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『親鸞』完結編 ぼろ屑のような乞者、病者の群れ…長蛇の列を作って進んでくる/外道院金剛/名香房宗元/長次

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『親鸞』完結編 320 [作・五木寛之][画・山口 晃]
 中日新聞朝刊 2014/5/24 Sat.
 群集と争乱(11)
 (前段略)
「皆さまがたに聞いていただきます」
 と、竜夫人が凛とした声でいった。
「そこで僧兵をひきいている男が、悪名たかき覚蓮坊です。法然上人や親鸞さまが流罪となり、安楽房遵西さまが斬首になった建永の出来事は、この男が陰で企んだもの。いまふたたびこうしてわたしたちを捕えようとしております。その覚蓮坊の顔を、ようくおぼえていてくださいませ」
 覚蓮坊がそれに応じた。
「そこの竜夫人は、違法の大金を動かし、宋との密貿易をおこなった。あまつさえ念仏者をこの寺に集めて宣旨を無視している。これを捕えて重く罰するのが、われらのつとめじゃ。そして、親鸞。そなたは、亡国の念仏を語り、国法を汚す文章(もんじょう)をあらわした。それはそなたの書いた証文類にあきらかだ。国王に向かいて礼拝せず、の文言を引き、さらに帝や臣下を非難した。よって竜夫人とともに召し取り、検非違使庁に引きわたす。竜夫人、看督長(かどのおさ)を放すように命じよ」(略)
 竜夫人がうなずくと、長次が大きく手をふった。それを待っていたかのように、山門のあたりで法螺の音(ね)が響いた。地を這うような重く低い音だった。群集が割れて、そのあいだに異様な隊列があらわれた。それは、巨大な百足のような隊列だった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
『親鸞』完結編 321 [作・五木寛之][画・山口 晃]
 中日新聞朝刊 2014/5/25 Sun.
 群集と争乱(12)

     

〈なにごとだ〉
 親鸞は山門のほうからゆっくりと動いてくる一団を目をほそめて凝視した。
 海鳴りのような法螺の音が、さらに大きくなる。その曲には、たしかにききおぼえがあった。あれは幼いころ、鴨の河原で法螺房弁才(ほうらぼうべんさい)が吹いていた〈六道〉の曲ではないか。
 先頭に白い幟をかかげた男が、大地を踏み鳴らすように足を振りあげて歩いてくる。そのあとに二十人ほどの山伏ふうの男たちがつづく。いずれも金剛杖をつき、白い鉢巻をしめていた。柿色の衣をまとった筋骨たくましい男たちだ。
 白い幟が風にはためく。
 親鸞の頭の奥で、不意に〈六道〉の法螺の音と、柿色の衣の行列が歳月をへだててくっきりと浮かびあがってきた。
〈この行列は、昔、みたことがある〉
 群集が大きく割れて道をあけ、なかには地面にひざまずく男女もいた。
 山伏たちの隊列のあとに、一頭の巨大な黒牛が悠然と歩を進めてくる。その牛の背に、異相の人物がのっていた。柿色の布を身に巻いた白髪の老人だ。銀色に輝く濃い髭が顔をおおっている。
 白い幟に黒々と躍る文字があった。
〈外道院金剛大権現〉
 親鸞は息をのんだ。
〈ゲドイン---〉
 四十数年前、越後で妻の恵信とともにその行列をみた日のことが、稲妻のように親鸞の脳裏によみがえった。
 あれは流人として越後にわたってから1年がたった春だった。北国の春はおそく、冷たい風が吹き荒れていた。その日、親鸞ははじめて外道院金剛という、ふしぎな人物の一行と出会ったのだ。
 いま、またその一行が目の前にいる。まるで幻をみているような心持だった。
 黒牛の上の老人は、赤い衣の幼児(おさなご)を抱いている。ゆらりゆらりと近づいてくるその牛の背後に、どこまでもつづく無数の男女の行列があった。
 ぼろ屑のような乞者(こつしゃ)の群れだった。垢にまみれた女がいる。骨と皮のような男がいた。それだけではない。台にのせられた病者がいる。杖をつき手をひかれた老人もいる。木の箱車にのり、手でこいでいる脚の不自由な男がいる。そんな一団が長蛇の列をつくって進んでくる。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
『親鸞』完結編 322 [作・五木寛之][画・山口 晃]
 中日新聞朝刊 2014/5/26 Mon.
 群集と争乱(13)

     

