日本の改憲、アジア肯定 ワシントン・古森義久
産経新聞2013.1.26 08:05[緯度経度]
米国のメディアが安倍晋三首相の今回の東南アジア訪問で最も注目したのは、語られることのなかった演説だったようだ。訪問先のインドネシアの首都ジャカルタで18日、安倍首相は「開かれた、海の恵み−日本外交の新たな5原則」と題する主要政策演説をする予定だった。
だが首相はアルジェリアでの人質事件が急展開したために予定を変えて帰国することになり、演説は中止となった。演説の内容はそれでも首相官邸サイトなどで公表された。
その内容に米国大手紙のウォールストリート・ジャーナルが注視して、詳しく報道した。22日付のその記事は「安倍首相の失われた政策演説での安倍ドクトリンでは米国が中心」という見出しで、同首相の新しい外交政策の要点を伝えていた。
同演説案はまず「日本の国益」として「海の安全」と「日米同盟」とを掲げ、インドネシアなど東南アジア諸国との連帯の重要性を強調していた。そのうえで5原則として「思想や言論の自由」「海洋での法と規則の尊重」「自由な交易と投資」「日本と東南アジアとの文化交流」「同じく若い世代の人的交流」をあげていた。
演説案は日本とインドネシアの「交流」の実例として日本の看護師試験に受かったインドネシアの若い女性が東日本大震災の被災地で活躍したケースや、ジャカルタの劇団が「桜よ−大好きな日本へ」という日本語の歌を激励に合唱したケースをも伝えていた。
この演説全体を報道したウォールストリート・ジャーナルの記事は「日本が米国との同盟を最重視しながら東南アジア諸国との連帯も強化し、アジアの海が軍事力ではなく国際規範により管理されることを強く訴えたのは、中国の好戦的な海洋戦略への懸念の反映である」と総括していた。
安倍首相がジャカルタでこうした演説を計画したことは明らかに日本とインドネシアの年来の友好や信頼を示すとも指摘するのだった。
両国のこうした緊密な関係を証するかのように、安倍首相がこの「失われた演説」の予定と同じ日にインドネシアのユドヨノ大統領と会談した際、日本が憲法を改正し、国軍の創設を可能にし、集団的自衛権も解禁するという方針を伝えたという報道が日本の各新聞で22日に流された。ユドヨノ大統領はそれに対しなんの反対も示さなかったという。
そこで想起されるのはフィリピンのデルロサリオ外相の言明である。同外相は昨年12月、英紙フィナンシャル・タイムズのインタビューに応じて「日本には憲法を改正してでも軍備強化を進めてほしい」と述べたのだった。
この言明は米国側の識者たちの強い関心をも引きつけた。マイケル・グリーン元国家安全保障会議アジア上級部長は「日本がアジア全体への軍事的脅威になるという中国の主張を他のアジア諸国は信じない。東南アジア諸国はむしろ日本の軍事力増強を望んでいる。中国の軍拡へのバランスをとるという願いからだ」と述べ、「戦時中は日本の軍事行動で最も大きな被害を受けたフィリピンからこうした希望が述べられる点に注目すべきだ」とも強調するのだった。
安倍首相の東南アジア訪問は日本の防衛面の動向へのこうしたアジアの反応を照らし出し、日米同盟の重要性の訴えを伝えた点だけでも、効果があったのではなかろうか。
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開かれた、海の恵み ―日本外交の新たな5原則―
平成25年1月18日
内閣総理大臣 安倍晋三
(注)このスピーチは、18日にジャカルタで行う予定であったが、安倍総理がアルジェリアでの邦人拘束事案について直接指揮をとるため、予定を早めて帰国することとなったことにより、行われなかったもの。
I 国益における万古不易
ご列席のみなさま、とくに、インドネシアを代表するシンクタンク、CSISのみなさま、本日はすばらしい機会をいただき、ありがとうございます。
本年で、わが国とASEANの関係は、40周年を迎えます。節目に当たり、わたくしは、日本外交の来し方をふりかえるとともに、行く末について、ある決意を述べたいと思ってこの地へまいりました。
日本の国益とは、万古不易・未来永劫、アジアの海を徹底してオープンなものとし、自由で、平和なものとするところにあります。法の支配が貫徹する、世界・人類の公共財として、保ち続けるところにあります。
わが日本は、まさしくこの目的を達するため、20世紀の後半から今日まで、一貫して2つのことに力をそそいでまいりました。それは、海に囲まれ、海によって生き、海の安全を自らの安全と考える、日本という国の地理的必然でありました。時代が移ろうとも、変わりようはないのであります。
