産経ニュース2012/01/10 Tue.
裁判長「それでは被告人の入廷をお願いします」
《裁判長がそう宣言すると、傍聴席から向かって左のドアから小沢被告が入廷する。ダークスーツに白いシャツ、ピンクがかった赤色のネクタイ姿。左胸には金バッジが光る。入廷の際に一礼、裁判長に対し一礼した後、ゆっくりと弁護団の待つ席に向かい、「よいしょ」とつぶやきつつ座った》
裁判長「それでは開廷します」
《裁判長が小沢被告に証言台に向かうよう指示する。小沢被告はゆっくりと証言台に移り、係員がペットボトル入りの飲み物を渡すと「すみません。すみません」とお礼を言う。裁判長が黙秘権などについて説明した後、弘中弁護士が立ち上がり、質問が始まる》
弁護人「本件で証人出廷した石川(知裕衆院議員)さんは被告人の秘書だったということでよろしいでしょうか」
被告「はい。そうです」
弁護人「大久保(隆規)さん、池田(光智)さんもそうですね」
被告「はい。そうです」
弁護人「石川さんは書生をしていたと証言されましたが、書生とはどういう仕事ですか」
被告「それは秘書というまでの、年齢的にも経験的にもいっていないもので、特に学生のときからというのもありますし、俗に言えば、(秘書の)見習い期間ということでしょうか」
弁護人「どういう方を書生に?」
被告「それは人づてに政治家の事務所で勤めたいという希望のあるものを、そのときの秘書を通じ、面接したりして決めたと思います」
弁護人「具体的な仕事は?」
被告「ほとんど自宅におりまして、事務所の掃除やら、自宅の掃除、私の身の回りのことやらをしておったと思います」
弁護人「散歩に同行することもあったといいますが」
被告「えー、そういう場合もありまして、警護の方も一緒におるのですが、急な連絡があると困りますので、書生や秘書がたいがい一緒におります」
《言葉を選ぶようにゆっくりと話していく小沢被告。弘中弁護士はその後、書生が小沢被告の自宅内に住み込みで働いていたことを確認。社会保険はなく、給与は「ほんの小遣い程度」(小沢被告)だったことなどを聞く》
弁護人「書生の期間は何年ぐらい?」
被告「そのときの状況によって違いますが、学生のときからしているものは3、4年になる場合があるだろうと思います」
弁護人「書生から秘書になることが多いのですか」
被告「はい。多くの場合は修行期間を終え、いわゆる秘書として仕事につくことが多いと思います」
弁護人「途中で辞める人も?」
被告「はい。私も朝6時に起きますが、その前に起きて掃除や私の身の回りの世話をしなければならない。夜は夜で遅くまでですので、特に最近の若い人にとってはつらく、途中で辞めたものもおりました」
弁護人「修行を終え、すべてを分かった段階で秘書になると?」
被告「なかなか人間ですので、すべて分かる、見通せるということはできませんでしたが、そうやって一緒に仕事を手伝ってもらっているという関係では、全面的に信頼できる人間とそう思っています」
弁護人「小沢さんにとって秘書というのはどういう存在ですか」
被告「政治活動は一人ではできません。そういう意味でどうしてもスタッフ、手伝いをしてくれる人が必要でございます。政治家と秘書の関係は(民間など)他の社会の中でのいわゆる何らかの法律関係、約束、ルールで規律されている関係ではございません。まったくの人間の信頼関係で成り立っているというのが本当のところでございます」「活動の手足となると同時に、機会によっては天下の機密を見たり聞いたりすることもありますので、本当の信頼関係の中で仕事をしていくものであります」
弁護人「平成16、17年、本件のころですが、大久保さんが陸山会の会計責任者でしたね」
被告「年月日のことをいわれると覚えていませんが、たぶんそうだと思います」
弁護人「小沢さんが選任をされたんですね」
被告「はい。そうです」
弁護人「大久保さんは会計に関与していなかったと証言されましたが、それは事実ですか」
被告「はい。事実だったと思います」
弁護人「問題があるとは思われませんでしたか」
