住民離れる“家族の集落” 周南市連続殺人2ヵ月 現場ルポ
2013年09月13日(最終更新 2013年09月13日 01時38分)
この夏、日本中を震撼(しんかん)させた小さな集落は、崩壊のふちにあった。
中国山地の山懐に9世帯12人が暮らしていた山口県周南市金峰郷(みたけごう)。7月21〜22日に男女5人が相次いで殺害された連続殺人放火事件から、間もなく2カ月を迎える。
周南市のJR徳山駅から車で40分ほど。現地を訪れた11日、5人に対する殺人容疑などで逮捕された保見光成(ほみこうせい)容疑者(63)の自宅では家宅捜索が行われていた。事件現場となった民家の焼け跡には、立ち入り禁止の規制線が張られたままだ。
住民たちが口を閉ざすなか、74歳の女性が匿名を条件に、取材に応じてくれた。5人とは毎日顔を合わせる家族同然の関係だった。「冬場の雪かきも皆で助け合ったのよ」「亡くなった女性は山菜が採れる場所を教えてくれてね」。一人一人の思い出話を、声を詰まらせながら語った。
容疑者の男と、住民の関係もかつては悪くなかったという。男が父親の介護のため川崎市から帰郷したのは約20年前。住宅改修の仕事を男が始めた10年ほど前、女性は宣伝チラシの作成を手伝った。そのお返しか、女性宅の床の修理を安値でやってくれた。
数年前から犬の散歩や農薬散布などをめぐり、住民とのトラブルが繰り返されるようになった。「殺すぞ」とすごむ言葉を何度も聞いた。なぜ歯車が狂ったのか−。「住民同士の仲の良さを気にしすぎて、孤立感を深めたのでしょうか」
事件後、1人が集落を去った。残るのは4世帯5人。「かけがえのない隣人たちは、もういません…」。女性も、慣れ親しんだ古里を近く離れることを決めていた。
*容疑者の言葉、今も恐怖
山口県周南市金峰郷(みたけごう)。合併前の鹿野町誌によると1965年は34世帯115人だったが、今は4世帯5人。事件前、顔を合わせると世間話をすることが多かった住民たちは、自宅に閉じこもりがちだという。やせ細った集落を、隣人5人を奪われた恐怖と怒りが覆う。
「あんたは俺の悪口を言ってないよな」。取材に応じた女性(74)は7月中旬、保見光成(ほみこうせい)容疑者(63)から散歩中にそう話しかけられたという。女性がうなずくと「じゃあ見逃してやる」。その数日後に事件は起きた。「私も犠牲になっていたかもしれない…」。女性は取材中、何度も「怖い」と繰り返した。
喪失感も深い。女性が一番仲の良かった人も犠牲になった。生前、困ったことがあれば何でも相談した。最近のことだ。こんにゃく料理の調理法に迷い、尋ねに行こうとする自分に気づいた。「寂しい。寂しくて仕方ないよ」。心配で連絡をくれた知人にお礼の手紙を書くことで、心の整理をする日々だ。
住民の心のケアが必要ではないのか−。周南市役所を訪ねた。市は既に支援に乗り出していた。保見容疑者が逃走中の7月24日から保健師4人が全戸を訪問。「ご飯を食べてますか」「睡眠は十分ですか」と、健康状態や不安を聞き取ろうとした。だが、厳しい口調で追い返そうとする住民もいたという。
9月初め、2度目の訪問を実施。初回に比べ、落ち着いて事件のことを話す人が増えた。今後も定期的に保健師を派遣する。市健康増進課の磯崎恵理子課長は「喪失感や不安は長く続く。そうした感情を吐き出してもらうことで、少しでも気持ちが楽になってほしい」と願った。
*ケアの保健師を拒絶する住民も
UターンやIターンで田舎暮らしを始める人が増えるなか、人間関係が濃密な過疎集落で起きるトラブルの危険は、以前から指摘されていた。
総務省によると、全国約6万5千集落(2010年)のうち、九州には約1万3千集落が点在。熊本学園大の小川全夫(たけお)教授(高齢社会論)は「顔見知りばかりの高齢者が暮らす小規模集落に、外部の人が溶け込むのは簡単ではない。人間関係が一度こじれると修復が難しい」と話す。
総務省は08年度から、集落の存続が危ぶまれる過疎地域対策として「集落支援員」の配置を市町村に促している。買い物や交通など暮らしの要望を集めるのが役割だが、リーダー育成やこじれた人間関係の仲裁も同省は期待する。
周南市にも臨時採用した支援員が1人いたが、この集落は担当外だった。市中山間地域振興課の原田義司課長は「仮に担当者がいても人間関係が濃厚な小規模集落では、うまく仲裁できただろうか」と率直に語る。
制度に期待する先進自治体もある。大分県国東市は本年度、高齢化率が5割を超える27集落に、1人ずつ配置。地域の情報や要望を市に伝える。市の担当者は「支援員が日頃から地元に目配りすることは、地域融和の上でプラスになるはずだ」と説明した。
=2013/09/13付 西日本新聞朝刊=
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