安倍外交で日ロ関係が急速に進展したのはなぜか? 共同宣言に隠された“約束を守らぬ国”のしたたかさ
Diamond online 2013年5月7日 真壁昭夫[信州大学教授]
* 北方領土返還交渉に民間の開発協力 大きく前進したかに見える対ロシア外交
4月下旬からゴールデンウイークにかけて、安倍首相はロシアや中東3ヵ国を歴訪する積極外交を展開した。その成果の1つに、ロシアとの共同宣言がある。
安部首相自身がロシアのプーチン大統領と、北方領土などの懸案事項を含む多くの問題について長時間にわたる会談を行った。その結果、北方領土の返還交渉や両国の外務・防衛担当閣僚による安全保障にかかわる協議、さらには極東地域における民間部門の開発協力など、広範囲な合意に漕ぎ着けた。
今回の日ロ共同宣言は、今後の本格交渉のスタートに過ぎないとはいうものの、交渉の足がかりをつくったことは評価されるべきだろう。ただ、共同宣言の発表に浮かれることはできない。ロシアがわが国との交渉を積極的に推進する背景には、それなりの下心があるからだ。
米国を中心とした“シェールガス革命”によって、ロシアの主要輸出品である天然ガスの価格が下落することが懸念される。ロシア経済は、天然ガスや原油など天然資源の輸出依存度が極めて高い。虎の子であるそれらエネルギー資源の価格が下落することは、ロシア経済に重大な影響を与えることが考えられる。経済の低迷が明確になると、国際社会での発言力が低下することも懸念される。
そうした状況を回避するためにも、ロシアとしては、現在欧州地域に偏っている天然ガスの輸出先を、わが国やアジア諸国に拡張することを狙っている。ロシアはわが国にすり寄る姿勢を示すことで、極東地域の開発のための資金や技術力を引き出すことを考えている。ロシアが、一筋縄で行くような相手でないことは間違いない。 現在のロシア経済を一言で表現すると、“天然資源依存型”と言うことができる。輸出品目の内訳を見ると、天然ガスや原油などのエネルギー関連製品が全輸出の7割以上を占めている。
* 交渉進展の裏にはそれなりの“下心”も ロシア経済が抱える無視できない課題
一方、国内の産業分野を見ると、自動車などの基幹産業やIT関連などの先進分野の発展は相対的に遅れており、ロシア経済全体を見ると、資源関連産業に偏り過ぎたバランスの良くない構造になっている。
実際の経済活動を見ても、ロシアは長いパイプラインを通して天然ガスなどを東欧や西欧諸国に輸出して外貨を稼ぎ、その稼ぎによって国民の所得水準を維持していると言ってもよいだろう。
そのような経済状況を考えると、今後ロシアは2つの問題に直面するはずだ。
1つはエネルギー輸出先である欧州圏の景気低迷だ。ドイツを除く欧州圏の主要国は、いずれも2000年代中盤の不動産バブルの処理に腐心している。南欧諸国では、それが国の信用力低下という深刻な問題につながっている。欧州圏の景気の低迷が続くと、天然ガスなどのエネルギー消費量が低下することが予想される。
もう1つは、米国を中心にした“シェールガス革命”だ。“シェールガス革命”によって、世界的にエネルギー資源の価格が低下することが考えられるからだ。今のところ、米国はシェールガスの輸出を、原則としてFTA(自由貿易協定)の締結国に限定していることもあり、世界的な天然ガスの価格は大きく下がっていない。
しかし、今後、米国が天然ガスの輸出に踏み切ると、世界的にガス価格は低下することが予想される。そうなると、ロシアの輸出手取り代金が大きく減少することは避けられない。それはロシアにとって重大な痛手になる。
ロシアとしては、虎の子である天然ガスの需給が緩む前に、わが国やアジア諸国に輸出ルートを確保する戦略を明確にしてくるはずだ。今後、アジア諸国の経済発展の可能性を考えると、欧州よりもアジア地域の方が天然資源に関する需要の拡大を見込めるからだ。
* 極東開発では日本と中国を争わせる? したたかなプーチンの筋書きを読み解く
エネルギー輸出だけではなく、これからのアジア経済の拡大に合わせて、様々なビジネスチャンスを得ることもできるだろう。今、極東地域の開発によってアジアへの出口を確保し、ロシア自身がアジアの一員となることには大きなメリットがある。
