TPP参加で危険視される「ISD条項」の正体とは?
週プレニュース[2013年09月11日]
最近、TPP関連のニュースでよく耳にするのが「ISD条項」という単語だ。TPPのモデルともいわれる米韓FTA(自由貿易協定)交渉では「毒素条項」という物騒なあだ名もつけられおり、TPP反対派の根拠のひとつにもなっている。
はたして、どんな条項なのか。『TPP 黒い条約』(集英社新書)の著者のひとりで、TPPに反対する弁護士ネットワーク共同代表でもある弁護士の岩月浩二氏が解説する。
「ISD条項は、日本語に訳せば投資家と国家間の紛争解決条項。簡単に言うと、外国の投資家が投資協定や経済協定に違反した投資先の政府を国際裁判へと引きずり出せる制度です。
ただし、ISD条項そのものは新しい制度ではなくて、1959年に結ばれたドイツとパキスタンの投資協定に盛り込まれたのが最初です。その後、世界で3000件を超える投資・経済協定が結ばれていますが、ISDはその多くに採用され、現在、日本が世界約30ヵ国と結んでいる投資協定や経済連携協定でも、そのほとんどに盛り込まれています」
つまり、投資受け入れ国の政策、法規制、制度、慣例などによって外国投資家や企業が不公正な扱いを受けたり、損害を被った場合に、その投資家や企業が“相手国政府”を直接訴えることができるという条項だ。
そして企業側は、世界銀行傘下の投資紛争解決国際センター(ICSID)による国際調停を選択することができ、その場合、相手国はこれに応じる義務がある。ICSIDの判定部は、原告(提訴した企業)・被告(訴えられた国)の選任が各1名、そして双方の合意で選任した1名の計3名による判定員からなり、上訴はできない一発勝負だ。
一見、強大な政府に対し、外国の一企業が対抗できる正当な手段のようにも思える。なぜ問題なのか?
「ISD条項が生まれた当時、世界は東西冷戦の真っただ中で、特に開発途上国への投資にはリスクが伴いました。例えば、ある国に石油プラント建設で投資をしたのに、政変が起きて、プラントが一方的に国有化されてしまうといったケースもあり得たわけです。
その場合、損害賠償を求めて相手国の裁判所に訴えても、開発途上国は司法制度が不備だというのが先進国の理屈です。そこで国際仲裁での処理に道を開こうというのがISD条項の当初の考え方です。紛争の構図としても当初は、投資する先進国対投資先の開発途上国を主に想定したものでした」(岩月氏)
ところが、1990年代半ば、WTO(世界貿易機関)が成立した頃から、自由貿易至上主義が広がり始め、ISD条項の使われ方が急激に変質した。
「そのきっかけとなったのが、アメリカ、カナダ、メキシコの3ヵ国で1994年に発効したNAFTA(北米自由貿易協定)です。投資家や企業がISD条項を、相手国の制度や規制や政策、慣行などに対する異議申し立ての道具として利用するようになったのです。これによって従来の先進国対途上国という構図から、カナダ対アメリカのような、先進国間の紛争仲裁が急激に増え始めました」(岩月氏)
1994年にNAFTAが発効して以来、カナダ、アメリカ、メキシコの3ヵ国が関わったISD条項の提訴件数は、政府の資料では45件。このうち、原告となった企業の内訳はアメリカが29件と圧倒的に多く、カナダが15件、メキシコはわずかに1件で、勝訴したのはアメリカのみ。一方、アメリカ政府はこの19年間で15回訴えられているのに、一度も負けたことがない。
「国際経済法学者の中には、こうした裁定が投資家の利益を守るという意味で正当だという意見も多いようですが、ほかの国の環境規制に関わる政策や法律にまで外国の投資家が異議申し立てをして、それをその国の法律ではなく、強制的に国際法廷で仲裁するというのは、ISD条項が生まれた当初の考え方から大きく変質していると言わざるを得ません」(岩月氏)
ISD条項の「変質」を加速させているのはアメリカ。「自由な貿易の実現こそが究極の理想」と考えるアメリカにとって、自国企業の活動や利益を妨げる規制・慣行は「不当な障害」でしかない。ISD条項が危険視される理由は、そこにある。
ある日突然、日本政府が外国の投資家や企業から訴えられる。それも、日本の裁判所ではなく、たった3人の判定員が裁く「国際裁判」へと強制的に引きずり出され、もし負ければ巨額の賠償金支払いを命じられる……。TPP参加後なら十分に起こりえるシナリオだ。(取材/川喜田 研) 週刊プレイボーイ38号「ISD条項+“強欲資本主義”がニッポンを壊す!!」より
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