保留者ゼロ。なぜ中日の選手たちは「大幅減俸」を受け入れたのか
Sportiva 2013.12.02 石田雄太●文
以下の金額は、すべて推定である。
それが、総額で8億円超なのだとか――。
日本プロ野球選手会が公にしている年俸調査に基づくと、外国人選手を除いたドラゴンズの2012年度、61選手の年俸総額は31億7080万円。この額には出来高契約等の金額は反映されていないので正確な数字とは言えないかもしれないが、つまり、8億円といえばドラゴンズの年俸総額の約4分の1ということになる。このオフ、ドラゴンズは前年比で約8億円、およそ4分の1のコストカットを実現させたのだ。
そんなに減らせるものなのか。
いや、この人が本気になれば、そのくらいは減らせるということか。
これが、ゼネラルマネージャーとして2年ぶりにドラゴンズに戻ってきた落合博満前監督の辣腕による賜(たまもの)であることは容易に想像できる。11月20日、谷繁元信監督兼捕手が選手としての契約を交わしたことで、ドラゴンズは育成契約の2人を含む56選手全員との2013年度の契約更改を終了した。12シーズンぶりにBクラスに沈んだドラゴンズに突如として吹き荒れた冬の嵐は、選手たちを体の芯から震え上がらせた。
確かに、ドラゴンズの台所事情は厳しい。
落合前監督のもと、リーグ優勝を果たした2010年でさえ、経常利益は前年比で3億を超えるマイナス。いくら勝っても赤字では球団経営は成り立たないという一部球団内からの批判もあって、ドラゴンズは2011年のオフ、落合前監督を退任に追い込んだ。チームを球団初のリーグ連覇に導きながら、ファンサービスに熱心ではない、マスコミに協力的でないことが観客動員の不振につながっていると理由づけたのである。しかし、『ファンとともに』というスローガンのもと、積極的にサインに応じ、メディアに協力するなど、チーム方針を180度転換させて戦った高木守道監督でも、入場者数の減少を食い止めることはできなかった。今シーズンの観客動員数は1997年のナゴヤドーム開場以来、初めて200万人を割る199万8188人。5年連続の減少だった。
チームも低迷、観客動員も減少しながら、選手の平均年齢と年俸は上がる一方――そんな中、落合GMがチーム再建に向けて、まず浴びせかけた強い向かい風が、今シーズン、打率.236と極端な不振に陥った、38歳の井端弘和に下交渉で提示した9割近い大減俸だ。
監督だった頃、落合GMが井端にとりわけ目を掛けていたことはよく知られている。同時に、落合前監督に命じられたショートからセカンドへのコンバートが井端の本意ではなかったとの話も耳にしたことがあるが、この春、WBCで日本中のヒーローとなり、ベストナイン5回、ゴールデングラブを7回も獲得したドラゴンズの顔に対するあまりに酷な通告は、井端にとっては屈辱以外のなにものでもなかった。落合GMは「ここ数年は故障がちで、メスも入れた選手に億以上の金を出すリスクを球団が背負えるのかといえば、その状態ではない」「俺は戦力外の選手に金額提示はしない」と現状を説明したが、このオフには右足首と右ヒジの手術を受けて来シーズンに備えていた井端への88パーセントとも言われるダウン提示は、井端だけでなく、他の選手たちにも落合GMの”聖域なき査定”を印象づける恰好のプロローグとなったはずだ。
しかも、井端はその提示を拒んだ。
野球協約の第92条(参稼報酬の減額制限)には、年俸が1億円を超える選手は40パーセントを超えて、また1億円以下の選手は25パーセントを超えて減額されることはないと定められている。井端の2012年度の年俸は1億9000万円とも2億5000万円とも言われており、3000万円程度の提示は40パーセントをはるかに超えた減額である。しかし第92条には、選手本人が同意すれば制限を超えて減額することができるとも記されており、選手の同意を得た上での減額なら問題はない。
井端は同意しなかったのだ。
同意しない場合は、どうなるのか。
