森永卓郎 厳しい時代に「生き残る」には
原発事故への対応が遅れるなか、勢力拡大を図る菅首相。こんなトップに震災復興のビジョンを描かせてはならない。
2011年 4月5日
東日本大震災での死者・行方不明者は2万8029人
警察庁によると、2011年4月1日午前10時現在、東日本大震災で12都道県警が検視などで確認した死者は1万1578人、家族らから届け出があった行方不明者は1万6451人で、計2万8029人になった。
岩手、宮城、福島3県の死者のうち、ほぼ全員の1万1498人の検視を終え、80.5%の9260人の身元が確認された。遺族や自治体に引き渡されたのは9043人。
都県別の死者数は、北海道1人▽青森3人▽岩手3396人▽宮城7058人▽山形1人▽福島1064人▽東京7人▽茨城22人▽栃木4人▽群馬1人▽千葉17人▽神奈川4人。
17都県2231カ所の避難所で暮らす人は17万433人。建物被害は全壊・流失が9都県で2万44戸。このうち岩手が6割以上を占めており、宮城と福島では依然、把握が難しい状況が続いている。
また、地震と津波が東京電力管轄化の火力発電所ならびに原子力発電所、特に福島第一原子力発電所に大きな被害をもたらしている。地震が発生した3月11日以降、東京電力は同原子力発電所における放射性物質の放出防御と圧力容器の冷却に努めているものの、事態が解決されるには、まだ時間がかかると考えられる。
これにより、東日本大震災で地震と津波の被害に加え、福島第1原発事故に直撃された福島県沿岸部は「危険」という根拠のない風評が首都圏などで広がり、物流が滞るなど市民生活に深刻な影響が出ている。新たに農産物の出荷停止が加わり、「五重苦」に直面している。
あまりに図々しい谷垣氏への復興担当大臣就任要請
東日本大震災の被災者救援や福島第一原発の事故対応で、政府が必死に頑張っているときの批判は、気が引けるのだが、菅総理のやり方があまりにひどいので、書いておきたい。
3月19日に菅総理は自民党の谷垣総裁と電話で会談し、未曾有の大災害に総力で対応するために、副総理兼災害復興担当大臣として入閣するように要請した。谷垣総裁は、「国会運営などで自民党は全面的に震災対応に協力しており、入閣することはできない」と要請を拒否した。
一見、谷垣総裁が悪者のようにもみえるが、菅総理の提案自体が、自民党に対して失礼千万な話だったのだ。
そもそも震災前は、菅内閣は風前の灯火の状態だった。しかも、震災後に福島第一原発の事故対応が後手後手に回り、計画停電の実施や石油備蓄放出の遅れによって国民生活を大混乱させた。本来なら、菅内閣は当面の対策が終わり次第、内閣総辞職すべき存在なのだ。
だから、大連立救国内閣を作ろうというのであれば、総理の座を谷垣総裁に譲って、自らが災害復興担当大臣となって震災対策に尽力するというのが筋だ。それを面倒な災害復興を谷垣総裁に委ねて、自らは総理の座に居座り続けようとするのは、ずうずうしいにも程がある。
震災を利用して着々と自己勢力を拡大
それだけではない。菅総理は同じ日の午前に、民主党の小沢元代表や鳩山前首相らと首相官邸で会談し、東日本大震災の被災者支援などへの協力を呼びかけた。こちらは、同じ党内なので拒否などできるはずもなく、協力を約束した二人は、菅総理の指揮下に置かれてしまった。
さらに、菅総理は前日の18日、問責決議を受けて辞任した仙谷氏を官房副長官として内閣に戻した。被災者支援に当たらせるということだが、問題はなぜ仙谷氏でなければならないのかということだ。仙谷氏が災害への対応で能力を発揮したという話は聞いたことがない。仙谷氏が得意なのは、水面下で野党との調整を図るといった調整的な役割だ。