2つのうち1つは、米国との同盟です。世界最大の海洋勢力であり、経済大国である米国と、アジア最大の海洋民主主義であって、自由資本主義国として米国に次ぐ経済を擁(よう)する日本とは、パートナーをなすのが理の当然であります。
いま米国自身が、インド洋から太平洋へかけ2つの海が交わるところ、まさしく、われわれがいま立つこの場所へ重心を移しつつあるとき、日米同盟は、かつてにも増して、重要な意義を帯びてまいります。
わたくしは、2つの大洋を、おだやかなる結合として、世の人すべてに、幸いをもたらす場と成すために、いまこそ日米同盟にいっそうの力と、役割を与えなくてはならない、そのためわが国として、これまで以上の努力と、新たな工夫、創意をそそがねばならないと考えています。
これからは日米同盟に、安全と、繁栄をともに担保する、2つの海にまたがるネットワークとしての広がりを与えなくてはなりません。米国がもつ同盟・パートナー諸国と日本との結び合いは、わが国にとって、かつてない大切さを帯びることになります。
海に安全と繁栄を頼るわが国の外交を貫いたいまひとつのモチーフとは、海洋アジアとのつながりを強くすることでした。
このためわたくし自身かつて、インドと、あるいは豪州と日本の結びつきを、広く、深いものとするよう努めました。また、発足以来8年を迎える東アジアサミット(EAS)が、こころざしを同じくし、利益を共有する諸国の協議体として、2つの大洋をつないで成長しつつあることくらい、わたくしにとっての喜びはありません。
しかしながらなんといっても、ASEANとの関係こそは、かかる意味合いにおけるわが国外交にとって、最も重要な基軸であったのです。
そう考えればこそ、政治や通商・投資の関係において、平和の構築から、域内連結性の向上まで、この地域において、わが先人たちは、いちどたりとも努力を惜しみませんでした。
無数の日本人がそのため働き、資本や、技術、経験が、日本からこの地に向かったのであります。
わたくしどもが世界に打ち出し、大切に思ってきた「人間の安全保障」という考え方にとって、大事な実践の場となったのもやはりこの地でありました。
2015年、みなさんがたASEANは、名実とも共同体として、ひとつの脱皮を遂げます。こころからのお祝いを申し上げます。
インドネシアがその最も顕著な実例でありますが、法の支配と人権を重んじ、民主主義を根づかせる動きは、ASEAN諸国を貫く基調となりました。いまや、ミャンマーも、みなさんを追いかけ始めています。このことを、わたくしは、うれしい驚きをもって眺めてまいりました。
万人のみるところ、インドネシアにはいま、世界有数の、幅と、奥行きをもった中間層が生まれはじめています。ASEANは、域内の連結を強めながら、互いの開きを埋めるとともに、それぞれの国に、豊かな中産階級を育てていくに違いありません。
そのとき世界は、ある見事な達成を、すなわち繁栄と、体制の進化をふたつながら成し遂げた、美しい達成を、見ることになります。
そしてわたくしは、ASEANがかかる意味において人類史の範となることを信じるがゆえに、日本外交の地平をいかに拡大していくか、新しい決意を、この地で述べたいと思いました。
II 未来をつくる5原則とは
それは、次の5つを原則とするものです。
第一に、2つの海が結び合うこの地において、思想、表現、言論の自由――人類が獲得した普遍的価値は、十全に幸(さき)わわねばなりません。
第二に、わたくしたちにとって最も大切なコモンズである海は、力によってでなく、法と、ルールの支配するところでなくてはなりません。
わたくしは、いま、これらを進めるうえで、アジアと太平洋に重心を移しつつある米国を、大いに歓迎したいと思います。
第三に、日本外交は、自由でオープンな、互いに結び合った経済を求めなければなりません。交易と投資、ひとや、ものの流れにおいて、わたくしたちの経済はよりよくつながり合うことによって、ネットワークの力を獲得していく必要があります。
メコンにおける南部経済回廊の建設など、アジアにおける連結性を高めんとして日本が続けてきた努力と貢献は、いまや、そのみのりを得る時期を迎えています。
まことに海のアジアとは、古来文物の交わる場所でありました。みなさんがたインドネシアがそのよい例でありますように、宗教や文化のあいだに、対立ではなく共存をもたらしたのが、海洋アジアの、すずやかにも開かれた性質であります。それは、多くの日本人を魅了しつづけるのです。だからこそわが国には、例えば人類の至宝、アンコール・ワットの修復に、孜々(しし)としておもむく専門家たちがいるのです。