そうした戦略を実現するためには、ロシア極東地域の本格的な開発が必要になる。ただ、当該地域の人口や開発のための資金・技術などを考えると、ロシア一国で広大な極東地域を本格的に開発することは容易ではない。
そこで、頼りになる共同開発のパートナーが必要になる。十分な資金・技術力があり、北方領土問題を抱えるわが国は、パートナーの有力候補になることは確かだ。
もう1つ、プーチン大統領の頭の中にあるのは中国だろう。中国は、重要な資源需要者=顧客であると同時に、近年成長著しく、これからロシアにとって“目の上のたんこぶ”にもなり得る国だ。ロシアの戦略とすれば、中国と日本を上手く争わせて、できるだけよい条件で極東地域の開発に対する協力を得たいだろう。
それらの要因を考えると、今回、プーチン大統領が安倍首相との長時間の会議に応じ、共同宣言という一歩踏み出した“手土産”を渡した経緯はよくわかる気がする。ロシアがしたたかな筋書きを持っていることは間違いない。
今までわが国は、ロシアとの交渉で幾度となく期待を裏切られてきた。長年の懸案事項である北方領土問題や、サハリンの天然資源開発に係る契約などに関して、ロシアは我々日本人の常識では予想できないような行動をとることがあった。
それによる学習効果もあり、「ロシアは自分勝手で、約束を守らない国」との印象が強い。海千山千の商社の担当者と話をしても、ロシアとの交渉が一筋縄では行かないことはよく聞かされてきた。
おそらく、そうしたロシアの交渉スタンスは、これからも大きく改善することは期待できない。今回の共同宣言についても、状況が変わるとロシアが一挙に態度を変えることもあり得る。我々も、それは十分に理解している。
* 約束を守らない国といかに渡り合うか? 日本が克服すべき外交交渉力の弱さ
ただ、ロシアが無視できない問題を抱えていることは間違いない。“シェールガス革命”の影響が鮮明化すると、天然ガスの価格が下落する可能性は高い。そうなると、基幹産業が育っていないロシアは経済的に厳しい状況に追い込まれる。また、今後の世界経済の展開を考えると、ロシアにとって“アジアの一員”というステータスが十分に魅力があることは間違いない。
そうしたロシアの“弱み”を上手く使って交渉を進め、北方領土や資源開発などについて現実的な譲歩を引き出すことが最も有効な選択肢になる。また、ロシアにとって煙たい存在になる中国も、交渉のプロセスで有効に使えるカードになる可能性もあるだろう。重要なポイントは、わが国自身が“したたかな外交”を展開することで、適切にロシアから譲歩を取り付けられるか否かだ。
今まで、わが国は外交交渉が不得手と言われてきた。実際に、諸外国と交渉に当たった官僚自身から、そうした指摘を聞いたこともある。
しかし、今まで下手だったから、これからも下手でよいという論法は成り立たない。上手くいかなかったのであれば、上手くいくように努力するべきだ。我々国民も、諸外国が日本の常識と同じように動く可能性が低いことをよく理解しなければならない。そうでないと、交渉をする人たちの足を引っ張ることにもなりかねない。
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旧ソ連から北方領土の買い取り検討の過去明かす 小沢一郎氏
J-CASTニュース2013/5/ 5 13:06
生活の党の小沢一郎代表は2013年5月4日、東京都内の公開対談で、自民党幹事長時代の1991年に旧ソ連から北方領土を買い取る計画を検討していたと明らかにした。
「金くれって話しで」と当時のゴルバチョフ大統領の側近から提案されたと説明。「何兆円だったかな、一坪あたりで考えりゃあ安いもんだし」と旧大蔵省を納得させ、モスクワを訪れたという。ゴルバチョフ氏からは部下がやったことだと拒否され、「まぁまぁしょうがないと思って帰ったんです」と振り返った。
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北方領土買い戻そうとした=小沢氏「ソ連が提案」
