Quantcast
Channel: 午後のアダージォ
Viewing all articles
Browse latest Browse all 10101

凶悪なテロ組織、イスラム国が台頭した理由 …人質邦人2人への高額な身代金要求はなぜか 矢野義昭

$
0
0

安全保障
凶悪なテロ組織、イスラム国が台頭した理由  人質にされた日本人2人への高額な身代金要求はなぜか
 JBpress 2015.01.23(金)矢野 義昭
 昨年12月からフランスではイスラム過激派によるテロが相次いで起こった。中でも今年1月7日に発生したパリの新聞社襲撃事件は世界を震撼させた。
 そして今回、昨年来行方不明になっていた2人の日本人がイスラム国により、命と引き換えに身代金を要求される事態に至った。ついに日本も、イスラム国の標的になった。
 イスラム過激派の中でも、今注目を集めているのがイスラム国である。
 彼らはこれまでの国際テロ組織とは異なり、国家を自称し、相応の組織、資金、軍事力などを保有している。また、彼らは明確な宗教的政治的理念を持ち、サイクス・ピコ条約に基づく現在の中東諸国の国境線を否定し、カリフ制の復活を唱えている。
 イスラム国の力の源泉とその背景、イラク国内でのイスラム国台頭の背景要因について分析し、日本としての対応について考える。
1 イスラム国の力の源泉とその背景
 イスラム国の力の源泉として、イスラム教の歴史に根ざす宗教的思想的根拠が堅固に継承されていることと、物質的なパワー、特に資金と兵員や武器の調達源に恵まれていることが挙げられる。
(1) イスラム過激思想の信奉
 イスラム国は、13世紀に遡る古い預言書を収蔵しており、その中には、北部シリアで異教徒との最終的な戦争が起こり、異教徒を敗北させるとの予言がある。
 イスラム教徒は、聖戦で死に天国に行くか、生き残って神聖な理想郷に生きるか、いずれにしても勝利者になると予言されている。この予言が、イスラム国では広く受け入れられている。
 イスラム国は、世界最終戦争のために、十字軍をシリア北部に呼び込み、予言どおり戦争を起こし勝利することを願っているとも伝えられている。
 そのために、意図的に捕虜を惨殺し、あるいはテロを起こすなど、欧米を執拗に挑発しているとの見方もある。その意味では、挑発に乗らない慎重さも必要であろう。
 ISISは、2014年7月に、「イスラム国」と改称し、モスルの大モスクにおいて、指導者アブ・バクル・アル・バグダディが、カリフ・イブラヒムであることを、初めて宣言した。このときバグダディは、アッバース朝時代にカリフが着た黒いローブを着用し、自らがアッバース朝カリフの後継者であることを演出した。
 「カリフ」とは、ムハンマドの代理者として、政治と宗教の両面において、イスラム共同体の頂点に立つ存在である。
 バグダディはシューラ(カリフ任命のための協議制度)によりカリフに任命され、ムハンマドの後継者としての役割を果たす望みに承認が与えられ、世界中のイスラム教徒は、新しいカリフの下に馳せ参じて忠誠を誓うようにとの命令が出された。
 イスラム国の広報官は、他のイスラム組織はカリフ・アブラヒムの優越性を承認すべきであり、さもなければイスラム国の激怒に直面するであろうと述べている。またカリフ・アブラヒムは、5年以内に、アルカイダとつながるオマルをカリフと仰ぐアフガンを含めた、インドから南欧までの地域に支配を拡大すると宣言している。
 しかし、アルカイダはバグダディに忠誠を誓うことはなく、ムスリム同胞団やその他のイスラム法学者もバグダディの優越性を拒否している。
 バグダディは、サウジアラビアの資金援助で運営されているバグダッドのサラフィ主義的な神学校の教育課程の一部から、その教義を導いている。彼は、コーランや8世紀のアッバース朝時代のファトワー(公的なイスラム法学者による法的意見)に従い、アッバース朝の時代にもどすことを主張している。
 例えば、ユダヤ教徒やキリスト教徒は、改宗するか、逃亡するか、税金を払い二等市民となるかを選ばされ、さもなければ虐殺され、財産は奪われ、妻と娘は暴行を受け奴隷となることになる。実際に、イスラム国は昨年、奴隷制の復活を宣言している。
