クリミア併合は返還後の北方4島併合を正当化する 帝国主義化する世界、欧米と一線を画す対ロ政策で北方領土・尖閣諸島を守れ〜佐藤優氏
「マット安川のずばり勝負」2014.03.21(金)JBpress
マット安川; ゲストに元外交官・佐藤優さんを迎え、緊迫するウクライナ情勢から米欧の動きまで、幅広くお聞きしました。月70本超の連載を持つ佐藤さんならではの、ロシアと中国の動向分析など盛りだくさんの内容です。
*ウクライナ新政権の価値観は必ずしも欧米世界と相容れない
佐藤 ウクライナ騒動のひとつの原因は、ウクライナの西、ガリツィア地方の人たちが共有する強い民族意識です。
ウクライナの東の人たちは19世紀、ロシアにロシア語を強制されて以来、ウクライナ語をしゃべれなくなりました。彼らの中には自分を広義のロシア人と考える人も少なくありません。
それに対してガリツィア地方は、1945年までソ連やロシアの領土になったことがないこともあり、住民は上手にウクライナ語をしゃべる人たちです。大学でも教えていますし、ウクライナ語の新聞も雑誌も出ている。
騒動の根っこにあるのは、彼らロシアを嫌う西の人たちと、それ以外の人たちの対立なんですね。
ひとつ注意が必要なのは、今回ウクライナの政権を握ったガリツィア地方に基盤を置く勢力は親欧米に見えますが、必ずしも自由、民主主義、人権を重んじる人たちではないことです。
第2次世界大戦中、ウクライナの人の200万人はソ連の赤軍に、30万人はナチスドイツ側に加わって戦いました。ユダヤ人に本当にひどいことをした後者の流れを汲むグループも新政権に加わっているんです。アメリカはそのへんをごまかしていますけどね。
*クリミア併合を正当化するプーチンの危険な論理とは?
一方、ロシアがしていることも褒められたものではありません。ウクライナにはロシア仕様の最新の兵器工場、宇宙産業の工場があります。
新政権はEUに参加する構えであり、これが実現すればウクライナがアメリカと欧州の軍事同盟NATOに入ることになるかもしれない。そうなるとロシアの軍事機密が詰まっているそれらの工場を全部アメリカに押さえられることになります。
だからロシアはウクライナに手を突っ込んで、彼らが西側に行かないようにしているわけです。
怖いのはロシアの発想が、1968年にチェコで起きた民主化運動「プラハの春」をワルシャワ条約5カ国でつぶしたときと同じだということです。当時の彼らは、社会主義共同体の利益が脅かされる場合は個別国家の主権は制限されてもいいのだと強弁しました。
ロシアの死活的利益が脅かされるときは近隣諸国の主権は制限されていい、だからクリミアに軍隊を送って独立させてもかまわない、というプーチン大統領の理屈は、まるで旧ソビエト時代と同じです。乱暴と言わざるをえません。
*クリミア併合を許せば北方4島返還後に重大な懸念を残す
ロシアが毒ヘビなら、ウクライナはもしかしたらそれ以上に悪い毒サソリみたいなものです。そういう両者が噛みつき合っているということですから、どっちにも荷担してはいけません。
間違っても税金を使ってウクライナに資金援助などしてはいけない。政治家たちが汚職にまみれているあの国にいくらお金を入れても、ザルに水を入れるようなものです。
クリミアでの住民投票の結果を受けて、ロシアがクリミアを領土に加えれば、第2次世界大戦後の国連憲章で決まった領土不拡大の原則に反することになる。日本はこれを絶対に認めちゃいけません。
仮に北方4島が日本に返還されてロシア人と日本人が共存する場所になったとしても、おそらく日本から移住する人は多くないでしょう。
そこの住民が住民投票でロシアに戻ることを決議して、ロシア軍が入ってくるような事態も起こりうることになります。そんな国際法の原理原則を破るようなことがあってはなりません。
*安倍政権のロシア接近は中ロが手を組むのを防ぐためである
安倍政権はそのあたりをよく分かっているし、よくやっていますよ。
アメリカやEUがウクライナに肩入れする中、しっかり距離を置いています。ソチオリンピックの開会式にも出席しましたが、ひと昔前なら対応が違ったことでしょう。日本の自主外交が始まったということかもしれません。
内閣官房国家安全保障局長の谷内正太郎さんをモスクワに派遣したことの意味も大きいと思います。彼はラブロフ外務大臣に会って、ウクライナから軍隊を退くこと、国際監視団を入れることなどを要請した。
新聞は書いていませんが、クリミアの住民投票で併合を望む結果が出てもロシアはそれを断ってくれ、領土拡張しないでくれ、そうすればアメリカやEUと折り合いをつけられる、というアドバイスをしたんじゃないかと私は見ています。
アメリカと距離を置きながらロシアに近づく安倍政権の動きを見て、安倍(晋三、首相)さんはタカ派で日米同盟重視のはずなのに・・・といぶかしく思っている人もいるかもしれません。
しかしこれは、ロシアを孤立させることで彼らがより危険な中国と接近する事態を防ぐためです。
ウクライナ情勢が悪化し中東もたいへんとなれば、アメリカはアジアから手を引きかねない。そうしたら尖閣諸島に中国が出てくるでしょう。その中国とロシアが手を組んだりしたら、日本の安全保障が大いに脅かされますからね。
*集団的自衛権行使の解禁は自然の流れ。しかし・・・
日本が戦争のできる国に向かっているのは間違いありません。ただこれは安倍政権が特に好戦的だからではなくて、どの政権でもこうなったと思います。
ひとつには世界が帝国主義化しているからです。世界を支配していたはずのアメリカがパワーダウンしてきた。軍事力ではまだ断トツですが、それでもシリア一国を処理できないのが実状です。
そんな中、世界は今、群雄割拠して自分の国の利益を最大限に主張する帝国主義時代に向かいつつあります。相手がひるんだり国際社会が黙っていたらどんどん自国の利益を追求し、激しく抵抗されたらちょっと退いて国際協調に転じる。
しかし反発を食わないようにと計算しているだけで、心を入れ替えたわけじゃありません。そういう空気の中で、中国もロシアもアメリカもそれぞれが動いているわけです。
ウクライナでは100人近くが銃撃戦で死に、尖閣諸島にはいつ中国が来るかもしれない状況です。
戦争が現実に起きるんじゃないかという危機感があちこちで高まっている。そんな中、日本が集団的自衛権を行使できないということで手を縛ることが果たしていいのかを議論して、それを解禁する方向に向かうのは自然の流れだと思います。
ただこのタイミングでやるのはどうか。今の法制局長官は、すぐに怒って怒鳴ったりする情緒不安定な人です。彼みたいな人に国家の命運を左右されるということには慎重になったほうがいいと思います。 「マット安川のずばり勝負」2014年3月14日放送
<プロフィール>佐藤 優(さとう・まさる)氏
元外交官、文筆家。インテリジェンスの専門家として知られる。第38回大宅壮一ノンフィクション賞などを受賞した『自壊する帝国』の他、『獄中記』『国家の罠−外務省のラスプーチンと呼ばれて』『3.11 クライシス!』『人に強くなる極意』『元外務省主任分析官・佐田勇の告白: 小説・北方領土交渉』など著書多数(撮影:前田せいめい、以下同)
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◇ 『知の武装 救国のインテリジェンス』手嶋龍一×佐藤優 2014-03-04 | 本
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