時事通信2013/05/04-21:48
生活の党の小沢一郎代表は4日のインターネット番組で、自身が自民党幹事長時代、旧ソ連のゴルバチョフ大統領側近から北方領土を買い取るよう提案があり、実際に買い戻そうとしたことを明らかにした。詳細には言及しなかったが、1991年4月の大統領来日前とみられる。
番組で小沢氏は「ゴルバチョフの側近から『北方領土を返す』という話があった。(日本が)カネで買うという話だった」と説明。当時の大蔵省に「何兆円か」の資金を拠出するとの了解を得た上でモスクワを訪れたが、大統領は提案について「他の者が言ったかもしれないが、今私がいいと言うわけにはいかない」と否定したという。
旧ソ連崩壊後、ロシア側は、北方四島買い取りを持ち掛けたのは小沢氏だったと主張している。
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◆ 【新帝国時代 2030年のアジア】 (1)中国の野望にくさび打て 尖閣、石垣・宮古、台湾まで…侵攻想定
産経新聞2013.1.1 14:56
沖縄県・尖閣諸島の領海外側にある接続水域を航行していた中国の海洋監視船3隻が31日午後、相次いで領海に一時侵入した。第2次安倍政権発足後初めてで、政府は首相官邸の情報連絡室を官邸対策室に格上げした。緊迫の海に年の瀬はない。こうした中国の攻勢は今後も続くのか−。
防衛省が10〜20年後の安全保障環境の変化に対応する「統合防衛戦略」の作成にあたり極秘に対中国の有事シナリオを検討しているのも不測の事態に備えるためだ。判明したシナリオによると、中国側の出方を3つに分けて予想している。
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《シナリオ〔1〕 ○年×月×日 尖閣侵攻》
中国の海洋・漁業監視船は沖縄県・尖閣諸島周辺海域での領海侵入を繰り返していたが、海上保安庁の巡視船と監視船が「偶発的」に衝突した。これをきっかけに中国は監視船を大挙して送り込む。
前進待機していた海軍艦艇も展開。中国初の空母「遼寧」と新鋭国産空母の2隻が近づき威圧する。巡視船は退かざるを得ない。
「領土・主権など『核心的利益』にかかわる原則問題では決して譲歩しない」
中国外務省は尖閣について、譲れない国益を意味する「核心的利益」と国際社会にアピールする。
海保の増援船艇や海上自衛隊の艦艇が展開する前に中国側は空挺(くうてい)部隊と新型の「水陸両用戦車」を上陸させる。これまでは漁民を装った海上民兵の上陸が懸念されていたが、偶発を装った意図的な衝突から一気に尖閣を奪取する事態も現実味を帯びてきた。
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《シナリオ〔2〕 尖閣と石垣・宮古 同時侵攻》
尖閣のみならず中国が石垣島と宮古島にも同時か波状的に侵攻するシナリオもある。「中国は尖閣と石垣・宮古をひとつの戦域ととらえている」(自衛隊幹部)ためだ。
中国側はまず海軍艦艇を集結させ周辺海域を封鎖する。艦艇の中心はルージョウ級ミサイル駆逐艦やジャンカイ級フリゲート艦の発展型。空からは第5世代戦闘機「J20」と新世代機が飛来。宮古島にある航空自衛隊のレーダーサイトをミサイル攻撃し、日本の防御網の「目」を奪った。
混乱に乗じ潜入した特殊部隊は宮古空港と石垣空港を占拠する。空港を奪えば自衛隊は増援部隊や装備・物資を輸送する拠点を失うためだ。自衛隊も警戒していたが、陸上自衛隊の部隊を常駐させていないことが致命的だった。
◇
《シナリオ〔3〕 尖閣・石垣・宮古と台湾同時侵攻》
中国は2021年の共産党結党100周年でなしえなかった台湾統一のチャンスをうかがっていた。日米の行動を阻止するため台湾に近く、空港のある石垣島や宮古島を制圧することも想定される。
防衛省がこのシナリオに踏み込むのは、米国に介入を断念させるという中国の「究極の狙い」を統合防衛戦略に反映させるためだ。
