『 防衛省と外務省 歪んだ二つのインテリジェンス組織 』 福山隆著 幻冬舎新書 2013年5月30日 第1刷発行
第1章 知恵なき国は滅ぶ
P12〜
すべては情報が決する
「情報」を制する者は天下を制す
彼を知り己を知れば百戦して殆(あや)うからず------。
言わずと知れた、兵法書『孫子』の一節です。これが書かれたのは、中国の春秋時代(紀元前770〜403年)のこと。それまで、戦争の勝敗は運不運に左右されると考える人が大半でした。そういう時代に、戦争には人為的な「勝因」と「敗因」があると考え、それを理性的に分析したのが、『孫子』の画期的なところです。
冒頭に掲げた言葉は、その「謀攻篇」(実際の戦闘によらずに勝利を収める方法)に書かれたものでした。敵と味方の情勢を知り、その優劣や長所・短所を把握していれば、たとえ百回戦ったとしても敗れることはない。これは、戦争における「情報=インテリジェンス」の重要性を指摘した言葉にほかなりません。
ちなみに、「謀攻篇」には、「百戦百勝は善の善なるものに非ず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」という言葉もあります。
(p13〜)戦火を交えることなく敵を屈服させるのが最善だという意味ですから、もし情報戦で勝利を収めることができたとすれば、それにまさるものはないといえるでしょう。
p22〜
敗戦と同時に「厚いコート」を脱いだ日本
このように、アメリカは第2次大戦、9.11という大きな情勢変化が起こるたびに、情報機関という「防寒着」を厚めのものに着替えてきました。
もちろん、これはアメリカだけの特徴ではありません。国家と情報機関の関係を如実に示す1例として今はアメリカのケースを挙げましたが、どの国においても、これが基本的なあり方だと考えるべきでしょう。
p23〜
どんなに武力を整えても、それを効果的に使いこなす「知恵」のない国は滅びます。そして国家の「知恵」は情報機関の質と量に大きく左右されるのです。
p27〜
軍事インテリジェンスはアメリカ頼み
GHQによる占領統治が始まって以来、今日にいたるまで、外務省のインテリジェンスは専らアメリカのほうを向いていたといっていいでしょう。それも無理はありません。日米安保条約で日本はアメリカの同盟国となり、そのアメリカはCIAの設立などによって「情報超大国」としての地位を固めてきました。
p28〜
しかも国内には米軍基地が置かれ、憲法9条によって戦力を放棄したため、日本の安全保障はアメリカ頼みです。自衛隊の前身である警察予備隊が組織されるまでは、国防を専門に担当する官庁も存在しませんでした。
そのためわが国では、日米安保条約とそれに付随する日米地位協定を主管する外務省が、実質的な「国防省」の役割を担うことになったのです。
外交を担当する外務省が、安全保障政策の最前線に立つ―今までこのような論説が指摘されたことはありませんが、これは国際的に見てかなり異例な体制といえるでしょう。日本では、国を防衛するための最大のツールを、外務省が持っている。その後、自衛隊を主管する防衛庁が設立され、第1次安倍政権下の2007年には防衛省に格上げされましたが、在日米軍と日本政府の第1の接点は相変わらず外務省です。
p28〜
しかも国内には米軍基地が置かれ、憲法9条によって戦力を放棄したため、日本の安全保障はアメリカ頼みです。自衛隊の前身である警察予備隊が組織されるまでは、国防を専門に担当する官庁も存在しませんでした。
そのためわが国では、日米安保条約とそれに付随する日米地位協定を主管する外務省が、実質的な「国防省」の役割を担うことになったのです。
外交を担当する外務省が、安全保障政策の最前線に立つ―今までこのような論説が指摘されたことはありませんが、これは国際的に見てかなり異例な体制といえるでしょう。日本では、国を防衛するための最大のツールを、外務省が持っている。その後、自衛隊を主管する防衛庁が設立され、第1次安倍政権下の2007年には防衛省に格上げされましたが、在日米軍と日本政府の第1の接点は相変わらず外務省です。
