「米軍は尖閣を守るな」という本音 価値のない島のためになぜ中国軍と戦闘するのか?
「国際激流と日本」JBpress2013.04.10(水)古森 義久
中国の海洋戦略への米国の関心はますます高くなった。中でも尖閣諸島の日本の領有に対する中国の挑戦に、米側の警戒が集中するようになった。日中両国の本格的な軍事衝突をもたらし得る危険な発火点として、米側の専門家たちの懸念の視線が尖閣諸島に絞られるのだ。
だがそんな中で、元米国海軍のアジア戦略の権威が、中国が尖閣に軍事攻撃をかけてきても、米国は中国との戦闘に踏み切るべきではないという意見を公式な場で述べて、注視を集めた。尖閣諸島は日米安保条約の対象範囲になると明言するオバマ政権の立場を大きく後退させる政策提言だった。尖閣の防衛はあくまで日本が責任を持て、と言うのである。
*いま東アジアで最も危険なのは尖閣諸島問題
米国議会の政策諮問機関「米中経済安保調査委員会」は4月4日、「東シナ海と南シナ海での中国の海洋紛争」と題する公聴会を開いた。中国が東シナ海や南シナ海で領有権をいかに拡大し、主張の衝突する他国にいかに戦いを挑むか、というのが主題である。
その中国の動向や戦略に対し、米国はどう対処すべきかが、当然、同時に論題となる。そのためには米国の官民の専門家たちが証人として登場し、見解を述べていた。
その証人の1人がマイケル・マクデビット氏だった。同氏はワシントンの戦略研究シンクタンクの「海軍分析センター」の上級研究員という立場である。ワシントンのアジアや中国の戦略研究の分野では広く知られた専門家であり、米国海軍出身で海軍少将まで務めた。三十余年の現役軍人としてはほとんどの年月をアジア関連で過ごし、駆逐艦や航空母艦の艦長から太平洋統合軍の戦略部長、国防長官直属の東アジア政策部長などをも歴任した。
そのマクデビット氏に対し、委員会側から次のような質問が提起されていた。
「東シナ海と南シナ海の安全保障情勢のうち、軍事の紛争や有事へと発展しかねない最も爆発しやすい要素はなんでしょうか。その種のシナリオに対し米国はどんな役割を果たすべきでしょうか」
この質問に対しマクデビット氏は次のように証言した。
「爆発性という点では、台湾が明らかに中国人民解放軍と米軍との有事シナリオの中心でしょう。台湾有事への米軍の介入への中国側の懸念が、『不干渉』能力の増強をもたらしました。米軍はそれを『接近拒否』と呼び、対抗策として『空海戦闘』という軍事戦略を作り始めたわけです。しかし台湾海峡の安全保障情勢はいま静かであり、台湾の馬英九総統の任期が終わる2016年まではそのままの状況が続くでしょう。となると、現状では尖閣諸島を巡る情勢が最も大きな懸念の原因となります」
証言のこの部分は注目すべきである。東アジア全域で最も危険なのは台湾情勢だったのだが、いまでは尖閣諸島がそれに取って代わったと言うからだ。
*「米国は中国軍との直接の戦闘を避けるべし」
マクデビット氏はさらに尖閣についての証言を続けた。
「米国政府が尖閣諸島の日本の主権を認めることはまずないでしょう。日本側はもちろんその承認を望むわけですが。尖閣諸島は沖縄返還協定によりその施政権が日本側に返還されました。ただし、米国上院でのその協定の批准審議の際に、同協定が『紛争地域』の最終の主権決定には影響を与えないことが明記されました」
「米国は最終の主権に関する立場を明確にしない一方、尖閣諸島が日本の施政権下にある限り、日本領土として米国は日米安保条約により防衛の責務を負うとの結論を出しました。この点の米国政府の立場に関するすべての曖昧性は、2010年10月に当時のヒラリー・クリントン国務長官が『尖閣諸島が日米安保条約第5条の適用を受ける』と公式に言明したことで取り除かれました。つまり米国は尖閣諸島の防衛を巡る中国との紛争では日本支援の責務があるということです」
「この米国の尖閣防衛の言明は日本に確約を与え、中国の衝動を抑止する重要な一歩であり、さらにアジアの他の米国の同盟国に対して、中国の圧力に直面する友邦を見捨てないことを間接に示す保証となるでしょう。しかし米国にとっては、米中衝突の発火点を台湾のほかにもう1つ作ってしまったことになります」
