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【「戦後日本」を診る 思想家の言葉】坂口安吾 人間心理の達人の天皇観 先崎彰容

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 産経ニュース 2014.11.6 11:30更新  
【「戦後日本」を診る 思想家の言葉】坂口安吾 人間心理の達人の天皇観 東日本国際大准教授・先崎彰容
 天皇について語ろうとすると、私たちは身動きが取れないことに気がつく。天皇その人が、あまりにも多くのことを要求され、はち切れそうになっているからだ。
 天皇は一度たりとも皇統を絶やしてはならず、伝統を背負わねばならない。だが政治に関与してはいけない。またときに、天皇は国民の意思を映しだす鏡であり、同時に単なる政治的道具にすぎない。なぜ、どうして天皇は人間になってしまったのかと詰問される一方で、天皇の形骸化は進んでいる。
 天皇は普通の人なら気を失ってしまうくらい、見られ求められる。おびただしい要求の向こうで、天皇その人、天皇をめぐる制度は朦朧(もうろう)としたままだ。各自が手探りで天皇を語り、自分の思いを込めている。
 だが実際、何を手がかりに天皇を語り始めればよいのか。
 筆者には明らかな確信がある。それは「あの瞬間」から天皇を考える、という立場だ。端的に戦争、と言い換えてもよい。
 和辻哲郎や三島由紀夫だけではない、一人の小説家が天皇と戦争に思いをはせていた。『堕落論』で知られる坂口安吾である。途方もない透明感のある作品を生み出したこの作家は、一方で多くの評論文も書き残した。
 苦悩のはてに、20歳をすぎてから東洋大学でインド哲学に入門した安吾。住居を転々とし、友人やめいの死に直面しながら戦争時代を生きてきた安吾。昭和21年、立てつづけに発表した『堕落論』と『白痴』が熱狂的に受け入れられ、一躍流行作家になるとその重荷に耐えられず、大量の薬物とアルコールを服用し、ときに半狂乱となるなかで多くの作品は書かれた。
 時代中毒-戦後早々、安吾はふらつきながら一息に作品を生みだす。心が沈みこむだけ、作品はその透明度を増してゆく。
 何もかもが嘘臭くて仕方ない、そう思って安吾は生きていた。戦争時代は言うまでもない、戦後すらもが変わることのない嘘ばかりだった。「戦争というから戦争と思い、終戦というから終戦と思い、民主主義というから民主主義と思い、それだけのことで、それは要するに架空の観念であるにすぎ」ない(『帝銀事件を論ず』)。
 安吾は思った、民主主義であれ天皇であれ、なぜ躊躇(ためら)いなく私たちは何かを信じてしまうのか。それは私たちが、厳しく過酷な、生きにくい現実を見ないようにするためだ。何か絶対的な善-例えば民主主義-があると思いこみ、安心したいからだ。
 だが、それでいいのか? また、作家が同じ行動をしていいのだろうか。
 作家とは、つまりは言葉を描く人間は、世界を一度は全て、疑い尽くさねばならぬ。だとすれば、安易な世界平和主義を唱えることなどナンセンスではないか。それが今回の戦争から学ぶべき、人間の態度というものだ。それを「堕落」と名づけよう、安吾はそう考えた。人間が「堕落」する姿を描く、それが作家だというものだ。
 安吾は必要とみれば、民主主義も共産主義も、そして天皇と武士道すら、同じものとみなし否定した。だが以上の言葉を聞いて、否定批判をするのはまだ早い。なぜなら安吾は、次のような結論を、人間に下したからだ。「だが人間は永遠に堕ちぬくことはできないだろう。なぜなら人間の心は苦難に対して鋼鉄の如くでは有り得ない。人間は可憐(かれん)であり脆(ぜい)弱(じゃく)であり、それ故愚かなものであるが、堕ちぬくためには弱すぎる…自分自身の天皇をあみだすためには、人は正しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ」
 この『堕落論』の結論をどう読むべきか。安吾は恐らく、人間心理の達人だ。私たちの弱さと、勁(つよ)さを十分すぎるほど知っている。安吾の天皇観は、どうしても今、和辻哲郎と三島由紀夫のそれと、比較されるべき時を待っている。
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 次回「網野善彦」は12月4日に掲載します。
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 【知るための3冊】
 ▼『日本文化私観』(講談社文芸文庫) 安吾の名を不朽にした評論『堕落論』『続堕落論』を収める。同書中の「文学のふるさと」も合わせ読むとき、あの戦争をいかに安吾が繊細に受け止めたのか-筆者は胸の高まりを禁じ得ない。
 ▼『桜の森の満開の下・白痴』(岩波文庫) 書名にもなった桜の森をめぐる物語は、途方もなく美しい言葉の織物だ。これを読んだ後に、前掲『日本文化私観』の、川村湊氏の解説を読んでみる。すると多くの示唆が得られるはずだ。
 ▼『坂口安吾』(新潮日本文学アルバム) 図書館には必ずそろっているシリーズの一冊。安吾に限らず、少し暇な日曜の午後に、写真から文学の世界に入り込むのも、至福の一時ではないか。
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【プロフィル】坂口安吾
 さかぐち・あんご 明治39(1906)年、新潟県の旧家に生まれる。旧制新潟中を経て東洋大印度哲学倫理学科で学ぶ。昭和6年、「風博士」で文壇デビュー。戦後に「堕落論」「白痴」など数々の作品を発表し、流行作家に。“無頼派”と呼ばれ、評論や歴史小説など多分野で活躍した。昭和30年、死去。
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【プロフィル】先崎彰容
 せんざき・あきなか 昭和50年、東京都生まれ。東大文学部卒業、東北大大学院文学研究科日本思想史専攻博士課程単位取得修了。専門は近代日本思想史。著書に『ナショナリズムの復権』など。

 ◎上記事の著作権は[産経新聞]に帰属します
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◇ 【「戦後日本」を診る 思想家の言葉】三島由紀夫…「からっぽ」な時代での孤独 先崎彰容 2014-10-10 | 本/演劇…など 
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