防衛大学校教授・倉田秀也 北の狙いは米軍事介入の遮断だ
産経新聞【正論】2013/02/14 03:07更新
北朝鮮が強行した第3回の核実験の観測データは皆無に等しい。だが、北朝鮮がそこで何を試みたかは事前に示唆されている。1月24日の国防委員会声明では、「高い水準の爆発」を行うとされた。それは、少量の核融合物質を用いたブースト型による核爆発で、核弾頭を小型化することを指していたとみていい。今回は、濃縮ウランを用いた可能性も指摘されている。北朝鮮はすでに2010年、「各種の核兵器」を製造する意志を示し、従来のプルトニウム型の核兵器に加え、ウランを用いた核兵器の製造と量産に着手していることをほのめかしていた。
≪米市民人質に取る北核抑止力≫
いずれ観測データが明らかになれば、実験当日の12日に外務省報道官が述べたように、今回の核実験が、核爆発装置の小型化、軽量化、多様化を試みたものであることが裏付けられるであろう。そして、今回の核実験が、何らかの物体を極軌道に乗せた昨年末の弾道ミサイル発射を踏まえて行われたとすれば、そこで北朝鮮が得ようとしていたものも自明となる。
北朝鮮の「核抑止力」が米国に向けられたものである以上、ニューヨーク、ワシントンに「キノコ雲」を立たせる能力を持たない限り完成することはない−筆者は本欄でかねてこう指摘してきた。
北朝鮮がその能力を確実に取得するまでには、克服すべき技術的な問題は残るとはいえ、北朝鮮が今回、それを念頭に置いていたとの指摘にも格別異論を唱えない。事実、北朝鮮は今回の核実験を米国に向けて実施したことを隠そうとはせず、対する米国の非難声明も、北東アジアの安全を脅かすという従来の非難言辞に代えて、米国の安全を直接脅かすものだという危機意識を鮮明にしている。
ただ、北朝鮮が将来、米本土を射程に置く核ミサイルを完成させたとして、米国に対し全面核戦争を挑むほど、彼の国の若き指導者は無謀でもなければ、暗愚でもないだろう。今回の核実験についても、北朝鮮が用いる「核抑止力」という語に立ち返って、その意味を考えてみなければならない。
≪米韓・日米同盟への挑戦≫
原文の北朝鮮の公式文献には、長年「愛読」していないと理解不能の「北朝鮮語」が鏤(ちりば)められているが、核兵器開発に関して彼の国が挑んでいるのは、安全保障の分野では意外に古典的な問いであったりする。今回の核実験が投げかけている問いも例外ではない。
朝鮮半島で大規模な武力衝突が起きて−それは常に日本に波及する可能性を孕(はら)む−、米国が北朝鮮に武力を行使する場合、それでも米本土に撃ち込める核戦力が北朝鮮に生き残るのであれば、米国は果たして、躊躇(ちゅうちょ)なく北朝鮮に軍事力を用いることができようか。ニューヨーク、ワシントンの無辜(むこ)の米市民を人質に取られて、米国はソウルと東京を守ることに躊躇しないか、という問いでもある。
北朝鮮ではすでに、日本の主要都市の全てを射程に収める弾道ミサイル、ノドンが移動式発射台に載せられ、山中、地下に格納されているという。北朝鮮が将来、昨年末に発射に成功したテポドンIIの改良型以上の射程を持つ弾道ミサイルを開発し、「小型化」「軽量化」した核弾頭をそれに搭載したら、米本土に対する北朝鮮の脅威はいよいよ本格化する。そして、それがノドンと同様に山中、地下に格納されたとき、米国が韓国、日本との同盟義務を果たすためには、無辜の米市民を犠牲にする覚悟をしなければならない。
これは、北朝鮮の核ミサイルを「無力化」するミサイル防衛(MD)の効力などを変数に入れない単純な問いである。だが、そこで米国が覚える躊躇こそが北朝鮮のいう「核抑止力」に他ならない。北朝鮮の「核抑止力」が高まれば高まるほど、米韓同盟、日米同盟がそれまで抑止力としてきた武力行使の幅は狭まることになる。
北朝鮮が「核抑止力」を口にし始めて10年余が過ぎた。3年前に発生した韓国海軍哨戒艦「天安」の沈没、延坪(ヨンピョン)島砲撃という、それまで米韓同盟が抑止できると考えられた「正規軍」の通常兵力による武力行使は、金正恩の権力基盤の確立という内政的な理由だけを背景にするものだったろうか。