そうなると、少なくとも安全保障に係るインテリジェンスについては、アメリカに頼っていれば問題ありません。アメリカの動向を把握しつつ、必要なことはアメリカに教えてもらえば事足りる。いわば外務省は、アメリカという分厚い防寒着の下に着る薄手のセーター程度のインテリジェンス機能を持てば十分だったのです。
p31〜
アメリカの戦略で動いた日本の「戦後レジーム」
それも含めて、戦後日本のインテリジェンスは、基本的に超大国アメリカが打ち出す戦略の枠内に収まっていました。これは、いわゆる「戦後レジーム」がもたらした弊害の1つといえるでしょう。
東京裁判や現行憲法の話を持ち出すまでもなく、日本の尖閣体制がアメリカ主導で構築されたことは明らかです。これがさまざまな点で日本社会のあり方を歪めたからこそ、かつての第1次安倍政権も、「戦後レジームからの脱却」を掲げました。
p32〜
しかしその自衛隊も、実質的には米軍の世界戦略にはめ込まれた1つのピースにすぎません。もちろん形式上は組織として独立していますが、米軍と無関係に独自のオペレーションを実行することはほとんどできないのです。(略)
そんな次第ですから、自衛隊のインテリジェンス機能もまた、基本的には日米同盟を前提としたものになっているのです。
p33〜
それだけではありません。より広い意味の「情報」について考えた場合も、戦後の日本人はアメリカの影響を強く受けてきました。国民に正確な情報を伝えるべきマスメディアが、アメリカの情報戦略に巻き込まれてきたからです。
たとえば、日本最大の発行部数を誇る讀賣新聞。その「中興の祖」とも呼ばれる正力松太郎氏は、もともと警察官僚でした。いわゆる特高警察に所属し、一説には関東大震災の際に朝鮮人暴動のデマを組織的に流布したともいわれています。戦後は東京裁判のA級戦犯に指名され、公職追放となったものの、不起訴処分で釈放。アメリカの公文書には、正力氏がその後CIAの非公然工作に長く協力していたことが記載されているといいます。釈放と引き替えに協力したと思われても仕方ありません。
CIAのコードネームも持っていたといわれるほどの人物がトップに君臨していたのですから、その新聞や系列テレビ局が流す情報がどのような操作を受けるかは、想像がつきます。それが、アメリカの国益に反するものになるとは考えにくい。そして、これは「大正力」が実権を握っていた時代だけの「昔話」ではないと私は思っています。
p34〜
アメリカは日本が再び「強い国」になるのを恐れている
一方、その讀賣新聞とはライバル関係にある朝日新聞にも、アメリカの息はかかっています。
私はかつてハーバード大学のアジアセンターで客員研究員を務めていたのですが、そのとき、「ニーマンフェロー」の存在を知りました。ユダヤ系の大富豪ニーマンの寄付金で設立された「ニーマンジャーナリズム財団」が、ジャーナリズム界のリーダーを育成するために、世界各国から新聞記者を集めて1年間無償で研修を受けさせるのです。
ニーマンフェローは毎年24名で、12名はアメリカ国内のメディア、残り12名が外国のメディアから呼ばれます。その中の「日本枠」は、常に朝日新聞の指定席。たとえば、かつてテレビの討論番組にもよく顔を出していた「朝日ジャーナル」元編集長の下村満子氏も、このニーマンフェローでした。ここでアメリカナイズされた優秀な記者たちが、やがて朝日新聞の幹部になるのですから、その論調が親米的なものになるのは自然な成り行きでしょう。
p35〜
朝日新聞といえば「左寄り」で、旧ソ連や中国と結託して戦前の日本を断罪するという印象がありますから、「親米」と聞くと意外に思う人もいるかもしれません。たしかに、憲法9条を擁護して日本の「軍国主義化」を警戒したり、首相の靖国神社参拝を批判したりするのは、---ソ連や中国---の国益にかなっています。
しかし実は、それがアメリカの国益にもかなっていることを忘れてはいけません。(略)
インテリジェンスに必要な機能は、情報の「収集」だけではありません。情報を「操作」することで、自分たちに有利な状況を作り出すことも重要な機能の1つです。
p36〜