それゆえ第四に、わたくしは、日本とみなさんのあいだに、文化のつながりがいっそうの充実をみるよう努めてまいります。
そして第五が、未来をになう世代の交流を促すことです。これについては、のちほど申し上げます。
いまから36年前、当時の福田赳夫総理は、ASEANに3つの約束をしました。日本は軍事大国にならない。ASEANと、「心と心の触れ合う」関係をつくる。そして日本とASEANは、対等なパートナーになるという、3つの原則です。
ご列席のみなさんは、わたくしの国が、この「福田ドクトリン」を忠実に信奉し、今日まできたことを誰よりもよくご存知です。
いまや、日本とASEANは、文字通り対等なパートナーとして、手を携えあって世界へ向かい、ともに善をなすときに至りました。
大きな海で世界中とつながる日本とASEANは、わたくしたちの世界が、自由で、オープンで、力でなく、法の統(す)べるところとなるよう、ともに働かなくてはならないと信じます。
ひととひとが自由に交わりあうことによって、互いを敬う文化が根ざすよう、努めねばならないと信じます。
III 日本を強くする
みなさん日本には、世界に対して引き受けるべき崇高な責任があり、なすべき幾多の課題があります。しかしおのれの経済が弱まるなかでは、どんな意欲も実現させることができません。
わたくしにとって最も大切な課題とは、日本経済をもういちど、力強い成長の道に乗せることであります。
伸びゆくASEANと結びつき、海という海に向け、自らをもっと開放することは、日本にとって選択の対象となりません。必要にして、欠かすことのできない事業だからであります。
日本には、資本があります。技術がありますし、社会の高齢化という点で歴史の先端を行く国ならではの、経験も増えてきました。不況が続き、一昨年は、千年に一度の災害に見舞われ、多くの犠牲を生んだにもかかわらず、社会の安定は、まだびくともしていません。
いままで、育てることを怠ってきた人的資源もあります。日本女性のことですが、わたくしはこれらのポテンシャルを一気に開放し、日本を活力に満ちた、未来を信じる人々の住む国にしたいと考えています。
いま日本人に必要なものがひとつあるとしたら、それは「自信」です。夏に咲いて、太陽を追いかけるひまわりのような、「向日性」です。かつて日本に、あふれるほどあったものが、いま、欠乏しています。
だからといって、わたくしはなにひとつ悲観しようと思いません。わたくしたち日本人が「自信欠乏症」にかかっているとすれば、それをなおしてくれる人があり、歌があるからです。ここからわたくしの話は、みなさんへの感謝に焦点を移します。
IV インドネシアにTerima kasih
すでにみなさん、インドネシアの人々は、日本人にたくさんの自信と、勇気を与えてくれました。そのおひとりが、この場にいないのはとても残念に思えます。
インドネシアと日本が結んだEPAは、多くの看護師を日本へ送りました。日本の資格を取ろうとする人も少なくありません。
それには、難しい試験を突破する必要があります。
2011年の資格試験は、地震が起きた直後に、結果発表の日を迎えました。難関を突破したおひとりが、兵庫県の病院で働くインドネシア人の女性、スワルティさんでした。
合格発表を受け、病院でスワルティさんが記者会見をしていたときです。喜びの顔が突然くもり、彼女はこう言い始めました。
「福島県で、宮城県でも、津波がきました」
声を詰まらせたスワルティさんは、病院の医師に向き直り、涙で声を震わせながら言ったのです。
「私もできれば行かせてください、先生。みなを手伝いたい。お願いします」。
スワルティさんは、被災地の、避難所へ入りました。家屋の半分が流され、500人以上の人が命を落とした町の避難所です。そこで、彼女は不思議な能力を発揮します。
ショックのせいで泣いてばかりの少女が、スワルティさんと話し始めると笑顔になりました。年老いた女性が、まるで孫に接するように、彼女にほほえみをみせました。不自由な避難所で、そんな光景が生まれました。
「大丈夫です。これからみなさん、ピカピカの未来がくるので、一緒にがんばりましょう」
避難所を去るときの、それが、スワルティさんのあいさつでした。
Wahai sakura,(ワハイ、サクラ)
mekarlah.(メカルラー)
mekarlah dengan penuh bangga,
(メカルラー、ドゥンガン、プヌー、バンガ)
di seluruh pelosok Jepang.
