潜入ルポ 福島第一原発「被曝覚悟で闘う現場作業員たち」 放射線量が増大し作業はますます危険に
現代ビジネス2011年04月08日(金) FRIDAY
福島第一原発周辺の通行車両を除染する作業員。「一日1回、防毒マスクのフィルターを交換しています」
芝生の上にサッカーボールは見当たらなかった。ピッチの隅に追いやられたゴールの脇では、クレーン車が鉄板を敷き詰める作業を進めている。駐車場に目を向けると、陸上自衛隊の74式戦車が2台と航空自衛隊の赤い消防車数台が見える。
パタパタパタパタ・・・。
大きな音がする方角を見上げると、迷彩色のヘリコプターが降下してきた。砂埃が上がる着地点に向け、防毒マスク、防護服をまとった白装束の男たち数人が駆けていく—。サムライジャパンの合宿所として知られる、日本最大のサッカー施設「Jヴィレッジ」(福島県双葉郡楢葉町)。原発建設の見返りとして東京電力が県に寄贈した広大なサッカー場は、皮肉なことに、その東電のために戦場と化していた。
東日本大震災以来、緊迫した状態が続いている福島第一原発。東電社員、自衛隊、東京消防庁ハイパーレスキュー隊らが連日、命がけの復旧作業を行っている。
その前線基地となっているのが、第一原発から南方20Kmに位置するJヴィレッジだ。避難勧告エリアにあるため、メディアのカメラが入るのは本誌が初。だが、記者が現地に足を踏み入れた3月27日午後の時点で"基地"には100名以上の男たちがいた。自衛官や消防隊員より、むしろ目立ったのは大手ゼネコンや東京電力の協力会社の作業員たち。
「私たちはテレビには映りませんから」
「一般人」の多さに戸惑う記者に、笑いかけたのは大成建設の作業員だった。東電の要請を受け、社員26名、協力会社の作業員100名の陣容で、3月16日から福島第一原発内で作業を行っているという。
実際に第一原発敷地内で作業を行った作業員の一人はこう語った。
「防護服を着て、3号機の10mくらいまで接近して作業をしました。消防車やポンプ車が通れるように、重機で瓦礫を撤去するのが私たちの仕事です。3月18日の朝7時に敷地内に入り、戻ってきたのは夜8時くらい。東電さんが線量計で放射線の数値を測ってくれます。
限界に達するとアラームが鳴って知らせてくれる仕組み。社の規定では1時間あたり100ミリシーベルトが被曝の限度ですが、今回は80ミリシーベルトに設定して、安全第一でやっているので、実際に作業できる時間は2時間程度。一度に作業するのは20人くらいで、その他の人は、敷地内にある免震棟という非常時に使う施設で待機。目に見えない放射能の恐怖の中での作業は緊張します」
そう言うものの、作業員の言葉は力強い。士気が高いのだ。
「みな、志願した上で、上長と面接して意思を再確認してから、ここに来ています。国を救いたいという一心です」
Jヴィレッジ内の駐車場で待機していた東電の二次請け会社の役員が恐怖体験を振り返る。
「私たちは物流を担当しています。毎日、「カロリーメイト」や野菜ジュースなどの食料、ホースなどの資材を原発まで届けるのです。問題なのは、私どものような下支え作業員のところには、情報が届くのが遅いということ。3号機から原因不明の黒煙が出た日(3月23日)も、煙の中を、車を走らせ、原発敷地内に入っていました。『これはヤバイな』と慌てて荷を下ろして引き揚げたんですが、まさか退避命令が出ていたとは・・・。幸いその日の放射線量検査はセーフ(基準値内)でしたが、翌日はアウト。少し、被曝してしまいました」
彼の言う「翌日」とは、東電の協力会社の作業員3名が、3号機のタービン建屋地下で作業中、170〜180ミリシーベルトという高濃度の放射線に被曝。うち、2人が病院へ運ばれた3月24日のことだ。
「実は、私はあの3人のすぐ隣で除染を受けていたのです。裸になって、空のプールに入って水で体を洗うのですが、仕切りがあって、彼らの表情までは見えませんでした。ただ、東電社員や消防隊員が大勢駆けつけたので、かなりヤバい状況だというのは分かった。ここに来て10日になります。もちろん、ニュースはチェックしているんですが、放射能に対する恐怖に慣れつつあるのが怖いですね」
自衛隊員や消防隊員で宿泊施設が一杯なため、彼らは自分たちのバスの中で寝泊りしているという。
「命の保証はできない」