 このバグダディの教義は、18世紀のワッハーブが唱えたワッハーブ主義から直接導かれている。ワッハーブは当時彼が見た、ベドウィンの聖者崇拝などを、偶像崇拝であり信仰の堕落とみなし、イスラム初期の理想の時代に回帰すべきだと唱えた。
 ワッハーブ派にとりシーア派とスーフィー教徒は、イスラム教徒ではなく、生存に値しない輩とされた。このようなイスラム原理主義に基づく過激な復古運動は、仮にバグダディが別人に取って替わられたとしても、シューラによる選出過程を踏めば、新しいカリフが登場することになるため、今後もイスラム世界では、繰り返し登場するであろう。
 ワッハーブ派は、トルコ人やエジプト人が華美に着飾りメッカに巡礼するのを、真のイスラム教徒の所業ではないとして嫌悪した。また、汎アラブ主義が部族主義に取って代わる以前は、ワッハーブ派が、外国の堕落した支配者たちに敵対し、ナショナリストと同じ役割を果たした。
 サウジアラビアを創始したイブン・サウドは、ワッハーブ派の教義を利用し、領土拡大を進めた。特に、指導者への絶対的服従を誓う追随者を得る上で、同派の教義は好都合であった。服従を誓わない者には、虐殺、妻子の奴隷化など苛烈な罰が課せられるためである。
 18世紀末には、イブン・サウドはアラビア半島の大半を支配し、1801年にはカルバラを襲撃し約5000人のシーア派を虐殺している。
 しかし、脅威を感じたオットマン帝国は、エジプト軍を派遣しサウドの軍を討伐させた。サウドは1818年に首都ダリヤを奪われ、ワッハーブ派とサウドはアラビア半島に封じ込められることになった。この当時から、エジプトとサウジは同じスンニー派だが、ライバル関係にある。
 第1次大戦後、敗北したオットマン帝国は解体され、英仏露によりその領土は分割されたが、その際に領土の分割線の根拠となった協定が、サイクス・ピコ協定である。
 しかし同協定は、第1次大戦中の1916年に、現地住民の意向とは無関係に、3国間で秘密裏に締結されたものであった。イスラム国は、サイクス・ピコ協定により規定された現体制の打破を唱えており、既存の中東の国家間秩序を根底から変革することを目指している。
 また第2次大戦後も、植民地の独立は認められたものの、石油の利益は元の宗主国の石油資本とそれぞれの国の独裁的な支配者に壟断され、大半の民衆は恩恵にあずからなかった。イラクでのサダム・フセイン体制の打倒とアラブの春以降の中東諸国の混乱は力の空白を生み、中東における新たなイスラム革新運動を引き起こす契機となっている。
(2) 豊富かつ多様な資金源
 イスラム国は、支配下のイラク、シリア地域内にある世界でも有数の産油量を誇る油井からの原油の密売を主な資金源としている。
 イスラム国は、優れた技術や専門家を有していないが、それでもシリアの油井から1日当たり4万4000バレル、イラクからは4000バレルの原油を生産することができる。彼らはそれを1バレル当たり20~35ドルという安値で、トラック運送業者や仲買人に売りさばいている。
 原油は精油業者に市場より安い1バレル60ドルで引き取られる。また密輸業者は、イスラム国の支配地域から外に石油を運び出す際に、検問所で5000ドルの賄賂を支払わねばならない。
 イスラム国が支配する以前のイラクの密売ルートを利用するだけでも、イスラム国は1日当たり100万ドルの収入を得ることができると見積られている。
 イスラム国の敵のはずの一部のクルド人も、イスラム国との原油交易で豊かになっている。クルド人の密売人は、イスラム国の油井からの原油の密売で月30万ドルを稼いでいる。
 クルドの新聞は、イスラム国に関わっている人物のリストを最近発表した。
 その中にはクルド人の支配層の家族、政府と軍の指導者、石油精製業者も含まれ、エルビルのトヨタの支店はイスラム国にトラックを販売していると指摘されている。密売人の一部は、サダム・フセイン時代の原油密売組織の関係者であり、クルドの石油製品業者もガソリン、シリンダーなどの製品をイスラム国に提供している。
 しかし原油のみがイスラム国の資金源ではない。
 イラクのスンニー支配地域を征服するための募兵と武器調達のための元手資金の一部は、湾岸諸国の寄付者が提供した。