そして日本の「戦後レジーム---アメリカの従属国」は、アメリカの巧妙な情報操作によって、より強固なものになりました。アメリカに飼いならされたのは、ジャーナリストだけではありません。日本からは、多くの言論人や学者たちが若い時期に留学生としてアメリカでの生活を経験しています。そこでアメリカに洗脳された人々が帰国し、オピニオンリーダーとして活躍する。その影響を受けて、日本の世論全体がアメリカナイズされてきたのです。
第2章 二つのインテリジェンス――軍事と外交
p44〜
軍事と外交の担うインテリジェンスの違い
憲法9条と安保条約という二本の手綱
さて、現在の日本が抱えるインテリジェンスの問題は、おおむね「戦後レジーム」の中で生じたものだと考えていいでしょう。それ以前から対外インテリジェンスをあまり重視しない傾向はありましたし、それについても後述するつもりですが、やはり敗戦とそれに続くアメリカの占領統治は実に大きな転換点でした。
その転換をもたらした最大の要因は、1946年に公布されて翌年に施行された日本国憲法の第9条です。戦力の放棄を定めたこの条文によって、日本は軍隊をもたない国となりました。
しかし、軍隊をもたずに国家を維持することはできません。かつて日本社会党が唱えた「非武装中立」などというものは、単なる絵に描いた餅です。安全保障のためには、当然、何か別の手立てが必要になる。そこで登場したのが、日米安全保障条約です。
(p45〜)日本の戦後を考える上で、憲法9条と日米安保条約はワンセットでかんがえるべきでしょう。
そしてこれは、アメリカが日本という「馬」をコントロールするために用意した2本の手綱のようなものでした。憲法9条によって日本を弱体化させ、さらに安保条約によって米軍基地を日本国内に駐留させる。これによってサンフランシスコ講和条約の発効で日本が独立を回復して以降も、ある種の「占領状態」を続けることができたわけです。
さらに、日米安保条約は、米軍基地内においては米軍が第1次裁判権を持つことを定めた日米地位協定とワンセットになっています。その安保条約と地位協定の両方を主管するのが、外務省にほかなりません。
ちなみに、この2つを実際に担当する北米局日米安全保障条約課は、外務省の中でももっとも優秀なエリートが登用されるセクションです。いずれ事務次官やアメリカ大使になるような人材が、ここに配属される。安全保障は国家の最重要課題ですから、それも当然でしょう。しかし、ここでアメリカの「伝声管」を務めたエリートたちが省内で出世するとなれば、外務省全体がアメリカの言いなりになりやすくなるのもたしかです。
p46〜
ともあれ、戦後の日本では、本来は外交を担当する官庁―外務省―が、日米間の条約や協定をコントロールするという名目の下に、実質的な「安全保障庁」として機能してきました。
p109〜
軍事インテリジェンスは何のためにあるのか
軍事インテリジェンスの「究極」の目的
さて、そうまでして行うべき軍事インテリジェンスの目的とは何でしょうか。もちろん、時と場合によってそこにはさまざまな目的があるわけですが、「究極の目的」は次の2つに絞られます。
先ず第1に、「われわれが決定的にダメージを被る情報」。軍事の目的が国家、国民、国土を守ることである以上、これを察知しなければ軍事インテリジェンスの役割を果たしたことにはなりません。
たとえば1941年のソ連にとって、もし日本が「北進」する意思を持っていたとすれば、これはソ連に「決定的なダメージ」を与えかねない情報だったといえるでしょう。
p109〜 日本がシベリア側から攻めてくれば、西から攻めてくるドイツとのあいだで挟み撃ちになってしまいます。だからこそ、ゾルゲがつかんだ「南進」というインテリジェンスには最高の値打ちがありました。
一方、自分たちが決定的なダメージを受ける情報を掴みそこなったのが、敗戦間際の日本です。それは、アメリカによる「原子爆弾の投下」にほかなりません。歴史に「if」はないとはいえ、1945年8月に広島と長崎に落とされた2発の原爆に関する情報を日本軍がきちんとキャッチしていたら、日本の戦後史はもっと違うものになっていたのではないでしょうか。
