『親鸞』完結編 299 [作・五木寛之][画・山口 晃]
中日新聞朝刊 2014/5/2 Fri.
せまりくる足音(10)
やがて竜夫人は、ひとりごとのようにいった。
「いま検非違使の長は、藤原顕朝(あきとも)という男だ。きくところでは名門出の秀才で、官職よりも和歌(うた)よみとして名を残したいと思っているという。別当に任じられてまだ日も浅く、役所の申し送りを無視して事を荒立てるような男ではない。それにもかかわらず覚蓮坊を捕える挙にでたということは、どうやらわけがありそうだ」
竜夫人は、自分で自分の言葉に納得するように、かすかにうなずいた。
「たぶん裏で筋書きをかいた何者かがいるのだろう。覚蓮坊を使って、大きな取り引きをするつもりにちがいない」
「おどろきました」
と、申麻呂はあきれたように目を丸くして、
「竜夫人さまが、そこまでお察しとは。しかし覚蓮坊は、ふたたび動きはじめたとはいえ、長年のうしろ盾だった南都北嶺から縁を切られようとしているのではありませんか」
竜夫人は苦笑した。
「朝廷も、鎌倉も、南都北嶺も、どこも一枚岩ではない。つねに争いが渦巻いているのだ。南都北嶺の上のほうは覚蓮坊を切りたくても、強力な僧兵たちは覚蓮坊についている。しかも、こんどの筋書きをかいた何者かが、覚蓮坊をかつげば、形勢は逆転するかもしれないのだよ」
申麻呂は遠慮がちにきいた。
「その、何者か、というのは、すでに心当たりがおありで?」
竜夫人はだまって答えなかった。申麻呂も、それ以上はたずねなかった。
しばらくして、竜夫人が思いきったように口をひらいた。
「ところで、西洞院の親鸞さまは、このところどうなさっておられるのだろう」
申麻呂は、ちらと常吉のほうへ目をやって、それから控えめな口調でいった。
「先日、常吉といっしょにおうかがいしましたときは、なにか書きものをなさっておられました。お声もしっかりなさっておりますし、とても八十歳をすぎたご高齢とは思われません」
「最近は、歌をたくさんお作りになっておられるようです」
と、常吉が、はじめて口をはさんだ。
「親鸞さまは、本当によい声でお歌いになります」
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〈来栖の独白〉
「親鸞」完結編 299 の挿絵は愉しい。親鸞と竜夫人の関係を<慕>と説明している。また、涼の人物像を<わるいこ♡>と書いているのも、たのしい。そのように楽しみながら、感心しながら、上のほうを見て、目が点になった。恵信尼と竜夫人との関係を<姉妹>と明記しているではないか。竜夫人について、おそらくは恵信の妹・鹿野に違いない、と私も推測していたが、作者の五木寛之さんはまだそこまで書いていない。それを、挿絵の山口さんは早々明記してしまっている。「本文より数日早く、<関係>を明かしちゃいました」とでもいう軽いノリだろう。それはそれでよい。私も、姉妹と思って、読んでいたのだから♪ 愉しみな小説だ。
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