(ディ、スルルー、プロソック、ジパン)
Mari Jepang,(マリ、ジパン)
bangkitlah.(バンキットラー)
bangkitlah, dengan percaya diri,(バンキットラー、ドゥンガン、ペルチャヤ、ディリ)
di dunia ini.(ディ、ドゥニア、イニ)
わたしの下手なインドネシア語は、大目に見てください。この歌は、歌詞がもともと日本語なのです。
「桜よ」という、歌の一節です。「桜よ、咲き誇れ、日本の真ん中で咲き誇れ」「日本よ、咲き誇れ、世界の真ん中で咲き誇れ」と、歌ってくれています。
ジャカルタに、大学生たちによる、日本語でミュージカルを見せる「エン塾」という劇団があります。
2011年3月11日の悲劇を知り、心をいためたエン塾の学生たちは、日本よがんばれ、桜のように、世界で咲き誇れという歌を、美しい曲に乗せてくれました。
そして5月1日、30を超す大学から500人の学生がつどい、すばらしい合唱をしてくれたのです。
わたくしは彼らの合唱を見、声を聞きました。そして、深く、感動しました。いまから1分20秒だけお見せします。どうかご一緒にご覧ください。
ご列席のみなさま、この歌を作曲した青年がいます。JCC、ジャカルタ・コミュニケーション・クラブで、広報を担当している、ファドリ君です。
そして、JCCを創立し、エン塾の指導に努めてこられた先生、かいきり・すがこ(甲斐切清子)さんです。
ファドリ君、ありがとう。やさしいインドネシアのみなさん。みなさんと日本人は、みなさんが好きだという日本の歌、五輪真弓の歌がいう、「心の友」です。
そのことをスワルティさんや、ファドリ君たちが改めて教えてくれました。Terima kasih(テリマ・カシ)。V JENESYS 2.0を始める
わたくしは、ファドリ君たち、20年、30年先のインドネシアを担う世代の人々、ASEANの将来を引っ張る若者たちに、日本を訪れてほしいと思います。
エン塾のすばらしい学生たちにも、日本のいろいろなところへ見に来てもらいたい。そう思って、このたび、ASEANや、アジアの若者をお招きするプログラムを拡充し、強化することにしました。
ちょうど、6年前のことになります。わたくしは、日本の総理として、EAS参加国を中心に、ひろくアジア・太平洋各国から高校生や大学生、若者を日本へ呼ぶ事業を始めました。
ジェネシスという名のもと、当時のレートで約3億ドルの予算を当て始まったプログラムは、いままでに、ASEAN各国から1万4000人を超す若者を日本へ受け入れてきました。
これをもう一度、「ジェネシス2.0」と名づけ、熱意と感謝の気持ちを込めて、始めることにいたしました。
ジェネシス2.0は、3万人の若者を、ASEANを含むアジア諸国から日本に招待します。どうです、ファドリ君、それから、かいきり先生、どしどし宣伝してくださいませんでしょうか。
VI アジアの海よ平安なれ
40年前、日本がASEANとパートナーになったころ、インドネシアの経済がこれほど伸びると想像した人が果たしていたでしょうか。
名目GDPの変化を比べてみますと、この40年の間に、インドネシア経済は、10階建くらいの、どこにでもあるビル程度の高さだったものが、スメル山の高さにまで伸びたことがわかります。
古来、インドで生まれた仏教を大切にしてきた日本人にとって、スメル山とは、須弥山(しゅみせん)と称し、世界の中心にそびえる山を意味しました。
インドネシア40年の達成を、このようにたとえてみることは、したがいまして、われわれに二重の意味で、深い感慨を催さずにいないのであります。
わたくしはまた、アチェに津波が襲って以来の、みなさまの達成を、人類史が特筆すべきチャプターだと考えます。それは、復興と、和解、ひいては国全体の穏やかな民主化を、ともに達成した偉大な足跡でした。
わたくしは、そんなみなさまインドネシアの隣人であることを、誇りに思います。
初めにわたくしは、海に囲まれ、海に生き、海の安全を、おのれの安全とする国が日本であり、インドネシアであって、ASEANの、多くの国々であると申し上げました。
それはまた、アジア・太平洋からインド洋に広がる一帯に住まう、われわれすべてにとって共通の条件であります。
そんなわたくしたちが一層の安寧(あんねい)と、繁栄を謳歌できるよう、わたくしはきょう、日本外交がよって立つべき5つの原則を申し上げました。
わたくしたちにとって大切な、価値の信奉。コモンズ、なかんずく海を、力の支配する場としないこと。経済におけるネットワークの追求。そして文化の交わりと、未来世代の育成、交流を追い求めることです。
アジアの海よ、平安なれと祈ります。そのため、経済において強く、意思において強固で、国柄においてどこまでも開かれた日本をつくるべく、わたくしは身命を賭したいと思っています。