≪「平和協定」で北の思惑は?≫
もとより、過去そうであったように、北朝鮮は今回の「核実験成功」を背に、米国に協議を持ちかけるであろう。米国を協議に引き入れながら、その軍事介入を「核抑止力」で遮断しようとするのは一見矛盾するようにも思えるが、そうとは限らない。北朝鮮は、今回の核実験を米国の「敵視政策」に対抗するものだとして正当化したが、米国との協議が実現すれば、「敵視政策」の源泉は軍事停戦体制にありとして平和協定締結を提議するに違いない。
北朝鮮の認識では「核抑止力」という剥(む)き出しの武力と「平和協定」という制度的措置は、朝鮮半島への米軍事介入を遮断する目標に収斂(しゅうれん)する。2つが整ったとき、米韓同盟と日米同盟も北朝鮮の武力挑発の前に無力化される。北朝鮮が描く戦略の終着点である。(くらた ひでや) *強調(太字・着色)は来栖
=========================================
◆ 『帝国の終焉』(「スーパーパワー」でなくなった同盟国・アメリカ)日高義樹著 2012年2月13日第1版第1刷発行 PHP研究所
p150〜
北朝鮮はすでに述べたように、世界各国にノドン、テポドンといったミサイルを売り、核爆弾の材料である濃縮ウランの製造にも協力をしている。北朝鮮は、軍事技術の輸出国として莫大な資金を稼ぎ始めているが、その北朝鮮の仮想敵国はまぎれもなく日本である。北朝鮮は中国の政治的な支援を背景に、日本を攻撃できる能力を着実に高めている。
中国と北朝鮮だけではない。いったんは崩壊したと見られるロシアが再びプーチン大統領のもとで軍事力を増強し、極東の軍事体制を強化している。
p151〜
ソビエトは共和国を手放し、ロシアと名を変えたが、冷戦が終わって資源争奪戦の時代に入るや、国内に大量に保有している石油や地下資源を売って経済力を手にし、それによって軍事力を強化し始めている。(略)
ロシアは現在、石油や地下資源で稼いだ資金をもとに、新しい潜水艦やミサイルの開発に力を入れ、ヨーロッパではNATO軍に対抗する姿勢を取り始めている。2009年と10年には、日本海で新しい潜水艦の試験航海を行ったのをはじめ、偵察機や爆撃機を日本周辺に飛ばしている。
ロシアもまた、極東における新たな軍事的脅威になりつつある。ロシアの究極の敵は国境をはさんだ中国といわれているが、海軍力では中国に勝るロシアが、日本列島を越えて中国と海軍力で対立を深めていくのは当然のことと思われる。
p152〜
中国はアメリカに対抗するため、大陸間弾道弾や核兵器の開発に力を入れている。すでに55発から65発の大陸間弾道弾による態勢を確立している。この大陸間弾道弾のなかには、固形燃料で地上での移動が可能な長距離ミサイルや、液体燃料を使う中距離ミサイルなどがある。
中国は潜水艦から発射するミサイルの開発も終わっている。これは中国の核戦略の対象がアメリカであることを示しているが、日本を攻撃できる射程3,000キロのミサイルの開発にも力を入れている。日本が中国の核ミサイルの照準になっていることに、十分注意する必要がある。
中国がアメリカに対抗できる核戦略を持ち、アメリカの核抑止力が日本を守るために発動されるかどうか分からなくなっている以上、日本も核兵器を持つ必要がある。「日本が平和主義でいれば核の恫喝を受けない」という考えは、世界の現実を知らない者の世迷い言に過ぎない。
すでに述べたように、中国は、民主主義や自由主義、国際主義といった西欧の考え方を受け入れることを拒み、独自の論理とアメリカに対抗する軍事力によって世界を相手にしようとしている。第2次大戦以降続いてきた平和主義の構想がいまや役に立たないことは明らかである。日本を取り巻く情勢が世界で最も危険で過酷なものになっているのは、中国が全く新しい論理と軍事力に基づく体制をつくって、世界の秩序を変えようとしているからである。
p162〜
2010年、私の新年のテレビ番組のために行った恒例のインタビューでキッシンジャー博士はこう言った。