 イスラム国は、密輸、誘拐、拷問、強奪などの、よく見られるテロビジネスでも資金を得ている。例えば、スウェーデンの会社はイスラム国に拘束された社員を救うため、7万ドルを支払った。また米国人のジャーナリスが斬首される前にも、彼らは法外の身代金を要求したが受け取れなかった。
 今回の日本人の誘拐も、この種のテロビジネスの一環である。
 特に、原油価格が急落したことにより、イスラム国の資金源が減ったため、資金を補完する必要があったことが、法外の身代金要求の背景事情としてあるとも見られる。テロリスト側は、「経済的目的ではない」と主張しているが、資金を得ることが1つの目的であることは否定できないであろう。
 その他の資金源として、偽造のタバコ、薬品、携帯電話、骨董品、パスポートなどの販売がある。
 シリアからトルコへのこれらの偽造品の密輸は激増している。特に、石油の密輸は3倍に、携帯電話は5倍に増加しているとされている。
 また闇市での骨董品の販売には、2割から5割の税が課せられている。外国からの戦闘員のパスポートは、シリアに入る前にトルコで、数千ドルで売却され、戦闘員自身とイスラム国の資金源となる。
 このような偽造品の売却には、規制も競争もなく、法執行機関の手も及ばないため、テロリストにとり武器や麻薬よりも魅力的な資金源となっている。
 イスラム国は最近、合法的な資金ビジネスも行なっている模様である。
 イスラム国はシリアからイラクに入る前に、シリア国内で原油の密売を行なっている。その目的は、作戦の拡大と同時に、新たな油井を支配し石油事業で利益を得ることにもあった。
 彼らは、安価で能力は低いが移動可能な、小型の石油精製施設を十数基手に入れている。米軍はこれらの精製施設を目標に選定しているが、イスラム国は合理的な企業家でもある。彼らは、最小限のコストで最大のリターンを確保するように努め、先進的な技術を得るため世界中から専門家を募っている。
 イスラム国が事業の才覚を持っているのは驚くに当たらない。彼らのグループには狂信的な人間ばかりではなく、グルジアの民兵の出身者や武器の隠匿など様々の犯罪の経験を持つ外国人が加わっている。
 また、最高指導者バグダディの25人の代理者のうち、3分の1はサダム・フセイン時代の軍に所属し、ほぼ全員が2003年の戦争後、米軍の刑務所に入れられた経験を持っている。
 しかし刑務所内で、彼らはしばしば今のイスラム国のメンバーと接触を持ち、そのメンバーになった。これらの元バース党員は、サダム時代の非合法な密輸ネットワークを利用している。
 イスラム国は、フロント会社を作り、公務員に賄賂を渡し、資金洗浄を行うなどの非合法ビジネスでは、欧米側よりも長けている。彼らは、資金の流れを、原油主からそれ以外の資金源に切り替えて、バランスを取ることもできる。また税金と事業の両面から、地域住民を締め付け、支配することもできる。
 米国は石油施設を空爆の目標にしているが、イスラム国の非合法ビジネスを敗北させることには成功していない。イスラム国の資金源を絶つための実行可能な対応策としては、
●クルド人がトラックをイスラム国に売るのを止めさせ
●バグダッドの中央政府に、クルドからの石油をより高く買い取らせること
●欧米諸国が協力し、密輸や偽造品の販売を禁ずるための監視を強化し、購入を禁ずること
 などがある。そのためには、民間事業者を含めた国際的な協力が不可欠である。
(3) 秩序崩壊に伴いあふれる戦闘要員と武器
 アラブの春により、中東の多くの国で経済と政治システムがともに破綻した。その上、中東は欧州の闇市場に隣接し、トラウマを負った多数の若者を抱えていた。その結果、国家権力が不在になった空白地帯に、多くの犯罪グループが生まれた。
 同様のことは、旧ソ連圏や中南米でも生じ、今なお立ち直れないでいるが、中東諸国もその徹を踏む可能性が高い。
 中東に強力な国際的犯罪組織のネットワークができた背景には、大きく2つの要因がある。組織犯罪グループの経済的繁栄を可能にする制度的な要因と、個々人が犯罪組織に加わることを容易にする募集に関わる要因である。
 制度的には、以下の要因がある。
1.密輸市場に隣接した抜け穴だらけの国境の存在
