特集ワイド:参院選へ、どう出る小沢一郎氏 国民はまだ改革を期待、非自民結集なら戦える
毎日新聞 2013年04月10日 東京夕刊
政権交代の実現に政治生活の半生をかけてきた小沢一郎・生活の党代表(70)。昨年の衆院選では再び自民党に政権を奪われ、自身の資金管理団体を巡る事件もあり、一からの出直しを迫られている。参院選が近づく中、どんな思いを抱いているのか。松田喬和専門編集委員が聞いた。【構成・小林祥晃】
−−1993年に55年体制が崩壊し、自民党が下野してから20年。当時思い描いた理想と今の状況はだいぶ違っていますか。
小沢氏 与党がいい政治をしなければ対立政党に政権を奪われる、という選挙制度改革の目的からすれば狙い通りになった。ただし、自民党は生まれ変わり、民主党も切磋琢磨(せっさたくま)してより良くなっていく。そんな理想を思い描いていたので、ようやくつくり上げた民主党政権が改革どころか旧体制にのみ込まれてしまったのは非常に残念ですね。
−−野党時代、小沢さんが志向した「大連立」の理由に挙げていた「力不足」が的中した。
小沢氏 「このままじゃいけない、変えよう」と掲げた理念や主張がまるきりなくなっちゃった。民主党の人たちが理解していなかったのか、最初から信じていなかったのか。官僚支配を打ち破り政治主導へ、中央集権から地方分権へ、という考えがあらゆる政策の土台だったのに、それが欠落した。
−−陸山会事件がなく、民主党が小沢体制だったら、違う展開になっていた?
小沢氏 マニフェストに掲げた政治主導やあらゆる改革は、僕がトップの立場にいれば前進させることができた。僕のことはおくとしても、一歩でも二歩でも努力していれば国民の民主党への期待は続いていた。昨年末の総選挙でも自民党を積極的に支持する票は増えていません。所得は下がり続け、年金問題は解決せず、雇用も不安定。国民の中にある「何とかしてほしい」という意識は民主党が失敗した後も生きていますよ。
−−自身の事件も含め、司法の現状への考えは。
小沢氏 日本の司法は非常に「弱い」と思いますね。行政官僚である検察によって支配されている。最高裁は歴史的に検察との結びつきが深く、刑事裁判は9割以上が有罪。僕の場合は総選挙の半年前に、政権交代が有力視されていた野党第1党の党首を何の証拠もなく強制捜査した。独裁国家のやり方ですよ。
−−安倍晋三政権が高い支持率を維持しています。
小沢氏 安倍人気というのは民主党政権に対する失望の裏返し。政策は何もない。金融緩和をしても、金融機関は本当にお金が必要な中小零細企業には貸さない。円安だって輸入原材料は何でも値上がりで、庶民には決していいことではない。何となく「景気が良くなるんじゃないか」という雰囲気になっているだけで非常にもろいと思う。安倍さんはいい人だが、その主張は思想・理念に基づくというより、頭にインプットされたものが情緒的に語られている。それは言葉遊び。外交の場面でそれが出ると危険です。
−−尖閣諸島や竹島の問題が行き詰まっています。
小沢氏 中国と韓国の政府、あるいは両国民との信頼関係が全くないということに尽きるんじゃないか。野田佳彦首相の時、「尖閣の国有化だけはやめてくれ」と、中国に直接頼まれた直後に国有化した。ものすごく信義に反する。自民党も「領土を守り抜く」と強硬姿勢をとっているが、強がりを言っているだけ。何の解決にもならないですよ。
−−昔の自民党政権時なら政府間折衝がうまくいかなくても多くのパイプがあった。
小沢氏 日韓間、日米間だって同じ。今はちゃんと話ができる人がいない。
−−安倍首相は環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への交渉参加を表明しました。自民党時代、日米構造協議などの最前線に立った経験からどう評価しますか。
小沢氏 米国にとってTPPは構造協議の延長であり、「俺たちのルールに合わせろ」という話なんです。農業ばかりか医療、郵政、知的所有権などいろんな分野で日本にとって不利な規制撤廃を求められる。でも、米国と対等に議論できる力は日本にはありません。既に他の参加国は交渉を始めており、協定の中身は固まりつつある。今から変えることは不可能なのに、どうやって交渉しようというのか。参加には反対です。
−−憲法改正にも安倍首相は意欲的です。
小沢氏 自民党の改正草案を読んだけれど、大きく変えたいのは国防軍の規定などを盛り込んだ9条だけで、他は付け足しの印象だ。きちんとした新国家像があって変えたいというのではないと思う。
