安全保障と憲法 「軍」が道義国家支える 自立し日米同盟に双務性を
産経新聞2013.4.28 03:25 [主張]
現行憲法の核をなす「戦争の放棄」こそは、美名の下に国家の自立にタガをはめて、抑止力を阻害する元凶であった。本紙の「国民の憲法」要綱は、これを民主国家では一般的な「国防」に改め、軍の保持による「独立自存の道義国家」へ道を開いた。
戦後日本が建前とするのは、第2章第9条の「戦争の放棄と戦力及び交戦権の否認」であり、国民はその護持を教え込まれてきた。とくに護憲勢力は、第9条のおかげで日本が戦争に巻き込まれずにすんだと世間を欺いた。
◆偽善の第9条よさらば
だが、国際政治の現実は、そうした空想的平和主義が通用するような甘い世界ではない。日本が巻き込まれなかったのは、戦争放棄の偽善的条項ではなく、日米安全保障条約に基づく同盟の軍事力ゆえに他ならない。米ソ冷戦時代の核抑止力と同様に、冷戦後のいまも、それは生きている。
戦後の宰相、吉田茂は昭和21年5月に内閣を発足させると、連合国軍総司令部(GHQ)がつくった憲法草案にそって検討を始めた。草案には、日本が二度と米国に歯向かわないようにする意思が刻まれ、第1条の天皇と第9条の戦争放棄に、それは集約されていた。GHQは天皇の地位を事実上の“人質”に、国防まで放棄するよう迫っていたのである。
吉田は占領憲法の制約下で、日本独立と経済復興を最優先の政治課題とした。独立にあたっては、憲法の不完全さを補うため、米国に日本防衛を担ってもらう日米安保条約の締結を働きかけた。その経緯からしても、吉田はサンフランシスコ講和条約を受けて、主権が回復した段階で、憲法改正を目指すべきであった。
それは日米同盟があっても、決して矛盾しない。むしろ、日米安保条約に自立と双務性を加味し、真の同盟条約にすべきである。だが、吉田時代は国民に反軍機運が強く、米国の保護膜から脱皮しようとの動きは薄らいでいった。しかも、護憲派は第9条改正の動きに「戦争ができる国にするのか」と人々の敗戦トラウマに訴えた。その自己欺瞞(ぎまん)によって、抑止力を強化して戦争を仕掛けられないようにするという普通の国の思考は葬られていく。
しかし、あれから六十余年を経て、日本を取り巻く国際環境は劇的に変わった。日本は周囲を中国、ロシア、北朝鮮という核保有国や開発国に囲まれ、領土領海では日常的に軍事大国からの威嚇を受けている。中国との力の均衡が崩れ、これを制御する抑止力が著しく低下してしまった。
日本はこれまで9条2項を「平和主義」に読み替え、非核三原則、専守防衛で安全神話の化粧を施してきた。実際には兵器システムの近代化で攻撃なき防御は難しい。さらに、集団的自衛権は保持しているが、行使できないという理不尽な政府解釈をとる。日本は主権を守るための抑止力を、自ら破壊してきたといえるだろう。
◆「法の支配」明確にした
本紙の要綱では第15条(国際平和の希求)で、「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」との基本姿勢を示し、「国際法規に従って、国際紛争の平和的解決に努める」と誓った。これまで発表された他の改憲諸案の国防条項にはない「法の支配」を明確に打ち出している。
その上で、現行憲法9条2項にある「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」との条項を全面的に改めた。国家に自衛権があることは疑いないのに、交戦権を認めなければ悪辣(あくらつ)な侵略者を排除できないからである。
そこで要綱では、第16条1項で「国の独立と安全を守り、国民を保護するとともに、国際平和に寄与するため、軍を保持する」と明記した。また、軍の名称を「国防軍」「国軍」とするかは、3項で「軍の構成および編制は、法律でこれを定める」として、法律に委ねた。軍に対する文民統制が、背広組による文官統制に陥る弊害を除くため、同条2項で「軍に対する政治の優位は確保されなければならない」と明示した。
日本を封じるためにつくられた現行憲法は、すでに66年を生きる。ドイツの憲法に相当する「基本法」は、すでに50回以上も改正されている。日本はようやく、真の主権、独立、名誉を取り戻すときを迎えたのである。
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