 中東は欧州への人身売買ルートの中枢であり、レバノン、モロッコなどの国は、非合法の薬物の密輸ルートであった。今日では、弱体な地方政府が職業や国境の管理を行なっており、法執行能力は低下している。そのため、国境を越えた密貿易やテロリストの活動が容易になった。
2.現在の中央政府と地方政府への浸透
 国境管理を強化し隣接した欧州の闇市場への流出を止められる権威のある政府は、中東地域には存在しない。むしろ賄賂が横行し、法執行機関も、犯罪グループが国家による統制や管理を破るのを野放しにしている。
3.巨大な戦争経済と闇市場
 紛争地域での戦争経済の肥大化と一体となった、非公式の経済が中東地域全体を席巻しており、闇経済を活性化している。ハワラと呼ばれるイスラム独特の金銭交換システムも、犯罪グループが成長するための非公式のビジネスの機会を提供している。
4.効果的な法執行機関の欠如
 破綻国家でも地域の警察組織は残っているが、それらは政敵やテロリストに対する警備活動に頻繁に使用され、本来の法執行活動ができないでいる。
 また、募集については、以下の要因がある。
1.若者の高い失業率
 中東では若者の人口比率が高く、経済成長率は慢性的に低い。そのため、若者が非合法の経済活動にはしるのを効果的に阻止できるような、雇用の機会を提供できない。
2.容易に入手できる武器と訓練された戦闘要員
 アラブの春の熱気が冷め、社会と経済の崩壊が進む中、戦闘技量に通じた軍、ゲリラ、準軍隊、秘密警察などの要員が、その技量が生かせる犯罪グループに加わっているため、犯罪グループが急増している。
 リビア、イラク、シリアでは国家はすでに崩壊し、エジプト、アルジェリア、レバノンでも国家機能は弱体になっている。さらに中東のみならず、ロシアからコロンビアに至る多くの国々で、軍事組織が動員解除あるいは解体された。
 その結果、市民生活になじめず、犯罪には有用な技能を持った者が、兵員の募集源として多数プールされるようになっている。また軍などから放出された多数の武器、弾薬も闇市場に出回ることになった。
3.社会的心理的なトラウマ(心的外傷)
 社会基盤が崩壊し分断された社会状況が中東の多くの地域を覆っており、孤立し困窮した人々が多数生じている。そのような危機的な状況の社会では、犯罪ギャング集団が生まれ、それらが自衛のためのパルチザン組織を創ることになる。
 そのような組織だけが、トラウマを抱えた人々に帰属意識を与えることができるため、ますます肥大化している。
4.通信技術の発達
 SNSなど通信技術の発達により、画像、ビデオその他の各種の情報がコストをかけずに大量かつ迅速に伝達できるようになった。その結果、携帯電話やパソコンを使い、誰でも容易に、マスコミ並みの扇動や宣伝を行い、短期間に多くの人々を動員し組織化することが可能になった。
 通信技術の発達は、アラブの春が瞬くうちに中東全域に拡散し、多くの独裁政権が連鎖的に倒れた背景要因の1つと言える。半面、テロ組織や犯罪組織が要員を募集し、あるいは相互に連絡をとり組織的に行動することも、これらの通信技術を使い容易になった。
 このように通信技術の発達は、既存の権威や権力に対する反対勢力の力を増大し、秩序を崩壊させ社会を不安定にする機能を持っている。
2 イラク国内でのイスラム国台頭の背景要因
 イラク戦争後、イラクが現在の混乱状態に陥った国内要因として、ヌーリー・マリキ前首相の差別的政策、サウジアラビアとイランの代理戦争、クルドなどの少数民族問題が挙げられる。
(1) マリキ政権下で崩壊したイラクの国家統合
 イラク国内の最大の危機要因はマリキ首相であった。彼は、2011年12月に米軍がイラクから撤退するや否や、その権力を固めるために、スンニー派の大統領や副首相に逮捕状を出すなど、スンニー派の指導者や反対者を排除し始めた。
 これに対しスンニー派が反発を強め、シーア、スンニー両派の緊張は高まり、2012年12月のスンニー派財務相の逮捕をきっかけに、抗議行動がファルージャその他のスンニー派の都市で多発した。
 マリキ首相は弾圧しようとしたが、治安部隊とマリキの弾圧を非難する住民が衝突し、その後2年間不安定な情勢が続いた。
