過去最高益のサムスン株がまさかの急落の“なぜ” スマホ市場の成熟と技術力の壁が韓国経済に落とす影
Diamond online 【今週のキーワード】2013年7月23日 真壁昭夫(信州大学教授)
* 過去最高益なのに株価は急落 海外投資家がサムスンを見限る理由
7月初旬、サムスン電子は4−6月期の決算を発表した。それによると、売上高は前年同月比7.8%増の57億ウォン(約5兆円)、営業利益は9兆5000億ウォン(約8340億円)と過去最高の収益となった。
ところが、当日の韓国の株式市場で同社の株式は売り込まれ、一時株価は前日比大幅安となる場面もあった。その背景には、同社の営業利益が10兆ウォンを超えるとの予想に届かず、投資家の間で一種の失望感が醸成されたことがある。
しかし、失望感だけの理由ではないだろう。サムスンには、もっと根が深い問題が潜んでいると見た方がよい。そうでないと、海外投資家の多くが、サムスン株の売却に走った現象を説明することが難しい。
足もとの収益状況を見れば、依然、サムスンは世界最大のIT企業であることに変わりはない。また、半導体や液晶などのIT関連の重要部品から、スマートフォンやタブレットPCなどの完成品までをつくる生産能力は、世界有数のメーカーであることを象徴している。
そうした状況にもかかわらず、海外投資家を始め多くの投資家が、今回の決算をきっかけにサムスンの将来性に疑問符を付けたのである。韓国経済の屋台骨を背負うサムスンの将来に疑問符が付くということは、とりも直さず、韓国経済の先行きに黄色信号が灯ったことを意味する。
以前から、海外の金融機関が韓国から撤退する動きを示しているという。韓国経済は、外から見ているよりも深刻な状況にあると考えるべきだろう。
現在、IT製品のスターであるスマートフォンについて、サムスンは世界市場をアップルと二分する有力企業である。その有力ITメーカーを、海外投資家らが見限る理由はどこにあるのだろうか。おそらく、2つのファクターを考えるとわかり易い。
1つは、スマートフォン市場の成熟化、特に高額・高機能製品が売れ筋の米国など先進国での市場が飽和状態に近づいていることだ。
サムスンのIM事業部(IT・モバイル)の今年4−6月期の売上高は約34兆ウォン(約2兆9850億円)、営業利益は約6兆ウォン(約5270億円)と見られる。特に、今年4月に発表した“ギャラクシーS4”は、最初の2ヵ月間で2000万台を超える売り上げを稼いだ。わが国のメーカーと比較すると、同社のIM事業部は絶好調に見える。
問題は、今後そうした好調を続けることができるか否かだ。米国市場では、すでに携帯保有者の6割近くがスマートフォンを持っている。他の先進国でも、多かれ少なかれ同様の状況だ。そうした状況の先進国市場と、これから大きな伸びを期待できる新興国市場の両方で、サムスンは現在のペースで売り上げを続けることができるだろうか。
* ドコモや中国企業がライバルに スマートフォン事業に忍び寄る影
それは難しいかもしれない。先進国の1つであるわが国では、ドコモが今までアップルのiPhoneを扱わず、サムスンや国内メーカーの製品を扱ってきた。それは、サムスンにとって大きなメリットになっていただろう。しかし、すでにドコモはiPhoneの扱いを検討していると言われており、それが実現すると、サムスンにとって痛手になる可能性は高い。
そして今後、成長性の見込める新興国の販売強化を目指す場合、強力なライバルが出てくる。それは、低価格帯製品に強みを持つ中国メーカーだ。
ファーウェイやZTEなどのメーカーは、ここへ来てかなり実力をつけており、低価格帯中心の市場である新興国では手ごわいライバルになるはずだ。追い上げ著しい中国企業との競争は、サムスンにとってかなり厳しい状況になるだろう。
もう1つ、サムスンが抱える問題は技術力の蓄積だ。今までサムスンは、アップルなどが生み出した新製品の後追いをしてきた。その場合、重要な技術力は、迅速に先行企業の製品を研究して、その製品と同じ製品をより効率的につくるテクニックだ。
サムスンに限らず韓国企業の多くは、そうした技術をわが国などの技術者を高給で採用する手法でカバーしてきた。具体的には、わが国の家電メーカーなどのシニアクラスの技術者を、積極的に引き抜くことで必要な技術力の埋め合わせを行ってきた。その手法は、最近まで有効にワークしてきた。
ところが、サムスンがそうした手法でアップルに追いつき、さらに追い越そうとすれば、新しい技術や製品を自力で開発することが必要になる。それを実現するためには、今までのような間に合わせの手法だけでは十分な効果を上げることはできず、時間をかけて自分の実力で技術力を蓄積しなければならない。
* 韓国が抱える技術開発の課題 サムスンを建て直すのは難しい?
