「自由貿易」「安全保障」からもメリット大。あまりに粗雑で誤解だらけのTPP反対論を論破する
現代ビジネス ニュースの深層 2013年03月18日(月)高橋 洋一
安倍晋三首相は15日午後6時、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への交渉参加を記者会見で正式に表明した。
昨年の衆院選挙ポスターでは「ウソつかない。TPP断固反対。ブレない。日本を耕す!! 自民党」とあった。今回の安倍政権の進めぶりは、その選挙公約にも違反せず、北朝鮮の核実験をまって2月下旬に日米首脳会談を行い、それでTPP交渉参加と集団的自衛権を同時にセットする用意周到さが目立った。
世論にも自民党内にも反対がある。ただし、反対論は粗雑で以下に述べるような相当な誤解がある。筆者の率直な見通しをいえば、TPPの(1)自由貿易のメリットと(2)安全保障上のメリットに比べると、反対の大義名分は続かないだろう。
まず、(1)自由貿易のメリットである。政府からTPPに参加したときのメリット・デメリットが示され、メリットがデメリットを上回るとして、政府試算によれば3.2兆円のGDP増加と報じられている。
政府試算に限らず政府の資料を鵜呑みにするのは危険であるが、この種の試算はかなり前から行われてきたので、誰が計算しても大体同じになる。もちろん外国についても計算できるし、外国人が日本を計算してもだいたい似たり寄ったりの計算結果になる。試算モデルも各国から持ち寄ったものになっているので、かなり公開性も高く信頼できる。
■「10年間で3兆円GDP増加」の誤解
ただし、マスコミ報道ではあまり正確に報じられていない。計算はTPP参加前と調整のための一定期間経過したTPP発効後の比較をする比較静学という手法で行われる。基本的には、2010年11月15日付け本コラム「TPPはなぜ日本にメリットがあるのか 誰も損をしない「貿易自由化の経済学」」で示したような図のメリット・デメリットの「面積」を計算している。というわけで、一定期間経過後に、その前より年間GDPがどれくらい増えたという計算になる。
ところが、TPPに反対する多くの識者は、こうした計算方法を知らない。そのため、政府試算の「10年間でGDP3兆円増加」について、正しくは「10年間経過して調整が終了した後に、年間3兆円のGDP増加があって、それがズーと続く」という意味であるのに、「10年間で3兆円GDP増加」と「年間3000億円しかGDP増加しない」と誤解して、反対論を張っている。
もっとも、年間3000億円しかメリットがないといって反対するが、何もしなければ何も得られない。年間3000億円でもプラスであればTPPに参加してもいいくらいだ。
なお、先の本コラムでわかるように、理論的には、TPPによる輸出増なしでも、輸入に伴う消費者のメリットは輸入で影響を受ける国内生産者のデメリットを上回る。それに、輸出者のメリットが加わるので、自由貿易のメリットはかなり大きい。これは経済学200年の歴史で異論のない結論だ。
もちろん国内生産者のデメリットがあるからこそ、自由貿易には反対運動がある。消費者からのメリットの一部を、経済被害を受ける国内生産者に所得移転(所得補償)してもまだ余りが出る。だからこそ、自由貿易を進めていける。
その所得移転は政治の仕事だから、政治家の出番になる。しばしば自由貿易に反対していた政治家が反対派を仕切り、所得移転のボスになることも珍しくない。反対している国内生産者も所得移転がほしいからポーズで反対をしていると思えなくもない。
政府試算ではTPPによるメリットが6兆円程度、デメリットが3兆円程度で差し引き3兆円のGDP増加となっている。ということは、最大3兆円の所得移転を政治が行う可能性がある。
■ISD条項は「日本の主権喪失」なのか
以上は、定量化しやすい関税に関係する部分である。非関税であってもやはり自由貿易ではメリットの多い。
一例をあげれば、ISD条項(国家対投資家の紛争処理条項)の誤解は酷い。投資家や企業が理不尽な規制等によって、不合理な損害をこうむった場合、相手の国に対して損害賠償などができる制度であるが、日本政府が一方的に訴えられ日本の主権が喪失するかのように反対論者はいう。
一般論としていえば、ISD条項は投資家や企業が国際投資で相手国に不平等な扱いを受けないようにするためだから、日本が自国より法制度の不備な国へ進出する場合では有利に働く。
そこで、TPPに参加しISD条項が適用になった場合、日本政府が訴えられる可能性が高まるのかどうか考えてみよう。まず基本的な事実として、これまで日本は25以上の国と投資協定を結んでおり、それらの中にISD条項はほとんどすでに入っている。アメリカの協定はないが、アメリカ企業は日本の協定先国経由でこれまでも日本を訴えることが可能だった。つまり、アメリカ企業はTPPなしでも日本を訴えることができた。
