チャイナ・ウォッチャーの視点 「安倍叩き」に見る中国の外交的敗北感
WEDGE Infinity 2013年05月09日(Thu) 石 平(中国問題・日中問題評論家)
中国では今、官民挙げての「安倍政権批判」の嵐が吹き荒れている。政府関係者、マスコミ、学界などが総動員されるような形で、安倍政権の進める国内政策と外交政策のすべてに対し、史上最大の罵倒合戦ともいうべき大掛かりな批判キャンペーンが展開されている。
特に今年の5月に入ってから、共産党機関紙の人民日報や最大の国営通信社の新華社をはじめ、中国の主要メディアは連日のように、「安倍政権が日本を危険な道へと導いている」、「安倍の言動はその悪魔のような国粋主義の正体を現した」などと、批判というよりもむしろ罵倒に近い「安倍叩き」を行っている模様だ。
とにかく安倍政権の「改憲志向」から閣僚の靖国参拝、主権回復の記念式典での「天皇陛下万歳三唱」から、ニコニコ動画主催のイベントで安倍首相が自衛隊出展の戦車に乗ってポーズをとったことまで、安倍晋三という人間の一挙手一投足のすべてが中国の高官や学者やメディアにとって糾弾と痛罵の材料となっている有様だ。
*「プーチン大統領が安倍首相に冷や水を浴びせた」?
滑稽にも見えるこのような低レベルの批判キャンペーンの中で突出しているのは、安倍政権の進める一連の外交活動に対する攻撃である。
たとえば4月29日、安倍首相がロシアを訪問してプーチン大統領との間で歴史的首脳会談を行ったが、その翌日の30日、中国主要紙はいっせいに新華社電を引用した形で、「安倍訪ロの具体的な成果がなかった」として、「プーチン大統領が安倍首相に冷や水を浴びせた」などと酷評した。
もちろん、安倍首相の訪ロ及び首脳会談は、中国紙に「酷評」されるほどに「成果の乏しい」ものではなかった。日露首脳が平和条約の締結に向けて領土交渉の再開を確認し合ったこと自体は大きな成果であるし、日露間の包括的な経済交流の推進も加速化するだろう。しかも、日露間では今までなかった安全保障上の対話が始まることに大きな歴史的意義があろう。
だが新華社電はこうした明々白々な事実に目をつぶって、安倍首相の訪ロを必死に扱き下ろそうとしている。そこにはやはり、安倍政権の外交を意図的に貶めてやるという思惑があると感じられる。
たとえば、「プーチン大統領が安倍首相に冷や水を浴びせた」と嘲笑したその根拠はすなわち、プーチン大統領が首脳会談後の共同会見で行った「領土問題は一日にして解決できるものではない」との発言であるようだが、しかしそれはどう見ても、プーチン大統領が一方的に安倍首相に「冷や水を浴びせた」ような事態ではない。むしろ両首脳は共通して「領土問題」解決への意欲を示しておきながらも、その難しさに対して十分な認識を示しただけのことである。会見の中で安倍首相も、「問題解決の魔法の杖がない」と言ってプーチン大統領と同様の冷静さを示している。
つまり、新華社電の論評は事実に対するまったくの歪曲であり、そうまでして何とか安倍首相の対ロシア外交を貶めてやろうとする魂胆が見え見えなのである。
*訪米も「大失敗」?
