言と合わせ、死刑囚を取り巻く状況の一端が垣間見える。【伊藤一郎、写真は須賀川理】
死刑囚の居室などの撮影を毎日新聞に許可した東京拘置所の収容定員は3010人。現在、約1900人を収容し▽取り調べ中の容疑者▽裁判中の被告▽懲役刑などが確定し刑務所への移送を待つ受刑者▽拘置所内での炊事や洗濯などの刑務作業を担う受刑者−−などのほか、10日現在で70人の死刑囚がいる。
死刑囚の居室と同じだとして公開されたのは「単独室」と呼ばれる部屋。
手前に薄緑色の畳が3枚敷かれ、奥にトイレと洗面所がある。トイレの流水レバーや洗面所の蛇口は自殺防止のため突起部分のないボタン式。洗面所上部の壁にはフィルム式の割れない鏡が貼り付けてある。
刑務官はドアの小窓から常時、室内を監視できる。このためプライバシーに配慮し、死刑囚がトイレを使う際に腰から下を隠せる木製のつい立てもある。死刑囚が暴れた際に凶器とならないよう、段ボール製のつい立ても用意されている。
室内の壁は明るい白色で、暗い印象はない。奥の窓のガラスは特別頑丈な「航空機仕様」で、開閉は不能。窓は直接外部と接しておらず、通路を挟んでさらに曇りガラスとよろい戸で覆われた外壁がある。よろい戸の隙間(すきま)からはわずかに光が差し込むものの、室内から外の風景はほとんど見えない。
死刑囚が使用する浴室は、外部から監視する際に一部が死角となるため、入り口外側の壁に半球形の鏡が取り付けられている。同拘置所での入浴は夏ならば週3回、冬は2回。入浴時間は原則1回につき男性が15分間、女性が20分間。時間内であれば、湯船につかるのも体や髪を洗うのも自由という。
死刑囚が使用する運動場は両側が壁、正面奥はよろい戸に覆われ、開放感にひたれる雰囲気はない。
空を仰ぐ頭上には二重の金網が張り巡らされている。上からのぞき込める位置に、刑務官の監視用通路がある。
運動時間は毎日1回30分間。他の収容者や職員と一緒に行うことはできないが、雨でも本人が希望すれば使用できる。履き物はスリッパかサンダルと決められ、唯一貸し出される用具は縄跳び。通常は場内で走ったり、歩き回ったり、体操をする程度という。爪切りも運動時間にすることになっている。
食事は主食のご飯が1日1200キロカロリー、副食のおかずは1日1020キロカロリーを基準とする。ただし主食については体格で微調整する場合もある。予算の範囲内で正月におせち風の料理、クリスマスにはケーキが出されることもある。
取材した日の昼食は麦入りご飯と豚肉のスタミナ焼き、切り干し大根、中華なめこ汁だった=2012年10月4日、須賀川理撮影
刑務官によると、人気メニューは豚肉に韓国風辛みそのコチュジャン、ニンニクなどで味付けした「スタミナ焼き」。取材当日の朝食のおかずは、かつおフレーク、ふりかけ、大根・ナス・インゲンのみそ汁。昼食はスタミナ焼きと切り干し大根、中華ナメコ汁だった。
死刑囚は1人で居室内の小型テーブルで食事をする。通常は木製の箸を使用しているが、自殺の可能性がある死刑囚には曲がりにくい紙製のスプーンを与えることもある。
死刑囚が「心情の安定」を目的とした「教誨(きょうかい)」(教えや諭し)を、宗教家である教誨師から受ける教誨室は、仏教用とキリスト教用の2室ある。
仏教用の部屋は畳の敷かれた和室で、仏壇が備え付けられ、仏教関係の書籍が並ぶ本棚がある。キリスト教用の部屋には十字架やろうそく立て、聖書が備え付けられ、教誨師と死刑囚が賛美歌を合唱するための音楽プレーヤーが置かれていた。
死刑囚は規則で指定された物品しか居室に持ち込めず、分量は約120リットル分まで。他に1個当たり55リットルのコンテナ(プラスチック製ケース)を3個まで「領置品倉庫」に預けられる。倉庫内のコンテナはコンピューターで管理され、職員が端末に死刑囚の番号を打ち込むと、ベルトコンベヤーで自動的に運ばれてくる。金銭は居室に一切持ち込めず、国に預けた形になっている所持金の範囲内で、おやつや日用品を購入できる。
同拘置所は病院指定を受けており、医療設備は充実している。約10人の医師と約20人の看護師が所属し、CT(コンピューター断層撮影装置)やレントゲン、歯科治療用の機器も備えられている。
