“加害者”家族の現実 失われる日常、自殺、退職、執拗な脅迫…広く親戚にまで影響
Business-Journal 2013.05.26
連日、殺人などの事件がメディアで報じられ、被害者家族の置かれた悲痛な状況もまた、しばしば大きく取り上げられる。その一方、ある日突然家族が犯罪を犯し、ときに“生き地獄”ともいわれる現実に直面させられる加害者家族の実態については、依然としてあまり知られていない。
昨年7〜9月に放送されたテレビドラマ『それでも、生きてゆく』(フジテレビ系)では、殺人事件の被害者家族と加害者家族の男女が恋に落ち、両家族が関係を築くことは可能かというテーマを扱い、話題となったが、加害者家族の置かれる現実とは、一体どのようなものなのか?
今回、『加害者家族』((幻冬舎新書)の著者で、NHK報道部ディレクターでもある鈴木伸元氏に、
「加害者家族となり社会から批判され、日常生活を送れなくなる現実」
「離婚や退職、自殺など、広く親戚の人生までも狂わせてしまう実態」
「ネットや手紙などで執拗に続けられる脅迫・嫌がらせ」
「生活地域や学校、職場などで直面する冷たい現実」
「加害者家族支援活動の広がりと現在」
などについて聞いた。
--これまで、被害者家族の実態については、メディアなどを通じて数多く報じられてきましたが、鈴木さんが加害者家族の実態について取材しようと思ったきっかけはなんでしょうか?
鈴木伸元氏(以下、鈴木) 1988年に起きた東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件の犯人・宮崎勤の父親と事件前から交流があり、当時東京新聞記者だった坂本丁治さんが書いた『単独会見記 針のムシロに坐る父親』(月刊「文藝春秋」所収)を読んで、事件が起きるとそこには被害者と被害者家族、加害者だけでなく、加害者家族もいるということを初めて意識しました。この事件を例にとると、犯人の父親の元には、全国から段ボール1箱分にもなる非難の手紙が届き、自宅へ引きこもり生活を余儀なくされ、自殺に至りました。宮崎勤の姉妹である父親の長女は、勤め先を退職に追いやられ、婚約も破棄になり、次女も看護学校を退学しています。また、父親の兄弟2人も、当時役員をしていた会社を辞任することになったばかりか、宮崎の従兄弟2人まで勤め先をやめる事態にまで発展しました。そこで、加害者家族の実態をより広く取材しようと考えました。
当初はどこから取材を始めたらいいのかわかりませんでした。そうした中、たまたま仙台の市民グループが加害者家族支援活動のためにワールドオープンハートという団体を立ち上げたことを知り(現在は、特定非営利活動法人(NPO)として活動)、そこを切り口に取材をしてみようと思ったわけです。
--本書の中では、普通の家族がある日突然“加害者の家族”になるという現実が書かれていますね。
鈴木 30代後半の女性・Aさん(仮名)は、ある日突然夫が殺人容疑で逮捕されます。その日から自宅周辺にはマスコミが押し寄せ、近隣住宅への取材もエスカレートしていき、Aさんは息子と親友宅へ身を寄せます。ある日こっそりと自宅へ忘れ物を取りに変えると、近所の住人から「来るなら日中は避けてくれ。家や(息子の)学校にまでマスコミの取材が来て迷惑している」と言われました。Aさんの携帯電話には「人殺し!」という脅迫電話がかかってくるようになり、自宅の壁には「殺人者の家」と落書きされ、学校からも転校を勧められ、テレビでも連日報じられるため息子にテレビも見せられず、『家族を抹殺する』などのインターネット上の書き込みにも怯える毎日でした。その後、名前を変えて息子と他の地域で生活を続けながらも、常に身元がバレることを恐れていました。ちなみに、身を寄せた親友は、Aさんのことが原因で夫と険悪になり、うつになるばかりか、その後離婚に至っています。
--加害者家族にとっても、かなり厳しい現実があるのですね。
誰も自分の家族がまさか罪を犯すとは思っていないでしょう。だから、何か予兆やサインがあっても、後で振り返ったときに、「あの時のあれがサインだったのか」と気づくことはあっても、事件が起きるまではそれがサインだとは思わずに生活していることが多いと思います。
そして、事件が起きて“加害者の家族”という烙印を押されたとたん、近所の目は冷たくなる。学校でもそういう目で見られて、子供はいじめられ、先生にも煙たがられる。それに、事件に関して近所の人もいろいろと取材されますから。面倒くさく思う人もいると思います。
一方で、加害者家族自身も、周囲から何かを言われなくても、身内が起こしてしまったことに対する責任を感じているわけです。そして、これからどのようにして生きていけばいいのかというような辛い気持ちになる。事件が大きければ大きいほど、背負うものも大きいのではないかと思います。まさに加害者の家族の“生き地獄”が始まるわけです。
