パキスタンのグワダル港を得た中国 「真珠の首飾り」に神経をとがらせるインド
WEDGE Infinity 世界潮流を読む 岡崎研究所論評集 2013年03月15日(Fri)岡崎研究所
米海軍大学のホームズが、Diplomat誌ウェブサイトに2月9日付で掲載された論説で、中国はパキスタンのグワダル港の運営権を得ることとなったが、同港は軍港には適さず、また、余程のことが無い限り、パキスタンが、同港の有事における軍事利用を中国に認めることもないであろう、と述べています。
すなわち、中国が多額の資金を投じて開発してきたパキスタンのグワダル港の運営権が、シンガポールのPSA社から中国の国有企業に移管されることとなった。この移管は長年の懸案であったので特に驚くべきことではない。
しかし、インド政府関係者は、インド亜大陸の西の脇腹に中国が進出してくることへの懸念を表明している。グワダルのコンテナ港を改良すれば、軍艦の入港も可能になるので、インドを取り囲む中国の海軍基地ネットワーク「真珠の首飾り」の一環になるのではないかとの懸念である。
インド・太平洋地域で一種の連鎖反応が起きており、西部太平洋では、中国が海洋覇権国の米国に包囲されることを懸念し、南アジアでは、インドが将来の覇権国たる中国に包囲されることを懸念している。
但し、現時点では、インド側は心配し過ぎである。この点は、マハンの海軍基地評価基準に照らし合わせれば明らかである。マハンの第一の基準は、地図上の位置であり、重要なシーレーンやチョーク・ポイントに近いか否かである。第二の基準は、強度であり、自然の要塞か或いは要塞化が可能か否かである。第三は、資源であり、周辺地区からの補給または船舶による補給が可能か否かである。
グワダル港は、インドの西にありホルムズ海峡にも近いので位置は問題ないが、強度は無く、補給も駄目である。同港は、海岸から突き出た狭い土地にあり、航空機及びミサイルによる攻撃の絶好の標的になる。補給は、反乱に悩まされているバルチスタン経由となる。マハンならば、中国にグワダルは推薦しないであろう。
マハンの三つの基準に、新たに、同盟関係への配慮という四つ目の基準を付け加えたい。パキスタンが平時に中国海軍による同港の利用を認めるとしても、有事にも認めるとは言えない。同港の潜在的な経済的価値が極めて大きいからである。パキスタンの体制が危機的状況になることでもない限り、「真珠の首飾り」に同調することは避けるはずである。その代償が大きすぎるからである。
中国がインド洋への海軍力進出に関心を持っていることは確かであるが、当面は、将来のオプションを確保しようとしているにすぎない。インドは、警戒はすべきであるが、怖れ過ぎてはならない。天が落ちて来ることがあるとしても、今ではない、と述べています。
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この件に関しては、シンガポールのPSA社は、グワダル港の40年間の運用権を獲得していましたが、運用実績が上がらず撤退を望んでおり、パキスタン政府が中国側に頼み込んで運用を引き継いでもらったというのが実情と伝えられています。
ホームズが指摘する通り、中国は、将来のための駒を取りあえず確保しただけのことであり、グワダル港の軍事基地化が直ちに進むようなことは無いという見通しが正しいのでしょう。また、インド海軍は、マラッカ海峡の出口にあたるアンダマン諸島に根拠地を持っており、仮にグワダル港が中国海軍の基地となったとしても、必ずしも、中国が有利になるとは言えません。
ただ、客観的情勢は上述の通りとしても、アジア太平洋の重要な友邦であるインドが「真珠の首飾り」に対して神経をとがらせていることも事実ですから、そういう観点からも、海洋安全保障の分野で日印が連携を深めることには大きな意義があります。