実は、安倍外交に対する中国メディアの根拠なき酷評は今度の訪ロで始まったわけではない。今年2月、安倍首相が就任してから初訪米した時、中国国内の主要メディアは口を揃えて「安倍がオバマ大統領に冷遇された」と報じて、安倍首相の訪米を「屈辱の大失敗」と論評していた。
もちろん、安倍首相が訪米で「冷遇」されたような事実はどこにもない。そして後述するように、安倍首相とオバマ大統領との首脳会談では、日本のTPP交渉参加に関して日本側の要求を取り入れた形で合意に達したことは周知の事実である。
それでも中国の国内メディアはやはり、このような重要事実を完全に無視して、とにもかくにも安倍首相の対米外交が「失敗」であると決めつけて嘲笑しようとするのだ。安倍訪ロに対する論評の場合と同様、安倍政権を貶めようとする中国の官制メディアの執念深さは、もはや病的な異常さの域に達しているように見える。
*敗北感を隠せない中国
問題は、中国の官制メディアがそれほど病的な異常さを持って安倍首相の外交を扱き下ろすのは一体なぜなのか、であるが、その謎はむしろ、「対中国」の意味合いも含めての安倍外交の大いなる成功と、その裏返しとしての中国外交の大いなる敗北感にあるのではないかと思う。
去年12月に安倍政権が成立してから、首相とその閣僚たちは明らかに、「中国包囲網」の構築を意図する周辺国外交を精力的に開始した。去年の12月28日には、安倍首相はロシアのプーチン大統領と約20分電話会談し、北方領土問題の解決に向け平和条約締結への作業を活発化させることで一致した。さらにオーストラリアやインド、インドネシア、ベトナムなどの各国首脳とも電話会談し、アジア周辺国との連携を深めた。
そして今年の1月12日、岸田文雄外相が豪州を訪問して安保協力の拡大を含めた戦略的パートな関係を強めた。1月16日から、安倍首相はベトナム、タイ、インドネシアの3カ国を歴訪し、「自由と民主主義、基本的人権、法の支配といった普遍的価値を同じくする国々と関係を強化していく」との理念において、安全保障分野での連携も含めた諸国との関係強化に努めた。
その一連の周辺国外交の総仕上げとして、今年の2月に安倍首相就任後初めての訪米を果たした。そして前述のように、オバマ大統領との首脳会談では、「関税撤廃の例外を認めるべき」という日本側の主張が受け入れられた方で、日米両国が日本のTPP交渉参加に関する合意に達した。その結果、安倍政権は懸案事項のTPP交渉参加に踏み切ったのは周知の通りである。
そして、世界第三の経済大国日本が交渉参加に踏み切ったことによって、TPP交渉が実現に向けて大きく前進した。ある意味では、日本が正式に交渉参加を表明した時点で、いわば「環太平洋戦略的経済連携協定」の大勢がすでに決まったと言ってよい。歴史はこれで大きく動いたのである。
この動きはもちろん、関係諸国の対中外交、あるいはアジア太平洋地域における中国の位置づけに極めて大きな影響を与えようとしている。TPP参加予定の11カ国には中国が入っていない。というよりもむしろ、TPPは最初から中国をかやの外において始まったものである。そして、日本を始めとする多くの関係国がこの「戦略的経済連携協定」に入ると、それはまさに、中国を囲むアジア太平洋地域において中国を抜きにしての一大経済圏が出来上がったことを意味するのである。この「中国抜き大経済圏」の出現は当然、いわゆる「大中華経済圏」の膨張を周辺から封じ込めておくという深遠なる戦略的意義があるのである。
そういう意味では、少なくとも中国側の視点からすれば、「環太平洋戦略的経済連携協定」が出来つつあることは、まさに中国にとっての外交戦略上の敗北であり、アジア太平洋地域における中国の影響力の低減を意味する地政学的大変動であろう。そして日本によるTPP交渉参加の決断は、まさに中国にとってのこの歴史的大敗北を決定付けた「致命的な一撃」であるに違いない。逆に言えば、安倍政権にとって、TPP交渉参加への決断はまた、経済的意味においての「対中国包囲網」構築に向けて踏み出した大きな一歩となるのであろう。「敵方」の快進撃と自らの敗北を指をくわえて見ているしかないという、中国自身の悔しさとやり場のない怒りは相当なものだ。
そして、自らの悔しさをごまかして中国の外交的無能と失敗を国民の目から覆い隠すためには、当の中国政府はもはや、わざと「安倍が米国に冷遇された」と嘲笑したり「安倍訪米が失敗に終わった」と貶めたりするしかないのである。
つまり、「安倍の訪米は失敗」と吹聴する中国メディアの異様な論調の背後にあるのはむしろ、日本にとっての安倍外交の大いなる成功であり、安倍外交の快進撃に対して中国が対抗できなくなっているという、中国にとって大変不本意な新しい事態の発生である。
*尖閣問題への影響
安倍首相の対米外交の成功は実はTPPの一件だけでなく、いわゆる「尖閣問題」で中国に対抗するための日米同盟の強化にも繋がっている。その成果は、今年に入ってから、米国政府はことあるごとに「尖閣防備への日米安保条約の適用」を強調して中国を強く牽制していることにも現れている。
アメリカ政府によるこのような明確な態度表明の極めつけはすなわち、米国のヘーゲル国防長官がワシントン時間4月29日に日本の小野寺防衛省と会談した際、尖閣問題について米国の対日防衛義務を定めた日米安全保障条約の「適用範囲にある」と明言した上で、「日本の行政的なコントロールを軽視するような目的で取られる行動に反対の立場を取る」と、米国国防長官として初めて、中国の挑発的行為に対する反対の姿勢を鮮明にしたことである。