日本プロ野球選手会によれば、現在はNPBと選手会との合意のもと、減額制限超過提示(減超提示)をする場合は、選手には自由契約になる権利が与えられているのだという。井端は、そのルールに基づいて自由契約を選択した。自由契約になった選手はトライアウトを受けられるよう、球団は毎年、所定の日までに減超提示を済ませなければならず、選手は第1回合同トライアウト前にいずれかを選択する必要がある。
自由契約を選択しない場合において、調停を申し立てることも可能であり(参稼報酬調停制度)、選手の側に立てばあまり助けにはならなかった調停も、2009年の野球協約改正によって球団、選手の言い分を聞いて裁定を下す年俸調停委員会がコミッショナーから独立。中立な立場から裁定が下されるようにはなっている。それでも調停は、カネのことで揉めたという印象を周囲に残すことは否めず、選手にとっては必ずしも得策でない場合が多い。
結局、選手の同意が必要とされる減超提示を受けたのは、6000万円から4000万円と33パーセント減を提示された山本昌、4200万円から2000万円まで52パーセント下げられた山内壮馬、2800万円から1500万円へと46パーセントダウンを提示された岩田慎司、4500万円から1800万円の提示を受けた朝倉健太の4人。
彼らは、揃って同意した。
そこに多くの人が違和感を覚えているように思う。
というのも、選手の同意と言っても、たとえば今回のドラゴンズのように、目の前にデンと構える落合GMに「この額でどうだ」と同意を求められたら、暗に(イヤなら辞めてもらって構わないんだぞ)と脅されているに等しく、そんなもの、頷(うなず)かないわけにはいかないじゃないか、と感じるからだ。実際、減超提示だけでなく、減額制限いっぱいのダウン提示が相次いだのにもかかわらず、保留者はゼロ。1億円を超える荒木雅博、吉見一起はそれぞれ、1億7000万円から1億200万円、2億9000万円から1億7400万円と、減額制限いっぱいの40パーセントダウンを提示されたのに一発サイン。さらに、ベテランの和田一浩は8000万円減の2億5000万円、一昨年のMVP、浅尾拓也も5500万円減の1億6500万円、6月にノーヒットノーランを達成した山井大介が2000万円減の6000万円でサイン。.310から.248へと打率を大幅に落とし、盗塁も32から19へ減らした大島洋平には、規定打席に達したレギュラーでありながら減額制限いっぱいの25パーセントダウン(7500万円から5625万円)を提示されながら、大島自身、「マックスで行かれると覚悟してました」とコメントしている。ルーキーも例外ではなく、慣例では2年目は現状維持、ダウン提示だったとしても10パーセント程度とされてきた1年目の選手たちにも、軒並み減額制限いっぱいの25パーセントダウンを提示。昨秋、ドラフト1位で指名されて慶大から入団した福谷浩司も、1500万円から1125万円まで下げられるなど、じつに18人が減額制限いっぱいのダウンでの更改となったのである。
選手の同意があれば認められる減額制限なんて、いったい何のために存在しているのか。
そもそも野球協約が矛盾しているのだ。「一定割合以上、減額されることはない、ただし選手の同意があればOK」というのは、「選手の同意がなければ一定割 合以上、減額されない」という文言と同意のはずなのに、現実はそうではない。「一定割合以上、減額されることはない、ただし選手の同意がなければ自由契約 (クビ)、文句があるなら調停(訴えろ)」という文言と同意になってしまっているのである。
そんなの、おかしいじゃないか、と誰でも感じる。
しかし選手会は目くじらを立てない。野球協約もそのままだ。いったい、なぜなのか。
この協約をタテに減超提示を禁止するように求めれば、年俸が高額なベテラン選手は解雇されるリスクが増える。
この協約そのものをなくすように求めれば、大幅減俸が続出するリスクが増える。
この協約から「選手の同意があればOK」の部分を削除し、減額制限を12球団に遵守するよう求めれば、逆に年俸の大幅アップは抑えられるというリスクが増える。
つまり、ごく一部の減超提示を受ける選手のために減額制限の徹底をゴリ押しするのは、選手側にとってもデメリットが大きすぎるということなのだろう。