 その間に、イラク政府軍はシーア派のスンニー派に対する弾圧手段と化し、マリキ首相はバグダッドのシーア派民兵の武装解除もしようとしなかった。さらに、自警組織を創ろうとしたニネベなどのスンニー派の都市の部族長も弾圧した。
 このようなマリキ首相の差別的な政策により、イラク国内のスンニー派住民の間には不満が充満し、そのことがイスラム国にスンニー派住民地域に付け入る隙を与えた。
 スンニー派住民は、イスラム国が電力などのサービスを維持すると約束したこともあり、無差別な逮捕を繰り返すマリキ政権の支配よりもましとして、イスラム国の支配を受け入れた。
 しかしモスルでは今は、イスラム国の抑圧的支配に対する不満が高まっている。
 マリキ退陣後の新しいイラク政権は、イラクの国家としての統合を回復するためには、スンニー派のこのもっともな不満に対し、雇用を保証するなど、適切に応える必要がある。
 バクダッドとモスルの間の地域は、何年間も無政府状態のまま放置されてきた。新政権はこの地域の安定を取り戻すために、最大限の努力を傾けなければならない。
 2013年6月、イスラム国は目覚しい進撃を遂げ、モスル、バイジ、チクリットを奪取した。その際、イラク政府の空軍と陸軍は、ほとんど抵抗することなく敗退し、約3万人、2個師団分の装備と約800機から2000機の戦闘機がイスラム国により鹵獲された。
 2014年8月に開始された米軍などの空爆により、当時の勢いはなくなっているものの、イスラム国は、住民に紛れるとともに伝統的なゲリラ戦法に移行し、抵抗を続けている。
 米軍の空爆の目標は、皮肉なことだが、イスラム国に鹵獲されたイラク政府軍の米国製装備になっている。米国人ジャーナリスト、ジェームズ・フォレイの処刑と米国の権益に対する脅威を受け、バラク・オバマ大統領は、シリアに対する空爆を拡大する意向を固めている。
 ただし、イスラム国の戦闘グループはイラクに封じ込められるわけではなく、穴だらけのイラク・シリア国境からどこにでもその戦闘員や武器を移動させられる。
 また、シリアでのイスラム国の拠点に対する空爆が効果を発揮するには、バッシャール・アル=アサド政権側の地上戦との連携が必要である。少なくとも一時的なアサドとの便宜的な協力関係が求められる。
 米軍等の空爆及びイラクとクルドの地上での連携により、イスラム国の勢いは削がれているが、オバマ大統領の最大の外交的成果がイラクからの撤退であったことから、少なくとも正規の地上部隊を再度派遣することはないであろう。
 米軍の特殊部隊は、軍事顧問としてイラクで活動していることになっているが、実際はイスラム国と直接対決もしており、イスラム国の戦闘員を戦略的要衝から駆逐し、グループの指揮組織を破壊するなどの行動をとっている。
 イラク政府軍は、米空軍の支援の下で、イスラム国との戦闘の主体となっている。しかし、イラク政府軍には独力で戦うだけの力はなく、「平和旅団」などのシーア派民兵の再興は、イスラム国との戦いのためには避けて通れないであろう。ただし、差別的政策にならないように留意しなければならない。
 また、イラク安定化のカギを握るのは、スンニー派の政治指導者と部族長である。
 2007年から2008年まで、スンニー派の「目覚め」運動は、イスラム国の前身であるイラク・アルカイダに打撃を与え、力のバランスを大きく変化させることに成功している。
 2010年に「目覚め」運動はイラク治安維持軍に合併されたが、マリキ政府に反旗を翻すおそれがあるとしてイラク政府から信頼されず、スンニー派地域とイラク政府との間の対立の一因となった。
 「目覚め」運動を引き継いだ「イラクの息子達」は、イラク治安部隊との一体化に失敗し、スンニー派地域には地域の治安維持部隊が不在の状態になった。2012年のマリキ反対の抗議行動によりイラク政府とスンニー派住民の関係は決裂し、イスラム国とバース党の残党を含めた武装勢力が、スンニー派の不満を利用し、住民の抵抗を受けることなく同地域に入り込むことになった。
 しかし、すべてのスンニー派の部族長がイスラム国の支配を受け入れているわけではない。アンバルの一部の部族長は、自治とイラク政府軍の撤退を条件に反イスラム国での協力を申し出ている。
