弘中惇一郎著『無罪請負人 刑事弁護とは何か?』(角川oneテーマ21) [新書]
p187〜
●安田弁護士の逮捕
安田氏の逮捕に弁護士界は激しく動揺した。
安田氏は、当時、オウム真理教事件の麻原彰晃氏の主任弁護人を務めていた。そして日本の死刑廃止運動のリーダーでもあった。安田弁護士は、一貫して市民や弱者の側に立つ弁護活動に尽くしてきた弁護士として、広く知られていたのである。
私とのつながりも深かった。東京国際合同法律事務所という法律事務所に一緒に所属してい時期があり、(p187〜)ともに仕事をしたこともあった。死刑囚へのメディア・アクセス権を求める行政訴訟では、安田氏に弁護団に加わってもらっていた。後日ではあり、偶然ではあったが、私が小沢一郎氏の弁護をした陸山会事件で、安田氏は元秘書の石川知裕衆議院議員の弁護を担当した。
安田氏逮捕の報に私も衝撃を受けた。彼は何事をなすにも法を無視して行うタイプではなかった。これは明らかにオウム裁判の弁護活動に対して検察が仕組んだ妨害工作だと思った。
というのも、公判は見通しの付かない長期裁判の様相を呈していた。法廷で、証人に対して微にいり細をうがって念入りな質問を繰り返す安田氏の弁護手法に、自分たちのペースで公判が進められない検察側はいら立ちを募らせていた。検察側が目障りな安田氏をオウム裁判の弁護から外したいと考えていたことは間違いなかった。
さっそく開かれた抗議集会に私も駆けつけた。私がさらに激しい憤りを覚えたのは、安田氏逮捕の翌日、住管の中坊社長が安田氏を告発したことだった。
安田氏がこれまで幾多の冤罪事件や死刑事件の弁護活動を献身的に行ってきたこと、オウム麻原裁判の中核を担ってきたこと、死刑廃止運動の中心的役割を果たしてきたことを、(p188〜)元日本弁護士連合会会長の中坊氏が知らないはずがない。
安田氏の活動は本来、弁護士全体が社会的責任として担うべき課題だった。それをまったく無視するように、逮捕の翌日に形だけの告発をして追い打ちをかけるなどということは言語同断だと思った。
安田氏の逮捕は、麻原公判100回の直後というタイミングからも、通常の事件捜査の延長で行われたとは考えにくい。警視庁が逮捕した翌日に住管が告発するという、通常とは逆の展開にも政治的な思惑を感じた。
逮捕という強制手段ではなくとも、権力側は、特定の弁護士を弾圧するために弁護士法の懲戒制度を用いる場合がある。(略)
p191〜
●拘置所内の独自調査
一貫して無実を主張した安田氏の勾留は10か月近く続き、保釈却下は9回に及んだ。法定刑が上限2年の犯罪では異常な長さである。
p192〜
安田氏の弁護団には1250人という多数の弁護士が名を連ねた(最終的には約2100人)。抗議デモの参加者は約3000人。それは安田氏のこれまでの弁護士の活動、実績、人格に対する評価の表れだった。
安田氏の容疑は、スンーズ社の所有する賃貸ビルのテナント料2億円余りを差し押さえられるのを避けるため、休眠会社を使ってサブリースの形で「賃料隠し」を指示した、というものだった。その後、私は強制執行妨害容疑で逮捕されたスンーズ社社長の弁護を途中から担当することになる(のちに有罪が確定)。
安田氏の裁判は12年間続く。その概略を記しておく。
安田氏は自らの潔白を証明すべく、東京拘置所に差し入れられたスンーズ社の膨大な会計帳簿を独自に調べ上げた。紙に小さな文字と数字を書き込みながら、すべて手計算で1つずつチェックした結果、経理担当者による帳簿改ざんと資金隠蔽工作を発見した。
法廷で弁護側から追及された経理係の女性(検察証人)は、「賃料隠し」とほぼ同額の2億1000万円の資金の横領をしていたことを告白した。しかも彼女は警察の取り調べの段階で、この横領の事実を告げていたというのである。
横領の事実に目をつぶり、その代わりに証人に仕立て上げて無罪の人を逮捕・起訴するには、(p193〜)組織的で強固な意図がなければできない。安田弁護士の逮捕・勾留は、やはり国策捜査だったのである。
2003年に東京地裁は安田氏に無罪判決を下した。裁判長は判断理由の中で、
「捜査段階での関係者聴取には不当な誘導があったことがうかがわれ、公判で不利な事案を隠すような態度もアンフェア」
と検察側を厳しく批判した。
しかし、2008年の控訴審で東京高裁は、安田氏に対して逆転有罪としたうえ、幇助犯として50万円の罰金刑を言い渡した。検察の面子を立てながら安田氏の弁護士資格を維持する苦肉の策であり、安田氏は「壮大な妥協判決」と言い捨てた。
日本の裁判では1審で無罪となっても控訴審で覆されることが多い。特に東京高裁では検察が控訴する事案の7〜8割が逆転有罪である。1審で無罪、2審で無期懲役という事例も少なくない。
村木さんの無罪判決も、検事の証拠改ざんが表沙汰にならなければ、控訴審で覆される危険性はあった。実際、検察側は、関係者にこれまでとは異なる供述をさせて新たな証拠を作る準備に入っていた。
p194〜
そもそも、1審で、合議体の3人の裁判官が直接証拠調べをして合議の結果、無罪の判断を下したような場合には、どう考えても「有罪に対する合理的な疑いがある」ことだけは間違いがないはずである。「疑わしきは罰せず」の原則に立つのなら、少なくとも合議体が下した無罪判決に対する検察官からの控訴は原則として禁止すべきである。
なお、安田弁護士の事件は、2011年、最高裁が検察、被告双方の上告を棄却して有罪が確定した。
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◇ 弘中惇一郎著『無罪請負人』 と三浦和義さんのこと 2014-05-07 | 本/(演劇)
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◇ 安田好弘著『死刑弁護人 生きるという権利 』 ・ 『光市事件 裁判を考える』 2008-05-13 | 本/(演劇)
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弘中惇一郎著『無罪請負人』 検察の面子を立てながら安田氏の弁護士資格を維持する「壮大な妥協判決」
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