−−まず、憲法改正発議に衆参両院3分の2以上の賛成が必要と定めた96条の改正を急ごうとしています。
小沢氏 96条がなぜ3分の2以上の賛成を求めているか。憲法の理念・原則を安易に変えてはいけないからです。それを緩めるのは本末転倒。内閣が代わるたびに憲法を変えることにもなりかねない。
−−今夏の参院選では、民主党が野党第1党を維持するのは難しいと言われています。
小沢氏 自民党と、自民党にすり寄る政党が圧勝しますよ、間違いなく。第三極のイメージは「非自民」とほぼイコールだったのに、段々そうではないと分かってきた。TPP参加や憲法改正を掲げる日本維新の会などを国民が「自民党と一緒」と見れば、投票率が下がるかもしれない。とはいえ非自民の私たちや民主党が勝つ可能性は低いが。
−−民主党との連携は進める考えですか。
小沢氏 やはり民主党が「非自民」の旗を振らなきゃいけない。彼らが「本来の改革勢力として頑張ろう」というなら僕は何の異存もなく協力するし、他の勢力からも「非自民でいこう」という人が出てくると思う。そうなれば戦えるね。
−−その方向に持っていくためにどう動きますか。
小沢氏 それを僕が言っちゃだめなんです。政党も小さいし、僕自身、色眼鏡で見られているから。民主党の中から自発的な動きが出てこないといけない。民主党が旗を振り、幅広く非自民の人たちに声をかけていけば、かなりの戦いはできる。少なくともボロ負けということはないね。
−−気力はまだある?
小沢氏 あります、体力は多少衰えてきたけどね。衆院選の大敗で民主党も僕の仲間もがっかりしているが、国民に「何とかしなくちゃ」という気持ちがあるから、頑張れば次の総選挙でもう一度、政権交代ができると信じています。
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人物略歴
*おざわ・いちろう
47歳で自民党幹事長に就任。93年に離党後、政権交代可能な2大政党政治を目指して新生、新進、自由党をつくっては壊し、06年に民主党代表。11年、政治資金規正法違反罪で強制起訴されたが昨年11月に無罪確定。
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◆ 渡邉恒雄著『反ポピュリズム論』新潮新書2012年7月20日発行
p79〜
野中さんと小沢さんによる自自連立は成功したが、その9年後の2007年、私が再び橋渡し役を務めた大連立工作が失敗に終わったのは何故か。
結論からいえば、福田康夫首相の「慎重さ」と、小沢民主党代表の「過信」が、悪い形で重なり合ってしまったのだと思う。
福田さんの前任の安倍晋三首相で臨んだ2007年7月29日の参院選は、旧社会保険庁の年金記録漏れや相次ぐ閣僚不祥事による辞任などから急速に国民の支持を失い、獲得議席が37という惨敗を喫した。それに対して小沢さん率いる民主党は60議席と大躍進。非改選議席を合わせた両党の議席は民主109、自民83となり、自民党は1955年の結党以来はじめて参院第1党の座から滑り落ちた。
p81〜
X氏の電話は「小沢さんが大連立をやるべきだといっている」というものだった。(略)
X氏との大連立の準備は、安倍内閣がすでに死に体だったので、福田さんを「ポスト安倍」の最右翼とにらんで、8月下旬から具体的に動いた。(略)
p82〜
福田さんが自民党総裁選で麻生さんを破り、後継首相の座を手にしたのは9月23日である。しかし実際は、これよりかなり以前の段階に小沢さんと福田さんは大連立で基本合意に達していた。むしろこの時点では、小沢さんの方がずっと前のめりだった。(略)
p83〜
小沢さんは、福田さんの返事を不承不承受け入れて、当面の組閣はできるだけ小幅にとどめ、実質的に安倍「継承内閣」とするよう求めた。そのうえで、こう伝えてきた。
「今は参院選で勝った直後だ。だから今なら党内も私の思うようになるが、時間が経てば経つほど私の指導力はなくなっていく」
この伝言を聞いたとき、小沢という人はさすが政治達者な人だと思ったものだ。残念ながら、小沢さんが危惧したとおりになってしまった。このとき福田さんが決断していれば、大連立は実現していたに違いない。
この後も福田さんの慎重主義は続いた。(略)
p84〜
ともかく小沢さんの矢のような催促と、福田さんの相次ぐ引き延ばしとで、私は「もうここで一切手を引こう」と何度思ったことか。(略)