被告「問題はないし、私たちの事務所だけのことではないと思います。世間では、経理の担当、金庫番などといわれるようですが、私の事務所ではそういう言葉でいわれるような人は四十数年間たちますが、一切おりません」「主として金銭の手配、収支報告書を提出するという仕事ですが、みなさまご案内の通り、収入と支出を記載して1年のまとめを報告するだけの単純な事務作業でして。(法廷で)専門家の方の証言もあったかと思いますが、私どもも部署替えを行ったりしますけれど、だいたい順繰りに経理の担当をすることになっておりましたし、今でもそうだと思います」「ただ、資金管理団体は法改正があり、議員本人が代表をすることになっていますので、(会計責任者は)私の次に位するものでありますので、だいたい年長者をあてていたということだったと思います」
弁護人「外国人の秘書も置いていましたね」
被告「はい」
弁護人「どういう趣旨ですか」
被告「いろいろありますけど、外国の人が私に会いたいといったときの通訳や、外国からのメールの返信をしたり、また、日米、日中の草の根交流を続けておりますが、それらのプロジェクトを担当するとかの類の仕事をしてもらっておりました」
《どういった意図があるのだろうか。弘中弁護士はその後、中国籍や韓国籍、英国籍の秘書がいたことを確認。小沢被告は「外交上、いいイメージを与える効果が大きかった」などと述べる》
弁護人「秘書の方にはどの程度の仕事をまかせていましたか」
被告「私はもっぱら政治のことに集中して活動をしてきましたから、それ以外のこと。例えば経理や、(議員)会館に陳情に来た方のお世話をしたり、応対したり、連絡をしたりといった類の仕事。また、地元の日常の、私に代わっての政治活動や、全国の仲間の応援に行って少しでも手伝いをする。私の政治の大きな仕事以外はすべてを任せておりました」
弁護人「政治団体の事務処理も任せていた?」
被告「はい。そうです」
弁護人「任せるということですが、重要なことは報告を受けたりしていましたか」
被告「私は任せたことについてはすべて一切、彼らの自主的判断で仕事を任せております。任せた仕事をいちいち自分が検証し、干渉していたのでは任せる意味はない。私の関心と仕事は、天下国家の話でして、それに邁進(まいしん)する日常を送っているつもりでございます」
弁護人「陸山会は本件の土地以外にもマンションなどを持っていますね」
被告「はい。と思います」
弁護人「どういう目的のためか把握していますか」
被告「はい。それは分かっております」
弁護人「それでは順番に聞きます。まず元赤坂タワーズですが、利用目的は?」
被告「私の個人的な仕事場で、政策の勉強や執筆などにあてておりました」
弁護人「聞いた中に、賃借ではなく購入している物件がありますが、これはどうしてですか」
被告「部屋を借りるということは、後援会…ではない、陸山会で家賃を払うという形態になります。また、毎月の手当てに住宅費や交通費を加算して(秘書に)支払うちゅうことで、結局、政治団体からなる資金を、全く外に流出してしまいます。ローンの金利を払っても購入して、(物件を)売却すれば資金を政治団体の資金として使うこともできる、そういう意味です」
弁護人「(東京都世田谷区)深沢の自宅近くに秘書の寮がありますが、これは便利で必要だったということですか」
被告「はい。どこの政治団体でも同じですが、特に私どもの場合、昼夜の別なく、週末うんぬん関係なしにすぐ作業にとりかかることができます。色んな方から緊急連絡もあるので、そばにいるのが便利と思いました」
弁護人「陸山会の所有物件で、登記は小沢さん名義になっていますね」
被告「いつだったか忘れたが、資金管理団体の代表には政治家が就任しなければいけない、と法改正されて。団体名では登記できず、代表者名で登記した、ということと思います」
弁護人「小沢さん個人の資産と陸山会の資産は、明確に区別していたんですか」
被告「はい。私どもとしては一番批判の対象になるところで、必ず、契約は政治団体(陸山会)との契約になっています」