しかしながら、日本政府への訴訟はこれまでゼロだ。一方、世界ではISD条項による訴訟は400くらいある。油断禁物だが、TPPに参加したからといって急に日本政府が訴えられるわけでないだろう。
もし日本の国益を損なうような酷いISD条項ならもちろん反対すべきだ。その基準はこれまで日本が締結してきたものとの比較で行えばいい。その場合、ISD条項に反対しているオーストラリアと一緒にやればいい。これは外交交渉では当たり前すぎる話だ。
また、カナダやメキシコはISD条項で訴えられた国として反対論者が例に挙げている。ところが、カナダもメキシコもTPPに参加している。ISD条項の内容が酷くてメリットより訴訟リスクが高いのであればTPPに参加などしないだろう。
■日中間での「フォークランドの紛争」はありえないわけはない
次に、(2)安全保障上のメリットだが、これは先の日米首脳会談でTPP交渉参加と集団的自衛権がセットになっていることからも、日米軸で対中、対北朝鮮の覇権ブロックに有効だ。
筆者はプリンストン大学に留学した時の主たる研究対象は、実は金融政策でなく、国際関係論だ。学んだのは、民主的平和論で有名なマイケル・ドイル教授のプリンストン大学国際研究センターだった。この民主的平和論からみても、TPPと安全保障のセットは有効といえる。
ドイル教授は、民主国家同士の交戦可能性が相対的に低いのは社会科学的事実だとしている。その理由は、共通の価値観を持ってイデオロギー対立がなくなること、複数政党を背景にして議会主義的交渉能力が発達していることなどがあげられる。
この観点からみると、日米間で戦争はあり得ず、日本は日米同盟を基軸とするのが安全保障上の解になる。一方、アジア周辺諸国を見ると、中国や北朝鮮とは日本がどう思うかに関わらず交戦の可能性は相対的になしとはいえない。
1982年、軍事政権下のアルゼンチンと民主国のイギリスの間のフォークランド紛争程度のことは、日中間で起こらないという保証はない。尖閣諸島では、中国側が武力を使用するとの脅しが実際に行われている。これは紛争に至る初期段階である。
TPPは、国際政治から見れば日米同盟で共通価値観を形成するのに役立ち、同時に対中での防波堤にもなる。しかも国際経済では自由貿易のメリットを日本が享受できるので、一石二鳥だ。
ISD条項でアメリカ企業に日本が訴えられる可能性はあまりないと思うが、もしそうなっても、安全保障上のメリットを考えれば、些細な話だ。中国との間で、万が一尖閣諸島紛争でも勃発すれば、その場合の日本経済への悪影響は計り知れない。
民主国家同士で、経済同盟などで共通の価値観をもち、経済的関係が深ければ、まず軍事紛争は起こらない。国際政治上の同盟国間での貿易紛争など、民主的平和の代償と思えばたいした話でない。
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〈来栖の独白2013/3/18 Mon. 〉
安倍内閣への支持率が高い。TPP交渉参加に対する支持率も高い。
TPP交渉参加に反対する人たちには、国家観が無いように思う。「国家観」とは、何か。国民を守る「治安・防衛・外交」を国家の使命とする、これが真っ当な国家観だ。ところが、安倍政権が誕生する前、日本は国家観を持たない政党が政権を握っていた。国家安全保障政策を全く持たない民主党が政権を担った。まことに奇妙な「国」となり、ワシントン始め各国から嘲笑された。相手にされなかった。
TPPは、安全保障という重要な側面を持つ。TPP不参加の場合に蒙る不利益は、参加による不利益を大きく上回る。
この国と国民の安全保障を優先して考えねばならない。
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◆ 【TPP】小沢一郎氏は二言目には「交渉力」と言うが、国際社会は「交渉力」では片の付かない案件ばかりだ 2013-03-17 | 政治(経済/社会保障/TPP)
TPP「米に押し切られる」=小沢氏
時事通信2013/03/16-16:32
生活の党の小沢一郎代表は16日、盛岡市内で記者会見し、環太平洋連携協定(TPP)交渉への参加について「今の政府の力では米国と対等の交渉はまずできないだろう。押し切られてしまうのではないか。(岩手県でも)農業は壊滅的な打撃を受ける」との見通しを示した上で、TPP参加阻止に全力を挙げる考えを強調した。
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〈来栖の独白 2013/3/18 Sun. 〉
小沢一郎氏始め、TPP交渉参加を批判するだけの人たちはお気楽だなぁ、と痛感する。3年前、日米中の関係を指して「正三角形」と言ったのと同様の景色だ。原発の問題も然りであるが、彼らは、力と力を見せ合う国際社会で国民の生活を守る、ということをどのように考えておられるのだろう。