しかし、このときのやりとりでも、小沢さんは「万事急がねば与野党対決ムードが高まり、党内の主戦論を抑えられなくなる」と気にしていた。事実、直近の世論調査で自民党と民主党の支持率が27%で並び、民主党内では「総選挙でも勝てる」というムードが蔓延していた。(略)
p86〜
会談を終えた小沢さんは民主党本部に意気揚々と戻り、そこではじめて居並ぶ民主党幹部を前に代表選連立構想を披歴した。
一方、首相官邸に戻った福田さんは、「政策を実現するするための体制を作る必要があるということで、新体制を作るのでもいいのではないかと話をした」と記者団に語り、会談が大連立目的であることを公式に認めた。
しかし内心は不安だったのだろう。この直後、私は福田さんから電話を受けている。
「話は全部うまく行ったんですが、本当に民主党はこれでまとまるんですか」
私が「小沢さんが大丈夫と言っているんだから、大丈夫でしょう」と言っても、福田さんは「本当に大丈夫かどうか、もう一度念押ししてください」と頼むので、X氏に電話をして小沢さんに確かめてもらったら、X氏の返事も「絶対大丈夫」だった。それから1時間も経たないうちに、大連立構想は民主党の役員会で否決され、すべてパーになった。
後で聞いたところでは、民主党役員会では、「衆院選で勝って政権をとらないとだめだ」の大合唱だったという。それで小沢さんもプツンと切れてしまい、ご破算にしてしまった。(略)
p88〜
税と社会保障の一体改革のこと以上に残念でならないのは、民主党が政権に就く前に行政経験を積んで統治能力を磨く機会が、永遠に失われてしまったことだった。
小沢さんは構想挫折後の記者会見(2007年11月4日)で、大連立をめざした理由についてこう語った。
「民主党はいまださまざまな力量が不足しており、国民からも『自民党はだめだが、民主党も本当に政権担当能力があるのか』という疑問を提起され続け、次期衆院選勝利は厳しい情勢にある。国民の疑念を払拭するためにも、あえて政権運営の一翼を担い、政策を実行し、政権運営の実績を示すことが、民主党政権を実現する近道だと判断した」
この小沢さんの率直な発言に対し当時、民主党の多くの議員が「侮辱だ」と激しく反対した。しかし、鳩山・菅ニ代の民主党政権の混乱ぶりを経験した今日、小沢さんがどれほど正しいことを言っていたかがわかる。
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◆ 小沢一郎裁判=「官僚支配に従う者」と「国民主権を打ち立てようとする者」とを見分けるリトマス紙である 2011-10-10 | 政治/検察/裁判/小沢一郎/メディア
リトマス試験紙 田中良紹の「国会探検」日時:2011年10月9日
小沢裁判は、明治以来の官僚支配に従う者と、日本に国民主権を打ち立てようとする者とを見分けるリトマス試験紙である。裁判の結果とは別に、誰が官僚の手先で民主主義を破壊する者かがあぶり出される。
初公判での小沢一郎氏の陳述は、私がこれまで書いてきた事と軌を一にするものであった。私が書いてきたのは以下の事である。事件は政権交代を見据えてその推進力である小沢氏の政治的排除を狙ったものである。しかし十分な材料がないため捜査は無理を重ねた。目的は有罪にする事ではなく小沢氏の排除であるから、メディアを使って無知な大衆を扇動する必要がある。大衆に迎合する愚かな政治家が小沢排除の声を挙げれば目的は達する。
民主主義国家における検察は、国民の代表である国会議員の捜査には慎重の上にも慎重を期さなければならない。それが国民主権の国の常識である。国家機密を他国に売り渡すような政治家や、一部の利益のために国民に不利益を与えた政治家は摘発されなければならないが、その場合でも国民が主権を行使する選挙の前や、政治的バランスを欠いた捜査をやってはならない。民主主義の捜査機関にはそれが課せられる。
ところが一昨年、小沢氏の秘書が突然逮捕された「西松建設事件」は、政権交代がかかる総選挙直前の強制捜査であった。しかも政治資金収支報告書の記載ミスと言えるのかどうか分からないような容疑での逮捕である。これで逮捕できるならほとんどの国会議員が摘発の対象になる。そんな権限を民主主義国家が捜査機関に与えて良い筈がない。
しかも捜査のやり方が極めて異常であった。かつて私が東京地検特捜部を取材したロッキード事件も奇怪な事件で、事件の本筋とは言えない田中角栄氏が逮捕され、国民は「総理大臣の犯罪」と思い込まされたが、それでも当時は手順を踏んだ捜査が行なわれた。ところが今回は国会議員に関わる事件であるのに検察首脳会議を開かず、「若手検事の暴走」という前代未聞の形での着手である。