このへんまでのマクデビット氏の証言はすでに明白となったことの総括である。米国政府は尖閣有事での日本への防衛支援を誓った、ということである。だがそのことが米国にとって果たして賢明なのかどうか。同氏は懐疑や対案を述べていく。
「この米側の誓約は米中間の軍事衝突につながるのか。そうなるかもしれません。しかし日本の安倍晋三首相が2月の訪米の際、質疑応答で日本が尖閣を防衛すると言明しました。『私たちの意図は、米国にあれをしてほしい、これをしてほしいと頼むことはせず、まず自分たちで自国の領土を現在も将来も守るつもりだ』という意味の答えを述べたのです。
私はこれこそホワイトハウスが明確にすべきメッセージだと思います。日本が尖閣防衛の主導を果たす。米国は有事には偵察、兵站、技術助言など基本的に必要な後方支援を提供すればよい。米国はこの無人の島を巡って中国人民解放軍との直接の戦闘に入ることを避けるべきなのです。尖閣諸島はもともと住んでいる住民もいない。戦略的な価値も少ない。本来、それほど価値のある島ではないのです」
マクデビット氏の提案の核心は上記の部分である。尖閣諸島の防衛だけのために米国は中国と戦うな、と提言しているのだ。尖閣にはそれほどの価値がないというのである。この提案は明らかにクリントン国務長官の言明に背反する新政策案ということになる。
だが一個人の提案とはいえ、米海軍の第一線で長年、活動し、国防総省の中枢でもアジア戦略に関わってきた専門家の言である。米国内部に潜在する一定の意見の反映だと言えよう。
*日本の本土が攻撃された場合だけ中国軍と戦闘
同氏の証言はさらに続いた。
「米国が尖閣防衛で日本にその主導を求めることは、米国の同盟相手としての信頼性を傷つけ、中国へのその対応政策への信用をも落とすことになるか。それはあり得るでしょう。しかし現実には中国の影に生きる諸国にとって、中国の『朝貢国』になりたくない限りは米国に頼る以外に現実的な手段はないのです。だから米国は同盟諸国に対し、米国の人命と資産を中国との直接の戦闘で犠牲にすることは中国の露骨な侵略行為への反撃にのみ限られる、ということを強調する必要があります。日本の場合、それは日本本土への侵略行動に対してです」
さあ、この証言部分の最後の個所こそがマクデビット提案の核心なのだ。つまり尖閣諸島の防衛に関して、米国がいかに日本の同盟相手であっても、米軍がいかに中国の尖閣攻撃への反撃を望んでいても、実際の中国軍との戦闘は、日本の本土が攻撃された場合のみに留まるべきだ、というのである。
しかしマクデビット氏は以下のこともつけ加えた。
「米中両軍の衝突は尖閣周辺の海域でも起こり得ます。中国軍が米軍の艦艇や航空機を誤射も含めて、なんらかの理由で撃ったような場合です。尖閣諸島付近の限定された海域や空域の特殊条件下では、中国軍や日本の自衛隊の将兵が共に戦闘経験がないために、つい興奮して攻撃を始めてしまうという危険も否定できません。ですから米軍はこの地域でのきちんとした交戦規定を改めて設けるべきでしょう」
こうしたマクデビット氏の証言で最も重要なのは、前述の通り、米軍は中国軍が尖閣諸島を攻撃してきても、自動的に日本を支援して対中国の戦闘に入るべきではないという提言である。この提言はオバマ政権の公式の政策とは異なることも、前述の通りである。
しかしそうした慎重論が米国側の専門家の一部から出たことは、日本側として重大に受け止めざるをえない。やはり尖閣諸島防衛はまず日本が自主的に、ということなのだと言えよう。その認識をさらに強めていくと、自国の防衛にはまず自国が責任を持つ、という基本の課題にまで進んでしまう。
日本の防衛のあり方は戦後の日本みずからの憲法9条などでの自縄自縛で大きく制限されてきた。米国依存がまず大前提となってきた。その米国依存が実はそう簡単にはいかないとなったとき、どうすればよいのか。
だからこそいまの尖閣問題は実は日本の国家のあり方にまで基本の命題を突きつけているとも言えるのである。
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