[インテリジェンスのプロ、原田武夫氏が開く近未来の扉]
米中の「2015年極秘計画」を知らない日本 インテリジェンスのプロ、原田武夫氏が大胆予測
原田 武夫:原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)代表取締役
東洋経済 online 2013年04月26日
「今年に入ってから特に3月、4月は本当に忙しかったですよ。企業からの相談案件は全て中国からの撤退案件ばかり。この2カ月で2年間分くらい働いたのではないですかね」
九州・福岡にある有名モツ鍋屋の2階にある座敷。お世辞にも小ぎれいとは言えないが、いわく“福岡では三強の一つ”と言われるあっさり味のモツ鍋を頬張りながら、笑顔だが眼光鋭いその人物は語った。
*中国から日本企業が続々と撤退へ
文字どおり裸一貫の叩き上げで、会計士ビジネスという階段を駆け上がってきた人物だ。とりわけ「中国ビジネス」というと福岡で知らぬ者はいない。情報は何も東京にだけあるわけではない。特に我が国経済の土台である中小企業によるアジアへの進出となると、東京よりも遥かにアジアに近いこの地・福岡に情報があふれている。「アジア・マーケットの今」を知りたくなると、私は福岡を訪れ、知遇を得た専門家の方々を訪ね歩くことにしている。
昨年来、日中関係は尖閣諸島問題で揺れに揺れている。大企業を中心に我が国財界は最初、「今度もたいしたことにはならないだろう」と高をくくっていたように思う。だが、その後の進展は全く違った。未曽有の反日デモが「官製デモ」として繰り返し行われる中で、「さすがに今回は違う」と気付き始めたのであろう。まだ余力のある企業から順番に続々と中国マーケットから撤退し始めている。
会計士であるこの専門家の方いわく、今年の株主総会においては「中国における拠点の維持」が一つの争点になることは間違いないのだという。「そんなに大きな拠点を中国で維持していて本当に大丈夫なのか」という質問が飛んできた時、明確な答えを出すことの出来る経営陣はほとんどいない。だからこそ本当に撤退するかどうかは別としても、その準備だけはしておこうと、会計士事務所の扉を叩く企業が後を絶たないのだそうだ。
4月4日に上梓した拙著『「日本バブル」の正体〜なぜ世界のマネーは日本に向かうのか』においても詳述し、東京並びに関西で行う新刊記念講演会ではさらに掘り下げてお話しようと考えているのであるが、私はこうした傾向は、まだまだ続くと考えている。
*中国は「金融立国化」、米国は「製造業立国化」へ
なぜか? その理由は、中国がこれから「金融立国」していくというところにある。正確に言うならば国民経済の中心を「製造業から金融業へ」と、加速度的にシフトしていくのである。そしてこの裏側で、事もあろうに米国が真逆の方向、すなわち「金融業から製造業へ」とシフトしていくのだ。これこそが、私がかねてから様々なところで申し上げて来ている“世界史の刷新”を成す一章なのである。
「そんなまさか。中国と言えば製造業だ。安い労働力で大量にモノを造る。そしてこれを安い値段で日米欧に対して売りつけ、薄利多売で大量のマネーを獲得する。これが中国企業によるビジネスの定石だというのに、製造業を止めるなどということが本当にあり得るのか。にわかには信じがたい」読者はそう必ずや思われるのではないかと思う。
特に中国で拠点を持ち、「当面は大変だが、また何とかなっていくはずだ。何せ、中国はこれだけ広いのだから」などと甘く考えている我が国企業の関係者でもある読者はそう思われるはずだ。だが、残念ながらそうした根拠なき確信は間もなく生じる現実によって裏切られることになる。それにはいくつもの根拠がある。
前々回のコラムで私は「米欧は“高貴なウソ”をついて国際社会をリードして来ている」と書いた。また前回のコラムで私は北朝鮮を例に取り上げながら「今起きているのはタックス・ヘイヴンからの資本の逃避(キャピタル・フライト)」であるとも書いた。