被告「それからその上に、疑惑を招かないよう『確認書』も作成しています。『私個人のものでないよ』ということで、作るように秘書に言っておいたつもりであります。法律的な契約と、任意の、念のための確認書で、公私の区別をつけてきました」
《陸山会との間で作成した「確認書」について、小沢被告は平成19年2月の会見でその存在を明らかにし、不動産をめぐる不明確な会計を否定した。しかしその後、今回起訴された問題の土地については、会見の直前に、急遽確認書が作成されたことが明らかになり、小沢被告は「秘書に指示していたが、抜け落ちていたから改めて書いた。何も悪いことではない」と釈明している》
弁護人「確認書の作成は法的義務ではなく、任意、念のためだったということですね」
被告「はい」
《ここから、弘中弁護士は世田谷区深沢の自宅の所有権利関係について確認する。小沢被告は自宅の敷地が登記上自らの所有、妻の所有、元々の地主の所有に分かれているが、地続きでつながっていることを説明。自分の所有が母屋、秘書寮が妻、事務所や駐車場などが地主の土地であり、妻や地主の土地利用については、陸山会などが賃料を支払っているとした。妻に対しても秘書寮の家賃を支払っている理由について小沢被告が答える》
被告「家内といえども別人格。政治団体で使う以上、使用料、賃料を支払うのは当然と思います」
《続いて弘中弁護士は問題となっている平成16年10月の土地購入について切り出していく》
弁護人「契約とか支払いとか、登記の記憶はありますか」
被告「寮によい土地が見つかったと報告を受けたと思います。土地の購入で合意しました」
「大久保(隆規・元公設第1秘書)か石川(知裕・衆院議員)か事実関係がはっきりしないが、代金が資金管理団体の有り金をはたけば買えるが、政治活動の運営に支障をきたす、という話があったと思う」
「それじゃ、手元の金を用立てようとなったと。あとはどのような形で活用し、どうするかは担当秘書の仕事なので。土地購入の了解と資金がないということで、手持ちの金を用立てようといって出した段階で、私の作業は済んでいます。実務はまかせていたので分かりません」
弁護人「(購入費用は)いくらということだったんでしょう」
被告「明確な数字を誰が言ったかは覚えていない。土地を購入して、寮を立てる建築費を入れると4億円と聞いたと思います」
弁護人「金を用立てるときにどういう言葉を使いましたか」
《小沢被告は少し笑いながら「まったく記憶していません」とはっきりした口調で応えた》
弁護人「大久保さんか石川さんから聞いたとき、購入費用を資金管理団体から出して、不足分を出そうとは思いませんでしたか」
被告「後になって考えればそういう選択肢もあったかと。検察官からもそのような話があったと記憶しております」
《「『なるほど』と単純に思った」と続けた》
弁護人「(担当秘書に対し)『ちゃんと戻せよ』という言葉はありましたか」
被告「言葉は全然記憶にありません。ただ、資金管理団体に寄付したわけではないので、いずれ戻る、返してもらえるのは当然と思っていた」
弁護人「やり取りをした時期は覚えていますか」
被告「覚えていません」
弁護人「(裁判)記録では平成16年9月末か10月ごろとなっている」
被告「公判での手続きでも10月うんぬんとあったので、そのころかなと。私としては分かりません」
弁護人「売買契約が完了したという話を聞いたことは?」
被告「ありません」
弁護人「石川さんに4億円を渡したのですね」
被告「はい」
弁護人「元赤坂タワーで現金を渡した?」
被告「そう思います。現金で保有していましたから」
弁護人「場所は元赤坂タワーですか」
被告「(そうだ)と、思います」
弁護人「渡したときの状況は?」
被告「覚えていません」
弁護人「石川さんに現金を渡しましたか」
被告「間違いないと思います」
弁護人「このときに、陸山会と金銭消費貸借関係ができたと思いましたか」
被告「正式な貸し借りという意識はありません。資金管理団体は私が代表だし、私が用立てるので。知らない人と貸し借りするわけではないので」
《質問は購入資金となった4億円の原資に移る。ゼネコンからの裏金との指摘もある原資について、小沢被告はこれまで「政治資金」「銀行融資」などと、たびたび説明を変遷させており、詳細不明のままになっている》
