明治大学名誉教授・入江隆則 「米国の衰亡」も視野に今備えを
産経新聞2013.3.22 03:25[正論]
《帰化したアジアの論客3人》
呉善花氏の「私は、いかにして『日本信徒』となったか」、石平氏の「私はなぜ『中国』を捨てたのか」、金美齢氏の「私は、なぜ日本国民となったのか」(いずれもワック出版)という3冊の本を読んだ。著者たち3人はともに、これらの本の出版と前後して日本国籍を取得している。つまり、日本人となったのである。
これは私には驚きであった。周知の通り、呉善花氏は元韓国人、石平氏は元中国人、金美齢氏は元台湾人である。日本の近隣のアジアのオピニオンリーダーたちが、こうして日本賛美の書物を著すと同時に、そろって日本に帰化するという現象は、過去150年の日本近代史の中ではほとんどなかったことではなかろうか。
3人の著者は、母国と比較しての日本の「生活」や「習慣」、日本人の「思考法」が興味の対象だったらしいが、金氏だけは、中国と闘うのに、台湾人であるよりも日本人になった方が戦略的に有利だというのが著述の理由だったようだから、他の2人とはいささか動機を異にしてもいる。しかし、日本を比較文化的に分析しているところが面白いという点は、3人の著書に共通している。
私は今、近代日本史の中で、アジアの人たちの間にはかつてまずみられなかった現象だと述べた。しかし、欧米の人々に目を向けてみると、幕末から明治にかけての時代に、例えば、アーネスト・サトー、タウンゼント・ハリス、ラフカディオ・ハーンなどといった人物が、似たような、日本への称賛の言葉を残している。
《欧米の礼賛者たちとの違い》
最初に挙げたアジアの3人がいずれも、日本の「文化力」、最近の言葉でいえば「ソフトパワー」を褒めているのに比べて、欧米の3人は、「ソフトパワー」と「ハードパワー」の両方を称賛していた。すなわち、アジアやアフリカの非西洋の国々や地域が、ほぼ押しなべて、西洋の白人帝国主義の支配下にあったのに反して、日本がほぼ例外的に、独自の武力と武士道の精神とによって、自立して独立を貫いていたというところを賛美していたのである。
明治以降の日本の歴史を回顧してみれば、彼らの賛辞通り、日本は明治時代に日清、日露の両戦争に勝ち、大正時代には第一次大戦の戦勝国となった。その結果、幕末期には世界でほとんど知られていなかった日本という小さな東洋の島国は、大正8年のパリ和平会議では戦勝5大国の1つにさえ数えられるに至っている。
幕末期と現在とをこう比較してみて、呉善花、石平、金美齢というアジアの3氏が、現在の日本の「ソフトパワー」を称えているのを、私はありがたく思う。だが、それだけで将来の日本のさらなる発展に十分かどうかという疑問を抑えることができない。
現在の日本の「ソフトパワー」を支えているのは言わずと知れたアメリカの軍事力であり、日米安保条約第5条に、「日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃」に際し「共通の危険に対処するように行動することを宣言する」と謳(うた)われている通りなのである。
したがって、安倍晋三首相が先のオバマ・アメリカ大統領との会談で、日米同盟の意義を再確認かつ強調したのは当然だといえる。ただし、その後、2月28日に国会で行われた首相の施政方針演説の全文を読んでいて、10年先、20年先の「アメリカ衰亡」という近未来への対応が何ら考慮されていなかったという事実に対して不安を感じざるを得なかった。
《中国には米国の覇権譲れず》
アメリカの有力シンクタンク、ブルッキングズ研究所の国際政治学者、ロバート・ケーガン氏は最近の著書の中で、近未来の「アメリカの衰亡」について何度も触れている。そして、ケーガン氏は、中国が民主主義国家になりさえすれば、20世紀にイギリスがアメリカに平和的に「覇権」を譲ったように、近未来において、アメリカが中国に「覇権」を譲り渡してもよいとまで述べている。
しかし、私には、ケーガン氏の発想は あまりにも現実離れした空論に思えてならない。中国は4000年の歴史で、皇帝の独裁と弾圧と、その結果としての戦慄しか知らない国であり、今の中国共産党の一党独裁も彼らの悲惨な歴史の延長にすぎない。それがどうして「近い将来に」民主化されることがあり得るだろうか。
安倍首相は、先に触れた施政方針演説で、「緊密な日米同盟の復活」を「内外に示し」たい、と繰り返し言っている。それは結構であり、また同感でもあるのだが、同時に、「近未来のアメリカの衰亡」時における日本の安全保障についても、「今そこにある危機」として、考えておかなければならないのではあるまいか。
それは一言でいうなら、「自分の国は自分で守る」という自明の理を、今すぐに実行に移すということにほかならない。そのことを衷心より提言したいというのが、私の現在の心境である。(いりえ たかのり) *強調(太字・着色)、リンクは来栖
