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欺瞞とご都合主義に満ちたメディアによる「特定秘密保護法」への批判 酒井充

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【酒井充の政界××話】欺瞞とご都合主義に満ちた特定秘密保護法への批判
 産経ニュース 2013.12.8 18:00
 12月初旬のある日の夕刻。首相官邸を道路1本挟んだ反対側の歩道で、20歳前後と見られる男女4、5人が、なにやら叫んでいた。
 「おい、安倍晋三! おれたちの話を聞け!」
 のっけから表現が穏やかでない。一国の首相に対する敬意はみじんも感じられない無礼さだ。週末のすでに暗闇の中とあって、周囲には官邸を警備する複数の警察官以外は私だけだった。首相ではないが、しばし耳を傾けてみた。
 「特定秘密保護法案、はんた〜い!」
 そうか、法案反対の訴えか。信号を待っている間に、話はドンドン飛躍していった。
 「この法律で、おれたちの命が奪われるんだぞ!」
「殺されてたまるか!」
 なんと政府は特定秘密保護法で日本国民を殺害するのだという。そんな法案だとは知らなかった。本当ならば、とんでもない話だ。何がどうなると命を奪われるのだろうか。官邸前で訴えるぐらいだから、よほど深い考えがあるのだろう。信号待ちが長いついでに興味津々で待っていたが、なかなか具体的な説明をしてくれない。
 すると、若者たちは「表現の自由を守るぞ!」と訴え始めた。彼らの前にいる警察官は、どんなに無礼な言葉を吐いても制止するそぶりを見せていない。彼らの自由は最大限尊重されていた。ちなみに首相はニュースで岩手県視察と報じていたように出張中で、官邸にも公邸にも不在だった。
 最近インターネットで出回っている4コマ漫画を知人が教えてくれた。その内容の概略は次の通り。
 《バードウオッチをしている女性が、米軍の「オスプレイ」が飛行しているのを目撃し、メールで知人に知らせたら逮捕される》
 《公園をジョギングをしていた女性が、「なんとか省の通信基地」を作るために公園がなくなるとの話を聞き、公園をなくさないよう署名集めを始めたら逮捕される》
 もはや、どう突っ込んだらいいのかさえ分からない。特定秘密保護法の条文のどこをどう読んで解釈したら、こういうことになるのだろうか。確かに法には、特定秘密を知ろうとして「共謀し、教唆し、又は煽動した者」は、5年以下の懲役が科せられる規定がある。だが、前記のような場合に、本当に「普通の市民」が逮捕されるだろうか。警察はそんなに暇なのか。
 同法に反対する新聞やテレビ、そして学者や「ジャーナリスト」も似たようなところがある。
 当然だが、法には反対の声もあれば、賛成の声もある。だが、公共放送のNHKは、受信料をもとにヘリコプターを飛ばして反対デモの様子を放映し、反対の「市民の声」を連日紹介した。同法反対を宣言したキャスターは毎晩TBSに出演している。朝日新聞には1ページを使って12人の有識者(?)が登場したが、同法に反対か慎重な意見ばかりだった。
 業務上、新聞に毎日目を通している。反対のデモの様子を伝えるどこかの団体の機関誌のような朝日新聞と東京新聞では、どういうわけか日本が明日にでも戦争を仕掛けて国民を塗炭の苦しみに追い込むかのような暗い扇動調の記事が実に多い。どうして政府がそんなことをしなければいけないのかの説明が詳しくないのでよく分からないのだが、こういう新聞だけ読んでいれば、先述のような若者や漫画が出現するのも、やむを得ないのだろう。
 反対のジャーナリストは特定秘密保護法成立で「息苦しい時代になる」と懸念を示したという。私はそういう発言や新聞を読むたびに息苦しい思いをしている。こうしたメディアによると、法に反対しない記者はジャーナリストの資格がないらしい。そうか、記者失格なのか。自分たちの自由を求める割には、他人には実に厳しい人たちだ。
 表現の自由は尊重されるべきであり、同法に懸念の声があるのも事実だ。それを報じる自由もあるが、常軌を逸していないだろうか。
 特定秘密保護法が万全だとは思わない。情報は原則国民のものだし、恣意的な秘密指定の可能性だってある。外務省が現在定期的に公開している過去の「機密文書」の中には、外国の新聞報道をまとめたレポートさえ秘密指定になっているものもある。なんでもかんでも官僚が安易に秘密に指定する可能性がないとは言えない。
 それにしても、同法に反対する新聞は、過去の報道姿勢との整合性がとれていない。
 平成22年9月に尖閣諸島(沖縄県石垣市)沖で発生した中国漁船衝突事件を思い出してほしい。海上保安庁の船に衝突してきた領海侵犯の中国漁船の映像を動画投稿サイトに「流出」させた海上保安官が、国家公務員法違反容疑で書類送検された。結果は起訴猶予処分だったが、保安官は辞職した。