インドネシアの人々に、わたくしは、自分の決意を語ることができ、ほんとうによかったと思います。ご清聴くださり、ありがとうございました。
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◆ 『憲法が日本を亡ぼす』古森義久著 海竜社 2012年11月15日 第1刷発行 2012-11-28 | 読書
p78〜
2 日本のソフト・パワーの欠陥
○ハード・パワーは欠かせない
「日本が対外政策として唱えるソフト・パワーというのは、オキシモーランです」
ワシントンで、こんな指摘を聞き、ぎくりとした。
英語のオキシモーラン(Oxymoron)という言葉は「矛盾語法」という意味である。たとえば、「晴天の雨の日」とか「悲嘆の楽天主義者」というような撞着の表現を指す。つじつまの合わない、相反する言葉づかいだと思えばよい。(略)
p79〜
日本のソフト・パワーとは、国際社会での安全保障や平和のためには、軍事や政治そのものというハードな方法ではなく、経済援助とか対話とか文化というソフトな方法でのぞむという概念である。その極端なところは、おそらく鳩山元首相の「友愛」だろう。とくに日本では「世界の平和を日本のソフト・パワーで守る」という趣旨のスローガンに人気がある。
ところが、クリングナー氏はパワーというのはそもそもソフトではなく、堅固で強固な実際の力のことだと指摘するのだ。つまり、パワーはハードなのだという。そのパワーにソフトという形容をつけて並列におくことは語法として矛盾、つまりオキシモーランだというのである。
クリングナー氏が語る。
「日本の識者たちは、このソフト・パワーなるものによる目に見えない影響力によって、アジアでの尊敬を勝ち得ているとよく主張します。しかし、はたからみれば、安全保障や軍事の責任を逃れる口実として映ります。平和を守り、戦争やテロを防ぐには、安全保障の実効のある措置が不可欠です」
p80〜
確かにこの当時、激しく展開されていたアフガニスタンでのテロ勢力との戦いでも、まず必要とされるのは軍事面での封じ込め作業であり、抑止だった。日本はこのハードな領域には加わらず、経済援助とかタリバンから帰順した元戦士たちの社会復帰支援というソフトな活動だけに留まっていた。(略)
クリングナー氏の主張は、つまりは、日本は危険なハード作業はせず、カネだけですむ安全でソフトな作業ばかりをしてきた、というわけだ。最小限の貢献に対し最大限の受益を得ているのが、日本だというのである。
「安全保障の実現にはまずハード・パワーが必要であり、ソフト・パワーはそれを側面から補強はするでしょう。しかし、ハード・パワーを代替することは絶対にできません」
p81〜
となると、日本が他の諸国とともに安全保障の難題に直面し、自国はソフト・パワーとしてしか機能しないと宣言すれば、ハードな作業は他の国々に押しつけることを意味してしまう。クリングナー氏は、そうした日本の特異な態度を批判しているのだった。(略)
p82〜
しかし、日本が国際安全保障ではソフトな活動しかできない、あるいは、しようとしないという特殊体質の歴史をさかのぼっていくと、どうしても憲法にぶつかる。
憲法9条が戦争を禁じ、戦力の保持を禁じ、日本領土以外での軍事力の行使はすべて禁止しているからだ。現行の解釈は各国と共同での国際平和維持活動の際に必要な集団的自衛権さえも禁じている。前項で述べた「8月の平和論」も、たぶんに憲法の影響が大きいといえよう。
日本の憲法がアメリカ側によって起草された経緯を考えれば、戦後の日本が対外的にソフトな活動しか取れないのは、そもそもアメリカのせいなのだ、という反論もできるだろう。アメリカは日本の憲法を単に起草しただけではなく、戦後の長い年月、日本にとっての防衛面での自縄自縛の第9条を支持さえしてきた。日本の憲法改正には反対、というアメリカ側の識者も多かった。
ところがその点でのアメリカ側の意向も、最近はすっかり変わってきたようなのだ。共和党のブッシュ政権時代には、政府高官までが、日米同盟をより効果的に機能させるには日本が集団的自衛権を行使できるようになるべきだ、と語っていた。
p83〜
オバマ政権の中盤から後半にかけての時期、アメリカ側では、日本が憲法を改正したほうが日米同盟のより効果的な機能には有利だとする意見が広がり、ほぼ超党派となってきたようなのだ。
p158〜
第6章 防衛強化を迫るアメリカ
2 日本の中距離ミサイル配備案
○中国膨張がアジアを変えた
「日本は中国を射程におさめる中距離ミサイルの配備を考えるべきだ」---。
アメリカの元政府高官ら5人によるこんな提言がワシントンで発表された。20011年9月のことである。