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◆ 『帝国の終焉』(「スーパーパワー」でなくなった同盟国・アメリカ)日高義樹著 2012年2月13日第1版第1刷発行 PHP研究所
p93〜
第5部 どの国も民主主義になるわけではない
人類の歴史を見れば明らかなように、確かに長い目で見れば、野蛮な時代から封建主義の時代に代わり、そして絶対主義の時代を経過し、民主主義が開花した。ヨーロッパの多くの国々はこういった過程を経て豊かになり、人々の暮らしが楽になるとともに、民主主義、人道主義へ移行していった。鍵になったのは「経済が良くなり、暮らしが楽になる」ということである。
中国の場合は、明らかにヨーロッパの国々とは異なっている。そして日本とも全く違っている。中国は二十数年にわたって経済を拡大し続け、国家として見れば豊かになった。だが、すでに見てきたように貧富の差が激しくなるばかりで、国民は幸福にはなっていない。こう決めつけてしまうと親中国派の人々から指弾を受けるかもしれないが、中国国内の政治的な状況を見ると、依然として非人道的な政治が続いている。民主主義は全く育っていない。
中国はもともと共産主義的資本主義と称して、共産党が資本主義国家と同じようなビジネスを行なってきた。中国という国家が資本主義のシステムを使ってビジネスを行ない、国営や公営の企業が世界中から稼ぎまくった。この結果、中国国家は経済的に繁栄したものの、中国人一人ひとりは幸福になっているようには見えない。
p95〜
「中国人は食べられさえすれば文句は言わない」
中国の友人がよくこう言うが、中国人はそれ以上のことを望まないのかもしれない。つまり中国の人は「食べられる」以上のこと、つまり形而上学的な問題には関心がないのかもしれない。
「民主主義、人道主義、国際主義といったものは我々には関係ない」
こう言った中国の知人がいるが、中国だけではなく、ロシアの現状を見ても、封建主義から民主主義に至る政治的な変化を人類の向上とは考えない人々が大勢いるようだ。
p97〜
第2次大戦以来、人道主義と民主主義、そして平和主義を主張してきたアメリカのやり方が、アメリカ主義でありアメリカの勝手主義であると非難された。「アメリカ嫌い」という言葉が国際的に定着したのは、その結果であった。そうしたアメリカのやり方を、1つの考え方であり、1つの価値観に基づくものであると切り捨てているのが、ロシアの指導者であり、中国の指導者である。
p98〜
ヒットラーはドイツの誇りを掲げ、ユダヤ人を圧迫するとともに、反政府勢力を弾圧して経済の拡大を図った。中国もその通りのことをやっている。しかも、冷戦に敗れたロシアのプーチン前大統領が主張しているように、価値観の違った、そしてやり方の違った経済の競争が可能であるとうそぶいている。
だが彼らの言う価値観の相違というのは、民主主義を無視し、人道主義を拒否し、国際主義に反対することである。中国やロシアについては、冷戦に敗れた国や第2次大戦に脇役しか与えられなかった国が自分たちのやり方で歴史の勝利者になろうとしているように見える。
p99〜
共産主義は冷戦の結果、民主主義とそれに伴う人道主義に敗北したはずである。ところが中国は、冷戦と同じ体制を維持しながら、経済の戦争には勝てるとばかり傲慢になっている。
ヨーロッパの人々は中国の台頭をヒットラーの台頭になぞらえている。これに対して日本のジャーナリストや学者たちは驚きを隠さないようである。彼らは、ユダヤ人を抹殺しようとしたヒットラーと中国は異なっていると考えている。だが、共産党が絶対で、反対の意見を持つ者は犯罪者として牢獄に送り、言論の自由を認めていないという点では、中国はヒットラーと同じである。
中国は明らかに人道主義を否定しているだけでなく、民主主義を理解しようとしていない。国際主義も分かろうとしない。
p100〜
ヨーロッパの人々は、歴史的な経験から中国が危険であるとして、ヒットラーと同じであると指摘しているが、歴史にナイーブな日本の人々は全くそのことに気がついていない。
ヨーロッパの人々はヒットラーと戦い勝利を得たが、そのためにアメリカと同盟し手を携えて戦った。中国がヒットラーだという考えに驚くべきではない。新しいヒットラーである中国の共産主義の専制体制に対して世界の人々は、手を携えて戦わなくてはならなくなっている。「アメリカ嫌い」という言葉で中国の脅威から目を逸らす時代は終わったのである。
p170〜
国家という異質なもの同士が混在する国際社会には、絶対的な管理システムがない。対立は避けられないのである。人間の習性として、争いを避けることはきわめて難しい。大げさに言えば、人類は発生した時から戦っている。突然変異でもないかぎり、その習性はなくならない。