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◆ 南シナ海では圧倒的海軍力で恫喝 軍艦と札束外交で東南アジア呑み込みを狙う中国/尖閣でも起こり得る 2012-10-19 | 国際/中国/アジア
南シナ海では圧倒的海軍力で恫喝、巨額のインフラ整備で籠絡 軍艦と札束外交で東南アジア呑み込みを狙う中国の“権謀術数”を挫け
(SAPIO 2012年10月3・10日号掲載)2012年10月18日(木)配信
文=井上和彦(ジャーナリスト)
日本政府が尖閣諸島の国有化を決定したことに対して、中国国家海洋局は尖閣諸島周辺海域に巡視船2隻を派遣した。中国国防相は報復を示唆し、ついに軍事力を前面に、領土拡張へと動き出した。が、日本に対して牙を剥くのはむしろ遅かったと言っていい。すでに多くの国が中国の版図拡大の脅威に晒されている。
中国は、増強著しい軍事力を背景に、近年とみに東南アジア諸国に対する圧力を強めている。中国の国防費852億ドルは、東南アジア諸国全体の国防費329億ドルの2・5倍余りだ。東南アジア諸国全体の陸上兵力、作戦機の数、艦艇の総トン数がそれぞれ153万人、1050機、60万tであるのに対し、中国はそれぞれ160万人、2070機、135万t。しかも、中国の国防費の伸び率は毎年2桁を続けているのだから差は開くばかりだ(数字は2011年。いずれも概数)。
とりわけ圧倒的な海軍力が、東南アジア諸国への威圧外交を支えている。中国海軍は人員22万人、艦艇1088隻を擁し、近年は目覚ましい近代化を遂げている。なかでも江凱型フリゲート艦は、ヨーロッパ諸国及びロシアのハイテク技術を盛り込んだ最新型で、ステルス性が高い。旧ソ連製空母ワリャーグを再生して空母保有を実現し、潜水艦戦力の拡充にも努めている。1万t級の大型病院船を建造したことなどから、外洋での軍事行動を想定していることが読み取れる。
■軍事的恫喝を繰り返す“海のならず者”
東シナ海で日本に対する挑発行為をエスカレートさせる中国は、南シナ海では、南沙諸島(スプラトリー諸島)、中沙諸島、西沙諸島(パラセル諸島)の領有権を争うフィリピン及びベトナムに対して軍事的攻勢を強めている。
11年2月25日には、中国のフリゲート艦が南沙諸島のジャクソン環礁でフィリピン漁船3隻を威嚇射撃によって追い払うという事件があった。3月2日には、哨戒艇2隻が南沙諸島のリード礁でフィリピン政府から許可を得ていた資源探査船の作業を妨害し、衝突寸前となった。現場はフィリピンの排他的経済水域(EEZ)内だった。それまで中国の資源探査船が、フィリピンが自国の領海だと主張する海域で探査活動を繰り返すことはあったが、フィリピンの探査活動の妨害に出たのは初めてだった。5月31日には、中国海軍の艦船が、フィリピンが領有権を主張するパラワン島沖のイロコイ礁近くで建築資材を降ろし、ブイや杭を設置した。
同様に、同年5月26日には、中国艦艇3隻が南シナ海のベトナム近海でベトナムの資源探査船の海洋調査を妨害し、曳航していたケーブルを切断した。場所はベトナムのEEZ内だった。6月9日には、今度は中国漁政局の監視船に護衛された中国漁船が、南沙海域でベトナムの資源探査船のケーブルを切断した。
そうした蛮行に対し、フィリピンもベトナムも「領海侵犯だ」と強く抗議したが、逆に中国は「我が国の領土、領海だ」と開き直った。そればかりか、今年6月21日、領有権を争う南沙・西沙・中沙諸島を施政下に置く「海南省三沙市」を設けることを一方的に発表。7月に入ると、この「三沙市」の人民代表大会を西沙諸島で開催し、「三沙市長」を選出した。加えて、中国共産党中央軍事委員会が「三沙警備区」を設定して軍による警備を合法化した。これに呼応するかのように、さっそく中国漁船が南沙諸島の周辺海域に現われて操業を始めている。強引に実効支配の既成事実化を推し進めているのである。
そんな中国とフィリピンの一触即発の事態に不可解なことが起こった。