日米安保関係の長い歴史でも、前例のないショッキングな提案だった。日本側の防衛政策をめぐる現状をみれば、とんでもない提案だとも言えよう。憲法上の制約という議論がすぐに出てくるし、そもそも大震災の被害から立ち直っていない日本にとって、新鋭兵器の調達自体が財政面ではまず不可能に近い。
しかし、この提案をしたアメリカ側の専門家たちは、歴代の政権で日本を含むアジアの安全保障に深くかかわってきた元高官である。日本の防衛の現実を知らないはずがない。
p162〜
中国は射程約1800キロの準中距離弾道ミサイル(MRBM)の主力DF21Cを90基ほど配備して、非核の通常弾頭を日本全土に打ち込める能力を有している。同じ中距離の射程1500キロ巡航ミサイルDH10も総数400基ほどを備えて、同様に日本を射程におさめている。米国防総省の情報では、中国側のこれら中距離ミサイルは台湾有事には日本の嘉手納、横田、三沢などの米空軍基地を攻撃する任務を与えられているという。
しかし、アメリカ側は中国のこれほどの大量の中距離ミサイルに対して、同種の中距離ミサイルを地上配備ではまったく保有していない。1章で述べたとおり、アメリカは東西冷戦時代のソ連との軍縮によって中距離ミサイルを全廃してしまったのだ。ロシアも同様である。
p163〜
だからこの階級のミサイルを配備は、いまや中国の独壇場なのである。
「中国は日本を攻撃できる中距離ミサイルを配備して、脅威を高めているが、日本側ももし中国のミサイルを攻撃を受けた場合、同種のミサイルをで即時に中国の要衝を攻撃できる能力を保持すれば、中国への効果的な抑止力となる」
衝突しうる2国間の軍事対立では力の均衡が戦争を防ぐという原則である。抑止と均衡の原則だともいえる。
実際にアメリカとソ連のかつての対立をみても、中距離ミサイルは双方が均衡に近い状態に達したところで相互に全廃とという基本が決められた。一方だけがミサイル保有というのでは、全廃や削減のインセンティブは生まれない。だから、中国の中距離ミサイルを無力化し、抑止するためには日本側も同種のミサイルを保有することが効果的だというのである。
日本がこの提案の方向へと動けば、日米同盟の従来の片務性を減らし、双務的な相互防衛へと近づくことを意味する。アメリカも対日同盟の有効な機能の維持には、もはや日本の積極果敢な協力を不可欠とみなす、というところまできてしまったようなのである。
p164〜
3 アメリカで始まる日本の核武装論議
○中国ミサイルの脅威
アメリカ議会の有力議員が日本に核武装を考え、論じることを促した。日本側で大きくは取り上げられはしなかったが、さまざまな意味で衝撃的な発言だった。アメリカ連邦議会の議員がなかば公開の場で、日本も核兵器を開発することを論議すべきだと、正面から提言したことは、それまで前例がなかった。
この衝撃的な発言を直接に聞いたのは、2011年7月10日からワシントンを訪れた拉致関連の合同代表団だった。
p165〜
さて、この訪米団は、7月14日までアメリカ側のオバマ政権高官たちや、連邦議会の上下両院議員ら合計14人と面会し、新たな協力や連帯への誓約の言葉を得た。核武装発言はこの対米協議の過程で11日、下院外交委員会の有力メンバー、スティーブ・シャボット議員(共和党)から出たのだった。
p166〜
続いて、東祥三議員がアメリカが北朝鮮に圧力をかけることを要請し、後に拉致問題担当の国務大臣となる松原議員がオバマ政権が検討している北朝鮮への食糧援助を実行しないように求めた。
シャボット議員も同調して、北朝鮮には融和の手を差し伸べても、こちらが望む行動はとらず、むしろこちらが強硬措置をとったときに、譲歩してくる、と述べた。
p167〜
○日本の核武装が拉致を解決する
そのうえでシャボット議員は、次のように発言した。
「北朝鮮の核兵器開発は韓国、日本、台湾、アメリカのすべてにとって脅威なのだから、北朝鮮に対しては食糧も燃料も与えるべきではありません。圧力をかけることに私も賛成です」
「私は日本に対し、なにをすべきだと述べる立場にはないが、北朝鮮に最大の圧力をかけられる国は中国であり、中国は日本をライバルとしてみています」
「だから、もし日本が自国の核兵器プログラムの開発を真剣に考えているとなれば、中国は日本が核武装を止めることを条件に、北朝鮮に核兵器の開発を止めるよう圧力をかけるでしょう」
肝心な部分はこれだけの短い発言ではあったが、その内容の核心はまさに日本への核武装の勧めなのである。北朝鮮の核兵器開発を停止させるために、日本も核兵器開発を真剣に考えるべきだ、というのである。
そしてその勧めの背後には、北朝鮮が核開発を止めるほどの圧力を受ければ、当然、日本人拉致でも大きな譲歩をしてくるだろう、という示唆が明らかに存在する。
p168〜