「これは一体、どういう事だろう。わたしは夢をみているのだろうか」
 親鸞の言葉に竜夫人が応じた。
「夢ではございません。あれは外道院金剛という乞者、病者の王でございます。故郷(くに)ではゲドエンさま、と呼ばれておりました。長次とは昔、さまざまな縁がありましたらしく、このたびは長次が仲にたって話をまとめてくれました。親鸞さまともお知り合いということで、よろこんでいらしてくださったのでございます」
 悪臭をはなちながらも堂々と進んでくる隊列に、僧兵たちも思わず道をあけた。
 黒牛にのった老人の背後から、白覆面の巨漢が進みでた。まさしく破れ鐘(われがね)のような大音声で叫ぶ。
「われらは外道院金剛大権現さまと、その一党だ。熊野別当より天下御免の許し状を頂戴し、世の乞者と病者をあまねく扶(たす)けておる者だ。あれをみよ」
 と、その大男は黒牛の背にのった老人に一礼した。
「外道院さまがお抱きになっている幼児(おさなご)は、顔はただれ、体は膿があふれておる。あわれにも重い疱瘡におかされて、苦しんでいるのだ。そこにいる僧兵の一人でも、この子を抱ける者がいるか。外道院さまの法力は、雷(いかずち)をもおこし、嵐をも呼ぶのだ。そこにいる偉そうな男は、僧兵どもの頭とみた。どれ、ひとつ、外道院さまのお力をみせていただこうか」
 幼児を抱いた外道院が、片手をあげて覚蓮坊を指さした。その瞬間、親鸞の耳もとをなにかが蜂の羽音のような音をたてて飛んだ。
 その音にはききおぼえがある。人ごみにまぎれて、長次が得意の吹矢を吹いたのだろう、と親鸞は思った。
 首筋を手でおさえて、覚蓮坊が崩れるように倒れた。僧兵や検非違使庁の男たちが、あっと声をあげて息をのんだ。そのとき親鸞は、大音声の男が誰であるかを不意に思いだした。
〈あれは、たしか名香房宗元(みょうこうぼうそうげん)-----〉
 かつて四十数年前に、外道院の護衛をつとめていた大男である。その声が、ふたたび響いた。
「きょうは、われら一行、この寺の落成の催しを楽しみに遠方からやってきたのだ。寺に太刀や弓矢は似合わぬ。役人も僧兵もお門違いだ。早々にここを退散せよ。われらに指一本でも触れたら、恐ろしいことになるぞ。さあ、とっとと立ち去れ!」
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『親鸞』完結編 323 [作・五木寛之][画・山口 晃]
 中日新聞朝刊 2014/5/27 Tue.
 群集と争乱(14)
 (前半略)
 帰れ、帰れの合唱は、さらに大きくなった。
 親鸞は階段から、黒牛にのった老人を呆然とみつめた。その額に紫色の?の焼き印が、はっきりとみえた。親鸞の頭の奥にさまざまな情景が浮かんでは消えていく。
 雨で増水した川がみえる。巨大な廃船とともに激流の中を漂っていく船団。
〈彦山房玄海〉
 という名前がよみがえった。あの男は、すでに世を去ったのだろうか。外道院金剛は、いったいどのようにしてこれまで生きのびてきたのだろうか。
 竜夫人の声が、親鸞の回想をさえぎった。(略)
 黒牛からおりた外道院金剛と名香房宗元が、ゆっくりと階段をのぼってきた。 
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五木寛之著『親鸞』激動編 裸身の観音 2011-02-26 | 仏教・・・/親鸞/五木寛之 
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五木寛之著『親鸞』〔激動編〕 開始(2011年元旦) 牛頭王丸 彦山房玄海 外道院金剛 伏見平四郎 2011-02-08 | 仏教・・・/親鸞/五木寛之 
  『親鸞』激動編37 [作・五木寛之][画・山口 晃]
  中日新聞朝刊 2011/02/07
 (前段略)
「きたか」
 と、声がした。ふり返ると折れた帆柱のところに、彦山房の姿があった。
「外道院さまも、お待ちになっておられる」
 彦山房の視線の先に、うっそりと背中を向けて座っている男がいる。
 日が照っているのに、その人物はなぜか暗い影を背負っているように見えた。
 ふり返った顔は、まぎれもなく4日前にはじめて目にした外道院金剛その人だ。
「禿、親鸞と申します」
 親鸞はいった。外道院がうなづいた。
 彼はそのまま無言で、暗い穴のように翳った目で、じっと親鸞を見つめている。
〈どこかで見たことがある---〉
 親鸞は頭の奥で、古い記憶をまさぐった。
〈そうだ。幼いころ、都の辻で見た牛頭王丸(ごずおうまる)の、あの目だ〉
 天下の逸物ととうたわれた悪牛、牛頭王丸の暗くよどんだ目の色だ、と親鸞は思った。
 外道院の唇がうごいた。錆びた鉄をこすりあわせるような耳ざわりな声がひびいた。
「おまえの腹のなかに、煮えたぎっている憤怒が見える。なにをそのように、怒っているのだ」
「ここへくる途中、人が人を売っている光景を見たのです」
 と、親鸞はいった。思わず大声になっていた。
 外道院が立ちあがった。
「どこでだ」