台湾への侵攻作戦は海上封鎖や戦闘機・ミサイル攻撃、特殊部隊や水陸両用の上陸作戦が中心だ。
この頃には、地上配備の対艦弾道ミサイル「DF21D」は第1列島線より遠方でも米空母をピンポイントで攻撃することが可能となっているとみられる。
世界最速を目指し開発を進めた長距離爆撃機「轟10」は航続距離も長く、西太平洋全域で米空母を威嚇する。大陸間弾道ミサイル「DF31」は射程を1万4千キロに延ばし米本土全域を核攻撃の脅威で揺さぶる。
これらにより米軍の介入を阻めば、中国は宮古海峡に加え、台湾−フィリピン間のバシー海峡も押さえられる。中国にとって海洋進出の「防波堤」は消え、東シナ海と南シナ海での覇権確立を意味する。第2列島線を越え西太平洋支配の足がかりも得ることになる。
防衛省幹部は「これが対中有事で想定しておくべき最悪シナリオだ」と語る。
× × ×
冷戦終結後、植民地獲得はしなくても自国の権益拡大に腐心する国を、元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏は「新・帝国主義国」と名付ける。そうした国が出現する状況のなか、日本はどう対処すべきか。安全保障、高齢化、エネルギー問題などから近未来のアジアを見つめ、日本の生き残りの道を探る。
◇
■中国国防費「12年後に米抜く」
10〜20年後の有事シナリオ作成に防衛省が着手したことが判明したが、その頃の東アジア情勢はどうなっているのだろうか。参考となるのが米国家情報会議(NIC)がまとめた国際情勢に関する報告書『世界の潮流2030』だ。
東アジア情勢に関し、中国政府が国内問題の目をそらすため「外に向かってより攻撃的になる」可能性を示している。
報告書の執筆、監修にあたったマシュー・バロウズ顧問は「最悪のシナリオ」も指摘する。
「中東紛争が起きている間にパキスタン情勢が悪化、同時に東アジアでも緊張が拡大する」
なぜこうしたシナリオを検討しないといけないのか。バロウズ氏の答えは明快だ。
「30年までに、地政学的な環境の急激な変化が起きるだろうからだ」
■「独自で対抗無謀」
軍事費の面から30年に向けた東アジア情勢を予測したのが神保謙慶応大准教授だ。神保氏は昨年7月、シンガポールでの講演で、05年から30年にかけての日米中3カ国の軍事費の推移を発表した。
参加者の目は神保氏が示した図表にくぎ付けとなった。25年に中国の国防費が米国を逆転する可能性を示したためだった。
将来の各国の名目国内総生産(GDP)を国際通貨基金(IMF)などの推計をもとに算出し、GDPに占める国防費の割合をかけあわせた。中国の国防費はスウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の統計や米国防総省の分析を援用した。
財政支出削減により米国の国防費の伸び率が大幅に制約されると、米中の国防費が逆転するとの結果が出たのだった。
「さまざまな仮定の上に立った単純計算だ」と神保氏は前置きするが、「安全保障の構図が変化する可能性には多くの関心が寄せられた」と振り返る。
この図表で神保氏が「よりリアリティーを持ってみるべきだ」と指摘するのが日中の比較だ。30年には中国の国防費は日本の防衛費の約9倍から約13倍になる可能性を予想したのだ。
「米国から離れて日本が独自に中国と対抗しようとしても、それがいかに無謀なことかを数字は示している」
神保氏はこう指摘する。
陸上自衛隊OBの山口昇防大教授は中国の台頭を踏まえ、今後の米中関係と日本の将来像に関し、4つのケースに区分する。
アジアの安全保障で米国の影響力が強く残り、中国が協調的であれば、日米同盟を基軸に日本は平和と安定を維持できるが、残る3つは悲観的だ。山口氏は(1)米中対立(2)米中勢力圏棲(す)み分け(3)中国の覇権−という予想を立てた。
山口氏によると、米中が対立すれば日本は前線となるか、中国圏に入るかの選択を迫られる。米中棲み分けならば日本は中国圏か孤立の道をたどる。韓国も領土をめぐり中国との共闘姿勢に転じれば日本は包囲網を敷かれることになる。あるいは「中国の地域覇権」に組み込まれる可能性もある、という。
