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「憲法制定とは主権の最高度の発動 主権をもたない国がどうして憲法を制定できるのであろうか」佐伯啓思

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【日の蔭りの中で】京都大学教授・佐伯啓思 戦後憲法 正当性あるか
産経新聞2013.5.27 03:12
 5月3日は何の日かとたずねても、すぐに返事が返ってくる学生はきわめて少ない。彼らにとっては連休の真っただ中の楽しい1日に過ぎないようだ。
 それは彼らに限ったことではない。「日本人」にとって現憲法はずっと「そこにある」もので、誰も制定に参加したわけではない。だからまた今日、改正論議がでてきても、どこかひとごとのようにも見える。
 このようにいうと、「いや、あれは押しつけではない。日本政府も参加したし国民が歓迎した。だから日米合作だ」という意見がでてくるが、私には意味ある見解とは思われない。決定的な点は次のことなのである。
 昭和27(1952)年の4月28日、サンフランシスコ条約の発効とともに日本は主権を回復した。ということは同20(1945)年8月15日(正確には9月2日の降伏調印の日)から7年間日本は事実上、主権をもたなかった。そして主権をもたない国がどうして憲法を制定できるのであろうか。
 これは法的な問題ではない。憲法なるものの根幹にかかわることだ。憲法制定とは主権の最高度の発動である。ところが憲法を制定すべき主権がなかった。逆に憲法によって初めて国民主権が定義されるのである。
 通常は、主権者であることを標榜する国民(市民)が憲法を制定し、自らの支配を改めて正当化する。それが必要なのは、歴史的には、革命などによって旧体制が打倒され、新しい支配体制ができるからである。フランス革命のように市民革命が起きれば、それを正当化するために市民による憲法制定がなされる。だから「革命」のような歴史の断絶がなければ近代憲法を理解するのは難しい。
 戦後の日本では、つじつまを合わせるために、20年8月15日に「革命」が生じて国民が主権者になったと「みなそう」とした。「8月15日革命説」である。もちろんいくら「みなす」といっても、黒いものを白いというわけにはいかない。事実は、20年8月15日から占領、つまり主権の喪失が始まった。したがって現憲法は、押しつけであるか否かというより以前に、近代憲法としての正当性をもたないのである。
 実際には、現憲法は明治憲法の改正手続きをとることになった。だがそれはそれでまた矛盾がでてくる。いわゆる護憲派の憲法学者はしばしば、憲法なるものの性格上、憲法の根本的な部分は改正できない。だから現憲法の3原則は改正できない、という。しかし、だとすれば、明治憲法の根幹的な改正は、憲法の精神からすれば正当性をもたないことになるだろう。
 いずれにせよ、まずは現憲法の正当性の基盤がきわめて脆弱であることを知っておく必要がある。今年の4月28日に政府は主権回復の式典を執り行った。ということは実は、政府が現憲法の正当性について、暗黙のうちに大きな疑念を表明したことになると了解すべきなのである。もし改正をいうなら、このような前提のもとでの改正でなければならない。(さえき けいし)
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【日の蔭りの中で】京都大学教授・佐伯啓思 「尖閣・竹島」が示すもの
2産経ニュース012.10.22 03:06
 尖閣・竹島問題をめぐるわが国と中国・韓国との間の緊張は、この8月、9月の危機的な状況を脱したかにみえている。一時は、連日、新聞紙上におどっていた尖閣・竹島の文字もめっきり減った。もっとも、先週、また中国海軍の艦船が尖閣近くの先島沖の接続水域を航行などと報ぜられているが。
 もちろんのこと、9月以降、事態が沈静化したわけでもなく、また状況が変化したわけでもない。海上保安庁の巡視船はずっとこの領域を航行し続けている。事態はこれからも続く。日本、中国、韓国、いずれも言い分を変えるとは考えられないから、この問題には解決のめどはたたない。いわば潜在的な紛争状態が続くことになる。ただ、それが顕在化すると文字通り危機は爆発しかねない。その危険があまりに高すぎるために双方とも事態を先送りしようとしているのである。