弁護人「次のテーマは4億円という手元の現金です」
被告「はい」
弁護人「(4億円は)どういうことで存在したのでしょう」
被告「私の場合は、私だけじゃないかもしれない。ずっと以前から現金で所持していた。多くは両親からの不動産、現金を相続したもの。自分自身も本を出してみたりして、印税などでかなりの額を手にしました。40年間の議員報酬をいただいていたので、それなりに保有していました」
弁護人「相続したという不動産はどこのものですか」
被告「これも1カ所ではなく、40年前のことで言うことはないと思って言っていませんでしたが、(東京都文京区)湯島の自宅や都内の土地、郷里の(岩手県奥州市)水沢の土地等々」
弁護人「湯島の不動産を売って、(東京都世田谷区)深沢の土地を買った差額は手元に残りましたか」
被告「バブルの走りで、湯島の自宅は高く売れました。これは母親の意向なんですが。世田谷区の土地はこれほどの金額ではなかったので広く買え、相当額を手にしました」
弁護人「差額は現金で所持していましたか」
被告「もちろんあります」
弁護人「他にまとまった金額は?」
被告「銀行に預金していたものが。金融危機のあたりに解約して手元に置いておきました。親から譲り受けた現金も手元に置いておきました」
弁護人「今回、小沢さんの方で、銀行の資料を精査して確認されたことは?」
被告「はい。かなりの部分は手持ちで持っていましたが、事件が起きて事情を話すことになったので、手持ちの金を客観的に証明不可能なので、金融機関に何か残っていないか要請しましたが、古いので記録がないとかで出してもらえませんでした」「それでも、しつこく頼んで、断片的に入手した記録の中でも、入金出金の数字でも記憶にないものもありました」「銀行も分からないということで、金融機関の帳簿上の数字は明らかにすることができないが、最小限、自宅の売買で最後に残ったお金は銀行の帳簿にありましたし、私が病気になったあと、家族名義で預金していたものもありました」「問題になったもの(4億円)よりも多くありました」
弁護人「検察官の質問時に銀行の資料は手元にありましたか」
被告「何年も前から何十年も前のことなので、記憶がありません。質問されて、どういうことか頭をひねる中で、こうだったんじゃないかといわれたこともありました」
弁護人「検察官は具体的に金額を上げましたか」
被告「はい。それもありました。どこで受け渡しがあったのかも聞かれました。記憶がないので、あれかな、これかなとやり取りをしましたが、『(検察官は)最終的にここじゃなかったのか』と。そうかもしれないと答えたことがありました」
弁護人「調書を見ると、具体的に銀行から(金を)おろしたとの記載があるが、これは小沢さんの方から口に出したのですか」
被告「はい。検察はすべてを知っている風情でした。私は全く記憶していなかった。検察官の誘導で『そうだったかもしれません』と答えたと思います」
弁護人「この金はおかしいという追及はありましたか」
被告「ありました。不正な金が入る当てがあったんじゃないかと。本当におかしな、ばかげた質問があったように思います。水谷(建設からの不正献金疑惑)の話も出たように記憶していますが、私どもの秘書がそんなものをもらったことはないと確信していると言いました」
《弘中弁護士の質問は、元秘書の石川知裕衆院議員が平成16年10月、大手銀行に融資を申し込んだ後、融資申込書と約束手形の用紙を赤坂の事務所に持ち込み、小沢被告に署名を求めた状況に及ぶ。小沢被告を追及する指定弁護士側によると、小沢被告は「おう」と言って承諾し、「それで、どこに署名すればいいんだ」と石川議員の指示に従って、自分の住所と氏名を署名したとされる》
弁護人「4億円の現金を渡した後、石川秘書は(小沢被告が活動拠点としていた)元赤坂タワーズ(の事務所)に来て、融資を受ける手形に署名を求めましたか」
被告「署名をしたことは事実ですが、場所はそこじゃなかったんじゃないかと…。(陸山会が入居する)チュリス赤坂ではなかったかな…」