それほどの異常な捜査を新聞もテレビも追及する側に回らず擁護する側に回った。平均給与が全産業を上回るほど利益追求に走った新聞とテレビは、国税や検察がその気になれば、脱税などの犯罪で摘発される可能性があり、財務省や検察を批判する事など恐ろしくて出来ないからだろう。
そして案の定、愚かな政治家が「政治的道義的責任」などと騒ぎ出し、国民生活のために議論しなければならない国会の審議時間を削るような事を言い出した。「国会で国民に説明責任を果たせ」と言うのである。そんな馬鹿な事を言う政治家が世界中にいるだろうか。「説明責任(アカウンタビリティ)」とは会計用語であり、国民から預った税金の使い道について「官僚には説明する責任がある」という意味である。
前にも書いたが、アメリカのクリントン大統領には「ホワイトウォーター疑惑」と呼ばれるスキャンダルがあった。アーカンソー州知事時代に不動産業者に便宜を図って違法な献金を受けた疑惑である。事件が発覚した後に自殺者も出た。特別検察官が選ばれて捜査が開始された。しかしクリントン大統領に「議会で国民に説明しろ」などという声は上がらない。議会が喚問したのは検察官である。議会は行政府をチェックするところであるからそれが当たり前だ。説明責任があるのは政治家ではなく検察官僚なのである。それが日本では逆転している。
日本の捜査機関は国会に呼ばれてもろくに答弁しない。「捜査中につきお答えできない」で終わる。サリン事件が起きた時、日本の警察は国会でそう言って答弁を拒否したが、同じ頃にアメリカ議会ではFBI、CIAが議会に喚問され、アメリカ国内でのオウム真理教の活動について捜査内容を証言させられた。そのビデオテープを自民党議員に見せたら「うらやましい」と言った。日本の国会は行政府に舐められているのである。
「ホワイトウォーター疑惑」に関わったとされるヒラリー夫人は大陪審に喚問されて証言した。しかし議会には喚問されない。司法が追及している時に、議会が同じ事をやる意味はないし、議会にはそんな暇もない。ところがこの国では不思議な事が続いてきた。何かと言えば「国会で証人喚問しろ」と言うのである。それがどれほど意味のないバカバカしいパフォーマンスであるかを、政治家はイヤというほど見てきた筈だ。
ところが今回も野党の党首クラスが揃いも揃って「証人喚問」などと騒いでいる。全く学習効果のない哀れな連中である。ロッキード事件以来続けられてきた「政治とカネ」のスキャンダル追及ほど民主主義政治の足を引っ張ってきたものはない。国民の税金の使い道を徹底して議論しなければならない予算委員会で、日本の政治は肝心要の事をやらずに政治家のスキャンダル追及に力を入れてきた。大衆に気に入られたいためである。
下衆(げす)な大衆は権力者の凋落を見るのが何より楽しい。それが自らの生活を貶める事になるとは思わずに「やれ、やれ」となる。直接民主制であった古代ギリシアでは有能な政治家ほど大衆から妬まれて追放された。偉大な哲学者ソクラテスは愚かな大衆から死刑判決を受けた。ギリシアの民主主義は長く続かなかった。民主主義は厄介なもので、大衆が政治や裁判を直接左右すると民主主義は潰れるのである。それが歴史の教訓である。
明治以来の官僚支配の背景にも官僚勢力とメディアによる大衆の扇動があった。政党政治家の原敬が暗殺され、反軍演説をした斉藤隆夫が衆議院から追放され、田中角栄が「闇将軍」となった背景にもそうした事情がある。
小沢陳述はそうした過去にも触れつつ、検察権力の横暴と議会制民主主義の危機を訴えた。しかしそれに対するメディアの反論は、「検察が不起訴としたのに検察を批判するのは筋が違う。起訴したのは検察審査会だ」とか、「4億円の出所を言わないのはおかしい」という瑣末なものである。
すべての問題の発端を作ったのは検察で、目的は小沢氏の政治的排除にあるのだから、そもそも不起訴にして大衆の扇動を狙っていた。従って乗せられた方ではなく乗せた方を批判するのは当然である。また自分の財布の中身をいちいち説明しなければならない社会とはどういう社会なのか。それが違法だと言うなら、言う方が違法性を証明しなければならない。それが民主主義社会のルールである。「政治家は公人だから」と言ってあらゆる責めを負わせるのは、国民主権を嫌う官僚の昔からのやり口である。