つまりは北朝鮮に核兵器開発と日本人拉致と両方での譲歩を迫るために、日本も独自に核武装を考えよ、と奨励するのである。
日本の核武装は中国が最も嫌がるから、中国は日本が核武装しそうになれば、北朝鮮に圧力をかけて、北の核武装を止めさせるだろう、という理窟だった。
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◆ 安倍晋三首相が提唱した「セキュリティー・ダイヤモンド」安全保障 「インド◇日本◇ハワイ◇豪州」連携 | 政治〈領土/防衛/安全保障/憲法〉
「安保ダイヤモンド」形成着々 中国包囲網へ豪重視鮮明
産経新聞 1月14日(月)7時55分配信
岸田文雄外相がオーストラリアのカー外相との会談で、米国を含めた安全保障分野の協力を加速させる方針で合意したのは、海洋進出を進める中国を牽制(けんせい)する狙いがある。民主党政権下では豪州側の“片思い”が続いていたが、政権交代を機に「戦略的パートナー」として豪州重視を打ち出した形だ。
安倍晋三首相は就任直後に発表した論文で、豪州、米ハワイ、インド、日本を結ぶ「安全保障のダイヤモンド」を形成する戦略構想を明かしている。
この中で中国については、海上交通路(シーレーン)が通る南シナ海を「北京の湖」として影響力を増していると警戒を示し、インド洋と西太平洋の海洋安全保障を目的とした日米豪印の協力強化を訴えた。
首相は第1次政権時代もアジア地域などで自由や民主主義、法の支配の定着を目指す「自由と繁栄の弧」構想を掲げた。
日豪両国は平成19年の「安全保障協力に関する日豪共同宣言」を受け、物品役務相互提供協定(ACSA)や安全保障に関する情報保護協定に署名するなど着実に安保協力を進展させてきた。
しかし、首脳・閣僚間の交流では豪州の一方的な熱意が目立っている。民主党政権時代の3年余りの間、豪州の首相や閣僚が来日したのは延べ22回だったのに対し、日本側はわずか7回。外務省幹部は「日本がどれだけ豪州のラブコールに応えられているのかという反省はある」と語る。
豪州は昨年4月に米軍のローテーション展開を受け入れており、中国を念頭に置いた米国との関係強化に乗り出している。日本に対しても協力拡大を要請している。日豪当局者間の協議では、豪州側が日本に集団的自衛権の行使容認をたびたび求めているという。
安倍政権は「豪印両国との関係をより高い段階にしたい」(外務省幹部)として、会談を機に安保協力をさらに拡大させる方針だ。政府内には「公海上で日豪いずれかの船舶が攻撃を受けた際に、双方が守る“疑似同盟”を将来的には考えるべきだ」(政府関係者)との声も出ている。(杉本康士)
最終更新:1月14日(月)8時55分
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「ダイヤ形」安保 輝くか インド◇日本◇ハワイ◇豪州 連携
中日〈東京〉新聞 2013/01/17Thu. 特報
海洋進出「封じ込め」狙い
ダイヤモンド安保構想−。耳慣れない言葉だが、安倍晋三首相が昨年末、提唱した外交安保のアイデア。日本、インド、豪州、米ハワイ州の連携を強め、ダイヤモンドの形の枠組みをつくる。狙いは海洋進出に野心的な中国に対するけん制であり、「封じ込め」戦術。ダイヤモンド安保の可能性と問題を考えた。(上田千秋・林啓太)
■中国けん制へ首相提唱
「インド洋から西太平洋にかけて共有する海を守るため豪州、インド、日本、ハワイ州が『ダイヤモンド』を形成する」。「ダイヤモンド安全保障構想」は安倍首相が十二月二十七日、国際NPO「プロジェクト・シンジケート」に寄稿した論文で提唱した。
ダイヤモンドは、日本など四カ国・州を線で結ぶと浮かび上がるひし形を指す。四角い海域での「航海の自由」を、日米印豪の四カ国が連携して守る戦略という。
「プロジェクト・シンジケート」のウェブサイトには「安倍晋三首相」の名前が入っているが、実際には首相就任前に書いたものとみられ、そのためか、やや踏み込んだ表現が目立つ。
論文にはこの海域に軍事面で進出を図る中国に対する首相の強い警戒感が込められている。中国は南シナ海の南沙諸島の領有権をめぐりフィリピンやベトナムなどと対立を深めているが、安倍首相は南シナ海が「『北京の湖』になるようにみえる」とかなり刺激的な表現を使っている。加えて首相は「日本が東シナ海で中国に屈してはならない」と強調。日中の尖閣諸島の領有権問題で日本の立場の正当性を訴えている。
■価値観外交
安倍首相は以前から「自由、民主主義、基本的人権といった価値観を共有する国との関係を深める」と、「価値観外交」を主張している。今回のダイヤモンド安保構想も、こうした価値観外交に基づくもので、立命館大学の宮家邦彦客員教授(外交・安全保障)は「日本は米国、インド、豪州と民主主義の価値観を共有している。中国に尻込みしない民主主義国家をつなぎ、太平洋での自己主張が強まった中国に対し、現状の海洋秩序を守らせようとしている」と指摘。中国への牽制が最大の狙いだろうと解説する。