国連をはじめとする国際機関は、世界平和という理想を掲げているものの、強制力はない。理想と現実の世界のあいだには深く大きなギャップがあることは、あらゆる人が知っていることだ。
日本はこれまで、アメリカの核の傘のもとに通常兵力を整備することによって安全保障体制を確保していたが、その体制は不安定になりつつある。今後は、普遍的な原則に基づいた軍事力を整備していかなければならない。普遍的な原則というのは、どのような軍事力をどう展開するかということである。(略)
p171〜
日本は、「自分の利益を守るために、戦わねばならなくなった時にどのような備えをするか」ということにも、「その戦争に勝つためには、どのような兵器がどれだけ必要か」ということにも無縁なまま、半世紀以上を過ごしてきた。アメリカが日本の後ろ盾となって、日本にいるかぎり、日本に対する戦争はアメリカに対する戦争になる。そのような無謀な国はない。したがって戦争を考える必要はなかった。このため日本はいつの間にか、外交や国連やその他の国際機関を通じて交渉することだけが国の利益を守る行為だと思うようになった。
よく考えてみるまでもなく、アメリカの日本占領はせいぜい数十年である。人類が戦いをくり返してきた数千年の歴史を見れば、瞬きするほどの時間にすぎない。日本人が戦争を考えずに暮らしてこられた年月は、ごく短かったのである。日本人はいま歴史の現実に直面させられている。自らの利益を守るためには戦わねばならない事態が起きることを自覚しなければならなくなっている。
国家間で対立が起きた時、同じ主義に基づく体制同士であれば、まず外交上の折衝が行われる。駆け引きを行うこともできる。だがいまの国際社会の現状のもとでは、それだけで解決がつかないことのほうが多い。尖閣諸島問題ひとつをとってみても明らかなように、外交交渉では到底カタがつかない。
p172〜
ハドソン研究所のオドム中将がいつも私に言っていたように、「常にどのような戦いをするかを問い、その戦いに勝つ兵器の配備を考える」ことが基本である。これまでは、アメリカの軍事力が日本を守っていたので、日本の軍事力は、アメリカの沿岸警備隊程度のものでよかった。日本国防論は空想的なもので済んできたのである。
p173〜
ヨーロッパで言えば、領土の境界線は地上の一線によって仕切られている。領土を守ることはすなわち国土を守ることだ。そのため軍隊が境界線を守り、領土を防衛している。だが海に囲まれた日本の境界線は海である。当然のことながら日本は、国際的に領海と認められている海域を全て日本の海上兵力で厳しく監視し、守らなければならない。尖閣諸島に対する中国の無謀な行動に対して菅内閣は、自ら国際法の原則を破るような行動をとり、国家についての認識が全くないことを暴露してしまった。
日本は海上艦艇を増強し、常に領海を監視し防衛する体制を24時間とる必要がある。(略)竹島のケースなどは明らかに日本政府の国際上の義務違反である。南西諸島に陸上自衛隊が常駐態勢を取り始めたが、当然のこととはいえ、限られた予算の中で国際的な慣例と法令を守ろうとする姿勢を明らかにしたと、世界の軍事専門家から称賛されている。
冷戦が終わり21世紀に入ってから、世界的に海域や領土をめぐる紛争が増えている。北極ではスウェーデンや、ノルウェーといった国が軍事力を増強し、協力態勢を強化し、紛争の排除に全力を挙げている。
p174〜
日本の陸上自衛隊の南西諸島駐留も、国際的な動きの1つであると考えられているが、さらに必要なのは、そういった最前線との通信体制や補給体制を確立することである。
北朝鮮による日本人拉致事件が明るみに出た時、世界の国々は北朝鮮を非難し、拉致された人々に同情したが、日本という国には同情はしなかった。領土と国民の安全を維持できない日本は、国家の義務を果たしていないとみなされた。北朝鮮の秘密工作員がやすやすと入り込み、国民を拉致していったのを見過ごした日本は、まともな国家ではないと思われても当然だった。 *強調(太字・着色)は来栖
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◆ 『世界の変化を知らない日本人』日高義樹著 2011年5月31日第1刷 徳間書店
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◆ 『アメリカの新・中国戦略を知らない日本人』アメリカは尖閣で戦う! 日高義樹 ハドソン研究所首席研究員 PHP研究所2013年2月27日第1版第1刷発行
p49〜
オバマ大統領の公の権力に最も明確に反抗しているのは、アメリカの力の源泉といわれる石油業界である。ケネディ大統領が暗殺された時、その黒幕はテキサスの石油業界だといわれた。石油業界はケネディ大統領と対立する共和党と強く結びついている。