五木寛之著『親鸞』登場人物紹介 [講談社BOOK倶楽部]より

親鸞 第1部
・親鸞
 幼名を忠範(ただのり)という。9歳で出家し、名を範宴(はんねん)と改める。比叡山で20年、過酷な修行に挑むが、29歳で山を下りた。法然門下に入り、名を綽空(しゃくくう)とする。門下ではすぐに頭角を現し、師に認められて善信(ぜんしん)と改名。しかし、35歳のとき、念仏弾圧で一門が断罪され、自身も流罪を科されて親鸞を名乗った。
・河原坊浄寛(かわらぼうじょうかん)
 元武者で、いまは鴨川の河原の聖(ひじり)。幼い親鸞の窮地を救い、「われら、石つぶてのごとき者たちの兄弟だ」と教えて、東国へ去っていく。
・ツブテの弥七(やしち)
 白河印地の党の頭。ツブテ打ちの名手で、後白河法皇の諜者ともなる。そのツブテにはさまざまな技があり、強力かつ精密な武器となって、親鸞を幾たびも救い出す。
・法螺房弁才(ほうらぼうべんさい)
 元比叡山の行者で、弁舌巧みな巷の聖(ひじり)。ことに医方に通じて、六角堂の境内に施療所を開き、貧しい人たちを治療する。親鸞に「聖の無戒」を教える。
・玉虫(たまむし)
 旅先の大和路で出会った、謎の傀儡女(くぐつめ)。19歳の親鸞に心を許し、身を投げ出す。別れて10年の間ひたすら親鸞を思い続け、再会を果たすが……。
・紫野(しの)
 六角堂で出会った不思議な美女。越後出身で関白・九条兼実に仕える三善家の養女となった。親鸞は、一目会ったときから思いを寄せるが、重い労咳を患う彼女とは別れなければならなかった。
・伏見平四郎(ふしみへいしろう)
美しき、残酷無類の怪少年。平清盛が組織する六波羅童のリーダー。幼い親鸞を世話する日野家の召使い・犬丸を拉致して、浄寛、弥七、法螺房らと戦うが……。
・犬丸
 日野家に仕える、正体不明の召使い。下人の子として生まれ、日野家に買われて名字を許される。昼と夜、二つの顔を持ちながら、親鸞を気遣い、なにくれと世話を焼く。
・サヨ
 犬丸の妻で、愛情豊かなしっかり者。幼くして両親を失った親鸞にとって、母を思わせる女性だった。長じて親鸞の女性問題を叱りとばすひとコマも。
・法然
 悩み続けた親鸞が、ついに出会った生涯の師。15歳で比叡山に上り、「知恵第一」と讃えられながら、隠遁生活を送る。43歳で専修念仏の教えに目覚め、比叡山を下りた。
・安楽房遵西(あんらくぼうじゅんさい)
 念仏での世直しを謀る美青年。法然門下では、親鸞の兄弟子にあたり、美貌と美声で名高い僧。
・鹿野(かの)
 紫野の妹。越後育ちの快活な娘。姉の看病をしながら親鸞のことを聞かされて、ほのかな恋心を抱く。
・良禅(りょうぜん)
 比叡山での同僚。危うい美少年。兄弟子の親鸞を慕うが、のちに慈円に仕えて、比叡山の若き実力者となる。
・慈円(じえん)
 寺門、権門をあやつる政教の黒幕。時の関白の弟にして、延暦寺で4度座主を務める実力者。9歳の親鸞が出家した際の戒師であり、親鸞の実力に期待する。
・後白河法皇(ごしらかわほうおう)
 今様(いまよう)で世を治めんとする「暗愚(あんぐ)の王」。
 伏見平四郎に因縁をもつ。1191年、暁闇の法会を企画し、仏前の大歌合わせを催す。歌声を評価された19歳の親鸞も出場した。1192年に没する。
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第2部 激動編
・親鸞
 三十五歳のときに念仏禁制(ねんぶつきんぜい)の裁きで都を追放され、越後に流罪となる。役についたのち、関東に招かれ、土地の人々に教えを説いた。