「日本のような経済的大国が核兵器を持たないのは異例なことだ。歴史的に見れば経済大国は自らを自らの力で守る。日本が核兵器を持っても決しておかしくはない」
p166〜
日本では左翼の学者や政治家たちが、核をことさら特別なものとして扱い、核兵器を投下された場所で祈ることが戦争をなくすことにつながる、と主張している。私は、こういった考え方を持つ進歩派の政治家の発言に驚いたことがある。
福島原発の事故の担当になった民主党政権の若い政治家が、「これからどのような対策をとるのか」という私の質問に、「原子力は神の火で、軽々しくは取り扱えない」と答えた。「神の火」とは恐れ入った表現である。核エネルギーは石油や石炭と同じエネルギーの1つである。核爆弾も破壊兵器の1つに過ぎない。
日本に関するかぎり、核爆弾を特殊扱いする政治的な狙いは的を射た。日本人の多くが、核を「神の火」であると恐れおののき、手を触れてはならないものと思い込み、決して核兵器を持ってはならないという考えにとりつかれている。この状況が続く限り、日本人は核を持たないであろうとアメリカの政治家は考え、日本の指導者に圧力を加え続けてきた。だがその状況は大きく変わり、シュレジンジャー博士のように「持つも持たないも日本の勝手」ということになりつつある。
p168〜
第4部 日本はどこまで軍事力を増強すべきか
日本はいま、歴史的な危機に直面している。ごく近くの隣国である中国は、核兵器を中心に強大な軍事体制をつくりあげ、西欧とは違う独自の倫理に基づく国家体制をつくりあげ、世界に広げようとしている。すでに述べたように、中国は人類の進歩が封建主義や専制主義から民主主義へ向かうという流れを信用していない。中央集権的な共産党一党独裁体制を最上とする国家を維持しながら軍事力を増強している。そのような国の隣に位置している日本が、このまま安全でいられるはずがない。
日本はいまや、同じ民主主義と人道主義、国際主義に基づく資本主義体制を持つアメリカの支援をこれまでのようには、あてにできなくなっている。アメリカは、歴史的な額の財政赤字を抱えて混乱しているだけでなく、アメリカの外のことに全く関心のない大統領が政権に就いている。こうした危機のもとで、日本は第2次大戦に敗れて以来、初めて自らの力で自らを守り、自らの利益を擁護しなければならなくなった。
第2次大戦が終わって以来、日本人が信奉してきた平和主義は、確かに人類の歴史上に存在する理念である。だが、これほど実現の難しい理念もない。
p170〜
国家という異質なもの同士が混在する国際社会には、絶対的な管理システムがない。対立は避けられないのである。人間の習性として、争いを避けることはきわめて難しい。大げさに言えば、人類は発生した時から戦っている。突然変異でもないかぎり、その習性はなくならない。
国連をはじめとする国際機関は、世界平和という理想を掲げているものの、強制力はない。理想と現実の世界のあいだには深く大きなギャップがあることは、あらゆる人が知っていることだ。
日本はこれまで、アメリカの核の傘のもとに通常兵力を整備することによって安全保障体制を確保していたが、その体制は不安定になりつつある。今後は、普遍的な原則に基づいた軍事力を整備していかなければならない。普遍的な原則というのは、どのような軍事力をどう展開するかということである。
p171〜
日本は、「自分の利益を守るために、戦わねばならなくなった時にどのような備えをするか」ということにも、「その戦争に勝つためには、どのような兵器がどれだけ必要か」ということにも無縁なまま、半世紀以上を過ごしてきた。アメリカが日本の後ろ盾となって、日本にいるかぎり、日本に対する戦争はアメリカに対する戦争になる。そのような無謀な国はない。したがって戦争を考える必要はなかった。このため日本はいつの間にか、外交や国連やその他の国際機関を通じて交渉することだけが国の利益を守る行為だと思うようになった。
