欧米人を魅了する仏教の秘密 信じる宗教から目覚める宗教へ
2011年12月3日Sat.中日新聞夕刊 ケネス・田中
十月に亡くなった、アップル社の創立者スティーブ・ジョブズ氏は、仏教に深くひかれていた。曹洞宗の知野弘文老師に師事し、長年座禅に取り組んでいた。老師に自分の結婚式の司祭を頼んだそうで、いかに仏教に魅了されていたかがうかがえる。
氏にとどまらない。米国には、日本で衆知の有名人に仏教徒が多い。俳優リチャード・ギア、歌手ティーナ・ターナー、ゴルフ選手タイガー・ウッズの各氏らだ。(略)
これに加え、「仏教に何らかの重要な影響を受けた」と答えた人が、07年調査で約2千5百万人いる。これらを合計すれば、米国人口の10%、約3千万人に及び、驚くべき数の人が仏教の影響を受けていることになる。
もちろん、キリスト教徒と比べれば、仏教徒の数はまだマイナーだ。しかし、伸び率だけに注目するなら、キリスト教徒をはるかに上回る。(略)
では、彼らが仏教に魅了される原因はどこにあるのか。ダライ・ラマの絶大なる世界的人気や、米国の場合、65年の移民法改正によりアジア諸国から多くの仏教指導者が渡米してきたことなどが挙げられる。
だが、私は、最大の理由は仏教の本質にあるとみる。彼らは、仏教を「信じる宗教」(religion of faith)ではなく、「目覚める宗教」(religion of awakening)と、とらえているのだ。
キリスト教から仏教へ改宗した人たちに尋ねると、キリストの復活を「信じる」ことより、煩悩による誤った見方を是正して自らが「目覚める」ことを究極の目的にする仏教の考え方の方が魅力的だと答える人が実に多い。キリスト教などには、立派な教義があるが、その教えを体験する方法が明確ではないのに対し、仏教は誰もが日々実践できる瞑想などを通して実際に教えを体験できることにひかれると話す。
どの宗教でも経典を信じ指導者を信頼することは大事である。仏教徒にもこれは必須ではあるが、仏教徒の最終目的は信じた後の「目覚め」である。つまりブッダ(目覚めた者)になることこそが最重要なのだ。欧米ではジョブズ氏のように多くがこの「目覚める宗教」に魅了されている。ただ単に教えのみを信じ込む従来型の宗教形態が、欧米のような先進国では崩れ始めているといえる。
この現象は、アジアの先進国、日本でも始まっている。スリランカ出身のスマナサーラ長老の下へ最近多くの日本の若者が瞑想指導を求めて集まっている。彼らは従来型のただ願ったり信じたりする宗教では満足が得られず、個人の「目覚め」に重きをおく仏教に魅入られるのである。
<筆者プロフィール>
けねす・たなか
1947年、山口県生まれ。米国籍。58年、日系2世の両親と渡米。スタンフォード大卒。東京大学修士課程修了。哲学博士。98年から武蔵野大教授。専攻は仏教学・アメリカ仏教。日本語の主著『アメリカ仏教』『真宗入門』など。
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