金正恩政権が核ミサイルを開発する本当の理由 「北朝鮮の思惑」のリアリズム的分析(前篇)
JBpress 2013.03.19(火)黒井 文太郎
北鮮戦争休戦協定の白紙化や、板門店の南北軍事ホットラインの遮断など、挑発を続ける北朝鮮・金正恩政権の狙いは何か? といった分析報道が連日、新聞紙上に掲載され、テレビで放送されている。
しかし、それらはすべて“推測”に過ぎない。独裁政権の本当の考えは独裁者本人か、日常的に独裁者と接している家族・側近にしか分からないからだ。米韓の情報機関にも分からなければ、朝鮮問題の専門家にも分からない。もちろんマスメディアにも分かるはずはない。
だが、入手できる情報をもとに、それなりに根拠のある推測はできる。いわゆるインテリジェンス(情報収集・分析)とは、無数に考えられる仮説の中から、より蓋然性の高い仮説を選択していく作業にほかならない。
そこで「北朝鮮はなぜ挑発を続けるのか?」だが、その前に、さらに基本的なテーマである「北朝鮮はなぜ核ミサイル開発をするのか?」を考えてみたい。
■アメリカと平和条約で狙う金正恩体制の維持
まず、1つの前提をもとに“金正恩政権の意図”を検討してみる。その前提とは、「金正恩政権が最優先するのは政権の維持であり、そのために合理的な行動を取る」ということである。
あれだけの個人独裁を親子3代にわたって世襲してきた実績から考えると、この前提は妥当なものだ。個人独裁であるから、独裁者の考え一つで合理的でない行動を取る可能性はあるが、独裁体制維持という目的のために合理的でない行動を取っていれば、すでに政権が崩壊していた可能性が高いことを考慮すると、やはりそれなりに合理的な政策、というよりむしろ“極めて合理的”な政策をこれまで選択してきたと見るべきである。
確かに北朝鮮の対外政策は、普通の国家の安全保障の基準からすれば、軍事的緊張を不要に高める非合理的なものになるが、独裁維持という目的からすれば、それなりに理に適っている。今後のことは分からないが、厳しい国内外の環境の中でこれまでサバイバルしてきた独裁体制は、これからもそれなりに独裁体制維持のため、合理的に行動していく可能性が極めて高い。
では、その合理的な政策とは何か? これには様々な考え方があるが、力(パワー)を重視するリアリズム的な視点からすると、その基本路線は国内的には「統制・監視による恐怖支配」を、対外的には「軍事的に米韓軍に負けないこと」を最優先するということになる。
本稿では今回、後者である対外政策を考察するが、ここでまず押さえておきたいことは、「北朝鮮の体制は常に米韓側と潜在的敵対関係にある」という現実だ。
南北はいまだ国際法的には戦争状態であり、北朝鮮軍と米韓軍は休戦ラインを挟んで対峙している。現在の休戦状態が続くうちは北朝鮮の体制も対外的な安全保障が保たれるが、休戦が未来永劫に続くという保証はない(冒頭に述べたように、北朝鮮側が今回、休戦協定白紙化を宣言しているが、実際には戦闘は再開していない)。 北朝鮮の金王朝3代はもともと“金王朝による南北統一”を悲願としているが、そのためには(1)軍事力で米韓軍を撃破、(2)韓国で親北朝鮮革命を誘発、(3)圧倒的な力を示して交渉で韓国を屈服させる、(4)以上のいずれかを同時に実行、のどれかしかない。
このうち、(1)と(3)については、北朝鮮軍は米韓軍よりも戦力が圧倒的に弱小だから、現実的に不可能だ。仮に同盟国である中国が全面的に軍事介入すれば状況が変わってくる可能性もあるが、それも現状では考えられない。他方、(2)も現状ではまず可能性はゼロである。つまり、現状では、北朝鮮主導の統一はあり得ないことになる。
それどころか、前述したように潜在的敵対関係にある米韓軍は、北朝鮮にとっては大変な脅威になる。もしも実際に戦争になったら、北朝鮮軍は瞬時に打ち負かされ、金正恩政権は打倒されるだろう。北朝鮮の好戦的な言動に対して、米韓あるいは国際社会を「威嚇している」「脅迫している」といった見方が散見するが、客観的に見ればむしろ逆で、北朝鮮は常に「米韓軍の戦力に怯えている」のが実態である。
そこで北朝鮮は、韓国の背後にいるアメリカと直接交渉し、平和条約を結ぶことで、金正恩体制への保証を得たいとの希望を持っている。その先には、韓国から米軍を撤退させ、やがては北朝鮮主導の統一を果たしたいとの夢想(悲願)があるが、現状ではとにかく金正恩体制のサバイバルが優先事項だ。
■核ミサイル開発で対米抑止力の確立へ
この点に関し、特にソウル発の分析報道で、「アメリカを直接交渉に引きずり出すために北朝鮮は軍事的挑発を仕掛けて、緊張を高めている」「アメリカを振り向かせるために核ミサイル開発に邁進している」との解説を見かけるが、それは本当だろうか?