ともかく初公判後の記者会見で小沢氏は検察とメディアに対し闘争宣言を行なった。潰れるか潰されるかの戦いを宣したのである。検察もメディアも引けないだろうが、不起訴処分にした検察は既に一歩後ろに退いており、前面に立つのは司法とメディアである。
行政権力の手先だと世界から見られている日本の司法とメディアがこの戦いにどう対抗するのか。小沢氏を潰そうとすればするほど、民主主義の敵に見えてくるのではないかと私には思える。
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◆小沢一郎氏 初公判 全発言/『誰が小沢一郎を殺すのか?』2011-10-06 | 政治/検察/メディア/小沢一郎
〈小沢元代表 初公判の全発言〉
今、指定弁護士が話されたような事実はありません。裁判長のお許しをいただき、ただいまの指定弁護士の主張に対し、私の主張を申し上げます。
指定弁護士の主張は、検察の不当・違法な捜査で得られた供述調書を唯一の根拠にした検察審査会の誤った判断に基づくに過ぎず、この裁判は直ちに打ち切るべきです。
百歩譲って裁判を続けるにしても私が罪に問われる理由はまったくありません。なぜなら、本件では間違った記載をした事実はなく、政治資金規正法の言う虚偽記載には当たりませんし、ましてや私が虚偽記載について共謀したことは断じてないからです。
また本件の捜査段階における検察の対応は、主権者である国民から何の負託も受けていない一捜査機関が、特定の意図により国家権力を乱用し、議会制民主主義を踏みにじったという意味において、日本憲政史上の一大汚点として後世に残るものであります。以下にその理由を申し上げます。
そもそも政治資金規正法は、収支報告書に間違いがあったり、不適切な記載があった場合、みずから発見したものであれ、マスコミ、他党など第三者から指摘されたものであれ、その政治団体の会計責任者が総務省あるいは都道府県選管に自主申告して収支報告書を訂正することが大原則であります。
贈収賄、脱税、横領など実質的犯罪を伴わないものについて、検察や警察が報告の間違いや不適切な記載を理由に捜査すると、議会制民主主義を担保する自由な政治活動を阻害する可能性があり、ひいては国民の主権を侵害するおそれがある。
だからこそ政治資金規正法が制定されて以来、何百件、何千件と数え切れないほどの報告間違いや不適切な記載があっても実質的犯罪を伴わないものは検察の言う単純な虚偽記載も含めて例外なく、すべて収支報告書を訂正することで処理されてきました。陸山会の事件が立件されたあとも、今もそのような処理で済まされています。
それにも関わらず唯一私と私の資金管理団体、政治団体、政党支部だけがおととし3月以来1年余りにわたり、実質的犯罪を犯したという証拠は何もないのに東京地検特捜部によって強制捜査を受けたのであります。もちろん、私は収賄、脱税、背任、横領などの実質的犯罪はまったく行っていません。
なぜ私のケースだけが単純な虚偽記載の疑いで何の説明もなく、突然現行法の精神と原則を無視して強制捜査を受けなければならないのか。これではとうてい公正で厳正な法の執行とは言えません。したがってこの事例においては、少なくとも実質的犯罪はないと判明した時点で捜査を終結すべきだったと思います。
それなのに、おととし春の西松事件による強制捜査、昨年初めの陸山会事件による強制捜査など、延々と捜査を続けたのは、明らかに常軌を逸しています。
この捜査はまさに検察という国家権力機関が政治家・小沢一郎個人を標的に行ったものとしか考えようがありません。私を政治的・社会的に抹殺するのが目的だったと推認できますが、明確な犯罪事実、その根拠が何もないにもかかわらず、特定の政治家を対象に強制捜査を行ったことは、明白な国家権力の乱用であり、民主主義国家、法治国家では到底許されない暴力行為であります。
オランダ人ジャーナリスト、カレル・ヴァン・ウォルフレン氏は、近著「誰が小沢一郎を殺すのか?」で「小沢一郎に対する強力かつ長期的なキャラクター・アサシネーション、『人物破壊』は、政治的に類を見ない」と言っています。「人物破壊」とは、その人物の評価を徹底的に破壊することで、表舞台から永久に抹殺する社会的暗殺であり、生命を奪う殺人以上に残虐な暴力だと思います。
それ以上に、本件で特に許せないのは、国民から何も負託されていない検察・法務官僚が土足で議会制民主主義を踏みにじり、それを破壊し、公然と国民の主権を冒とく、侵害したことであります。
おととしの総選挙の直前に、証拠もないのに検察当局は捜査・逮捕権という国家権力を乱用して、私を狙って強制捜査を開始したのであります。