銀行で蓄財していくマネーに関する個人情報の絶対的な非開示というルールを西側諸国にあるタックス・ヘイヴンではもはや守りきれなくなっている今、マネーは北朝鮮に向かっているという私の分析に、驚きを禁じ得なかった読者もたくさんいるのではないかと思う。だが現実にマネーは北朝鮮を含む「共産圏」に向かっているのである。なぜならば共産圏であれば、当然のことながらそうした個人情報は非開示とすることが“政治体制上の理由”を口実に可能だからだ。
*人民元国際化の「真の意味」
ここに来て中国は躍起になって「人民元の国際化」を進めて来ている。これも実は西側からの蓄財マネーに対する呼び込みにほかならないのである。その一方で、米欧は「中国はBRICS諸国の中でも経済成長率が抜群だ。その勢いに乗るには人民元建ての預金を持つべきだ」と大宣伝してきた。無論、最終的には中国を含む「共産圏」にマネーを収斂させるという「隠されたアジェンダ」(hidden agenda)があることを私たち日本人には教えずに、である。
これを「高貴なウソ」と言わずに何と言おうか。今や、中国経済の成長率が明らかに陰りを見せる中、そのことは誰の目にも明らかなのである。
私がこの「高貴なウソ」に気付き始めたのは、2008年のことだった。この年、英国王立国際問題研究所(チャタム・ハウス)と中国工商学院(ビジネス・スクール)が上海で2日間にわたるセミナーを実施した。その時、英国側がばら撒いていた分析ペーパーがある。「アジアにおける金融センターの将来 ロンドン・シティにとっての挑戦と機会」という報告書だ。我が国ではほとんど話題にされることのないペーパーであるが、現場で斜め読みをした私はそこに書かれている「結論」に目を奪われた。
なぜならば、世界屈指の金融拠点ロンドン・シティはそこで「アジアの金融拠点は北京・上海となる」と断言していたからである。無論、それらしい理由付けがいくつも書かれてはいる。しかしすでにタックス・ヘイヴンとしての地位を確立している香港とシンガポール、さらには東京ですら追い越して北京・上海が「アジアの金融拠点」になるなどとは、少なくとも私には信じられなかったのである。
その後、状況は明らかに劇的な形で変わりつつある。思いつくままに挙げてみるとこうなる:
◎昨年になると中国当局自身が「上海は2015年までに人民元の国際的な調達拠点となる」と断言し始めた。新たにビジネスを始めるならばまずは人財の確保ということで、金融メルトダウンで打ちひしがれた米欧の金融機関から続々と離脱した優秀な人財が上海に新天地を求め始めるようになって久しい。
◎一方、これから「金融拠点」としての地位を失っていくであろう地域のうち、まずはシンガポールが先手を打つ形で「アジアにおける人財教育センター」というコンセプトを打ち出し始めた。つまり「これからはカネではなくヒトだ」というわけである。もっともそこで念頭におかれているのは人財といっても自国民(シンガポール人)ではなく、日本人など外国人たちである。我が国でいう「グローバル人財」の教育・供給拠点としての地位を着々と固めつつある。
◎香港は今のところ「落日」を感じさせない。逆にいえばその分だけなりふり構わなくなっているといっても過言ではない。特に毎年1月に行っている「アジア金融フォーラム」では人民元の国際化を大々的にアピールし、「人民元といえば香港」と懸命に宣伝し始めている。またインドやオーストラリアなどから大規模な代表団を招聘し、「金融拠点・香港」の体面を保とうとしている。その様子は傍目で見ていて、正直なところ涙ぐましいと言わざるを得ない。
*なぜ米国はここへきてTPPやTAPに前のめりになったのか