確かにアメリカと直接交渉し、平和条約を締結して体制保証を得ることは金正恩政権の利益になるが、それが今の北朝鮮の最優先事項かと言えば、大いに疑問がある。
自分たちの戦力が圧倒的に不利な状態のままでは、どんな交渉事も、北朝鮮にとっての安全保障には十分とは言えない。口約束などは状況次第でどうにもなるし、まずは実力として十分な抑止力を持つことの方が先決だ。交渉を進めるにしても、自分たちに有利な内容とするためには、軍事的に十分な抑止力を確立することが前提条件になる。金正恩政権にとっては、まず優先すべきは対米抑止力の確立なのである。
十分な抑止力があれば、アメリカを交渉に引きずり出すために軍事的緊張を高めることは有効かもしれないが、戦力が不利なうちに戦争になれば、北朝鮮にとっては元も子もない。現時点では、北朝鮮側の方が絶対に戦争を避けたい弱い立場にある。したがって、北朝鮮は本気で軍事的緊張を高めているわけではないと見るべきだ。 そもそも国力が圧倒的に弱い北朝鮮は、米韓軍と対峙する状況の中、通常戦力で張り合うことを早々にあきらめ、抑止力に特化した戦略的戦力の構築に乏しい軍事支出を集中してきた。その3本柱が「ソウルを射程に収める長距離砲」「韓国に侵入して破壊工作を行う特殊部隊」「核ミサイル開発」である。
このうち前の2点はすでにそれなりに達成しているが、それらはあくまで対韓国の抑止力であって、アメリカには通用しない。世界最強の米軍に対する抑止力は事実上、唯一、核ミサイル武装だけである。要するに対米抑止力が核ミサイル開発の目的であり、したがって核ミサイル開発こそが最優先すべき政策ということになる。
■国際的な圧力の中で密かに続けられた開発
実は、北朝鮮が核ミサイル開発に乗り出したのは、朝鮮戦争休戦直後のことだ。1956年、金日成はソ連と原子力平和利用研究協定を締結し、北朝鮮の科学者をソ連の研究所に送り込んでいる。後に韓国に亡命した黄長?・元朝鮮労働党書記(故人)も、「58年に金日成は『核戦争に備えるべきだ』と繰り返し話していた」と証言している。
北朝鮮はさらに61年、第4回朝鮮労働党大会で、「長期的展開に立ち、自力で核エネルギー開発の科学的研究を進める」と決定。寧辺に原子力研究所の建設を始めている。64年に中国が核実験に成功すると、それに刺激を受けて核開発を加速。65年にはソ連から導入した小型研究炉を稼働させている。
他方、ミサイル開発では、やはり65年に金日成が「再び朝鮮戦争が始まればまた日米が介入するはずであり、これを防ぐためには、彼らの心臓部を狙う長距離ロケット部隊が必要だ」と演説している。つまり、核武装は50年代から、長距離弾道ミサイル武装も60年代には国策となっていたのである。
こうして北朝鮮の独裁政権はサバイバルを懸けて核ミサイル開発に邁進したが、ここで重要なのは、彼らは常に“密か”に開発してきたということだ。特に核開発は、戦後の世界秩序が核拡散防止でコンセンサスがほぼできている中、露呈すれば国際社会の反発を受けるのが確実であり、特に米軍の軍事介入を誘発する可能性が極めて高かったことで、こっそりと続けられてきた。
そうした北朝鮮の野望は80年代にはアメリカの偵察衛星などに察知され、90年代には大きな国際問題に浮上したが、その後の経過を振り返ると、北朝鮮は常に国際社会を欺いて秘密裏に核開発を進め、それを察知されて国際的な圧力を受けるようになると、妥協するふりをして圧力をかわすということを繰り返してきた。90年代の枠組み合意、2000年代の6カ国協議などの交渉事はすべて、結果から見れば、北朝鮮の密かな核開発の時間稼ぎに使われてきただけだ。「条件さえ揃えば、北朝鮮は核開発を放棄する可能性がある」との考えは、北朝鮮の意図を読み誤っていたと言えよう。
したがって、「北朝鮮はアメリカに振り向いてほしくて核実験やミサイル発射を行っているのだから、反応するのは相手の思う壺」「無視すればいい」との考えも間違っている。無視すれば、北朝鮮は堂々と核ミサイル開発に邁進するだけだ。
■外交カードでも経済援助要求の手段でもない
同様に、核ミサイル開発の主目的を、経済援助を引き出すための「外交カード」だと捉える分析も、本末転倒である。