衆議院総選挙は、国民がみずから主権を行使して、直接、政権を選択することのできる唯一の機会にほかなりません。とりわけ、2年前の総選挙は、各種世論調査でも戦後半世紀ぶりの本格的な政権交代が十分に予想された特別なものでありました。そのようなときに、総選挙の行方を左右しかねない権力の行使が許されるとするならば、日本はもはや民主主義国家とは言えません。
議会制民主主義とは、主権者である国民に選ばれた代表者たる政治家が自由な意思により、その良心と良識に基づいて、国民の負託に応え、国民に奉仕する政治であります。国家権力介入を恐れて、常に官憲の鼻息をうかがわなければならない政治は、もはや民主主義ではありません。
日本は戦前、行政官僚、軍部官僚検察・警察官僚が結託し、財界、マスコミを巻き込んで、国家権力を乱用し、政党政治を破壊しました。その結果は、無謀な戦争への突入と悲惨な敗戦という悲劇でした。昭和史の教訓を忘れて今のような権力の乱用を許すならば、日本は必ず同様の過ちを繰り返すに違いありません。
東日本大震災からの復興はいまだに本格化できず、東京電力福島第一原子力発電所の事故は安全な収束への目途すら立たず、加えて欧米の金融・財政危機による世界恐慌の恐れが目前に迫ってきている時に、これ以上政治の混迷が深まれば、国民の不安と不満が遠からず爆発して偏狭なナショナリズムやテロリズムが台頭し、社会の混乱は一層深まり、日本の将来は暗たんたるものになってしまいます。そうした悲劇を回避するためには、まず国家権力の乱用を止め、政党政治への国民の信頼を取り戻し、真の民主主義、議会制民主主義を確立する以外に方法はありません。まだ間に合う、私はそう思います。
裁判長はじめ裁判官の皆様の見識あるご判断をお願い申し上げ私の陳述を終えます。ありがとうございました。
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『誰が小沢一郎を殺すのか?』〈カレル・ヴァン・ウォルフレン著〉
p47〜
歴史が示すように、日本では政党政治は発展しなかった。しかも1世紀以上を経たいまなお、それはこの国にとって大きな問題であり続けている。だからこそ民主党は与党となっても悪戦苦闘を続けているのだ。政党政治が発展しなかったからこそ、軍事官僚が、当時の日本の10倍にも達する産業基盤を有する国アメリカを相手に戦争をはじめても、それに対して日本はなんら対処することができなかったのだ。
p48〜
小沢氏をはじめとする改革派政治家たちはみな、彼らにこそ国家を運営する権利があり、義務があると信じている。官僚が国に滅私奉公する善なる存在であるなどと、彼らはもちろん考えてはいない。我々が一歩退いてみるとき、小沢氏のような政治家をつぶそうとするメカニズムは、近代国家の道を歩みはじめたばかりの当時の日本で、すでに機能していたことがわかる。つまり日本の近代化が推し進められるのとときを同じくして、政治家に対する陰謀も進行していったということだ。そして小沢氏こそ、この百数十年もの長きにわたり、連綿と続けられてきた陰謀の犠牲者にほかならないのである。
p50〜
そして体制の現状維持を危うくする存在であると睨んだ人物に対して、その政治生命を抹殺しようと、日本の検察と大新聞が徒党を組んで展開するキャンペーンもまた、画策者なき陰謀にほかならない。検察や編集者たちがそれにかかわるのは、日本の秩序を維持することこそみずからの使命だと固く信じているからである。そして政治秩序の維持とは旧来の方式を守ることにほかならない。そんな彼らにとって、従来のやり方、慣習を変えようとすることはなんであれ許しがたい行為なのである。この種の画策者なき陰謀で効果を発揮するツールこそがスキャンダルである。そして検察や編集者たちは、そのような人物があらわれたと見るや、まるで自動装置が作動しているのではないかと思えるほどに、予想に少しも違(たが)わない反応を見せる。
p60〜