居室と同フロアに理髪室もある。死刑囚は受刑者と異なり、髪形はルール化されていないが「衛生的でなければならない」との決まりがある。髪を切るのは「衛生係」の受刑者。理容師免許の持ち主もいるという。
居室では、拘置所が作成したリストから選んで映画などのビデオを視聴できる機会もある。ただし「心情の安定」に資することを目的としているため、殺人や逃走の場面が出るビデオは含まれない。
書籍は自費で1週間に3冊まで購入でき、拘置所が所蔵する「官本」も1週間に3冊まで借りられる。新聞は自費で一般紙とスポーツ紙を1紙ずつ購読できる。書籍も新聞も「拘置所の規律秩序の維持を害する可能性がある」と判断された場合は、購入が許可されないこともある。
居室で小動物や鳥、魚などの生き物を飼育することはできないが、花瓶などに花を生けることは許可される場合があるという。
◇誕生日にケーキも 手引書「悩み焦ることなく、落ち着いて」
死刑囚の処遇に関する内部文書を開示したのは、いずれも死刑囚を収容する札幌拘置支所(札幌刑務所内)と仙台拘置支所(宮城刑務所内)、東京、名古屋、大阪、広島、福岡各拘置所の計7施設を管轄する各矯正管区。毎日新聞が昨年9月に行った情報公開請求に応じ、翌10月に「死刑確定者処遇規程(または要領)」や「死刑確定者用 所内生活のしおり」などを開示した。
各施設の処遇規程は刑事収容施設法に基づき、死刑囚の処遇について具体的な運用方法を定め▽運動▽入浴▽健康診断▽調髪▽洗濯▽教誨▽書籍閲覧−−など日常生活のルールを記載している。特に面会や手紙など外部交通のルールはきめ細かに定める傾向がある。
どの施設の規程も、死刑囚の「収容の確保」と「心情の安定」を目的とし、逃走や自殺を招かないよう配慮を求めている点は共通している。一方で、死刑囚が逃走を企てて居室で不正な細工をすることを防ぐ目的で数カ月ごとに引っ越しをする「転室」のペースや、テレビやビデオの視聴が許可される頻度など、施設によって細部で異なる部分もある。
他に特徴的なものでは、札幌の規程には「刑の確定後、速やかに提出させる」と定めた「申立書」のフォーマットが付けられており、そこには
▽刑執行時の連絡先▽遺骨の引き渡し先▽所持金の引き渡し先▽遺言−−の記入欄がある。同様の「申告書」のフォーマットは福岡の規程にも付けられ、刑執行後は▽遺体を特定の人に引き渡す▽火葬してから遺骨を特定の人に引き渡す▽一切を拘置所に任せる−−との選択肢が挙げられている。
誕生日に関する特別な措置が規定されているケースも多い。大阪の規程では「誕生月には嗜好(しこう)品を支給する」、広島の規程には「誕生月には誕生会を行い、嗜好品を支給できる」、福岡の規程は「誕生月下旬に居室で誕生会を行わせる」とルール化している。
上部組織の法務省矯正局によると、嗜好品は主にケーキ類で民間団体から差し入れられ、誕生会には通常とは別枠で特別にテレビを視聴させているという。
名古屋の死刑確定者用「所内生活のしおり」は、冒頭に「おそらく、家族のことやその他いろいろと心配や悩み事がたくさんあると思いますが、いたずらに悩み焦ることなく、落ち着いて生活してください」と記載。
1日のスケジュールや生活ルールについて、全て平仮名の読み仮名付きで説明している。食事や就寝の際に、居室内で座ったり寝たりする位置や向きは図説され、字の読めない人でも視覚的に日常生活のルールが理解できるよう工夫されている。
ルールに違反した場合は、書籍閲覧の停止や「閉居罰(居室で謹慎させられ面会や手紙が停止される)」などの罰があるとも説明。一方で「人命を救助」したり「特にほめられる行為があった」りした場合には「賞」を与えるとしている。「賞」は刑事収容施設法などで規定され、賞状や1万円以下の賞金などがあるという。ただし、法務省矯正局は「現実には死刑囚に授与される機会はあまりないと思われる」と話している。
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◇開示文書一覧(計21件167枚)
※文書名の後のカッコ内は施行年月
<札幌矯正管区・札幌刑務所札幌拘置支所>=3件19枚
「死刑確定者処遇規程」(07年11月)17枚▽前記規程の一部改正(07年12月)1枚▽同(10年6月)1枚