北朝鮮は密かな核開発をアメリカなどに察知されて妥協を余儀なくされる際、しばしば引き換えに経済援助を要求した。これは「瀬戸際外交」と呼ばれたが、北朝鮮はべつにカネが欲しくて核ミサイル開発をしているのではない。経済制裁による損益や核ミサイル開発の膨大な経費を考えれば、明らかに赤字である。経済援助などはいわば“行きがけの駄賃”であり、核ミサイル武装そのものこそが、サバイバルを懸けた北朝鮮の最大の目的なのである。
さらに言えば、核やミサイルの開発を「輸出や技術移転による外貨獲得のため」だとする見方も、やはり一面だけを捉えたものだ。核技術によって外貨を獲得したという確たる情報はないし、ミサイル輸出も、武器輸出自体が国内産業基盤の乏しい北朝鮮の貴重な外貨収入源だったのは確かだが、制裁によってミサイル輸出がほぼブロックされた後も、ミサイルの開発は続けられている。
もっとも、過去、北朝鮮が核開発で実質的に妥協したことが2度ある。1度目は94年の金日成=カーター会談による再処理凍結だが、これは当時の米クリントン政権が寧辺への限定的空爆オプションまでチラつかせたことで、米軍の軍事介入を恐れた金日成が妥協したものだった。ただし、その後も北朝鮮は核の起爆装 置開発を継続したほか、長距離ミサイルの開発も続けて98年にはテポドンの発射実験を行っている。
2度目の妥協は2007年のこと。北朝鮮の秘密資金決済に使われていたマカオのバンコ・デルタ・アジアの口座凍結である。これは北朝鮮指導部には大きな痛手だったようで、6カ国協議への復帰と、寧辺の核施設の稼働停止を受け入れた。もっとも、北朝鮮はその時点ですでに核爆弾7〜11発分程度のプルトニウムを備蓄しており、その後は起爆装置の改良に邁進。2009年には2度目の核実験を成功させているほか、ウラン濃縮を本格的にスタートさせている。
このように、経済的利益は北朝鮮の妥協の動機になり得るが、それはあくまで核ミサイル開発を完全停止させない範囲でのことだ。現在も、外交カード論の中には、「経済制裁を解除してもらうためにアメリカと交渉をしたがっている」との分析があり、それも一面では当たっているだろうが、それは北朝鮮にとって、最優先事項である核ミサイル開発の継続から比べれば、はるかに重要度が低い目的であろう。
核ミサイル武装が金王朝3代の生き残りのための最優先事項だとすれば、これまでの核とミサイルの実験の経緯も分かりやすい。北朝鮮はこれまで2006年と2009年に核とミサイルの実験を行い、今回も2012年12月にミサイル、2013年2月に核の実験を行ったが、その内容を見れば、いずれも基本的には核・ミサイルともに技術的に必要な実験を着々と行ってきたと言える。
これらの実験のタイミングに関して、国内向け・対外向けに政治的な思惑を指摘する見方があるが、核ミサイル開発そのものが北朝鮮独裁政権の最優先事項であることと、実際に実験内容が前述したように必要な技術ステップそのものだったことからすれば、実験そのものはあくまで技術的な要求が主だったと考えられる。特に核実験は、北朝鮮の核物質の備蓄状況から見ても、政治的なアピールのために浪費することはまず考えにくい。
もちろん細かな日程については政治的に効果的なタイミングが選ばれているのだろうが、そちらもやはり“行きがけの駄賃”のようなもので、基本的には核ミサイル開発を粛々と進めるというのが主な目的であろう。
■アメリカの出方を見て巧妙に挑発
ただし、駆け引きということで言えば、北朝鮮は核ミサイル開発が国際社会、特にアメリカの本格的な軍事介入を誘引しないように、国連安保理の流れや中国との関係への影響なども含めて、緻密なスケジュールが事前に計画されていたものと思われる。現在の北朝鮮の挑発的な言動も、まさにその一部と見ていい。
現在、アメリカが主導して国連安保理が制裁に動いているが、北朝鮮としてはとにかく国際的な包囲網をかわし、現在の難局を乗り切ることと、なし崩しに核ミサイル武装を既成事実化させ、さらには対米抑止力強化のために「アメリカの敵対行為のために、さらなる核ミサイル開発を余儀なくされた」と今後の核ミサイル戦力増強の道を確保したいとの考えがあるだろう。
戦力に劣る北朝鮮は本当に戦争になっては困ると思っているはずで、軍事的挑発はいわば“寸止め”に留まるだろうが、アメリカの出方に応じて、さらなるジャブを出すことは当然、すでに準備済みと思われる。