《小沢被告はしきりに首をひねり、つぶやくように話す》
弁護人「サインを求める際、石川秘書はどのように説明しましたか」
被告「説明はなかったと思います。土地購入のことと、お互いにそう思っていたことなので」
弁護人「金額は記憶していますか」
被告「金額は…」
《記憶を追っているのか、長い沈黙が続く。小沢氏はしきりに首をかしげている》
被告「正確に覚えてないですね」
弁護人「渡した4億円はどのように活用されると思っていましたか」
被告「私が渡した4億円で融資を受けたのかなと思っていました」
弁護人「その時、石川秘書に何のために融資を受けるのかと尋ねたことはありましたか」
被告「ありません。土地を買うと、そして金が足りないということだったので、私は金を出した。後は担当者の仕事。私から聞くことも、報告を受けることもありませんでした。(石川議員ら)私の関心事ではないので、私が聞きたがっているという感覚を持っていなかったと思います」
弁護人「土地の登記を伸ばしたとかの話は出ましたか」
被告「ありません。全ては彼らの裁量の範囲内でやることで、彼らの判断で仕事をしたと思っております」
《弘中弁護士は会計事務担当が、平成17年に石川議員から池田光智元私設秘書に変わってからの状況についても質問する》
弁護人「(池田元秘書に)利息がもったいないから(金を)早く返せと指示したことはありますか」
被告「なかったと思います」
弁護人「政治資金収支報告書を見たことはありますか」
被告「ありません」
弁護人「収支報告書を出す前に小沢さんが確認することは?」
被告「一度もありません」
弁護人「どうしてですか」
被告「担当者に任せていて、きちんと報告書を作っていると確信していました。収支報告書は大事なものだが、1年間の収支のトータルを報告すればいいだけのことで単純なものですから、秘書が当然事務的にやっていると思っているので、収支報告書を見たことはありません」
弁護人「収支報告書とは別に、収支の報告をさせていた?」
被告「原則として、年末にトータルのことを経理担当者が報告することになっていましたが、現実には資料を持って説明されたことは一度もありません。単純な計算なので、政治団体がうまくいっているかというような会話を二言三言交わしておった程度で終わっていました」
弁護人「重要な事項は説明させていましたか」
被告「いえ、ありません。特別重要なことはないと思います」
《弘中惇一郎弁護士は、焦点となっている東京都世田谷区深沢の土地購入について、政治資金収支報告書に記載する時期を1年ずらすという報告を秘書から受けていたか、小沢被告自身が時期をずらすよう指示したどうかの2点について、繰り返し質問していく》
弁護人「(秘書の)石川(知裕衆院議員)さんから『(収支報告書に記載する時期を)平成17年にずらしておく』という報告を受けたことは」
被告「ありません」
弁護人「17年1月になって、深沢の所有権移転が完了したと報告受けたことは」
被告「ありません」
弁護人「報告を受けておらず指示もしていないというのは、絶対にないということか、なかったと思うということか」
被告「ないと思います!」
《小沢被告は強い口調が法廷に響く。弘中弁護士は質問を変え、収支報告書の問題についてマスコミが追及し始めたことについて尋ねていく》
弁護人「収支報告書はしばらく公開されるものだが、(報道した)マスコミに問題があったと思うか」
被告「あったと思う」
弁護人「どんな風に?」
被告「何のことでも批判するような記事が出た。常に攻撃の的になっていた。他の人でも攻撃されないことでも、常に批判の的になっていました」
弁護人「政治活動に影響は」
被告「それはありました。でも、いわれのない批判を乗り越えて頑張ってきた。有権者や国民も、徐々に理解してくれるようになったと思っています」
弁護人「深沢の土地が(マスコミに)取り上げられて困った?」
被告「特別に困るとは思っていなかった」
弁護人「批判されると困る?」
被告「そういうことは全くない。不動産の購入というのは他の政治団体でもたくさん例があるが、私の場合はいま言った通り(何をしても批判される)。いわれなき批判と何十年戦ってきた。臆することはないし、何ら不正もしていない」