◇
■露も危機感、日本に秋波
このような状況を想定してか、いま日本に秋波を送ってきている国がある。ロシアだ。
元外務省主任分析官でロシアが専門の佐藤優氏は、昨年8月の李明博韓国大統領の竹島上陸の後、クレムリン(大統領府)にアクセスを持つ人物の来訪を受け、こう言われたという。
「ロシアは尖閣、竹島で好意的中立だ。そのことを日本はわかっているのか」
佐藤氏はこの発言を次のように読む。
「尖閣で発言することは、結果として中国を利することになるので避けている。東アジアで中国の影響力が拡大することを阻止したいからだ」
実際、プーチン大統領は昨年12月26日の安倍晋三首相誕生に際し、直ちに祝電を送り、アジア太平洋地域の安定と安全保障のために日露関係を発展させていく意向を示した。28日には電話会談も行った。
■天然ガスの供給先
ロシアの対日アプローチの要因となっているのが天然ガスだ。NIC報告書は、米国がシェールガスの生産により輸出国になる可能性を指摘している。天然ガス輸出国のロシアも大きく影響を受ける。
「米国が海外から手を引くのか。ロシアも読めない。そこで安定的なエネルギーの供給先として日本を考えている。対中牽制(けんせい)にもなる」と佐藤氏は分析する。
報告書は、30年の潮流として「資源需要の拡大」を例示しているが、茅原郁生拓殖大名誉教授は「とりわけ中国にとっては死活問題だ」と指摘する。
中国近海での乱獲により漁業資源はすでに枯渇ぎみで、石油需要の急増に伴いエネルギーの確保にも血眼になる。
そこで手を伸ばそうとするのが沖縄県・尖閣諸島であり東シナ海の離島だ。島を奪い、それを基点に排他的経済水域(EEZ)も広げ、漁業・海底資源をわが物顔であさる。
それを担保するのが軍事力による海洋支配で、「戦略国境」と名づける中国ならではの概念を体現することになる。その概念とは、「力」を持つものが押し出していけば、そこまで支配権が及ぶ−。
◇
【用語解説】米国家情報会議(NIC)
米国と世界の将来像を戦略的に分析して政策立案に生かすために、米大統領に対して15〜20年にわたる世界情勢の予測を報告する。中央情報局(CIA)など米政府の情報機関によって組織され、報告書作成には諜報機関だけでなく大学教授やシンクタンク研究員なども参加している。世界的な金融危機の最中の2008年には「世界の潮流2025」を公表、米国の相対的な国力低下と多極化の時代到来を打ち出し注目を集めた。情勢判断を総合的に記述した機密文書「国家情報評価(NIE)」の作成にも当たっている。
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◆ 『アメリカの新・中国戦略を知らない日本人』アメリカは尖閣で戦う! 日高義樹 ハドソン研究所首席研究員 PHP研究所2013年2月27日第1版第1刷発行
(部分抜粋)
p110〜
第3部 横須賀がアメリカ海軍の世界戦略の拠点になる
p111〜
ワシントンを出る時、ムロイ予算局長がもう1つ耳打ちしてくれたことがある。
「アメリカ海軍はいま予算削減と効率化に力を入れており、中東のバーレーンを基地とするアメリカ第5艦隊が組織上、横須賀に統合されてスイフト中将が第7艦隊と第5艦隊の2つの司令官の帽子をかぶることになる」
この組織改訂は、アメリカ海軍としては、きわめて大胆なものと言わねばならない。横須賀から1万?離れたアラビア海やペルシャ湾、インド洋の指揮命令系統を横須賀に一本化し、第7艦隊司令官がその全ての責任を負うことになるのだ。
アメリカ人は責任者として2つの仕事をする時に「2つの帽子をかぶる」とよく言うが、第7艦隊と第5艦隊の司令官の帽子を2つかぶるというのは、大変なことだ。第5艦隊はペルシャ湾にあるバーレーンを基地にし、その空母機動艦隊の航空機部隊はイラク、アフガニスタン、そしてシリアやリビア、さらにはパキスタンをも戦闘地域として抱え、空母1隻ないし2隻と海上艦隊、潜水艦を擁している。とくにイラクとアフガニスタンでは現在も戦闘が行われている。第5艦隊は、アメリカ海軍の最前線部隊として重要な任務を抱えているのである。