<仙台矯正管区・宮城刑務所仙台拘置支所>=2件28枚
「死刑確定者処遇規程」(09年3月)5枚▽「被収容者の外部交通」(12年7月)23枚
<東京矯正管区・東京拘置所>=6件17枚
「死刑確定者処遇規程」(07年6月)6枚▽前記規程の一部改正(11年6月)1枚▽「死刑確定者の外部交通許可申請書の様式」(07年6月)3枚▽「死刑確定者に対する差し入れの取り扱い」(同)3枚▽「死刑確定者ビデオ視聴実施要領(廃止)」(08年3月)2枚▽「死刑確定者ビデオ視聴実施要領」(11年6月)2枚
<名古屋矯正管区・名古屋拘置所>=6件69枚
「死刑確定者処遇規程」(07年6月)17枚▽「遵守事項等(受刑者以外の被収容者用、受刑者用)」(同)17枚▽「所内生活のしおり(死刑確定者用)」(同)29枚=両面記載で空白の面を除き53ページ▽前記しおりの一部改正(08年3月)1枚▽同(08年11月)2枚▽同(10年1月)3枚
<大阪矯正管区・大阪拘置所>=1件13枚
「死刑確定者処遇規程」(10年2月)13枚
<広島矯正管区・広島拘置所>=1件3枚
「死刑確定者処遇要領」(07年6月)3枚
<福岡矯正管区・福岡拘置所>=2件18枚
「死刑確定者処遇規程(廃止)」(07年6月)9枚▽「死刑確定者処遇規程」(12年6月)9枚
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◆ 死刑囚の処遇公開 東京拘置所 2013-01-14 | 死刑/重刑/生命犯 問題
<死刑囚>東京拘置所が処遇公開 運動場は金網越しに空
毎日新聞 1月14日(月)9時35分配信
70人の確定死刑囚を収容(10日現在)している東京拘置所(東京都葛飾区)が毎日新聞の取材を認め、死刑囚の居室や運動場、食事などを公開し、担当刑務官が死刑囚の処遇について語った。また、確定死刑囚の収容施設がない高松矯正管区を除く全国7矯正管区が情報公開請求に応じ、拘置所・拘置支所での処遇規程など21件167枚の死刑関連文書を開示した。死刑囚を巡るこうした情報公開は異例。
東京拘置所が撮影を認めた「単独室」と呼ばれる死刑囚の居室は約7.5平方メートル。窓の向こうに、さらに曇りガラスとよろい戸に覆われた外壁があり、外の景色はほぼ見ることができない。風呂はワンルームのアパートなどに備え付けのユニットバスとほぼ同じ。運動場の広さは約15平方メートル。屋根はないが、頭上は二重の金網で覆われ、空は格子状にしか見えない。食事は1日約500円で賄われ、主食のご飯は米と麦の比率が7対3。副食は昼がおかず2品、汁物1品など。
取材に応じた刑務官は「自殺や逃走の可能性を常に意識し緊張の連続」と語るとともに、死刑囚は他の死刑囚との処遇の差を気にする傾向があると指摘。「公平な処遇を心掛けている」と話した。また、執行されずに処遇が長期化して病死する死刑囚が少なくない現状に疑問を呈した。
開示文書からは、死刑執行後の遺体処理について事前に意向を書かせたり、誕生月には居室で「誕生会」をさせたりするなどの処遇実態が分かった。
上部組織の法務省矯正局も取材に応じた。拘置所などでは「有益と認められる場合」に死刑囚同士が居室外で接触することを許容しているが、96年以降、こうした集団処遇を一切行っていない実情などを明らかにした。
法務省刑事局によると10日現在、東京拘置所以外の▽札幌拘置支所2人▽仙台同5人▽八王子医療刑務所1人▽名古屋拘置所13人▽大阪同20人▽広島同5人▽福岡同19人−−を合わせ全国で135人の確定死刑囚が収容されている。【伊藤一郎】
◇「秘密主義」 転換の兆し
死刑囚の処遇に関する情報が開示された背景には、裁判員裁判で一般市民が死刑判決に関わるようになったことや、死刑囚の数が戦後最多を更新し続けている状況がある。
死刑に関わる情報は戦後一貫して「秘密主義」が貫かれてきた。だが、09年5月に始まった裁判員裁判では昨年末までに計15件の死刑判決が出された。極刑を巡る判断に一般市民を関わらせる以上、国は刑確定後の処遇についても可能な限り説明する義務がある。