弁護人「批判されるのが嫌なら、深沢の土地購入をやめるということは考えなかったのか」
被告「それも一つだが、いわれなき批判に屈することはない。天下国家の政治問題、政策論、こうしなきゃいけないと決めたことは貫き通すのが私の考え、生きざまなので。愉快ではないが、私の行動が左右されることはない」
弁護人「秘書たちについては」
被告「マスコミの批判を少しでも緩和したいという気持ち、マイナス面は避けようという配慮はあっただろう。私とは若干違う心境があるかもしれない」
弁護人「陸山会に個人の金、4億円を貸し付けたことを収支報告書に記載したことについては」
被告「格別の事情はありません」
弁護人「隠す必要があったとは?」
被告「私自身は何も(隠す必要は)ありません」
弁護人「土地購入の記載を1年ずらした、という気持ちは」
被告「私自身がですか? 私自身はそのようなことは感じていません」
弁護人「平成17年と18年になるのと、何か事情が違うと考えるか」
被告「私自身は全く考えていませんでした」
《続いて弘中弁護士は、今回の事件の捜査が、小沢被告の政治活動に与えた影響について質問していく》
弁護人「平成15年から20年ごろまでの政治状況について尋ねたいのですが」
被告「時系列的には分かりませんが…」
弁護人「では順を追って。平成15年9月に自由党と民主党が合併しました」
被告「合併は分かりますが、(時期は)記憶では…」
弁護人「合併後の衆院選で大幅に議席を増やして、(民主党の)代表代行に就任されましたね」
被告「はい」
弁護人「16年5月に(当時の民主党代表だった)菅(直人)さんが年金(未納)問題で辞任し、岡田(克也)さんが後任に。7月に参院選があり小沢さんが副代表になった。その後17年9月に岡田さんの後任として前原(誠司)さんが就任、18年3月にいわゆる『ガセメール問題』を受けて前原さんが辞任し、小沢さんが代表に就任しましたね」
被告「年月日は分かりませんが、そういう流れです」
弁護人「19年4月の地方選で勝利、7月の参院選でも勝利し、20年9月には無投票で代表に3選しましたね」
被告「はい」
弁護人「そういうなかで21年3月に西松建設事件の捜査、立件があった。この時期の政治状況について」
被告「意見陳述でも申し上げましたが、まさに総選挙が間近だった時期。本格的な二大政党対決の中で、政権交代が起こる可能性が大きいというときでした」
弁護人「西松事件の影響は?」
被告「私どもとしては突然のこと。いわれなき追及でありました。しかしマスコミ中心に、2、3カ月の間、連日の報道があった。せっかく長年かけて頑張ってきた政権交代ができなくなってはいけない。それで、5月の連休明けに代表を辞任しました」
弁護人「その後は」
被告「代表代行として選挙担当に。選挙の対応を取り仕切っていました」
弁護人「それで約半年後、22年1月に陸山会事件。これが起きたときの政治状況は?」
被告「政権交代の後ですよね? 鳩山(由紀夫)内閣のもとで党幹事長をさせていただいていた。捜査が始まりまして、同時に鳩山さん自身の問題もあり、参院選が間近に控えていて、衆院の大勝利の余波でなんとしても議席を勝ち取りたい、と。われわれの問題で足を引っ張っては残念なことになるので、2人とも身を引こうということになりました」
弁護人「その後は」
被告「菅(直人)さんが(首相に)なりましたが、TPPや消費税の話をほとんど皆にはかることなく持ち出して、参院選では惨敗しました」
《ここで弁護側の質問が終了。裁判長が小沢被告に席に戻るよう促し、一時休廷を告げるとともに、午後は1時半から再開することを告げた》
《一礼して席に戻った小沢被告は再びペットボトルに口をつけると、弘中弁護士と顔を寄せ合い、話し込んでいた》
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《昼の休廷を挟み審理が再開。検察官役の指定弁護士を務める大室俊三弁護士の小沢被告に対する被告人質問》