ただし原爆については、全く情報がなかったわけではありません。同年7月16日には、「ニューメキシコ州で新しい実験が行われた」との外電情報が入っていました。しかし日本はそれが何の実験かを突き止めようとしなかった。1発目の「リトルボーイ」が広島に投下されるまで、その「実験」と「原爆」を結び付けて考えることができなかったのですから、情報軽視と言われても仕方ありません。
p110〜
さらに原爆投下の直前にも、大本営はその前兆を察知していました。それまではB52が何百機もの大編隊を組んで日本の本土を空襲していましたが、そのときはコールサイン(航空機を識別する信号)が異なる十数機の編隊が日本に向かっていたのです。それが原爆を搭載したB-29だったわけですが、大本営はその正体を見抜くことができませんでした。
もちろん、仮に見抜いたとしても、原爆投下を防ぐことはできなかったかもしれません。日本軍の戦闘機はb-29の飛ぶ高度まで上がるだけの性能を持っておらず、したがって撃墜は不可能だったという説もあります。しかしたとえそうであっても、原爆という「決定的なダメージを被る兵器」に関するインテリジェンスをあらかじめ得られていれば、何かしら被害を減じる手立ては講じられたのではないでしょうか。
p142〜
そういうレベルの日本研究者=「ジャパノロジスト」が、歴史、政治、経済、社会、教育、国防などあらゆる分野にひしめきあっているのがアメリカです。かつて駐日大使を務めたエドウィン・O・ライシャワーや、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』のエズラ・ボーゲルなどが日本では「知日派」として有名ですが、それは決して珍しい存在ではありません。ジャパノロジストの裾野はきわめて広いのです。
p143〜
そういった学者に加えて、日本ではCIAをはじめとするアメリカの情報機関要員があちこちで活躍しています。しかも、ロシアや中国などの情報員(スパイ)に対しては厳しくマークする公安警察も、同盟国であるアメリカについてはほぼ野放しの状態だといっていいでしょう。一方、日本は対米情報を含めた対外インテリジェンスをアメリカに依存しており、ましてや直接アメリカに対する情報活動はほとんどしていません。日米間には、実に大きな情報格差があるのです。
そしてアメリカは、その情報格差を利用する形で、終戦直後の占領状態を継続し、日本をコントロールしてきました。そこで重要な役割を果たすのが、「ジャパン・ハンドラーズ」と呼ばれる人々です。政治学者のマイケル・グリーンやケント・カルダー、ジョセフ・ナイといった名前を見聞きしたことのある人も多いでしょう。
ジャパン・ハンドラーズの正体
そんなジャパン・ハンドラーズの中でも、もっとも知名度が高いのはリチャード・アーミテージだろうと思います。2001年の「9・11」を受けて日本に対テロ戦争での共闘を求める際に、「Show the flag」という発言をしたことで知られる人物です。
p146〜
このアーミテージ・レポートも、それと同じく、甚だしい内政干渉だと言わざるを得ません。この文言の裏側には、“属国”日本をアメリカの国益のために利用しようという意図が透けて見えます。例えば、ここで原子力発電の推進を主張しているのは、アメリカやフランスの原発産業が持っている利益を守るためでしょう。
p147〜
米中情報戦に利用された尖閣諸島問題
また、この中で「日中韓」という東アジアの情勢に触れていることもきわめて重要な意味を持っています。後ほど詳しく述べますが、今後、アメリカの軍事戦略における最大のテーマが「対中国」であることは言うまでもありません。
他国を自らの支配下に置こうとするとき、アメリカの戦略は「ディバイド・アンド・ルール」が基本です。これは、かつての西欧列強が植民地を支配した時のやり方にほかなりません。植民地の民族を分断し、お互いに争わせることによって、宗主国への抵抗を和らげ、統治しやすくする。ディバイド・アンド・ルール戦略に照らし、東アジア地域で日本・中国・韓国が諍いを起すことは、アメリカにとって歓迎すべきことなのです。