一方で法務省の統計によると、年末時点の確定死刑囚の数は1970年代後半で20人未満だったが、その後、増加傾向が続き、昨年末段階で一昨年末の戦後最多記録を更新、133人にまで膨らんだ。現場の刑務官の負担は大きくなり、処遇にかかる公費(税金)も増している。
法務省の富山聡・矯正局総務課長は「死刑は執行が注目されがちで、長期にわたる処遇について関心を持たれにくい」と指摘。今回の一連の情報開示について「処遇実態を国民に正確に理解してもらった上で意見を伺うことが大切だと考えている」と語る。
一方で、国際的には死刑は廃止の潮流にある。諸外国からの「なぜ日本は死刑を存置しているのか」との問いかけに真正面から応えるためにも、実情を広く知らせる必要があるだろう。【伊藤一郎】
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最終更新:1月14日(月)10時12分
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死刑囚:横並びで単独処遇 孤独な生活を強いられ
毎日新聞 2013年01月14日 09時53分(最終更新 01月14日 10時13分)
死刑囚の処遇を巡り公開された内部文書や拘置所の様子からは、懲役刑の受刑者のような集団での刑務作業もなく、孤独な生活を強いられる死刑囚の姿が浮かび上がる。こうした処遇について有識者や元刑務官からさまざまな意見が聞かれた。
刑事収容施設法は、死刑囚の居室を単独室と限定しつつ、例外的に居室外での集団処遇を認めている。
今回開示された文書でも、集団処遇について「おおむね月1回、卓球、バドミントンを実施させることができる」「誕生会などの集会を実施し、甘味品などを給与できる」などと定めている。だが、集団処遇は96年を最後に行われていない。法務省矯正局は理由について「一部を集団処遇にすると不公平感が生じる」と強調する。
これに対し、元刑務官で作家の坂本敏夫氏は「以前は施設長の裁量で柔軟に集団処遇を認めていたが、今は横並びで単独処遇に変わった。本来、死刑囚が本当に悔い改めて執行に臨むためには、情操教育や宗教教誨(きょうかい)(教えや諭し)を集団で受け、切磋琢磨(せっさたくま)することが最も効果的なはずだ」と話す。
◇面会や手紙のやりとり 相手は限られ
死刑囚が外部交通(面会と手紙のやりとり)をできる相手は、施設長による例外的な許可を除き(1)親族(2)婚姻や訴訟、事業で面会が必要な人(3)心情の安定に資する人−−に限られる。裁判所の禁止命令がなければ誰とでも接触できる被告の身分と比べ、死刑確定後は面接や手紙を許可される相手が激減することも多い。
このため死刑囚の要望は外部交通の範囲拡大が多いといい、「死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90」による11年のアンケートで、ある死刑囚は「確定前と比べ面会人数は4分の1、文通は10分の1」と嘆いた。
NPO法人「監獄人権センター」事務局長の田鎖麻衣子弁護士は「実際に、親族や弁護士を除くと面会相手は5人までしか認めていないようだ。面会の内容を完全に把握したい意図があるのだろうが、権利を制約すべきではない」と指摘する。
◇許可されれば民間業者の委託作業も
死刑囚は刑務作業には携わらないが、「自己契約作業」は認められており、許可されれば民間業者の委託作業を居室内で行える。
開示文書では、死刑囚に「自己契約作業を奨励する」と定めている。矯正局によると、昨年5月末時点でこの作業に携わっていた死刑囚は17人で、全体の1割強。作業は主に紙を折ったり貼ったりするもので、平均報酬は1カ月で約1万1000円。報酬は全て自由に使うことができるが「死刑囚の自発的な意思があれば、被害者側に経済支援できる仕組みを作るべきだ」との声もある。
小柳武・常磐大大学院教授(被害者学)は「死刑囚から弁償金を送られても拒絶する被害者や遺族もいるだろう。一方で死刑囚のしょく罪感情に配慮する必要もある。拘置所が死刑囚から自主的に提供された報酬を一括して被害者支援団体などに送金し、間接的に被害者や遺族を援助できる仕組みを設けてはどうか」と提案する。【伊藤一郎】
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