国民・国土を守ってこそ「国家」と言える。守るための根幹となるのは「エネルギー」の確保である。脱原発して、国民の命を守るのに何をエネルギーとするのか。日本に石油を遠く中東から運ぶのに、どのようにして輸送を確保するのか。
小沢氏は二言目には「交渉力」と言うが、国際社会は「交渉力」では片の付かない案件ばかりだ。「ハードパワー」と「ソフトパワー」の区別も、ついておられないのではないか。
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◆ 『アメリカの新・中国戦略を知らない日本人』日高義樹著 PHP研究所 2013年2月27日第1版第1刷発行 2013-02-28 | 読書
『アメリカの新・中国戦略を知らない日本人』アメリカは尖閣で戦う! 日高義樹 ハドソン研究所首席研究員 PHP研究所2013年2月27日第1版第1刷発行
p110〜
第3部 横須賀がアメリカ海軍の世界戦略の拠点になる
p111〜
ワシントンを出る時、ムロイ予算局長がもう1つ耳打ちしてくれたことがある。
「アメリカ海軍はいま予算削減と効率化に力を入れており、中東のバーレーンを基地とするアメリカ第5艦隊が組織上、横須賀に統合されてスイフト中将が第7艦隊と第5艦隊の2つの司令官の帽子をかぶることになる」
この組織改訂は、アメリカ海軍としては、きわめて大胆なものと言わねばならない。横須賀から1万?離れたアラビア海やペルシャ湾、インド洋の指揮命令系統を横須賀に一本化し、第7艦隊司令官がその全ての責任を負うことになるのだ。
アメリカ人は責任者として2つの仕事をする時に「2つの帽子をかぶる」とよく言うが、第7艦隊と第5艦隊の司令官の帽子を2つかぶるというのは、大変なことだ。第5艦隊はペルシャ湾にあるバーレーンを基地にし、その空母機動艦隊の航空機部隊はイラク、アフガニスタン、そしてシリアやリビア、さらにはパキスタンをも戦闘地域として抱え、空母1隻ないし2隻と海上艦隊、潜水艦を擁している。とくにイラクとアフガニスタンでは現在も戦闘が行われている。第5艦隊は、アメリカ海軍の最前線部隊として重要な任務を抱えているのである。
p112〜
ムロイ海軍予算局長が私にこのことを耳打ちしてくれたのは、2つの帽子をかぶることになるスイフト中将と会うからだったのはもちろんだが、同時に日本が1日に使用するおよそ600万バレルの石油の85%を中東から輸入していることを知っていたからである。
p113〜
日本が輸入している石油のほとんどは、ペルシャ湾からインド洋を経由してマラッカ海峡を通り、東シナ海を経て日本に運ばれてくる。このルートを防衛するための司令部を横須賀に集中することは、当然といえば当然である。
p168〜
第5部 アメリカは中東石油を必要としない
アメリカが中東の石油を必要としなくなる。これはまさに歴史的な出来事と言える。その理由はいくつかあるが、最大の理由は、これからアメリカの石油の産出高が増えること、やがてアメリカがサウジアラビアを超える最大の石油産出国になろうとしていることである。
第2の理由は、周辺の国々のメキシコ、カナダ、コロンビア、ベネズエラが産出する石油が増え、アメリカ国内の産出高の不足を補えるようになっていることである。
第3の理由は、すでに述べたように天然ガスと原子力発電によるエネルギーの産出が増え、エネルギーの自給体制が確立しようとしているからだ。
p169〜
中東の石油にまず手を出したアメリカの政治家は、フランクリン・ルーズベルト大統領だった。ルーズベルトはイギリスのチャーチルに対して、「イランをイギリスに与える代わりにサウジアラビアをアメリカのものにする」と主張し、話し合いをつけた。
第2次世界大戦後はイランを牛耳るイギリスと、サウジアラビアを手にしたアメリカが中心となって、ソビエトとの冷戦が戦われた。その冷戦が終わったあとは、中東がアルカイダを含むイスラムの反米勢力との戦いの場となった。
p170〜
ロシアはエジプトに触手を伸ばした。エジプトの人々は、ヨーロッパと並んで近代化を図ろうとした矢先、イギリスに騙され、植民地化されてしまったのに腹を立てていたが、第2次大戦では再びアメリカ、イギリス連合軍の手中に落ちてしまった。
エジプトの青年将校たちがその後革命を行い、ソビエトとの同盟体制を強化したが、アメリカが入り込み、ソビエトを追っ払った。やがてイランが人民革命に成功し、パキスタンは独自の核兵器をつくり、アメリカによるイラク戦争、アフガニスタン戦争が始まり、現在に至っている。
そうしたなかでサウジアラビアの石油帝国の位置は揺るがなかったが、油田そのものが古くなっている。日産100万バレルという巨大な油田を有するものの、サウジアラビア全体で1日1300万バレル以上を掘り出すことは不可能になっている。
世界経済の拡大とともに石油産出国の立場が強くなり、OPECの操作で石油危機が起き、アメリカをはじめ世界が中東の石油カルテルに振り回されてきたが、その状況が終わろうとしている。しかし中国やインド、日本が依然として中東の石油を必要としているため、アメリカの中東離れによって、さらに複雑な国際情勢が描き出されようとしている。