したがって、先ほどの第3次アーミテージ・レポートも、額面通りに読むわけにはいきません。「日米韓の強い同盟関係が重要」などといっていますが、本心では、日韓が永遠に対立することがアメリカの国益になると思っているはずです。「日本は韓国との歴史問題に正面から取り組むべきだ」というのも、懸案が解消して日韓が親密になることを願っているのではなく、この問題がさらにこじれることを期待しているに違いありません。
p148〜
対中国も同じです。アメリカとしては、いまのところ中国とのあいだで本格的な衝突は起したくありません。そのため、日本と中国が諍いを起すように煽る一方で、水面下では中国と出来合いのレースをするのではないでしょうか。
そんなアメリカの思惑が見え隠れしたのが、2012年4月に始まった「尖閣諸島購入問題」だったと私は見ています。当時の石原慎太郎東京都知事が「東京都は尖閣諸島を買うことにした」と宣言したことに端を発し、紆余曲折を経て最終的には国が地主から買い上げることになり、それを契機に、日中関係は緊張が高まりつつあります。
あれは日本と中国の外交問題であって、アメリカは関係ないのではないか―そう思う人も多いでしょう。しかし私は、石原氏があの宣言をアメリカのワシントンで行ったことが気になります。本人にはその自覚がないままに、米中の情報戦の中で「パペット(操り人形)」として踊らされていた可能性があるのです。
もちろん、これは明確な根拠に基づく話ではありません。しかし、インテリジェンスの世界に身を置く人間は、あらゆる人のあらゆる発言を疑い、「裏」に何かある可能性を考えるのを常としています。もし「性善説」と「性悪説」のどちらかを選ばなければいけないのであれば、性悪説を取らざるを得ないのです。
また、この世界には「英雄には気をつけろ」という格言めいた言葉もあります。大衆的な人気の高い人物が目立つ発言をしたときは、その背後に大きな陰謀が隠れている可能性がある。何らかの意図でマスコミや世論を沸騰させたい陣営が、謀略によってそれを、「言わせている」ことがしばしばあるのです。
p151〜
それはともかく、太平洋越しに覇権を争う米中にとって、尖閣諸島は地政学的にたいへん重要な意味を持っています。不動産としての「所有権」と国家の「領有権」は別物ですから、国内的には地主が民間人であろうが東京都であろうが、日本にとってはさほど大きな問題ではありません。しかし中国にとっては、「民有」から「都有」を経て「国有」になることは、中国がこの海域で狙っていることを前に進めるためには好都合でした。中国にとって尖閣諸島は、第1列島線を突破し太平洋に進出する際の重要な“軍事的要衝”です。したがって、何か隙があれば一気に情勢を動かそうと鵜の目鷹の目で狙っていた。その格好のきっかけを与えたのが、石原発言でした。
石原氏の発言をアメリカが誘導したのかどうか、誘導したとすればどのようにやったのか、いずれも確たることはいえません。しかし石原氏ほどの大物政治家になれば、その周辺ではアメリカや中国の情報関係者――より端的な言葉を使うなら「スパイ」――が蠢いているのは間違いないと私は見ています。石原氏に対して影響力を持つ人物が、外国の意向を受けて何かを吹き込んだり、けしかけたりすることも十分に考えられます。また、日常的に電話やメールはすべて盗聴・監視されているものと思います。
p152〜
いつまでも日本をコントロール可能な国に
いずれにしろ、陰謀は外から「見えない」からこそ陰謀なのですから、そのプロセスについては想像の域を出ません。しかし結果的に当事者以外に「得」をした者がいるのであれば、その第3者による陰謀があった可能性が疑うのがインテリジェンスの基本です。
そして、石原氏の尖閣購入発言によって、アメリカは間違いなく「得」をしました。発言に反発した中国が日本への敵意を剥きだしにした結果、日本がアジアで孤立し、アメリカの懐に逃げ込まざるを得ない情勢が作られたからです。
p154〜
米国の凋落と中国の台頭
何度も繰り返しますが、石原発言の背後に外国の陰謀があったかどうかはわかりません。しかしアメリカや中国に、それを実行するだけのインテリジェンス能力があることはたしかです。そして現在、米中両国は太平洋をはさんでお互いの動向を探り合っている。この両大国にはさまれている日本は、好むと好まざるとにかかわらず、その覇権争いに巻き込まれています。地政学上、これは避けることができません。