 しかし、スンニー派の上層部では、専門的な治安部隊の創設への動きが強まっている。イラクの国家統合を取り戻すには、イラク政府がスンニー派を平等に扱い、彼らの信頼を取り戻し、政治的な融合を実現することが不可欠である。
(2) サウジアラビアとイランの代理戦争
 イラクは湾岸の2大国サウジとイランの代理戦争の戦場になっている。イランはイラク南部のシーア派地域とバグダッドのシーア派民兵を支援している。他方のサウジは、反ペルシアのアラブ主義の感情に訴え、イラク国内のスンニー派が優勢な地域の部族長を支援している。
 この代理戦争は、シリア、バーレーン、レバノンでも戦われており、サウジ、イラン両国間の地域での影響力拡大と地域内の指導層の忠誠獲得をめぐる、より広範な争いの一部となっている。シリアでもサウジはアサド大統領に対するスンニー派の反対闘争を支援しているが、イラクでは最も複雑な様相を呈している。
 サウジ政府は、王室内部の個人的な寄進者がイスラム国に資金援助をしているのを黙認している。しかしその一方で、イスラム国の支配地域が拡大し、現在の体制が転覆されるのを恐れてもいる。このような状況により、サウジとイラクの関係は困難なものになっている。
 サウジは、一方ではサウジ国内からも隣国からもイスラム過激派を駆逐しようとしている。例えば、サウジは、ムスリム同胞団をテロ組織と宣告した。
 バーレーンの王国をシーア派の多数住民の反乱から救うために軍を派遣している。南イエメンでは、サウジ軍はイエメン軍の「アラビア半島のアルカイダ(AQAP)」との戦いを増援している。また米軍の世界的なテロとの戦いへの支援も表明している。
 しかし他方で、ここ数十年来、サウジはイランの台頭に対抗するため、ワッハーブ派の神学校に資金援助し、イスラム過激派勢力の温床を育てるなど、スンニー派のイスラム過激派を支援してきた。
 近年も、シリアではJAIなどのサラフィ主義者を資金援助し、スンニー派民兵組織に、富裕なサウジ王族の寄進者が資金援助するのを黙認している。さらに、直接の証拠はないが、サウジ政府がイスラム国に対しても資金を提供している疑いがある。
 サウジがJAIを支援しているのは確かだが、それがしばしば最終的にイスラム国に武器や資金として流れ込んでいる。
 サウジの指導層は、シーア派に牛耳られたイラク政府を快くは思っていない。また、原油生産の潜在的競争者であるイラクに強力な中央政府が出現することも望んでいない。しかしこのようなサウジの二重政策は、王族にとり今や逆効果になり始めている。
 イスラム国は代理戦争のパートナーとして信頼できる存在ではない。
 イスラム国は豊富な兵員、武器と自己資金を持ち、占領地域を拡大し、残虐な統治により住民を支配している。しかも、イスラム国の支配地域はサウジ国境と聖地メッカ、メジナにも隣接している。
 自らカリフ制の復活を唱えているイスラム国は、好機が来れば、これらの聖地を奪還しようと試み、いずれスンニー派の支配権を巡り、サウジに挑戦するようになるであろう。そうなれば、サウジの体制そのものが脅かされることになる。
 サウジの指導者たちは、イスラム国の聖戦を黙認していれば、いずれ王室にも脅威となり跳ね返ってくるのではないかと憂慮し始めている。
 このようなイスラム国の脅威に備え、2014年2月にサウジのアブドラ国王は、国民に対し外国で戦闘員になることを禁じる命令を出し、1か月後、イスラム国を含む、ジハーディストの名簿を公表し、彼らに資金援助その他の支援を行なうことを禁じた。
 サウジ内務省は、西側に対するテロを警告するためとして、テロの疑いで88人を逮捕している。
 イスラム国のサラフィ主義とサウジのワッハーブ主義との間には、宗教イデオロギー上の差異はほとんどない。しかし、政治的な差異は大きい。
 サウジの指導層は、イスラム国の主張するカリフ制復活を拒否し、イスラム国はサウジのカリフ制を非合法なものとしている。
 サウジの指導層は王室の絶対的な権力を維持しようとしているが、イスラム国が自ら宣言したカリフ制がいずれ脅威になることは明らかであり、両者は両立し得ない。
 このような事態に至ったのは、これまでイスラム国などのイスラム過激派に対し、寛大な姿勢をとってきたサウジの指導層自らに大きな責任があると言えよう。