はっきりしているのは、中東の石油を必要としなくなった結果、世界の軍事的安定の要になっているアメリカが、中東から軍事力を引き揚げようとしていることだ。
p171〜
アメリカは2014年、アフガニスタンから戦闘部隊をほぼ全て引き揚げることにしている。すでにイラクからは戦闘部隊を引き揚げており、このまま事態が進めば、中東におけるアメリカの軍事的支配が終わってしまう。
p172〜
アメリカは、優れた衛星システムと長距離攻撃能力、世界規模の通信体制を保持している。アメリカが強大な軍事力を維持する世界的な軍事大国であることに変わりはない。
p173〜
だが中東からアメリカ軍が全て引き揚げるということは、地政学的な大変化をもたらす。
アメリカ軍の撤退によって中東に力の真空状態がつくられれば、中国、日本、そしてヨーロッパの国々は独自の軍事力で中東における国家利益を追求しなくてはならなくなる。別の言葉でいえば、中東に混乱が起き、戦争の危険が強まる。
日本は、中東で石油を獲得し、安全に持ち帰るための能力を持つ必要が出てくる。この能力というのは、アメリカの専門家がよく使う言葉であるが、軍事力と政治力である。簡単に軍事力と政治力というが、軍事力だけを取り上げてみても容易ならざる犠牲と経済力を必要とする。
中東で石油を自由に買い求め、安全に運んでくるための軍事力を検討する場合、現在の世界では核兵器を除外することはできない。あらゆる先進国は、自国の利益のために軍事力を強化している。核戦争を引き起こさない範囲で自国の利益を守ろうとすれば、軍事力行使の極限として核兵器が必要になる。先進国が核兵器を保有しているのはそのためである。
韓国や台湾、それにベトナム、シンガポールといった東南アジアの国々が、いわゆる世界の一流のプレーヤーと見なされないのは、軍事力行使の枠組みになる核兵器を保持していないからだ。日本は日米安保条約のもと、アメリカの核兵器に頼っている。
p174〜
東南アジアの国々と立場は違うが、いまやその立場は不明確になりつつある。
中国についても同じ原則が当てはまる。中国は軍事力を背景に、アメリカの力がなくなった中東で政治力を行使することが容易になる。いま世界でアメリカを除き、ロシア、インド、パキスタン、イランそしてヨーロッパの国々も中国とは軍事的に太刀打ちできなくなっている。
中国が中東で好き勝手をやるようになり、石油を独占して日本やインドなどに損害を与えるようになった場合、日本はインド洋からマラッカ海峡、南シナ海から東シナ海を抜けて日本へ至るシーレーンを自らの軍事力で安全にしなければならない。この際、欠かせなくなってくるのが、やはりアメリカの協力であり、アメリカの決意なのである。(略)
中東には、石油の問題だけでなく、核兵器を持とうとしているイランの問題がある。イランのアフマディネジャド大統領はユダヤ人国家イスラエルの存在を認めておらず、核兵器で壊滅させるという脅しをかけている。宗教的に対立するサウジアラビアに対しても軍事対決を迫る構えを崩していない。
p175〜
石油大国サウジアラビアとイスラエルは世界経済を大きく動かしている。この両国がイスラム勢力によって消滅させられるようなことがあれば、第2次大戦以来、比較的安定して続いてきた世界は大混乱に陥る。 *強調(太字・着色)は来栖
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◆ TPP交渉参加 安倍首相記者会見・抄録 / TPP参加の防衛・安全保障の側面 2013-03-15 | 政治(経済/社会保障/TPP)
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◆ 「北の核実験」で浮き彫りになったもうひとつの側面---TPPはアジア・環太平洋地域の外交安保問題だ 2013-03-08 | 政治(経済/社会保障/TPP)
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◆ 国民に知らされないTPPという悲劇/前原氏が暴露した事前交渉の一端/守秘義務をかけた交渉 2013-03-16 | 政治(経済/社会保障/TPP)
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◆ TPP参加 後発国 日本=交渉を打ち切る終結権もなく、再協議も要求できないなど不利な条件 2013-03-08 | 政治(経済/社会保障/TPP)
◇ 『TPP亡国論』/怖いラチェット規定やISD条項/コメの自由化は今後こじ開けられる 2011-10-24 | 政治(経済/社会保障/TPP)
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