p112〜
ムロイ海軍予算局長が私にこのことを耳打ちしてくれたのは、2つの帽子をかぶることになるスイフト中将と会うからだったのはもちろんだが、同時に日本が1日に使用するおよそ600万バレルの石油の85%を中東から輸入していることを知っていたからである。
p113〜
日本が輸入している石油のほとんどは、ペルシャ湾からインド洋を経由してマラッカ海峡を通り、東シナ海を経て日本に運ばれてくる。このルートを防衛するための司令部を横須賀に集中することは、当然といえば当然である。
p168〜
第5部 アメリカは中東石油を必要としない
アメリカが中東の石油を必要としなくなる。これはまさに歴史的な出来事と言える。その理由はいくつかあるが、最大の理由は、これからアメリカの石油の産出高が増えること、やがてアメリカがサウジアラビアを超える最大の石油産出国になろうとしていることである。
第2の理由は、周辺の国々のメキシコ、カナダ、コロンビア、ベネズエラが産出する石油が増え、アメリカ国内の産出高の不足を補えるようになっていることである。
第3の理由は、すでに述べたように天然ガスと原子力発電によるエネルギーの産出が増え、エネルギーの自給体制が確立しようとしているからだ。
p169〜
中東の石油にまず手を出したアメリカの政治家は、フランクリン・ルーズベルト大統領だった。ルーズベルトはイギリスのチャーチルに対して、「イランをイギリスに与える代わりにサウジアラビアをアメリカのものにする」と主張し、話し合いをつけた。
第2次世界大戦後はイランを牛耳るイギリスと、サウジアラビアを手にしたアメリカが中心となって、ソビエトとの冷戦が戦われた。その冷戦が終わったあとは、中東がアルカイダを含むイスラムの反米勢力との戦いの場となった。
p170〜
ロシアはエジプトに触手を伸ばした。エジプトの人々は、ヨーロッパと並んで近代化を図ろうとした矢先、イギリスに騙され、植民地化されてしまったのに腹を立てていたが、第2次大戦では再びアメリカ、イギリス連合軍の手中に落ちてしまった。
エジプトの青年将校たちがその後革命を行い、ソビエトとの同盟体制を強化したが、アメリカが入り込み、ソビエトを追っ払った。やがてイランが人民革命に成功し、パキスタンは独自の核兵器をつくり、アメリカによるイラク戦争、アフガニスタン戦争が始まり、現在に至っている。
そうしたなかでサウジアラビアの石油帝国の位置は揺るがなかったが、油田そのものが古くなっている。日産100万バレルという巨大な油田を有するものの、サウジアラビア全体で1日1300万バレル以上を掘り出すことは不可能になっている。
世界経済の拡大とともに石油産出国の立場が強くなり、OPECの操作で石油危機が起き、アメリカをはじめ世界が中東の石油カルテルに振り回されてきたが、その状況が終わろうとしている。しかし中国やインド、日本が依然として中東の石油を必要としているため、アメリカの中東離れによって、さらに複雑な国際情勢が描き出されようとしている。
はっきりしているのは、中東の石油を必要としなくなった結果、世界の軍事的安定の要になっているアメリカが、中東から軍事力を引き揚げようとしていることだ。
p171〜
アメリカは2014年、アフガニスタンから戦闘部隊をほぼ全て引き揚げることにしている。すでにイラクからは戦闘部隊を引き揚げており、このまま事態が進めば、中東におけるアメリカの軍事的支配が終わってしまう。
p172〜
アメリカは、優れた衛星システムと長距離攻撃能力、世界規模の通信体制を保持している。アメリカが強大な軍事力を維持する世界的な軍事大国であることに変わりはない。
p173〜
だが中東からアメリカ軍が全て引き揚げるということは、地政学的な大変化をもたらす。
アメリカ軍の撤退によって中東に力の真空状態がつくられれば、中国、日本、そしてヨーロッパの国々は独自の軍事力で中東における国家利益を追求しなくてはならなくなる。別の言葉でいえば、中東に混乱が起き、戦争の危険が強まる。