指定弁護士「平成16年、17年の政治資金収支報告書作成について(秘書らと)協議したり、内容について報告を受けたことはありますか」
被告「ありません」
指定弁護士「記憶がないのではなく、事実として協議、報告がなかったんですね」
被告「ありません」
《大室弁護士は続けて、収支報告書以外の会計処理について協議・報告があったか▽公判開始後の現在は収支報告書を確認したか▽16年10月の土地購入契約の締結報告を受けたか▽登記未了のまま土地代金を支払い終えたことについて報告を受けたか−など、質問を並べていく。すべての問いに「ありません」「知りません」と力強く否定する小沢被告に対し、「記憶がないのではなく、絶対に事実がないのか」を確認。小沢被告はいずれも自信たっぷりに頷く》
《指定弁護士は続けて、今回の事件に関わる各証拠文書の「小沢一郎」名義の署名・押印部分を1枚ずつ表示。小沢被告本人が署名・押印を行ったか確認していく》
被告「なんですか、こりゃ?」
指定弁護士「(東京都世田谷区深沢の)土地の購入申込書です。自分で名前を書きましたか」
被告「私ではないと思います」
指定弁護士「ハンコもあなたではない?」
被告「違います」
《不動産関連の一連の書類が1枚ずつ示され、小沢被告は署名・押印を行っていないことを繰り返し説明。小沢被告の実印が押印された登記用委任状が表示されたところで、印鑑管理について言及される》
指定弁護士「この印鑑はあなたのものですね」
被告「これはそうだと思います」
指定弁護士「誰が、どこで管理していますか」
被告「(表示されている)これは実印ですか?」
指定弁護士「多分違うと思いますが」
被告「あー、実印も銀行印も、秘書が使えるように、実際には私の机のカギがかかっていないところにあり、自由に持ち出せます」
指定弁護士「(陸山会の事務所がある)チュリス赤坂の机ですね」
被告「以前は議員会館だったかもしれないが。いつからかはわかりません」
《実印を使用する際の承認についても小沢被告は「全くない」とし、「今も自由に使えるようにしている」と強調する》
《続いて、16年の土地購入について、小沢被告が陸山会との間で作成した「確認書」が示される。小沢一郎名義で土地購入契約が締結されているが、これが陸山会代表の「小沢一郎」によるもので、「小澤一郎」個人の所有でないことを確認した本登記日の平成17年1月7日付の書面だ。小沢被告は平成19年2月の会見でその存在を明らかにし、不動産をめぐる不明確な会計を否定したが、実際には確認書がこの会見の直前に作成されていたことが判明している》
《確認書の署名はやや乱雑で、「沢」の字の「さんずい」が「にすい」に見えるなど、これまで表示された証拠とは筆跡が異なるようだ》
被告「これは何の書類ですか」
指定弁護士「中身を読んで見てください」
被告「…あ、分かりました」
指定弁護士「これは自分で(署名を)書きましたか」
被告「そう思います」
指定弁護士「押印は」
被告「していません」
《続いて指定弁護士は16年10月の銀行への融資申込書を示す》
指定弁護士「『借入申込人』の名前はあなたが書きましたか」
被告「多分そうだと思いますが、この法廷で問題になっている土地購入時の融資ですよね?」
指定弁護士「そういう趣旨のはずです」
被告「そうであれば、私の署名だと思います」
指定弁護士「前提を抜きにして、筆跡と記憶で自分の署名かどうか分かりませんか」
被告「筆跡だけでは確実とはいえないが…。多分私の筆跡だとは思いますが」
《大室弁護士は別の日付の融資申込書を示し、これまでと同じように押印の有無を尋ねる。単調な質問の繰り返しに飽きたのか、淡々と答えていた小沢被告の返答に不満の色がにじむ》
被告「えー? 印鑑なんか、わたしゃ押しません」
《最後に、大室弁護士は国会議員が自らの資産内容について議長宛に提出する各年度の「資産等報告書」を表示。署名が自らのものであるか問われ、小沢被告は「ちがうと思います」と5回続けて繰り返した》
《大室弁護士は大善裁判長を向き「前提的な質問は以上で終えます」と述べ、本格的な質問に入っていく》