よく考えてみるまでもなく、アメリカの日本占領はせいぜい数十年である。人類が戦いをくり返してきた数千年の歴史を見れば、瞬きするほどの時間にすぎない。日本人が戦争を考えずに暮らしてこられた年月は、ごく短かったのである。日本人はいま歴史の現実に直面させられている。自らの利益を守るためには戦わねばならない事態が起きることを自覚しなければならなくなっている。
国家間で対立が起きた時、同じ主義に基づく体制同士であれば、まず外交上の折衝が行われる。駆け引きを行うこともできる。だがいまの国際社会の現状のもとでは、それだけで解決がつかないことのほうが多い。尖閣諸島問題ひとつをとってみても明らかなように、外交交渉では到底カタがつかない。
p172〜
ハドソン研究所のオドム中将がいつも私に言っていたように、「常にどのような戦いをするかを問い、その戦いに勝つ兵器の配備を考える」ことが基本である。これまでは、アメリカの軍事力が日本を守っていたので、日本の軍事力は、アメリカの沿岸警備隊程度のものでよかった。日本国防論は空想的なもので済んできたのである。
p173〜
ヨーロッパで言えば、領土の境界線は地上の一線によって仕切られている。領土を守ることはすなわち国土を守ることだ。そのため軍隊が境界線を守り、領土を防衛している。だが海に囲まれた日本の境界線は海である。当然のことながら日本は、国際的に領海と認められている海域を全て日本の海上兵力で厳しく監視し、守らなければならない。尖閣諸島に対する中国の無謀な行動に対して菅内閣は、自ら国際法の原則を破るような行動をとり、国家についての認識が全くないことを暴露してしまった。
日本は海上艦艇を増強し、常に領海を監視し防衛する体制を24時間とる必要がある。(略)竹島のケースなどは明らかに日本政府の国際上の義務違反である。南西諸島に陸上自衛隊が常駐態勢を取り始めたが、当然のこととはいえ、限られた予算の中で国際的な慣例と法令を守ろうとする姿勢を明らかにしたと、世界の軍事専門家から称賛されている。
冷戦が終わり21世紀に入ってから、世界的に海域や領土をめぐる紛争が増えている。北極ではスウェーデンや、ノルウェーといった国が軍事力を増強し、協力態勢を強化し、紛争の排除に全力を挙げている。
p174〜
日本の陸上自衛隊の南西諸島駐留も、国際的な動きの1つであると考えられているが、さらに必要なのは、そういった最前線との通信体制や補給体制を確立することである。
北朝鮮による日本人拉致事件が明るみに出た時、世界の国々は北朝鮮を非難し、拉致された人々に同情したが、日本という国には同情はしなかった。領土と国民の安全を維持できない日本は、国家の義務を果たしていないとみなされた。北朝鮮の秘密工作員がやすやすと入り込み、国民を拉致していったのを見過ごした日本は、まともな国家ではないと思われても当然だった。
p207〜
日本にも、アメリカ的な自由、平等といった考え方に共感する人は大勢いる。だがその共感が世界国家主義につながっているケースが多い。国境がなくなり世界が一つになれば、人間はもっと幸福になるという考え方である。だがすでに述べたように、人類のDNAが突然変異を起こさないかぎり、世界国家が実現することはない。
人と人との対立は人間の自然のあり方なのである。人は己の利益を守ろうとして対立する。思想や宗教で対立する。ハッサム中佐は、アメリカという国に、同じ回教徒である人々に銃を向けろと命令されたことに反発し、悩んだ末に回教徒ではない人々に銃を向け殺傷した。
アメリカだけではなく、世界のあらゆる場所で人種や宗教からくる対立が起きている。つまりアメリカだけの問題ではない。人間そのものの問題なのである。簡単に言ってしまえば、理念や考え方、宗教が異なる人々が、一緒の行動をとることは非常に難しいということである。だからといって一人ひとりが勝手な行動をとり続ければ、アナーキー、無政府状態の混乱に陥る。人を国に置き換えれば、世界国家というものがいかに現実離れした考えかがよく分かる。
--------------
↧
北の狙いは米軍事介入の遮断だ
↧