こうしたアジアの金融拠点を巡る争奪戦が進む一方で、2008年から国際社会で生じている一連の展開の中で、気になって仕方がないことが一つある。それは米国が環太平洋経済連携協定(TPP)に、ここに来て急に前のめりとなったということだ。そしてこの文脈では、しばしば米中関係が引き合いに出されて語られる場合が多い。
といっても私が言いたいのは、我が国でしばしば語られるような「TPPは我が国と中国を分断するために米国が持ち出したものだ」といった安直な議論ではない。私が気になって仕方がない点は、全く別なところにある。
確かに米国がTPPの議論をめぐって中国を念頭に置いていることは明らかだ。だが、その一方で欧州との間でもTAP(環大西洋経済連携協定)を結ぶべく交渉を大車輪で始めてもいるのであって、何か様子が変なのである。アジアと欧州で米国は一体何をしようとしているのか。
紙幅の都合上、詳細な点は別の機会に譲るが、これらの通商協定のネットワークによって米国が戦略的に追求しようとしているのは、「知的財産権死守による中国封じ込め」なのである(この点について知りたい方は渡辺惣樹『TPP 知財戦争の始まり』をご覧頂きたい)。
*米国VS中国
非常に簡単に言うならば、(1)まず中国以外の国々を包括的な経済連携協定でネットワーキングし、これに基づいて、いざとなればかの悪名高きISD条項で米国企業そのものが相手国政府(地方政府を含む)を徹底追及出来る仕組みを作り上げておく、(2)やがて仲間はずれにされた中国からは何れの国もモノを買わなくなり(「貿易の転換効果」)、これに気付いた中国が後から渋々この経済連携協定への加盟を要請してくる、(3)こうなったらばしめたものであり、米国はまず中国をこの“罠”としての経済連携協定(TPP+TAP)に受け入れ、後は違法コピー・ビジネスで莫大な利益を上げてきた中国企業を続々と法的に追及することで追いつめ、撃破して行く、というロードマップが見えてきている。
無論、中国側がこれに対して何もせずに手をこまねいて見ているというわけでは全くない。事実、例えば債務危機の続く欧州に対しては盛んにマネーを注ぎ込むことにより恩を売り、米国による甘い誘いに乗らないように努力している。しかし、いかんせん日欧の企業は米国企業と同じく、中国企業による「違法コピー・ビジネス」で莫大な損害を被ってきているのである。この揺るぎない事実がある以上、欧州のみならず、我が国が米国からの誘いに乗らないわけがないということなのである。
*米国が「年次改革報告書」を突きつけなくなった裏側
この関連で一言付け加えておくならば、我が国では未だに「TPPは平成の黒船。これを結んだら我が国は米国によって完全に破壊される」といったTPP亡国論を声高に唱えている向きが多い。しかしこれは例えていうならば往年の大俳優が未だに「自分こそ映画の主役」と信じて止まないようなものなのであって、グローバル・マクロ(国際的な資金循環)の現実から言うと、全くもって笑止な内向き思考なのである。
無論、米国経済界は「農業」「医療」「保険」など、残された数少ない我が国の“構造”に対して牙を向いてくるはずだ。しかし悪名高き「年次改革報告書」を我が国に突きつけなくなった段階から米国のターゲットは中国に移ったと考えるべきなのである。
そのことをまず大前提にしないと、全くもって世界の現実についていけない。確かに「米国企業を差別的に取り扱ったらば地方公共団体でも英文訴状で訴えられる」というISD条項は懸念材料だ。だが、「地産地消」を謳って地元の農家がつくる野菜を我が国公共団体が学校給食に採用しているからといって、米系食糧コングロマリットが訴えてくることなどあり得ない。要は全てがビジネス・ベースで考えるべきなのであって、今、米国がもっともご執心なのが「中国との関係で知的財産権を守ること」なのだという現実を踏まえて、巧みに動きまわればそれで良いのである。
