「イスラム国」勢力拡大の背景
NHK NEWS WEB 9月1日 19時10分
シリアとイラクで勢力を広げ、誘拐した外国人や反抗する人々を次々と殺害するなど残忍さをあらわにしているイスラム過激派組織「イスラム国」。
彼らは、なぜ勢力を拡大しているのか、カイロ支局の小林雄記者が解説します。
■なぜ外国人が多数参加?
オレンジ色の服を着せられ、ひざまずく男性。
隣には、黒い覆面をかぶった男が立ち、ナイフを振りかざしています。
先月19日にインターネット上に掲載されたアメリカ人ジャーナリストの処刑映像です。
処刑の残酷さに加え、流ちょうな英語でアメリカへの警告のことばを発する覆面の男がイギリス人とみられ、世界に衝撃を与えました。
イギリスからの報道では、男は、去年までロンドンに住み、音楽活動をしていた23歳の若者だと言われていて、ほかのイギリス人戦闘員と共に「ビートルズ」と呼ばれていたということです。
「イスラム国」はもともとイラクを拠点とし、国際テロ組織「アルカイダ」の流れをくむ組織でした。
シリアでの内戦に参加して急速に勢力を広げ、逆流する形でイラクに侵攻して第2の都市モスルなどを制圧。
ことし6月には両国にまたがる「イスラム国家」の樹立を一方的に宣言しました。
この組織の大きな特徴の1つが世界中から戦闘員を集めていることです。
アメリカ政府は、「イスラム国」には欧米などおよそ50か国から数千人が加わっているとみています。
なぜ、これほど多くの外国人を引きつけているのか。
その1つの要因とされるのが、インターネットを駆使した巧みな宣伝活動です。
「イスラム国」は、ソーシャルメディアなどに高画質でプロ並みの編集が施された宣伝ビデオを多数投稿し、「西欧キリスト教文明中心の世界秩序」への挑戦を訴えています。
主なターゲットは社会に不満を持つ若者たちです。
欧米諸国の移民が抱える疎外感につけ込んだり、裕福な家庭に育ちながらも、社会になじめない若者の「現状を変えたい」という一種の破壊願望を刺激したりして、「聖戦」への勧誘を続けています。
イスラム過激派組織の動向をモニターしている専門家は、「現地の社会で自己実現の手段や機会を見いだせない階層を勧誘し、あおって戦闘に使っている。欧米社会が取るべき教育政策の矛盾や取りこぼしが紛争地に押しつけられている構図がある」と指摘しています。
こうした若者たちは、いずれそれぞれの国に戻り、テロ活動などに手を染めるのではないかと各国政府は強い懸念を抱いています。
■豊富な資金はどこから?
「イスラム国」には豊富な資金力もあると言われています。
イスラム教の宗派間の対立を背景に、シリアのアサド政権に反発する湾岸諸国の富豪などから多額の寄付を受けているほか、シリアやイラクの銀行を襲撃したり、住民から金品を強奪したり、さらには、制圧した油田や製油所から原油などを横流ししたりして、資金を得ているとみられています。
こうした資金は、外国の若者を集めるための宣伝に使われるだけでなく、シリアやイラクの地元の武装勢力などを取り込んでいくための工作活動に威力を発揮しているとみられています。
アメリカのヘーゲル国防長官は、「イスラム国」について、「資金も豊富で、高度な戦術を持つなど、テロ組織の枠組みを超えている。かつて見たことがない存在だ」と述べて警戒感を強めています。
■恐怖による支配の実態
シリアの「イスラム国」の支配地域からは、住民たちが続々と隣国のトルコなどに避難してきています。
そうした住民の証言から、暴力と恐怖による支配の実態が少しずつ明らかになってきました。
「イスラム国」によって、およそ1年にわたって支配されている町から避難してきたという51歳の男性の証言です。
「イスラム国は、最初はアサド政権から市民を救うために来たと言って、住民に食料などを配っていた。しかし、支配を強めるにつれ、次第に厳しく取り締まるようになった。ある家族は父親が信仰心がないととがめられて連行されただけでなく、幼い息子も連帯責任だとして腕を切り落とされた」。
また、「イスラム国」に実際に拘束されていたという男性は、キリスト教の十字架を背景に撮った写真をソーシャルメディアに投稿しただけで異教徒だと追及されたと言います。
この男性は、たまたま「イスラム国」の有力メンバーと出身地が同じだったため、3日間で解放されましたが、別の場所で拘束された友人は処刑されたということです。
「イスラム国」に参加する外国人戦闘員は、シリア社会に地縁や血縁がないだけに残虐な行為もためらいなく行っているという証言や、地元の若者たちも自分や家族を守るために「イスラム国」に加担せざるを得なくなっているという声も聞かれます。
内戦によって、国の治安機能が崩壊した地域に、イスラム国が勢力を広げている実態が浮かび上がってきています。
■過激派組織の拡大を食い止められるか
「イスラム国」の拡大を食い止めるためにはどうすればいいか。
アメリカでは、現在、イラクで行っている限定的な空爆をシリアにも拡大するよう求める声が上がっています。 しかし、「イスラム国」はシリア国内ではアサド政権に対抗する勢力です。
アメリカもアサド政権とは対立関係にあり、シリアで「イスラム国」を攻撃することはアサド政権を利することになるというジレンマがあります。
国務省のサキ報道官は、先月25日の記者会見で「シリア政府がイスラム国と戦うからといって、アメリカが同じ立場だということにはならない」と述べ、アメリカとしてシリアの内戦を巡って敵対するアサド政権と共闘する考えはないことを強調しています。
また、空爆だけでは、効果は限定的で「イスラム国」の根本的な弱体化にはつながらないということはアメリカ政府自身も認めています。
周辺のトルコや湾岸諸国などを巻き込み、外国人戦闘員や資金の流入を断ち切る態勢を整えるなど、世界規模の包囲網を築くことが重要で、今後、各国の連携が本格化していく見通しです。
◎上記事の著作権は[NHK NEWS WEB]に帰属します