欧米諸国を参考とした大日本帝国憲法もほかの法律も、専制的な権力から国民を守ることを想定したものではなかった。つまり日本の当局は欧米の法律を参考にしはしても、その「精神」を真似ることはなかったというわけだ。そして今日、もちろん不当なあつかいから国民を守るべきだという理念はあり、それが過去数十年で強められてきてはいても、現実には、それはいまなおきわめて曖昧模糊とした感情の領域に押しとどめられている。そのため大抵の日本人はいまだに、法律というのは単に政府が人々の行動を抑制するための手段なのだ、と見なしている。これに関して忘れてはならない事実がある。東京大学法学部というのは、日本の政治システムの最上部を占める高官を輩出することで知られているわけだが、その教授陣はいまだに法律を官僚が統治に利用する手段にすぎないととらえている。そして彼らはそうした視点に立って、学生に教え続けているのである。要するに、時代が変わったとはいえ、法律は権力エリートが用いるツールであるとする見方は、日本では以前とまったく変わっていないということなのだ。
また日本の官僚たちの間では、自分の目的を達成するために、法律のなかから適切なものを選び出すという習慣が長いこと続いてきた。そして自分たちの計画が法律の文言に抵触しかねない場合は、実に巧に新しい解釈を考え出す。このように日本では、法律というのは当局にとって、あくまでも秩序を維持するためのツールでしかない。そのため、国民みずからが与えられているはずの権利を政治システムの上層部に対して主張する目的で、法律を利用するよう奨励されているなどということは決してないのである。
p64〜
1960年代と70年代に日本の政治、そして権力構造について研究していた時期、私はそのようなやり方が繰り返し行われていることに気づいた。だからこそ日本の政治・経済について初めて執筆した著書〔『日本/権力構造の謎』〕のなかで、「法を支配下におく」という1章を設けたのだ。
私はそのなかで、権力者の独り歩きを可能にするような方法で、日本では法律は支配するのではなく、支配されているのであって、この国の権力システムにおいて、法律は政治に関して許容すべきこととそうでないことを決定づける基準にはなっていない、と説いた。すなわち独り歩きをする日本の権力システムに対して、異議を唱え、改革を加えようとする者を阻止するような仕組みがある、ということだ。本書のテーマに当てはめて解説するならば、小沢氏のような野心的な政治家、あるいは彼のように改革を志す政治家が将来何人あらわれようと、現体制はあくまでそれを拒むというわけだ。
いま、小沢氏の政治生命を抹殺しようと盛んにキャンペーンが繰り広げられているのも、これによって説明がつく。
p65〜
99・9%という「無謬」
中立的な権威としての法律を日本の政治システムから遠ざけておくやり方はそのほかにもいくつかある。法律が非公式な政治システムに対して、なんら影響をおよぼすことが許されないとしたら、ではなにがシステムをつかさどっているのか?。それは暗黙の了解事項、つまり不文律であり、記憶のなかで受け継がれる古い習慣だ。裁判官もまた体制に大きく依存している。最高裁事務総局に気に入られるような判決を下さなければ、地方に左遷されかねないことを、彼らは考えないわけにはいかない。戦前、戦後を通じて日本の裁判官たちは、法務省のトップクラスの検察官を恐れてきた。これが99・9%という人間の検察の有罪判決率を可能にした理由の一つである。
つまり、みずから裁判にかけたケースで99・9%の勝利をおさめるに日本の検察は、事実上、裁判官の役割を果たしているということになる。つまり、日本ではわずか0・1%、あるいはそれ以下に相当するケースを除いては、法廷に裁判官がいようといまいと、その結果に大した違いはないということだ。
p68〜
しかし日本に関してもうひとつ気づいたことがある。それは社会秩序を傷つけかねないどんなものをも未然に防ぐという検察の任務が、政治システムにおいても重視されているという事実だ。当然、そのためにはシステムの現状を維持することが必要となる。問題は、現状をわずかでも変える可能性があると見れば、どんな人間であっても既存の体制に対する脅威と見なしてしまうことである。そのような姿勢は当然のことながら、小沢氏のみならず、日本という国家そのものにとっても望ましいものではない。なぜならば多くの日本人は長い間、権力システムの改革が必要だと考えてきたからだ。後述するが、自民党と日本の秩序をつかさどる人々との間には、一種、暗黙の了解のようなものがあり、それが50年にわたって保たれてきたのだろう。そして自民党が政権の座を追われたいま、単に自民党とは行動の仕方が違うという理由で、体制側は民主党を、小沢氏という個人とともに、脅威を与える存在と見ているのだ。
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◆ 小沢一郎氏、再起期し本格始動 / 小沢氏に「サイレント・マジョリティ」の声は聴こえていただろうか 2013-03-27 | 政治/検察/裁判/小沢一郎/メディア