p170〜
戦後から今にいたる現実
そして現在も、日本人のインテリジェンスに対する姿勢はあまり変わっていません。
p171〜
自分の出身母体の悪口はあまり言いたくありませんが、旧日本軍時代よりはさまざまな点で進歩したとはいえ、防衛省のインテリジェンス機能もまだまだ十分なものとはいえないでしょう。
「第1国防省」である外務省の外交インテリジェンスとの棲み分けがきちんとできていないこともその一因ですが、防衛省自体にも問題がないわけではありません。第1章に「外務省はアメリカの伝声管になっている」といった意味のことを書きましたが、防衛省や自衛隊にもアメリカに依存する体質はあります。
たとえばアメリカに赴任する防衛駐在官は、独自のインテリジェンス活動をほとんどする必要がないと言われます。ワシントンの米軍関係者から情報をもらうのも、日本国内で在日米軍から情報をもらうのも、その中身に大差はないからです。自衛隊の中でも昇任の序列が高いエリートが箔をつけるためにそのポジションに就くのですが、それだけに、ある種の名誉職になっているのは否めません。
何度も述べてきたとおり、今後も永遠に日米安保体制が続き、日本がアメリカの属国のような立場でいることを受け入れるならば、それでもいいでしょう。(p172〜)しかしアメリカの国力や軍事力が凋落を始めている今、インテリジェンスをアメリカにばかり頼るわけにはいきません。
防衛駐在官としてアメリカに乗り込むなら、ただアメリカがお仕着せで与えてくれる情報を取るだけではなく、むしろアメリカが日本に知らせたくない情報こそ入手すべきです。アメリカが日本国内でやっているように、日本もアメリカにスパイを送り込んで、盗聴をはじめとする諜報活動をを行う。それが本来あるべきインテリジェンス活動というものでしょう。その際、イスラエルの対米諜報活動が参考になることでしょう。
ところが防衛省や自衛隊にかぎらず、日本人はそういうことをあまりやろうとしません。しかも、外国にはスパイを送り込もうとしないのに、国内では外国のスパイたちにやりたい放題やられている。いわゆる「スパイ防止法」が存在しないためです。法案は国会に提出されたことがあるものの、報道の自由を制限されることを懸念するマスコミの反対などもあり、実現していません。いつまで経っても、日本は「スパイ天国」と揶揄される状態にあります。
p173〜
民間企業も大学もやられ放題
情報のプロテクトが甘いのは、国家レベルだけの話ではありません。民間企業も同じようなものですから、これは日本人に共通の性質といわざるを得ないでしょう。
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◇ 諜報活動(インテリジェンス)に関わる専門家の育成 / 日本の情報収集の弱さは、以前から指摘されてきた 2013-06-06 | 政治〈領土/防衛/安全保障/憲法/歴史認識〉
「スパイ」国が育成 和製ジェームズ・ボンド誕生? 情報収集力強化で
中日新聞 《 特報 》2013/06/06
日本にもジェームズ・ボンドのようなスパイが誕生するのか? 安倍政権が、諜報(ちょうほう)活動(インテリジェンス)に関わる専門家の育成に乗り出そうとしている。「国家安全保障会議」(日本版NSC)の創設に合わせ、対外情報の収集能力を高める狙いがあるという。だが、諜報部門の新設に問題はないのか。(上田千秋、小倉貞俊)
■日本版NSC創設 合わせ
「相手国、相手方の内部情報の収集は極めて大事だと思っている」
菅義偉官房長官は五月二十九日の記者会見で、諜報活動に関わる人材育成の重要性を強調。「専門的、組織的な情報収集の手段や体制のあり方について、研究を深めている」と述べた。
政府高官など特定の地位、立場にいる人物に接触し、自国の利益となる情報を得る諜報活動は、「ヒューミント」と呼ばれる。政府が念頭に置いている諜報活動もこのヒューミントで、一般的なイメージの「スパイ」とは異なり、人とのつながりを重視した合法的なものという。