東京財団の渡部恒雄上席研究員は「民主主義の価値観を共有しない、と言われることは中国からすればいやなこと」と指摘。その上で「首相は、ダイヤモンド構想の方針を示して中国に圧力を加え、自由主義国が海洋秩序を維持する枠組みに加わらざるを得なくさせる作戦だろう。そうすると、中国は尖閣諸島をめぐる行動も制限されるようになる」
前の安倍政権ではこれと同じように「自由と繁栄の弧」があったが、ダイヤモンド安保構想はこれとはどう異なるのか。宮家氏は「戦略の切り口が海か、陸かの違いだ」と説明する。「自由と繁栄の弧が唱えられた当時は、日本がテロ対策をめぐり、イラクやアフガニスタンを支援し、ユーラシア大陸の東西を結ぶ価値観外交に重点が置かれていた。今は中国の海洋進出が大きな問題で、海を意識した構想を立てなければならなくなった」
双日総合研究所(東京)の吉崎達彦副所長は「海洋国家である日本の価値感に裏打ちされたものの見方。セキュリティー・ダイヤモンドという言葉も斬新だし、コンセプトで闘うとの発想は今までの日本にはなかった。首相の発言としてはやや軽い印象があるが、政治家・安倍晋三個人の発言なら非常に面白い」と構想を評価した。
佐藤優・元外務省主任分析官は「ロシアは静観するだろう。しかし、(中国を牽制する意味で)腹の底では歓迎するはずだ」との見通しを示した。
高まる緊張 逆効果?
安倍政権はこの構想に沿って動き出している印象がある。ダイヤモンドの枠に入る東南アジアを重視する姿勢を鮮明にしている。
今月に入って麻生太郎財務相がミャンマーを訪問。岸田文雄外相はフィリピン、シンガポール、ブルネイ、豪州を歴訪。安倍首相も十六〜十九日、ベトナム、タイ、インドネシアの三カ国を回る。
「日本も世論戦でカウンターパンチを出せるんだと、中国に意識させることができる」(吉崎氏)との好意的な見方もある一方、実際にダイヤモンドを形成するには、問題が山積しているのも事実だ。
■豪印に温度差
岸田外相と会談した豪州のカー外相は十三日、「日豪関係は中国を封じ込めるものではない。日本との関係緊密化は豪中、日中の関係強化と共存できる」と述べて日本の出方をけん制。「日豪はともに米国と同盟国。戦略認識を共有し、協力関係をいっそう推進していきたい」と語った岸田外相とは微妙な温度差を感じさせた。
ダイヤモンドを結ぶ、もう一つの国、インドが同調するかどうかも疑わしい。外交評論家の孫崎亨氏は「インドの中国との貿易量は日本の何倍にも当たり、国の重要度は中国の方がはるかに上。現実的に考えれば、できるとは思えない」とみる。
岐阜女子大南アジア研究センターの福永正明センター長補佐も「『日印の関係が、日米関係を超えるわけがない』というのがインドの一般的な考え方。インドからすれば、日米を基軸としたものよりも東南アジア諸国連合(ASEAN)との関係や自由を中心とした別の枠組みを考えていくだろう」との見方を示す。さらに「日米同盟の強化や対中政策のためにインドを犠牲にしようとしているのでは、と考えている識者もいる」と指摘する。
■口実与える?
ダイヤモンド構想が中国を強く刺激し、尖閣問題などをめぐる緊張を高める危険があるとの見方もある。
慶応大学の渡辺靖教授(文化外交)は構想自体は「悪くないアイデア」という一方、「日中関係は今、非常に危険な領域に入っている。構想は、『中国にとって脅威になる。拡張路線を進めなければならない』との口実を与えかねず、逆効果になる可能性がある」と指摘する。
渡辺氏はこうした構想と並行して、中国政府の中枢にパイプをつくるなど地道な努力の積み重ねによって、関係改善を図るべきだとの考えだ。「いざという時に落としどころを見つけるのは政治家同士のコミュニケーションなのに、それができていない」と説く。
孫崎氏も、ダイヤモンド構想の裏には米国の戦略がちらつくと否定的な考えを強調。「日米は価値が共通だとか、中国と連携できるわけがないと主張するが、それは米国の軍産複合体が使うロジック。米国は自国のカネを使わずに、日本などに負担させたいだけのことだ」と述べた。 *リンクは来栖
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Asia’s Democratic Security Diamond by Shinzo Abe- Project Syndicate http://po.st/e9XtMg
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