 他方、イランと米国はイラクでの紛争に関しては、利害が共通する立場にある。
 イラクでの危機により、両国にとり、その国益を脅かす共通の敵に対して協力する機会が生まれている。2013年にジュネーブで署名されたイランとの暫定的な核協定がそのきっかけとなった。
 米国とイランがイラク問題で協力することになれば、1979年以来の両国関係正常化の突破口になるであろう。米国がイランと協力した例は過去にもある。
 2001年、米国がアフガンの暫定政権を作った際に、イランがボン会議で協力姿勢を示したこともある。オバマ政権が、柔軟に路線を転換し、イランとの和解に踏み切るかどうかが注目される。
 米国の専門家は、イラクの秩序回復のために、2つの対応策を挙げている。1つは、軍事力の再展開であり、この対応策は極めてコストが高く政治的には致命的行為になるかもしれないが、サイクス・ピコ協定体制のもとでのイラクの様々の共同体レベルでの信頼性回復が可能になるかもしれない。
 もう1つの案は、イスラム国拡大の原因となっている力の空白を埋めるため、政治的に迫害された者を含む地域のあらゆる指導者との共同作業を行なうことである。
 イラクでは、これまで米政府が忌避してきた、イランの支援を受けた地域指導者との連携が必要になる。
 イラクの将来を決めるための影響力を持っている国は、イランしかない。またシリアでもアサド政権の軍だけが地上戦闘でイスラム国に対抗できる力を持っている。これら両者の力を利用することにより、サダム・フセイン排除以前の時代に戻すことができるかもしれない。
 シーア派とスンニー派のいずれかに肩入れすることは、両派の対立を煽ることにもなり、米国にとりリスクがあるが、シーア派寄りの立場をとるしか、もはや選択の余地はない。
 スンニー派については、イスラム国を密かに支援してきたサウジ、カタールは、今では反イスラム国有志連合に参加している。しかしその動機は、勝ち馬に乗ることでしかない。シリアの内戦は、純然たる地政学的なパワー・ゲームの問題であり、サウジがシリア国内の有力なライバルを駆逐するための手段ともなっている。
 米国はこれまで、産油国のサウジとの長年の同盟関係とイラン革命以来のイランとの対立関係により、このような地域内のパワー・ゲームには間接的にしか関与してこなかった。しかしイスラム国の台頭により、このようなアプローチが危険であることが明らかになってきた。
 もし米国が軍を派遣することなく中東地域の恒久的な安定を望むのであれば、健全なイランとの外交関係を樹立するよう努力すべきであろう。
(3) 無視できないクルドの自治権と少数民族問題
 イラクのクルド人は1990年代以来、91年のバース党によるクルド弾圧を受け、米軍などが設定した飛行禁止空域のおかげで、イラク中央政府からかなりの自治権を享受してきた。クルド地域政府は、2014年7月に独立を問う住民投票の準備のためにクルド議会の開催を要求した。
 このようなクルド側の強気の姿勢の背景には、「クルドのエルサレム」とも呼ばれる、キルクークの油田をクルドの武装組織であるペシャマルガが占領していることがある。
 米政府は「一つのイラク」政策の建前上、公式には、イラク政府の承認なしにクルド地域政府がトルコに石油を輸出することを支持していないが、事実上黙認してきた。
 イラク政府は、クルド自治政府が独断で石油契約の交渉を行なったことに対する制裁として、それまでクルド側が毎月約10億ドルを得ていた石油代金の代わりに、国家予算の17パーセントを配分することを提案した。
 イラク政府とクルド地域政府の石油収入の配分を巡る交渉の対立は、イラクの国家統合を危うくしている。これまで米政府はバクダッドを経由することなく、重装備の兵器をペシャマルガに送ることを禁じてきた。
 しかしイスラム国の接近に伴い、この政策は転換され、CIAは米国製以外の兵器を民兵と戦っているペシャマルガに直接送るよう命じられている。
 このようにペシャマルガの武装力に依存してイスラム国との戦いを進めた場合、クルド支配地域外にはその利害が及ばないという問題が生ずる。