官邸は原発事故への初動で大きなミスを犯していた。米国からの支援申し出をあっさりと断っていたのだ。12日未明に米国から非常用冷却材などの消火機材提供の申し出があったが、官邸は東京電力の意向を尊重し、これを保留にした。米国の申し出は原子炉の廃炉を前提としており、これを避けたい東電は、あくまで「自分たちで対処できる」と言い張ったのだ。
事故対策を東電に丸投げし、事態を悪化
そもそもこうした事態が起きたとき、すぐにでも冷却しないとメルトダウンを起こすということは、原発関係者の間では常識だった。それなのに、東電からの楽観的な情報を鵜呑みにし、今日の深刻な事態を招いてしまった。
ジャーナリストの上杉隆氏の報道によれば、官邸は震災後ずっと事故対応を東電に丸投げしていたという。官邸が事態の深刻さを認識したのは原発の爆発事故の後だった。原口一博前総務大臣が、原発関連の技術者を連れて官邸に乗り込み、「このままでは大変なことになる。今こそトップダウンの決断を」と迫り、ようやく官邸は重い腰を上げ、原発事故に対して自ら対処するようになったのだという。
このように、原口前総務大臣は、福島第一原発の事故対応で、献身的かつ重大な役割を果たしてきた。ところが、民主党代表選で小沢氏を支持したということで、原口氏を内閣に戻すことをせずに、前原グループ重鎮の仙谷氏を戻したのだ。事故対応に向けて能力重視の人事をするのではなく、明らかに前原・野田グループ支配を強め、小沢グループ排除をどさくさに紛れて進めたということだろう。
震災を機に小沢マニフェストを御破算に
そうしたなかで、やはり出てきたのが、震災対策のための予算の見直しだ。子ども手当てや高速道路無料化の見直しをして、復興経費の財源を捻出しようというのだ。
つまり、震災を口実にして、2009年の小沢マニフェストに盛り込まれた民主党の基本政策を放棄してしまおうという話なのだ。このやり方はあまりに姑息で、火事場泥棒並みだ。
現在は閣僚を増やしたいと思っても、大臣の定員枠を使い切ってしまっているのでそれもできない。このような状況の中、圧倒的にいらない大臣といえば、消費税増税のために連れてきた与謝野馨氏だろう。
2011年4月末に出てくる3月の鉱工業生産指数は前月比で2桁の落ち込みが予想されており、このような経済苦境の中で消費税増税をすれば、日本の経済がどうなるかは明らかだ。それなのに、与謝野氏を閣内にとどめ置いているということは、菅内閣が消費税増税のカードを捨てていないということだろう。
消費税増税のカードを捨てない菅首相
この流れでいくと、本当に復興経費捻出のための消費税増税が俎上に上ってくる可能性が高い。
しかし、阪神大震災の2年後に消費税を増税したことをきっかけに、日本経済は長期にわたるデフレに突入して、いまだに脱却できていない。経済が厳しいときに消費税増税をしてはならないというのは、経済の大原則なのに、いまの菅総理は、日本経済が崩落する方向に政策を進めようとしている。
残念ながら、いまは選挙ができる状態ではないので菅内閣の手に国を委ねるしかないが、数ヶ月経って被災者救援が一段落したら、一日も早く新しい内閣に代えて、本格的な復興を明確なビジョンの下で図るべきだろう。
菅直人氏のような人物には断じて日本の復興ビジョンを描かせてはならない。
・森永卓郎(もりながたくろう)
1957年東京都生まれ。東京大学経済学部卒。日本専売公社、日本経済研究センター(出向)、経済企画庁総合計画局(出向)、三井情報開発総合研究所、三和総合研究所(現:UFJ総合研究所)を経て2007年4月独立。獨協大学経済学部教授。テレビ朝日「スーパーモーニング」コメンテーターのほか、テレビ、雑誌などで活躍。専門分野はマクロ経済学、計量経済学、労働経済、教育計画。そのほかに金融、恋愛、オタク系グッズなど、多くの分野で論評を展開している。日本人のラテン化が年来の主張。
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