そして米国がなぜ知的財産権保護にかくもこだわるのかといえば、考えられる理由はただ一つ。これまでのような錬金術まがいの「金融資本主義」の世界ではなく、モノづくりの世界で世界を席巻することを彼らは画策しているのである。そのことはオバマ政権が第一期目の早々に「輸出倍増計画」を打ち出していることから明らかだ。
「シェール・ガスを大量に掘り出して売るからではないか」と思うかもしれないが、シェール革命の全盛期は早くても2017年頃から始まる見込みなのである。一方、オバマ大統領の任期は2016年までだ。これだけでは全くもって輸出倍増には間に合わない。そうである以上、これまで隠してあった、とっておきの革新的な技術(常温核融合、元素転換など)を用いた製品をいきなり打ち出し、これを世界中で売り出すのではないかと考えた方が、はるかに合点が行くのだ。
ところがここで違法コピー大国・中国が登場し、片っぱしからコピーをしては安価に製造をし始め、お決まりのコモディティー化をしてもらっては困るのである。「だから今こそTPP」ということになってくる。これが米国の必勝法である。
*中国の「逆襲」はあるのか
中国はこのことを熟知している。真正面からぶつかるのも手だが、中国もまた商人の国なのである。むやみやたらに喧嘩を売るよりも「実利」がとれればそれで良い。そう考えた時、もっとも賢い戦略はこれまで米国が占めていたものの、これから米国が抜け出るポジションに入り込むことである。
米国は自国製品の中国への売り込みのため、以前から「人民元の切り上げ=ドル安転換」を求めて来ている。ギリギリまでこれに抵抗してきたが、逆にあえて自ら「人民元の切り上げ」を行うことにより、世界中のマネーが中国へと流れ込むようにしたらどうなるのか。
かつて「プラザ合意」(1985年)の円高を受けても呆けたままであり、平成バブルの中、金融立国化を図らず、あやうく自滅しかけた(「平成バブル不況」)日本の二度轍を踏まないためには、中国に残された手段はただ一つ。徹底した金融規制緩和を行い、アジア、いや世界の金融センターとなるしかないのだ。
事実、中国は年限こそ入れていないものの「人民元改革」についてシナリオを公表しており、そうした中国を手伝うべく、英国や米国の銀行たちが続々と擦り寄ってきている。そう、「製造業から金融業へ」こそが、習近平政権が密かに実現しつつある大戦略なのだ。
*日本は米中パワーゲームの中で「狭き道」を進むしかない
哀れなのは「円高少子高齢化」を理由に、今や恐ろしいほど内陸部にまで中国での拠点を構築してしまった我が国モノづくり系企業である。これらの企業の多くは低廉な労働力を利用して安く製品を造り、これを我が国国内へ送る、いわゆる「アウト・イン」というビジネス・モデルに依っている。しかし恐らくは2015年を目途に「金融中心への大転換」の名目の下、人民元の為替レートが完全に自由化し急騰すれば、人民元高・円安となり、もはやこのモデルは成り立たないどころか、巨額の損失すら招いてしまうのである。
「要するに、原田さんの言っている米中の大戦略が2015年に現実になってしまえば、我が社の中国にある生産拠点は赤字を垂れ流すことになるというわけですね」。冒頭に書いた福岡で会計士氏と共にモツ鍋をつついていた、モノづくり系中堅企業の社長氏がため息交じりでそうつぶやいたのが忘れられない。
だが、この大流から逃れることは我が国政府や大企業であっても、もはや不可能なのである。2015年に向けて進む米中の大戦略の中で食うか、それとも食われるか。「進むべき道はない。だが進まなければならない」という状況の中で今、私たち日本人全員のサバイバル・ゲームが始まっている。
◇5月(奈良)と6月(東京)に、原田氏の新刊記念講演会を行う予定です。くわしくはぜひ、こちらをご覧下さい。
...................
↧
[米中の「2015年極秘計画」を知らない日本] インテリジェンスのプロ 原田武夫氏が大胆予測
↧