・恵信(えしん)
 親鸞の妻。親鸞と京都で出会ったときは紫乃(しの)と名乗っていた。親鸞が流罪となってからも行動をともにした。
・外道院金剛(げどういんこんごう)
 生き仏を称する、並はずれた法力の持ち主。穢れを恐れず、多くの民の支持を集める。越後の河原に住んで一大勢力を築く。
・早耳の長次(はやみみのちょうじ)
 外道院のいる河原に出入りする流れ者。親鸞に近づき、一番弟子を自任した。
・彦山房玄海(ひこさんぼうげんかい)
 外道院の懐刀。陰の軍師といわれるほどの知恵者で、外道院に心酔する。
・荻原年景(おぎわらとしかげ)
 越後の国の郡司。守護代に対抗して、河川の利権で外道院と手を組む。
・六角数馬(ろくかくかずま)
 荻原年景の腹心の部下で、実務を仕切る。親鸞たちの監視兼世話役になった。
・戸倉兵衛(とくらひょうえ)
 越後の国の守護代。国司や郡司の力をそぎ、さらに外道院の持つ河川水利の略奪をもくろむ。
・サト
 神がかりした娘。守護代の館に捕らわれていたところを、親鸞らに救われた。
・名香房宗元(みょうこうぼうそげん)
 外道院に仕える白覆面の男で、河原の弁慶と呼ばれるほどの剛の者。
・鉄杖(てつじょう)
 守護代の館から逃げ出した下人。親鸞の家に上がりこみ、弟子入りした。
・小野(おの)
 行方知れずとなった、恵信の妹・鹿野が残した娘。京から恵信がひきとったが、母を捜しに京へ戻った。
・戸倉貞次郎(とくらていじろう)
 守護代・兵衛の次男。父に不満を持ち、一泡ふかせる機会をうかがう。
・法螺房弁才(ほうらぼうべんさい)
 親鸞が幼少のころに知り合った聖(ひじり)。親鸞が開いた施療所を手伝う。
・良信・明信(よしのぶ・あきのぶ)
 親鸞の長男と次男。良信は、都で犬麻呂夫婦に育てられることに。
・葛山犬麻呂(くずやまいぬまろ)
 親鸞の伯父の家に仕えていた下人。犬丸(いぬまる)と名乗っていた。親鸞と別れてから独立し、都で商人(あきんど)に。
・香原崎浄寛(かわらざききよじろ)
 鴨の河原では河原坊浄寛と称していたが、関東で有力な御家人になる。
・性信房普済(しょうしんぼうふさい)
 鹿島神宮の神官にして武士。親鸞一家を関東まで案内する役に。その後、弟子となる。
・宇都宮頼綱(うつのみやよりつな)
 下野(しもつけ)の国と常陸(ひたち)の国・笠間の領主。親鸞を関東に招くことを熱望する。
・塩谷朝業(しおやともなり)
 宇都宮頼綱の長弟。ゆえあって宇都宮家の総領を譲り受ける。
・稲田頼重(いなだよりしげ)
 頼綱の末弟。稲田の領主で、後に親鸞から頼重房の名をもらう。
・弁円(べんねん)
 親鸞の命を狙った土地の修験者。弟子となり明法房に。
・真仏(しんぶつ)
 下野の高田に道場を持つ、名の知れた念仏者。
・黒面法師(こくめんほうし)
 平家の組織・六波羅童(ろっぱらわっぱ)の頭領だったが、悪行の限りを尽くす奇怪な修験者に。
・ツブテの弥七(やしち)
 ツブテ打ちの名手。親鸞が幼いころに知り合った白河印地党の頭(かしら)。
・當間御前(たいまごぜん)
 親鸞が旅先で出会った傀儡女(くぐつめ)で、玉虫と名乗っていた。今様(いまよう)の歌い手になったが、死んだはずになっていた。

 ◎上記事の著作権は[講談社BOOK倶楽部]に帰属します  
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