日本には、米国の中央情報局(CIA)や、英国の秘密情報部(SIS)のような対外的な諜報活動を行う専門組織はない。
国内の情報の収集は、警察や公安調査庁が担う。内閣官房に置かれている内閣情報調査室(内調)は、内閣の施策に関する情報の収集・分析に当たるセクションで、国内、国際、経済の各部門に分かれる。主に扱うのは公開情報が中心で、人員もあまり多くないとされる。検討されているヒューミントの専門部署はこの内調に設置される可能性がある。
ヒューミントの必要性を指摘する意見は、日本版NSCの有識者会議でも出ていたという。
安倍政権は、外交・安全保障政策の司令塔と位置付ける日本版NSCの創設を目指している。首相と関係三閣僚による「四大臣会合」を常設し情報を共有化。事務局として数十人規模の「国家安全保障局」を内閣官房に置きサポートする。近く関連法案を閣議決定し、国会に提出。秋の臨時国会での成立を目指している。
海外での日本の情報収集の弱さは、以前から指摘されてきた。今年一月に起きたアルジェリア人質事件や、二〇〇三年のイラク戦争の際には、日本政府は現地の情報を得られなかった。
日本政府はイラク戦争で、米英両国への支持を同盟国の中で真っ先に表明。大量破壊兵器を隠し持っていることが戦争の大義名分だったが、後に情報は誤りだったことが判明した。
ヒューミントの重要性は、第一次安倍内閣が設置した「情報機能強化検討会議」が二〇〇八年にまとめた報告書の中で言及した。
報告書は「情報収集の対象国や組織は閉鎖的で、内部情報の入手が困難」と課題を指摘。「質の高い情報を収集するため、研修強化や知識、経験の蓄積を通じて対外人的情報収集に携わる専門家の育成」を求める。
■防諜と対外諜報 役割が混在
外交ジャーナリストの手嶋龍一氏は「イラク戦争の誤りは、日本にはヒューミントがないことのツケが回った結果だった」とヒューミントの重要性を強調。「日本では、情報が入ってきたとしてもそれを分析し、国家に役立てるような例はないに等しい。主要国(G8)の中で、正式な対外情報機関を持っていないのは日本だけ。そんな経済大国はない」と専門組織の必要性を指摘した。
日本経済大の菅沢喜男教授(インテリジェンス マネジメント)も「新聞やテレビのニュースなどオープンになっている情報ももちろんあるが、最終的にその情報が正しいかどうかの確証は、人間から得るしかない。外交関係の中でヒューミントは極めて重要」と唱える。
安倍政権の目指すヒューミント部門に問題点はないのか。
インテリジェンスに詳しい元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏は、「ヒューミント部門の位置付けが曖昧で、有効に機能するとは思えない」と話す。
インテリジェンスには二種類ある。一つは、自国内で他国への情報漏洩を防ぐカウンターインテリジェンス(防諜)で公安警察などが担当している。もう一つは、他国が隠している情報を入手するポジティブインテリジェンス(対外諜報)で、主に外交官が担う。
「そもそも、内調の本来の役割は防諜であり、ヒューミントは対外諜報だ。米国のFBIとCIAのように、各国ではどこも防諜と対外諜報は別々の機関が受け持っている。複雑な業務を一緒に内調で担当するのはナンセンスだ」
さらに佐藤氏は専門家の育成にも疑問を投げかける。「一定レベルの語学を習得するには、海外研修も含め数年は掛かる。加えて洞察力や記憶力など、必要不可欠な資質はそう簡単に伸ばせるものではなく、困難」とみる。
東京工科大の落合浩太郎准教授(安全保障・インテリジェンス研究)は「これまで、内調をはじめとする日本のインテリジェンス機関はうまく機能していなかった。そうした検証をしないままに予算やポストを増やしてしまえば、省庁を太らせるだけだ」と危惧する。
落合氏によると、内調の職員約二百人のうち、生え抜きのプロパー職員は半数。他は、外務省や警察庁などからの出向組だ。内調トップの内閣情報官は警察庁から、ナンバー2の次長は外務省などからと、幹部ポストは基本的に出向組で独占している。数年で出身官庁に戻っていくため、専門的な幹部がいない状況にあるという。