 イラク全土の防衛はイラク政府軍の責任であるが、ペシャマルガは2014年8月に、クルドが支配していたシンジャの町がイスラム国に征服された際、数万人のヤジドやキリスト教徒が水や食糧もないままシンジャ山に逃れたときに、彼らを見捨てて撤退した。クルド側は、シンジャをイスラム国との取引材料とする緩衝地帯として利用したことになる。
 イスラム国の虐殺を省みない作戦は少数民族にも及び、人道問題を引き起こしている。
 少数派の中には、イラク政府軍もペシャマルガも当てにならないとして、自らのための自警組織を創ろうとする動きもある。一部の地域に彼らの自治政府のための聖域を設定することも考えられるが、イラクでの危機解決のためには少数民族問題を無視はできない。
まとめ: 日本としての対応
 今回の日本人の身代金要求事件は、安倍晋三首相が今年1月17日にエジプトを訪問した際に、「イラク、シリアの難民・避難民支援、トルコ、レバノン」に対し、「ISILがもたらす脅威を少しでも食い止めるため」、「人材開発、インフラ整備を含め、ISILと闘う周辺各国に、総額で2億ドル程度、支援をお約束します」と支援表明をしたことに対する、イスラム国側の反撃と見られる。そのことは、身代金額が支援金額と同額であることにも象徴されている。
 しかし、テロに屈してはならないことは明確であり、特にフランスでの一連のテロ事件以降は、世界的な合意にもなっている。
 身代金を支払うことは、テロに屈することであり、断じて行なってはならない。仮に行なえば、資金不足に陥りつつあるイスラム国を再び蘇らせ、新たなテロを引き起こすことになる。
 原油価格の急落により、せっかく効果を挙げつつある、資金面からのイスラム国に対する締め付けの効果も薄れてしまう。また、身代金を払うようなことがあれば、他の日本人や外国人も今後、誘拐対象として狙われることになり、国際社会にも日本国民にも新たな脅威をもたらすことになる。
 今後日本としては、むしろ世界の大勢に呼応して、テロとの戦いにも相応のより積極的な貢献をすべきであろう。
 日本国内では今、集団的自衛権の問題が議論されているが、依然として冷戦時代の思考そのままの、護憲や巻き込まれ論を根拠とした、内向きの反対が根強い。しかし、世界情勢は様変わりしている。
 米国も欧州諸国も、テロとの戦いのためにこれ以上の地上兵力を大幅に派遣する意志も能力もなく、世界の警察官は不在になっている。
 中東の原油に大きく依存している日本が、応分の貢献を行なわず、他方で中国が秩序維持のため軍事力の行使を含めた積極的貢献をすれば、欧米諸国は日本を見限り、中国との関係を重視するようになるであろう。
 そうなれば、日本は孤立する。孤立の危険性はテロとの戦いに参加することによる、日本国内でのテロなどのリスクよりもはるかに深刻であり、日本の生存そのものが危機に瀕することになる。そのような視点から、日本はテロとの戦いに、武力行使も含めて、より積極果敢に取り組むべきであろう。
<筆者プロフィール>
矢野 義昭 Yoshiaki Yano
 昭和25(1950)年大阪生。昭和40(1965)年、大阪市立堀江中学校卒。昭和43(1968)年、大阪府立大手前高校卒。昭和47(1972)年京都大学工学部機械工学科卒。同年同文学部中国哲学史科に学士入学。同昭和49(1974)年卒。同年4月、久留米陸上自衛隊幹部候補生学校に入校、以降普通科(歩兵)幹部として勤務。美幌第6普通科連隊長兼美幌駐屯地司令、兵庫地方連絡部長(現兵庫地方連絡本部長)、第一師団副師団長兼練馬駐屯地司令などを歴任。平成18(2006)年小平学校副校長をもって退官(陸将補)。核・ミサイル問題、対テロ、情報戦などについて在職間から研究。拓殖大学客員教授、日本経済大学大学院特任教授、岐阜女子大学客員教授。著書『核の脅威と無防備国家日本』(光人社)、『日本はすでに北朝鮮核ミサイル200基の射程下にある』(光人社)、『あるべき日本の国防体制』(内外出版)、『日本の領土があぶない』(ぎょうせい)、その他論文多数

 ◎上記事の著作権は[JBpress]に帰属します
................................


Viewing all articles
Browse latest Browse all 10101

Trending Articles