--加害者家族の実態に関する取材を開始した当初、情報はかなり少なかったようですね。
鈴木 ええ。もちろん地域の民間グループが加害者家族支援のためのフォーラムを開催するというようなことはあったのですが、加害者家族と正面から向き合って、その状況について本格的かつ継続的に調査したものはほとんどありませんでした。ワールドオープンハートは、そういう意味では、初めての本格的な支援組織です。
--なぜ情報が少ないのでしょうか。
鈴木 被害に遭われた方のことを考えると、加害者側の人間は、苦しいとか悲しいとか、そういうことを訴えられるような立場ではない、自分たちが発言していいはずがない、自分たちの発言によって被害者家族の怒りが増幅するのではないか、という思いに駆られているからではないでしょうか。多くの加害者家族は、身内が事件を起こしてしまったという事実にうちひしがれ、自責の念にさいなまれています。笑うことはもちろん、泣くことも許されない。だから、頑なに取材を拒んでいる、それが現実だと思います。
●冤罪でも実際の犯罪者と同じくらいの影響
--冤罪でも同じで、「それで人生が終わる」とも書かれています。
鈴木 『それでも僕はやっていない』(東宝)という映画がありました。主人公は冤罪である痴漢で容疑者になったことで会社にいられなくなり、家族も疑心暗鬼になって、それまでに築いてきたものがすべてぐちゃぐちゃになってしまう。実際、ある建材会社の経営者が強制わいせつ罪で告訴された事件では、事件を契機に売り上げが激減し、逮捕されてから3年後に、それが冤罪だったと確定したときには、すでに会社は倒産に追い込まれていました。
一度容疑者になってしまうと、事件の大小とは関係なく、その時点でその人の人生は崩壊してしまうといっても過言ではありません。そして、冤罪であろうとなかろうと、身内が容疑者になってしまった場合、その家族には犯罪者の家族とまったく同じことが起きるわけです。冤罪の場合は、周りの人が冤罪だと信じてくれればそうならないケースもあるとは思いますけれども、構図としてはまったく一緒だと思いますね。
--インターネットの普及も、加害者家族への嫌がらせを助長している面もあるのでしょうか?
鈴木 事件が大きければ大きいほど、地域の中だけに情報がとどまらずに、全国に広がります。そうすると、実はあの人は加害者の親戚だというような噂が広がったり、職場でも話題になることもあります。そして、こうした嫌がらせを加速させているのが、インターネットの普及です。事件が起きると、加害者本人だけでなく、加害者家族の自宅や勤務先など個人情報までもが暴露されてしまう。その結果、家だけでなく、家族の職場にもいたずら電話や嫌がらせの手紙が来るようになる。ありとあらゆるものがおしなべて起こるという感じです。
でも中には、同情する人たち、理解を示す人たちもいますし、事件の性格や重大さにもよりますが、今まで通りの付き合いをしてくれる人もいます。
--そうした加害者家族が置かれる厳しい現実というのは、日本特有のものなでしょうか?
鈴木 海外にも加害者家族をサポートする団体があるので、家族がサポートを必要としているという問題は同じだと思います。ただ、日本の場合は、犯罪を個人の責任としてとらえるのではなくて、家単位で責任とらせるというか、家意識のようなものが強く残っているので、家族へのプレッシャーも大きいのではないかと考える専門家は多いですね。また、逆にそういう意識が強いことが、犯罪の抑止力、つまり悪いことをしたら家族にも迷惑がかかるからと、犯罪実行を思いとどまらせることにつながっているのではないかとの見方もあります。
--加害者家族が苦しい状況に追い込まれる原因として、メディアの加熱報道を挙げる人もいます。
鈴木 人々の犯罪に対する意識というものはマスコミの報道などを通じて形成されるケースは取材をしてみると実際にあります。そういう意味で、メディアの報道の仕方にも責任はあると思います。例えば、日本全国の不特定多数の人たちが加害者の家に手紙を送るのは、メディアの報道を見て事件のことを知ったからです。さらに、学校、職場にも取材が行ってしまう。しかし、基本的なことですが、自分もメディアに身を置く一人として、そうした取材行為そのものは、正確な情報を得て伝えるという意味で、必要なものだと思っています。
それに、新聞やテレビで使われている容疑者の顔写真は、警察が提供したものではありません。近所の人や関係者を回って入手したものなのです。他メディアに容疑者の顔写真が掲載されているのに、自社のメディアに出ていないとはならないように、必死になって探し回るわけです。そうやって自宅へ訪ねてくることに、近所の人たちは苛立ち、それが結果として、加害者の家族に向いていったという話は、取材で聞きました。
●加害者家族支援の現在
--加害者家族の支援を行う、NPO・ワールドオープンハートについて教えていただけますか?