今年4月、両国が領有権を主張する中沙諸島に双方が艦艇を送り込んで睨み合いを続けていたところ、6月になってフィリピンが艦艇を引き揚げてしまったのだ。その舞台裏について、古森義久氏(産経新聞編集特別委員)が、米「戦略国際問題研究所(CSIS)」上級研究員の「中国の威圧的な経済外交=懸念すべき新傾向」という論文を引用して解説している。
それによると、艦艇の睨み合いが始まるや、中国はフィリピンの主要輸出品で、その30%が中国に輸出されているバナナに、「ペストに汚染されている疑いがある」などと言いがかりをつけて輸入制限した。さらに、中国人観光客のフィリピン訪問を禁止した。フィリピン経済は大打撃を受け、フィリピン政府は艦艇を引き揚げざるを得なくなったというのである。
権謀術数に長けた中国は、軍事的圧力と「威圧経済外交」を併用し、相手国の経済に打撃を与えることで自らの政治的主張を実現させようとしているのである。
■カンボジアを金で“躓かせる”
インドシナ半島にはベトナムのダナンからラオス、タイを通ってミャンマーのモーラミャインに至る東西(経済)回廊と呼ばれる道路が走っている。これは日本の援助によるものだ。これに対抗するかのように中国の援助で敷かれたのが、雲南省の昆明から南下し、ラオスを通ってタイのバンコクに至る南北(経済)回廊だ。ともに今世紀に入ってから開通し、その回廊を中心とした大きな経済圏が形成されつつあるのだが、近年、インドシナ半島全体で中国の影響力が高まっている。
なかでも中国の「札束外交」は貧しい国に対しては絶大な効果を上げている。
典型がカンボジアだ。中国はカンボジアに対し、この10年間に100億ドル(現在のレートで7800億円余り)という巨額の経済援助を行なっており、これは日本のODAをはるかに凌ぐ。今年6月にも、カンボジアのインフラ整備に4億2000万ドルの融資を約束した。その結果、カンボジアは中国の意のままに動く衛星国になり下がってしまった感がある。
翌7月、カンボジアで開催されたASEAN(東南アジア諸国連合)外相会議で異例の事態が起きた。フィリピンとベトナムが共同声明に南シナ海問題を明記するよう求めると、議長国カンボジアがこれを拒否し、挙げ句は共同声明そのものが見送られたのだ。これが中国の意を受けた行動なら、前月の巨額融資はカンボジアに対する「賄賂」と言えるだろう。
そして、中国が近年、最も力を入れて接近を図っているのがミャンマーだ。
ミャンマーは、中国が陸路でインド洋に出て行くルート上にあり、いわゆる「真珠の首飾り作戦」(インド洋沿岸諸国の港湾を借りて自国の海軍基地を確保し、シーレーン防衛の強化を狙う戦略)にとって重要拠点のひとつだ。そこで中国は、ミャンマー沖のアンダマン諸島に近い大ココ島の港湾を借りて海軍基地を置いている。また、中国はミャンマーに天然資源と電力の供給源として大きな期待を寄せており、現在、雲南省まで運ぶ天然ガスと原油のパイプラインを敷設中だ。水力発電所を中心に50ほどの発電所建設計画もあり、少なくともその7割以上に中国企業が関わっており、すでに竣工したミャンマー最大級のシュウェリー水力発電所No.1からは雲南省に電力が送られているのだ。
ラオスにも同様の「札束外交」を仕掛けている。いまやラオスへの投資額は隣国ベトナム、タイなどを抑えて中国が1位となり、とりわけ水力発電や鉱物資源開発などに投資を行なっているのだ。
経済攻勢は東南アジアの雄タイに対しても行なっており、メコン川流域国の経済協力を謳い始めている。インドネシアに対しても、今年3月、総額170億ドルの経済協力を約束するなどして急接近を図っている。狙いは同国が有する豊富な石油資源である。
このように、「遅咲きの帝国主義国家・中華人民共和国」は、軍事的圧力と併用して、金にモノを言わせる経済的圧力をもって東南アジア諸国を呑み込もうとしている。その硬軟あわせた揺さぶりを挫くことなく放置しておけば、日本が長い時間をかけて親密な関係を築いてきた東南アジアが「中国の庭」になる日は近い。
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