p50〜
オバマ大統領は第1次政権で環境保全政策にとくに力を入れ、太陽光や風力発電に多額の政府資金を投入した。アメリカ西部、西南部、テキサスなどでオバマ大統領は多くの太陽光や風力発電の業者を援助した。のちに倒産してスキャンダルになったソリンドラをはじめサンパワーといった企業には、500億ドルを超す膨大な資金援助を行った。
オバマ大統領のクリーンエネルギー推進政策は、中小の石油業者と真っ向から対立してきたが、オバマ大統領が人気を失い政治力が下がるとともに、この政策も人々の支持を得られなくなり、力を失ってきた。
石油産業界の後ろには軍需産業があり、そしてペンタゴンや陸、海、空のエリートがいる。この存在を意識してオバマ大統領が政治的なペトラウス切りを行った疑いが濃厚だが、いずれにせよオバマ大統領のエネルギー政策の変更は外交政策、とくに対中国政策の変更につながる。
p51〜
オバマ大統領がこれまでのエネルギー政策を変え、国内で増産が始まっている石油や天然ガスに重点を切り替えることは、アメリカの経済の回復に直接つながってくる。
石油はドルそのもの、といわれるが、アメリカ国内で石油を増産すれば財政不足から中国の借金に頼らざるを得ないという状況から脱却できる。オバマ大統領の人気の低落、アメリカ国内における黒人と白人の対立、そしてエネルギー政策の転換は、アメリカの中国政策の大転換という重大な問題につながっていくのである。
p168〜
第5部 アメリカは中東石油を必要としない
アメリカが中東の石油を必要としなくなる。これはまさに歴史的な出来事と言える。その理由はいくつかあるが、最大の理由は、これからアメリカの石油の産出高が増えること、やがてアメリカがサウジアラビアを超える最大の石油産出国になろうとしていることである。
第2の理由は、周辺の国々のメキシコ、カナダ、コロンビア、ベネズエラが産出する石油が増え、アメリカ国内の産出高の不足を補えるようになっていることである。
第3の理由は、すでに述べたように天然ガスと原子力発電によるエネルギーの産出が増え、エネルギーの自給体制が確立しようとしているからだ。
p169〜
中東の石油にまず手を出したアメリカの政治家は、フランクリン・ルーズベルト大統領だった。ルーズベルトはイギリスのチャーチルに対して、「イランをイギリスに与える代わりにサウジアラビアをアメリカのものにする」と主張し、話し合いをつけた。
第2次世界大戦後はイランを牛耳るイギリスと、サウジアラビアを手にしたアメリカが中心となって、ソビエトとの冷戦が戦われた。その冷戦が終わったあとは、中東がアルカイダを含むイスラムの反米勢力との戦いの場となった。
p170〜
ロシアはエジプトに触手を伸ばした。エジプトの人々は、ヨーロッパと並んで近代化を図ろうとした矢先、イギリスに騙され、植民地化されてしまったのに腹を立てていたが、第2次大戦では再びアメリカ、イギリス連合軍の手中に落ちてしまった。
エジプトの青年将校たちがその後革命を行い、ソビエトとの同盟体制を強化したが、アメリカが入り込み、ソビエトを追っ払った。やがてイランが人民革命に成功し、パキスタンは独自の核兵器をつくり、アメリカによるイラク戦争、アフガニスタン戦争が始まり、現在に至っている。
そうしたなかでサウジアラビアの石油帝国の位置は揺るがなかったが、油田そのものが古くなっている。日産100万バレルという巨大な油田を有するものの、サウジアラビア全体で1日1300万バレル以上を掘り出すことは不可能になっている。
世界経済の拡大とともに石油産出国の立場が強くなり、OPECの操作で石油危機が起き、アメリカをはじめ世界が中東の石油カルテルに振り回されてきたが、その状況が終わろうとしている。しかし中国やインド、日本が依然として中東の石油を必要としているため、アメリカの中東離れによって、さらに複雑な国際情勢が描き出されようとしている。
はっきりしているのは、中東の石油を必要としなくなった結果、世界の軍事的安定の要になっているアメリカが、中東から軍事力を引き揚げようとしていることだ。
p171〜
アメリカは2014年、アフガニスタンから戦闘部隊をほぼ全て引き揚げることにしている。すでにイラクからは戦闘部隊を引き揚げており、このまま事態が進めば、中東におけるアメリカの軍事的支配が終わってしまう。
p172〜
アメリカは、優れた衛星システムと長距離攻撃能力、世界規模の通信体制を保持している。アメリカが強大な軍事力を維持する世界的な軍事大国であることに変わりはない。
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「米国の衰亡」も視野に今備えを 入江隆則
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