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〈来栖の独白 2013/3/25 Mon. 〉
安倍内閣の経済政策を「かつての自民党と同じ」と批判し、「夏の参院選で自民党が圧勝すれば、日本の前途は非常に暗い」と、「イメージ」で語る小沢氏。イメージ手法は、大手メディアの十八番である(「政治とカネ」、この戦略により小沢氏は政治生命を断たれた)。
昨年12月の衆院選挙で小沢氏は「反消費税増税」と「脱原発」を掲げ、敗れた。私の気になったのは、青森など原発関連施設のある選挙区候補者への配慮・対策、また地元岩手の刺客候補擁立の必然性などだった。加えて、選挙日間近になっての[日本未来の党]合流や選挙直後の同党離脱はお世辞にも上手とは言えず、私の中で小沢離れが進んだ。
憶測だが、小沢氏は先般12月の衆院選を「脱原発」を掲げることで勝てる、と踏んだのではないだろうか。それで、ドイツまで視察にも赴き、官邸前のデモにも参加したのではないか。氏には、原子力発電を過渡的エネルギーと見てきた自民党時代があった。そんな小沢氏の目に、毎週金曜日、官邸周辺で多数を結集して行われる反原発デモは「大勢」(世論)と映ったろう。「国民は多くが脱原発を望んでいる」、そのように映ったのではないか。
官邸周辺のデモは、私に安保条約反対のデモを思い起こさせた。あのときも多くの人が参集した。
渡部昇一氏と百田尚樹氏は対談の中で、「マスメディア」について次のように言う。(『Voice』4月号)
渡部 2012年から現在にかけては、脱原発運動の旗振り役になり、いかにも国民全体が「脱原発」の意見をもっているかのような記事を掲載した。しかし先の総選挙では、「日本未来の党」をはじめとする、脱原発政党は軒並み議席を減らしています。マスコミのいうことと、「サイレントマジョリティ」の意見は違うということが露呈しました。
百田 60年安保のときと状況はよく似ています。当時も日本全国が「安保反対」のような気運でしたが、自然成立とほぼ同時に岸内閣が倒れ、その数か月後に行われた総選挙で自民党が圧勝した。メディアの声はあくまでも「大きい声」にすぎず、それが大多数の声を代表しているとは限らないということです。
百田 岸信介はいみじくも、安保デモを前に「私には国民の声なき声が聞こえる」と発言しました。それは正しかったんです。いくら国会を群集が取り囲んでも、私の両親のような大多数の庶民は、そのような問題に何ら関わりはありませんから。サイレントマジョリティの声を聞くというのは、政治家の大きな資質の1つだと思います。
「脱原発」を掲げることで衆院選は勝利できる、そのように小沢氏は読んだのではなかったか。「あなたが出てくれれば百人通る」と滋賀県の嘉田知事([日本未来の党]代表=当時)に言っている。
が、惨敗だった。小沢氏の読み違いだった。小沢氏に「サイレント・マジョリティ」の声が聴こえていただろうか。
小沢氏の手法として「選挙は川上から」とよく云われ、昨年の衆院選でも、氏はまず愛知県の寒村、豊根村から(『国民の生活が第一』の)応援演説を始めている。そのようにしながら氏の裡には、官邸周辺のデモの光景が強く在ったに違いない(嘉田氏との連携に向けた動きが並行してあった)。
「サイレント・マジョリティ」もそうだが、小沢氏にマイノリティの声は聴こえていただろうか。沖縄・辺野古の「地元の地元」の住民が実は基地移設を望みながら「反対」の大きな声に圧されて「賛成」の声を発せないでいるように、原発を抱える地元住民が原発の存続を望んでいる、そのような声が聴こえていただろうか。「川上から」というのは、そういった「地元の地元」の声、発せないでいる声なき声に耳を傾けることではないだろうか。
選挙直前直後の如何にも慌ただしかった[日本未来の党]との顛末(悪手)を思い起こすにつけ、官邸周辺から発せられる「大きな声」のみを小沢氏の耳は受信していたように思えてならない。消費税増税反対も反原発も、選挙のために掲げた看板に過ぎなかったのでは、と思えてくる。これでは支持は得られず、惨敗しても当然だった。
◆ 小沢一郎氏 沖縄県名護市辺野古から南に約9? 別荘建築 「老後に住みたいと思って購入した」 2013-03-28 | 政治/検察/裁判/小沢一郎/メディア
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