 流出した映像の何が秘密なのかよく分からないが、当時の民主党・菅直人政権は映像を隠した。ちなみに安倍晋三首相は最近、国会で映像について「特定秘密ではない」と答弁した。
 当時、朝日新聞は社説で「政府の情報管理は、たががはずれているのではないか」「日中外交や内政の行方を左右しかねない高度に政治的な案件である」とし、政府の安全保障に関する情報管理の甘さを指摘した。最近の論調に従えば、朝日新聞は「政府は公開して当然」というべきだったはずだが、当時は違った。確かに情報管理は甘かった。だから、特定秘密保護法できちんとしたルールが必要なのだろう。
 平成17年の人権擁護法案をめぐる動きも、そうだった。
 当時の小泉純一郎政権は、出生や国籍などを理由とした差別、虐待による人権侵害を救済するための適切な救済措置などを目的とした法案を国会に提出しようとした。法案では、人権侵害の定義があいまいで恣意的に運用される余地が大きい上、新設する人権委員会には外国人の就任も可能で、しかも令状なしの捜索といった強制権まであった。
 つまり、ある人が「近所の人に人権を侵害された」と訴えれば、一方的に令状なしで強制捜査される可能性があった。これこそ恐怖社会だ。外交や防衛、テロ行為やスパイの防止などに限定した特定秘密保護法より、よほど一般人が影響を受ける「恐れ」があった。産経新聞は一貫して反対したが、法成立を主張する他社から軽蔑か、あるいは無視されながら、ほぼ孤軍奮闘だったことを実体験として覚えている。
 メディアの取材による「被害」も救済対象になるということで、表現の自由が侵される懸念もあった。朝日新聞はメディア規制には反対したものの、「問題のある条文を修正したうえで、法案の成立を急ぐべきだ」との論陣を張った。恣意的な運用の「恐れ」は問題視しなかった。特定秘密が恣意的に指定される懸念を強調する今の立場とは、ずいぶん違う。
 結局、自民党内でも安倍晋三幹事長代理(当時)らの反対で法案は国会に提出されなかった。民主党政権でも亡霊のように「人権救済機関設置法案」と名を変え、野田佳彦政権で閣議決定までされたが、衆院解散もあって法案提出には至らなかった。
 人権擁護法案の成立は急ぐべきだと主張した朝日新聞は、特定秘密保護法案については「慎重な審議」を求めた。だが、1年前まではどうだったか。多くのメディアは、民主党政権の「決められない政治」を批判した。今度は何かを決めようとすると、掌を返したように「数の横暴だ」「強行だ」「なぜ急ぐのか」「拙速だ」と批判する。反対派による反対のための常套句だ。議会での多数決を横暴というならば、彼らの大好きな日本国憲法の軽視になるというのに。
 日本の国会は会期制をとっている。日本国憲法に明記はされていないが、会期制を前提としているのが通説だ。決められた会期内に必要な法律を成立させるのが政府・与党の仕事となる。「なぜ急ぐのか」との理由でいつまでも実現できていないのが憲法改正だ。そんなに慎重な議論が必要ならば、憲法を改正して会期制を改め、明確に「通年国会」として延々と議論すればいい。
 衆院国家安全保障特別委員会が11月25日に福島市で地方公聴会を行い、公述人7人全員が特定秘密保護法案に反対・慎重意見だったのに、翌26日に採決したことへの批判が出た。
 公聴会の開催は、予算案の審議では国会法で義務づけられている。だが、一般的な法案では、そもそもめったに公聴会が開かれない。公聴会を開いただけでも与党は丁寧な運営を行ったことになる。
 これまで公聴会自体がまともに報じられることも少なかった。さすがに公聴会翌日に予算案採決というのは記憶にないが、公聴会後に間もなく採決というのは、国会の慣例になっている。つまり「公聴会が形式的だ」と反対派が批判するならば、予算案の公聴会が形式的なことも問題視すべきだろうに、そういう批判はあまり聞いたことがない。
 朝日新聞は「権力を監視する」との自負が強いようだ。何を根拠に言っているのか不明だが、「監視されない権力は必ず暴走する」と断言する記事もあった。とにかく政治は悪いことをすると決めつけている。
 高潔な使命感を持つ朝日新聞の足下にも及ばないが、私も「権力を監視」したいと考えている。無駄を削減して16兆円を捻出すると約束しながら実現できないとか、あてもなく米軍普天間飛行場を沖縄県外に移設すると公約して実現できなかったり、領海侵犯の外国漁船が故意に海上保安庁の船に衝突してきても、相手国に配慮して船長を罪に問わないといった政治が二度と行われないように。日本の独立と平和、国民の生命と財産をしっかり守る権力なのかどうかを。
 ◎上記事の著作権は[産経新聞]に帰属します
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