現時点ではまだ“口喧嘩”の段階だが、アメリカの出方によっては、さらに西海あたりでの対艦ミサイル威嚇発射や水上艦艇を南下させての威嚇射撃など、本格的な戦争に至らないレベルの挑発は、充分にあり得る。北朝鮮としては、そうした“小競り合い”を演出することで、将来の“手打ち”の際に少しでも自分たちが有利となる得点を加算しておきたいはずだ。
ただ、北朝鮮の寸止め挑発はいつものことだが、今回は従来よりかなり強気な傾向にあるのは、核ミサイル武装がほぼ実現段階に入ったことで、それなりに強力な抑止力を手にしたとの自信が背景にある可能性もある。いまだアメリカ本土を狙えるレベルではない北朝鮮の核ミサイルは、完全な対米抑止力のレベルまでは達していないが、韓国・日本・在韓米軍・在日米軍が核脅威下に入るということは、抑止力としてはこれまでと比較にならないほど強化されると言っていい。
北朝鮮の強気の言動は、確かにブラフではあるが、単なるコケ脅しでもない。これですぐに戦争になるということはないが、すでにこの数カ月で格段にアップした北朝鮮の軍事的脅威度が、今後さらに上がっていくことは覚悟した方がいいだろう。
<筆者プロフィール>
黒井 文太郎 Buntaro Kuroi
63年生まれ。『軍事研究』記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て、現在は軍事ジャーナリスト。専門は各国情報機関の最新動向、国際テロ(特にイスラム過激派)、日本の防衛・安全保障、中東情勢、北朝鮮情勢、その他の国際紛争、旧軍特務機関など。著書に『ビンラディン抹殺指令』『アルカイダの全貌』『イスラムのテロリスト』『世界のテロと組織犯罪』『インテリジェンスの極意』『北朝鮮に備える軍事学』『紛争勃発』『日本の情報機関』『日本の防衛7つの論点』、編共著・企画制作に『生物兵器テロ』『自衛隊戦略白書』『インテリジェンス戦争〜対テロ時代の最新動向』『公安アンダーワールド』、劇画原作に『実録・陸軍中野学校』『満州特務機関』などがある。
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◆ 『アメリカの新・中国戦略を知らない日本人』アメリカは尖閣で戦う! 日高義樹 ハドソン研究所首席研究員 PHP研究所2013年2月27日第1版第1刷発行 より抜粋
p171〜
アメリカは2014年、アフガニスタンから戦闘部隊をほぼ全て引き揚げることにしている。すでにイラクからは戦闘部隊を引き揚げており、このまま事態が進めば、中東におけるアメリカの軍事的支配が終わってしまう。
p172〜
アメリカは、優れた衛星システムと長距離攻撃能力、世界規模の通信体制を保持している。アメリカが強大な軍事力を維持する世界的な軍事大国であることに変わりはない。
p173〜
だが中東からアメリカ軍が全て引き揚げるということは、地政学的な大変化をもたらす。
アメリカ軍の撤退によって中東に力の真空状態がつくられれば、中国、日本、そしてヨーロッパの国々は独自の軍事力で中東における国家利益を追求しなくてはならなくなる。別の言葉でいえば、中東に混乱が起き、戦争の危険が強まる。
日本は、中東で石油を獲得し、安全に持ち帰るための能力を持つ必要が出てくる。この能力というのは、アメリカの専門家がよく使う言葉であるが、軍事力と政治力である。簡単に軍事力と政治力というが、軍事力だけを取り上げてみても容易ならざる犠牲と経済力を必要とする。
中東で石油を自由に買い求め、安全に運んでくるための軍事力を検討する場合、現在の世界では核兵器を除外することはできない。あらゆる先進国は、自国の利益のために軍事力を強化している。核戦争を引き起こさない範囲で自国の利益を守ろうとすれば、軍事力行使の極限として核兵器が必要になる。先進国が核兵器を保有しているのはそのためである。
韓国や台湾、それにベトナム、シンガポールといった東南アジアの国々が、いわゆる世界の一流のプレーヤーと見なされないのは、軍事力行使の枠組みになる核兵器を保持していないからだ。日本は日米安保条約のもと、アメリカの核兵器に頼っている。 *強調(太字・着色)は来栖
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