日本は、中東で石油を獲得し、安全に持ち帰るための能力を持つ必要が出てくる。この能力というのは、アメリカの専門家がよく使う言葉であるが、軍事力と政治力である。簡単に軍事力と政治力というが、軍事力だけを取り上げてみても容易ならざる犠牲と経済力を必要とする。
中東で石油を自由に買い求め、安全に運んでくるための軍事力を検討する場合、現在の世界では核兵器を除外することはできない。あらゆる先進国は、自国の利益のために軍事力を強化している。核戦争を引き起こさない範囲で自国の利益を守ろうとすれば、軍事力行使の極限として核兵器が必要になる。先進国が核兵器を保有しているのはそのためである。
韓国や台湾、それにベトナム、シンガポールといった東南アジアの国々が、いわゆる世界の一流のプレーヤーと見なされないのは、軍事力行使の枠組みになる核兵器を保持していないからだ。日本は日米安保条約のもと、アメリカの核兵器に頼っている。
p174〜
東南アジアの国々と立場は違うが、いまやその立場は不明確になりつつある。
中国についても同じ原則が当てはまる。中国は軍事力を背景に、アメリカの力がなくなった中東で政治力を行使することが容易になる。いま世界でアメリカを除き、ロシア、インド、パキスタン、イランそしてヨーロッパの国々も中国とは軍事的に太刀打ちできなくなっている。
中国が中東で好き勝手をやるようになり、石油を独占して日本やインドなどに損害を与えるようになった場合、日本はインド洋からマラッカ海峡、南シナ海から東シナ海を抜けて日本へ至るシーレーンを自らの軍事力で安全にしなければならない。この際、欠かせなくなってくるのが、やはりアメリカの協力であり、アメリカの決意なのである。(略)
中東には、石油の問題だけでなく、核兵器を持とうとしているイランの問題がある。イランのアフマディネジャド大統領はユダヤ人国家イスラエルの存在を認めておらず、核兵器で壊滅させるという脅しをかけている。宗教的に対立するサウジアラビアに対しても軍事対決を迫る構えを崩していない。
p175〜
石油大国サウジアラビアとイスラエルは世界経済を大きく動かしている。この両国がイスラム勢力によって消滅させられるようなことがあれば、第2次大戦以来、比較的安定して続いてきた世界は大混乱に陥る。
<筆者プロフィール>
日高義樹(ひだか・よしき)
ハドソン研究所首席研究員
1935年、名古屋市生まれ。東京大学英文科卒。1959年、NHKに入局。ワシントン特派員をかわきりに、ニューヨーク支局長、ワシントン支局長を歴任。その後NHKエンタープライズ・アメリカ代表を経て、理事待遇アメリカ総局長。審議委員を最後に、1992年退職。その後、ハーバード大学タウブマン・センター諮問委員、ハドソン研究所首席研究員として、日米関係の将来に関する調査・研究の責任者を務める。「ワシントンの日高義樹です」(テレビ東京系)でも活躍中。
主な著書に、『世界の変化を知らない日本人』『アメリカの歴史的危機で円・ドルはどうなる』(以上、徳間書店)『私の第七艦隊』(集英社インターナショナル)『資源世界大戦が始まった』(ダイヤモンド社)『いまアメリカで起きている本当のこと』『帝国の終焉』『なぜアメリカは日本に二発の原爆を落としたのか」(以上、PHP研究所)など。
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◆ 『世界の変化を知らない日本人』日高義樹著 2011年5月31日第1刷 徳間書店
◆ 『帝国の終焉』(「スーパーパワー」でなくなった同盟国・アメリカ)日高義樹著 2012年2月13日第1版第1刷発行 PHP研究所
◆ 『なぜアメリカは日本に二発の原爆を落としたのか』日高義樹著《ハドソン研究所首席研究員》 2012年07月25日1刷発行 PHP研究所
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ロシア=“約束を守らぬ国”のしたたかさ / 北方領土買い戻そうとした=「ソ連が提案」小沢一郎氏
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