サムスンに勤務する日本人にヒアリングすると、「中途採用された日本人技術者は3年間でお払い箱になると聞いていたが、それは日本人に限らず、韓国人の従業員でも同じことだ」と言っていた。それでは、人の入れ替わりが激しくて、仕事のノウハウや技術の蓄積を進めることは難しい。
彼は、「サムスンはかなり深刻な状況に陥っており、組織全体を立て直すのはかなり難しい」との感触を持っていた。
また、新興国のライバル企業の存在も気になる。既存の製品をつくる場合には、韓国よりも有利な条件のメーカーがある。それは中国のメーカーだ。中国の人件費は上昇しているとはいえ、まだ韓国よりは低い。
それに加えて、中国企業は急速にIT関連の汎用技術を蓄積しており、韓国にとって相当手ごわいライバルに育っている。特に、新興国向けの低価格帯製品については、すでに中国メーカーの方が優位に立っている分野もあるという。
リーマンショック以降のウォン安の追い風もあり、サムスンが快進撃を続けて世界有数のIT企業にのし上がるにしたがって、韓国経済も顕著な成長過程を歩むことができた。ところが、足もとでウォン安傾向が終焉を迎えつつある現在、韓国企業にとって自国通貨安の恩恵はほぼ消滅した。
* どこかで政策運営が破綻する? 朴政権が辿る「いつか来た道」
通貨安のメリットがなくなると、韓国企業は世界市場で、実力によって勝負をしなければならない。しかし、韓国企業の技術力を冷静に見ると、いくつかの例外分野を除いて、中長期的に韓国企業が世界市場で高いシェアを維持することは難しいだろう。
しかも、韓国経済の構造を考えると、多くの生産用の機械や重要部材をわが国企業に依存せざるを得ない状況が続いている。
それに加えて、中国企業の追い上げによって、厳しい価格競争に巻き込まれることになる。それは、かつて欧米諸国やわが国が辿ってきた道だ。単純に言えば、韓国は今後、その道を歩むようになる。
造船や鉄鋼などの産業分野で、わが国は欧米諸国からトップの座を奪った。しかし、それは長続きせず、当該分野で韓国企業に追いかけられ、トップの座を譲ることになった。その韓国は、すでに造船などの分野では中国に追い抜かれている。まさに、世界の歴史は繰り返されているのである。
韓国経済についてもう1つ重要なポイントがある。それは、韓国経済の経済的な富の分配のシステムが不公正(フェアー)でないことだ。韓国のGDPで10大財閥が占める割合は70%程度と言われている。それだけ、財閥系企業に富の分配が偏っているということだ。
それは、財閥系企業の関係者にとって有利だが、一般庶民には明らかに不利だ。それに対して、不満が出るのは当然だ。
朴政権は経済民主化を約束して政権に付き、当初は約束を果たしてきたものの、経済状況の悪化によって成長重視型の政策運営に舵を切ったと言われている。しかし、それを長い期間続けることには無理がある。たとえ、わが国を悪者にして国民の関心をそちらに向けたとしても、どこかで政策運営に破綻が生じることだろう。
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