実際、落合GMは、球界のルールに則って、粛々と契約更改を進めた。例年、12月に行なわれてきた主力級の更改も含めて、すべての選手との契約を11月中に終わらせ、減超提示を行なう選手にはトライアウトを受けられる時期までにきちんと契約更改を行ない、選手会にもつけいるスキを与えなかった。山本昌には「50歳までやれ、オレが保証する」と暗に“事実上の2年契約”をほのめかし、48歳の大ベテランに「納得しました」「この歳で戦力と言って頂けるのが一番ありがたい」と言わしめた。大島には「首位打者を獲れ」と叱咤激励をし、200安打を打てる、12球団でナンバーワンのセンターになれると持ち上げてみせた。野球協約を熟知し、揺らぐことのない信念を貫いてきた落合GMだからこそ、井端以外の減超提示を行なった選手の同意を取りつけることができたのだろうし、減額制限いっぱいのダウン提示にも保留する選手が出なかったのだろう。
あるドラゴンズの元選手からこんな話を聞いたことがある。
「戦力外通告を受けてからいろんな人に報告したんですけど、ほとんどの人が『まだ選手としてやれるだろう』っていう励まし方をしてくれるんです。でも落合監督に話をしたらすぐ、『お前、次の仕事はどうするんだ』って訊いてくれた。実際、他の人の中には、報告したいだけなのに、それさえさせてくれない人もいたほどです。で、ようやく連絡が取れて、クビになったけど次の仕事は決まっているという話をした途端、『なんだ、そうだったのか、仕事くれって話かと思ったよ』ってホッとしたような顔をしている。そんな人には、内心、誰が頼むかよって思いたくもなります。でも落合監督は、自分の方から仕事はどうするんだって訊いてきてくれた。その時は、もう次の仕事は決まっていたので監督のお世話にはならずに済んだんですけど、仕事の内容とか、条件面とか、しっかり納得するまで話をしろよ、と言って下さって、本当に僕のことを心配してくれているんだなということが伝わってきたんです」
契約更改は対面交渉だ。
最近では代理人に任せたいという声も根強いが、直に球団の編成責任者から「戦力として必要だ」と声をかけられれば、選手というのは意気に感じるものだと思う。過去、勝ち続けてきたからこそ上がり続けてきた年俸を、負けたから下げるというのは、酷なようでいて実はシンプルな発想だ。井端、山本昌、山内、岩田、朝倉の5人に対する減超提示も、選手側に自由契約を選択する権利があることを覚悟の上で行なったわけで、考えてみれば落合GMにとってもリスクを背負った決断である。井端に対する大幅なダウン提示も落合GMの中にはいろんな思惑があったのかもしれないが、結果だけを見れば、ジャイアンツで働き場所を失っていた小笠原道大と、ドラゴンズで旧年俸ほどの居場所がなくなりそうになっていた井端との事実上のトレードを実現させることによって、ふたりのベテランを蘇(よみがえ)らせるかもしれないきっかけを作ったことだけは間違いない。ジャイアンツが井端を獲得できたのは年俸のベースが数千万円だったからこそで、まさか、そこまでを見据えての減超提示だったのかと思わせるところが、落合博満という人物の恐ろしさでもある。
合理的で、反論してもムダだと思わせるだけの知識を持ち、言葉巧みなGMから、「もう一度、勝つためにはお前の力が必要だ」「勝てば年俸も上がるんだ」と言われれば、減超提示に同意した選手たちの気持ちもわかる気がする。まして、メディアを通してみせるのとはまったく違う顔を見せて、選手たちとともに戦い、勝って年俸を上げてもらってきた元監督の言うことだ。その言葉には、選手にパワハラだとは感じさせない歴史の積み重ねがあるのだろう。
ドラゴンズに、そして落合GMに、勝つために必要とされ、もう一度、年俸アップを勝ち取ってやるというモチベーションを与えられたドラゴンズの選手たち――落合博満のチーム再建計画は、すでに第一幕を終えたのかもしれない。
◎上記事の著作権は[Sportiva]に帰属します *強調(太字・着色)は来栖
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