警察庁と外務省の縄張り争いも激しいとされる。佐藤氏は「まともな対外インテリジェンス機関をつくりたいなら、縄張り争いに拘らずに全ての官庁を視野に入れ、現時点で最も活躍できる優れた人物を連れてくるべきだ」と話した。
落合氏はこう強調した。「どんなに貴重な情報を入手できたところで、結局は時の政権がその情報を生かせなければ意味がない。『仏作って魂入れず』だ。政権の見識が問われるだろう」
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◆ 国際情報戦の裏側 大使館など対象「公然の秘密」 盗聴反発--実はポーズ? 中日新聞 《特報》 2013-07-04 | 国際
◇ 『動乱のインテリジェンス』著者(対談) 佐藤優×手嶋龍一 新潮新書 2012年11月1日発行 2013-06-27 | 読書
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◆ 『最終目標は天皇の処刑』 中国「日本解放工作」の恐るべき全貌 ペマ・ギャルポ著 飛鳥新社 2013-02-05 | 読書
(ごく僅か抜粋)
p127〜
日本で報道されていることが逐一、情報部員によって詳細に分析され本国に報告されているのはもちろんですが、一時期は中国大使館から各メディアに対して、今日の報道よかったとか悪かったとか、いちいち電話をしていたこともあるといいます。今はそこまで露骨ではありませんが、それでも厳然たる圧力が存在します。
p168〜
実際に日本はこの会談が行われる以前の1960年代に、核武装を検討していました。2010年にNHKで放送された『“核”を求めた日本 被爆国の知られざる真実』という番組で、村田良平元外務次官がインタビューのなかで明言したのです。1964年に中国が初の核実験を行い、日本政府は安全保障上で大きなショックを覚えました。そのため当時の佐藤栄作政権は、プロジェクトチームを作って核兵器開発を検討したのです。ただしその結果は、「核兵器の保有は、我が国にとって技術的には極めて容易だが、政治的には困難である」という結論に達しました。
ただ、一つ強調しておきたいのは、この会談で交わされている内容というのは、ごく自然なものだということです。ほかの国々では国益の追求が第一です。そして国益のためならどんどん立場を変え、場合によっては前言を翻すなど当たり前なのです。
p204〜
そして原子力に対して協力関係を結ぶというブッシュの政策を、野党の民主党が多数を占める議会も支持し、最終的には満場一致という形まで持っていきました。そして、再び民主党政権となった今日、オバマ大統領はインドとの関係強化に乗り出しています。そうしたことが見られるのも、やはりアメリカの政治家が国益を重視しているからです。
日本の政治家には、なかなかそれができません。
さらに日本の場合、政治家が的確な外交判断をするための情報が十分に取れていません。手を打つには、相手の事情を探る情報機関、諜報機関は必要不可欠です。日本にも内閣情報調査室、警視庁公安部、防衛相情報本部、法務省管轄の公安調査庁など数多くの情報機関があるにはあるのですが、収集した情報を有機的に生かすシステムがないのです。
また、日本の情報機関、諜報機関は一般の公務員と大差ありません。権限にしろ予算の使い方にしろ、制約が多すぎるのです。おそらくコーヒー一杯飲んでも領収書が必要になるでしょう。そうした制約の中では、貴重な情報は取れるはずがありません。諸外国の諜報機関の場合、たとえば独自の資金作りをするために何世代にもわたって相手国に人員を送り込んで、現地で経済活動をしていたりもします。戦前は日本にもそうした組織があったのですが、戦後はそうした態勢をとるに至っていないのは残念です。
p205〜
もちろん、中国なりアメリカなりが、強力な情報機関ができることを阻止していることは言うまでもありませんが、憲法改正をしなくても、情報・諜報機関の強化を図って、十分な予算を組み、大国並みの組織にすることは可能だと思いますし、そうした組織を国策に役立たせる必要があると思います。
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