米国政府によるこのような明確な態度表明により、軍事などの物理的強制手段をもって尖閣諸島の日本の実効支配を覆そうとする中国の試みはほぼ完全に封じ込められたと言ってよい。少なくとも現時点では、習近平政権は尖閣の強奪をもはや諦めるしかない。それはまた、鮮やかな安倍外交によってもたらされた中国の大いなる挫折なのである。
だからこそ、5月に入ってから中国は国内の宣伝機関を総動員して凄まじい「安倍批判キャンペーン」を展開してきたわけである。2月の安倍訪米に対する中国側の批判論調と同様、このような批判キャンペーンの展開はまた、中国自身の悔しさの発露と、自らの失敗を国民の目から覆い隠すための宣伝工作であるに過ぎない。
*習近平のロシア訪問の意味
そして、上述のヘーゲル・岸田会談とは同時進行的に、「中国包囲網」の構築を目指す安倍外交はいよいよ、中国にとっての「裏庭」であるロシアにも手を伸ばしているのである。
それはすなわち、4月29日における安倍首相の訪ロと日露首脳会談の実現であるが、実は安倍訪ロが実現する1カ月ほど前に、習近平国家主席も就任後最初の訪問先としてロシアを選び、一足早くモスクワを訪れた。
国家主席就任後の最初の訪問先としてロシアを選んだことは当然、習近平政権が対ロシア外交を特に重視していることの現れである。実際、中国は近年以来、ロシアとの関係強化を自らの国際戦略の重要な柱の一つに据えて対露外交を優先している節があり、ロシアとの関係強化によってアメリカを牽制するというのがその思惑の一つである。特に習近平政権は、ロシアと連携することによって日本などが構築しようとする「中国包囲網」を打ち破ろうと秘かに考えていると思われるため、ことさらに対露外交に力を入れている。
そのロシア訪問中に、習近平国家主席はモスクワ国際関係大で講演し「(中露両国は)第2次世界大戦の勝利で得た成果と戦後の秩序を守らなければならない」と述べたが、それは明らかに日本を強く意識した発言であることは言うまでもない。つまり、先の大戦の「敗戦国」の日本との間で北方領土問題を抱える同じ「戦勝国」のロシアと第2次大戦の歴史観を共有することにより、日米同盟を相手にした「中露共闘」を構築しようと考えているのはまさに今の習近平政権が進める対露外交の最大の狙いとなっているのである。
しかし中国のこの企みも結局、4月29日の安倍首相の訪ロによって打ち破られる結果となった。安倍・プーチン会談の後で発表された日露共同声明には、領土問題解決向けての交渉再開だけでなく、日本とロシアは今後、外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)を設置することも盛り込まれだが、それは当然、日露関係史上画期的な出来事である。
今まで、日本は唯一、同盟国のアメリカとの間でいわば「2プラス2」の協議を定期的に行って来ているが、今度はロシアとも、このような「準同盟国」的な連携を強めることになるのだ。そして多くの専門家たちの分析によっても示されているように、日露両国がこのような安全保障上の連携を強めるに至ったのもやはり、中国の進める拡張戦略に対する共通の警戒感があってのことであり、日露の「2プラス2」は明らかに、「中国」を強く意識したものである。
日露の「2プラス2」などの連携強化を横目で見て腹の虫がおさまらないのは習近平国家主席であろう。自分こそがロシアと連携して日本を牽制しようと考えているのに、よりによって中国唯一の「準同盟国」を取り込み、むしろ中国に対抗するために安全保障上の連携を始めたのである。就任後に最初にロシアに訪問した習近平国家主席の努力はそれで完全に泡になってしまい、習政権の対露外交の梯子は一瞬にして安倍・プーチンによって外された恰好となっている。
*日本は批判に耳を傾けるな
このような事態の進展を見て、習近平主席の悔しさと挫折感はどれほど大きなものであるかが推して知るべしであろう。安倍首相の進めた一連の鮮やかな首脳外交に対して、中国はほとんどなす術もなく敗北に敗北を重ねているだけである。今やアジア太平洋地域における外交戦の大勢はすでに明暗を分けており、日本は中国に対して明らかに優勢である。
まさにこのような背景があったからこそ、中国はメディアなどを総動員して安倍政権の内政と外交のすべてに対する執拗な罵倒合戦を展開しているが、安倍首相のことを「悪魔」だと痛罵するその批判キャンペーンの低劣さにしても、安倍外交の成功をわざと「失敗」だと決めつけてそれを扱き下ろそうとするその病的な異常さにしても、それらすべて、自らの失敗を知りながらもそれを懸命に隠そうとする中国政府の必死の努力であり、悔しさの涙をこらえての負け犬の遠吠えなのである。
日本の安倍政権は当然、中国のこのような低レベルな批判キャンペーンを完全に無視して(中国側の批判キャンペーンに加担しているかのような日本国内の一部のメディアの批判も無視して)、今まで通りの外交路線を強力に進めていけばそれで良い。中国からの批判や罵倒はむしろ、安倍外交の正しさを証明しているだけの話だからである。
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チャイナ・ウォッチャーの視点 「安倍叩きに見る中国の外交的敗北感」 石 平
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