鈴木 この団体の発起人である阿部恭子さんが、大学院で犯罪被害者の支援をどのように行っていけばいいのかを研究している中で、ある事件で加害者の家族が自殺したことを知り、海外には当たり前のように存在する加害者家族に対する支援組織がなぜ日本にないのかを疑問に思ったのがきっかけと聞いています。阿部さんは、刑事事件を扱う弁護士さんや、自殺予防に取り組む精神保健福祉士、精神看護学の専門家などに呼びかけ、 08年8月、ワールドオープンハートを設立しました。
--具体的にはどのような活動をしているのですか?
鈴木 ワールドオープンハートの活動は、支援というよりも、現実的に困っている人がいるなら少しでも手助けしたいという思いで活動されているようです。具体的には、裁判はどのように進むのかについての情報提供や、子供が学校で困っている場合は、ワールドオープンハートのスタッフが同行して、家族からは言いにくいことを学校の先生と相談するというようなこともやっているようですね。
それから、ワールドオープンハートでは、加害者家族の実態を知るための全国規模のアンケート調査も行いました。その結果、事件後に困ったことで多かったのは、「安心して話せる人がいない」「被害者や遺族への対応に悩んだ」「報道にショックを受けた」ということでした。
--このような加害者支援の活動は、今後広がっていくとお考えでしょうか?
鈴木 ワールドオープンハートは現在、東京と大阪に支部があり、関東や関西にいる加害者家族に対して「オープンハートタイム」と呼ばれる家族の集いを開催しています。また、スタッフとして参加する人も、今まで仙台にしかいなかったのが、東京や関西でも出てきています。少しずつですが、ワールドオープンハートの活動は広がっていると思います。ただ、全国規模で本格的にこのような活動をする組織は増えていないと思います。もちろん、小さな組織としての活動はいろいろとあるようですが。
--一昨年放送されたテレビドラマ『それでも、生きてゆく』(フジテレビ系)では、殺人事件の被害者家族と加害者家族の男女が恋に落ち、両家族が関係を築くことは可能かというテーマを扱い、話題となりました。現実的に、こうした関係の構築は可能でしょうか?
鈴木 被害者家族としては、「加害者本人に一生罪を背負ってほしい」「謝ってもらっても被害者が戻ってくるわけではない」「被害者のことを忘れるのは言語道断」というように考えていると思います。そして、そのような感情は加害者の家族に対しても同じだと考えるのが自然ではないでしょうか。そういうことを考えると、被害者家族の側から加害者家族へ歩み寄るというのはかなり難しいと思います。一方で、加害者家族としては、被害者の家族に歩み寄ることで、謝罪をさせてもらったりお墓参りをさせてもらうことで、肩の荷を下ろせる部分もあるとは思います。
--加害者家族に手を差し伸べる前に、被害者やその家族を救うべきではないかという意見もあります。
鈴木 ワールドオープンハートのスタッフの方が、「自分の家族が事件に巻き込まれたら、その加害者の家族のことを許せるという自信はない」とおっしゃっていたのが、すごく印象的でした、やはり、自分が被害者家族の立場に立ったとき、あるいは加害者家族の立場に立ったとき、どのような感情を持つだろうか、そういう葛藤はありますよね。でも、さらなる犠牲者を出したくないという思いは一緒だと思います。
●未成年者の犯罪は、親の責任か?
--未成年者の犯罪の場合、その責任の大半は親にあるという見方もありますが、こうした見方について、どのように考えられますか?
鈴木 事件の質にもよりますが、一般論として親にも責任があるケースは少なくないと思います。不安定な家庭環境だと、子供が発しているSOSのサインを見逃す、あるいは子供自身が不安定になるということはあると思います。でも、そのことと、周りの人が親の責任だと責めることとはちょっと違うと思います。
つまり、直接被害を受けた人たちが親に対して責任を問うことと、当事者ではない人たちが、「あのような事件が起きたのは親の責任だ」と言って、電話をかけたり、手紙を送ったりすることとは、次元が違うことだと思います。事件の当事者でもないのに事件の親を責めることはできないと思っています。
--子供には犯罪を起こす予兆やサインがあると言われていますが。
鈴木 実際に起きた重大な少年事件と家庭環境についての研究では、事件を起こした少年を、「幼少期から問題行動を起こしていたタイプ」「表面上は問題を感じさせることのなかったタイプ」「思春期になって大きな挫折を体験したタイプ」の3つに分類しています。ただ、これらのタイプを見ていくと、誰でもこのうちの1つには当てはまりそうです。つまり、子供が加害者になるかどうかということは、事前にわかるのは難しく、紙一重だということです。
(取材・文=編集部)
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