 尖閣・竹島問題は、われわれ日本人にとっては明白に日本の領土であり、それは、いかに国際法というものが曖昧なものだとしても、法的な常識からして正当性は揺るがないと考えている。にもかかわらずどうして中国・韓国が、両島を彼らの領土と主張して譲らないのか。2つの事情がある。ひとつの事情は、将来からやってき、もうひとつは過去からやってくる。
 将来の事情とは、ここに原油などの自然資源および漁業資源が存在するからであり、いずれ、資源確保は国家の重要な生命線になると思われているからだ。とりわけ尖閣の場合には、1968年にこの地域における石油資源の埋蔵が指摘されるようになってから、中国・台湾ともに領有権を主張しはじめた。
 ところが、ここにもうひとつやっかいな問題があって、それは過去からやってくる。中国・韓国とも、この問題を歴史問題と結び付けているからである。韓国の場合には、1905年の日本による竹島の領土化は、1910年の日韓併合へつながるものだ、という。日本の朝鮮半島の植民地化は竹島から始まったという。中国もそれと呼応するかのように、1895年の日本による尖閣の領土化は日清戦争と切り離すことができない、という。つまり、これも、日本の中国進出への第一歩が尖閣から始まった、ということだ。
 いかにも「さかのぼり戦争史」のようなもので、われわれからすれば、いいがかりもはなはだしい。にもかかわらず、中国・韓国ともに、日本のアジア大陸に対する侵略戦争という歴史観をもちだす。韓国の場合には、竹島を日本の朝鮮半島植民地化の象徴とする教育が徹底されているようで、言いかえれば、竹島(独島)を死守することが、韓国独立の象徴だという。
 繰り返すが、日本からすれば、両者ともそれこそ歴史の歪曲(わいきょく)であり、認めるわけにはいかない。しかしいまここで考えておかなければならないことは、この2つの事情を重ねあわせるとどうなるか、ということだ。
 ここで、将来の資源をめぐる国境紛争と、過去の歴史認識が重なり合ってくる。言いかえれば、20世紀初頭のあの状況が将来の展望のなかで現在に重ね合わせられる、ということである。
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 20世紀の初頭のあの状況、それは資源と市場の獲得をめぐる帝国主義であった。西洋列強がアジアを植民地化し、おくれて列強へ参入してきた日本が、これに負けじとアジアへの足がかりを求めた。そこに横たわるのは、資源と市場の確保であった。その結果として生じた日中戦争や日米戦争は、戦後、アジアの支配を意図する日本の侵略戦争である、と見なされた。この歴史観を明白に表現したのはアメリカである。
 さて、そうするとどうなるか。まず、資源と市場をめぐる国家間競争という20世紀初頭の状況が、将来の資源確保という事情を軸にして、現在へ回帰している、といわねばならない。今日の過度なグローバル競争が、世界をふたたび20世紀初頭の帝国主義へと回帰させている、といってもよいだろう。尖閣をめぐる中国、竹島をめぐる韓国、そして北方領土をめぐるロシアとの間の潜在的な国境紛争は、このような帝国主義への回帰という現状のなかで理解しなければならない。そして、それがほとんど連想のように20世紀初頭の情景へとわれわれをいざない、歴史問題が持ち出されてくるのである。
 中国・韓国は、かつて、尖閣や竹島を日本がぶんどったという。大陸進出という日本の帝国主義の第一歩だったという。この中韓の言い分を、今日、裏返して、日本から見れば、尖閣をうかがい、竹島を実効支配する中国・韓国は、このグローバル化の時代の帝国主義の第一歩だ、ということになろう。歴史問題は、この状況のなかで、中国・韓国に対する日本の批判をあらかじめ封じ込めるためにもちだされているといいたくもなるのだ。
 さて今日の世界が、徐々にではあるが20世紀初頭の資源や市場をめぐる国家間の軋轢(あつれき)の時代へと回帰しているとすればどうか。もちろん、私は、かの時代のように一気に大戦争が生じるなどといっているのではない。歴史がまったく同じことを繰り返すわけもない。しかし、局地戦は生じえる状況ではある。とすれば、もはや世界から戦争はなくなり平和な時代になった、という前提で書かれた戦後憲法の前文はもはや意味をなさないことになるであろう。平和憲法に象徴される日本の「戦後」というものが、いかに特異な時代であったかをわれわれは改めて理解しなければならないのだ。(さえき けいし)
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