話を聞いている最中に東電の総務と名乗る男が険しい顔で近づいてきた。
「許可は取っているのですか。作業員たちに声をかけるのはやめてください」
その後、作業員たちは口をつぐんでしまった。3月29日付「東京新聞」は、東電の協力会社が日当40万円という高報酬で作業員たちを募っていたという証言を掲載した。
「現在は20万円ほどだそうですが、震災翌日には100万円の値がついたそうです」
と驚きの証言をするのは、原発から約25Km、屋内退避エリアの福島県南相馬市に今も暮らす田中大さん(30・仮名)だ。
「知人が福島第一原発で働いていたんです。震災当日は4号機で作業をしていたんですが、新潟への避難を決断。親戚にも県外退避を促していると、作業員仲間から電話があって、『明日、現場に出たら報酬100万円だそうだ。命の保証はできないらしいけど』と誘われたそうです」
知人がこのオファーを蹴ったことを知って、田中さんは恐怖を覚えたという。
「いわば、原発の現場を熟知する人間が避難する道を選んだワケですから。彼は『いつまで南相馬にいるつもりだ? プルトニウムが撒き散らされていることが発表されたら、自由に移動できなくなるかもしれないぞ。浪江(原発のある地区)から福島市までは汚染されやすいホットスポット。間違いなく人体に影響はある。
ヨウ素は甲状腺、セシウムは精巣に貯まり、がん発症の引き金になる。水も飲むな。今の基準値は事故後、100倍甘く引き下げられた数値だ。みな、パニックが起きないよう安全を強調しているんだと思う』とまで言っていた。彼と話した3日後の3月28日、プルトニウムが検出されたという報道が出てゾッとしました」
プルトニウムは報道の1週間前に採取された土から検出されたことを考えると「安全を強調している」という言葉が不気味なほど真実味を帯びる。
Jヴィレッジには、そんな被曝確実の現場に向かう人が現在も溢れていた。一体、なぜ、何のために—前出の会社役員はこう理由を語るのだった。
「ウチは発注元と条件面の話はできていませんが、仕事だからというのはある。けれど、それ以前に日本を救いたい。家族を守りたいという使命感が我々を突き動かしています。中一になる息子は『父さんが頑張ってるんだから、俺も頑張るよ』と見送ってくれましたが、不安は隠せなかった。確かに放射能は怖い。けれど、誰かが行かないといけないから」
テレビには映らない、無名のヒーローたちが原発危機と日夜戦っている。
命懸けで働く作業員に、被曝に対する予防を!
「隊長の会見を見て、胸を打たれました。彼らは命を懸けて最前線で戦っていた。ならば、我々、医療者は有効な予防法を考え、彼らを守らなければならないと感じたのです」
3月18日から行われた、福島第一原発内での東京消防庁ハイパーレスキュー隊による放水作業は、一定の効果を得たと言われている。被曝しながらも任務にあたった隊員、なかでも冨岡豊彦総括隊長(47)らの涙ながらの会見に多くの人が胸を打たれた。冒頭のように語る、虎の門病院血液内科部長の谷口修一医師もその一人だ。原発内外では今もなお、高濃度の放射線が測定されている。
「これからも原発の第一線で働き、被曝してしまう人は多いでしょう。急性の放射線障害は細胞分裂が速い細胞で起こりやすい。まず、破壊されるのは骨髄(造血)機能と生殖機能です。造血障害による"致命的な状況"を防ぐには、"造血幹細胞移植治療"が効果的。作業員から事前に血液を造る幹細胞を採取・保存しておけば、造血機能が破壊されても、保存した幹細胞を再注入して、造血機能を回復させることができるのです」(谷口医師)
3月28日、原発2号機タービン建屋脇のトレンチに溜まった水の表面から、毎時1000ミリシーベルト以上の放射線量が計測された。これは、作業員の被曝線量上限の約4倍。30分その場にいただけでリンパ球が半減。1時間で嘔吐などの急性症状が現れ、4時間いれば1ヵ月以内に50%の確率で死亡するとされる値である。しかし、冷却機能復旧のためには汚染水の除去が目下の最優先課題。当然、多くの人が現場で作業することになる。その際に、先の"造血幹細胞移植治療"は有効な"予防"になるという。
「地震発生以来、我々の想像を絶することばかりが起きている」
こう語るのは、九州大学病院遺伝子・細胞療法部の准教授・豊嶋崇徳(てしま・たかのり)医師。対応が後手後手の東電と政府に苦言を呈し、豊嶋・谷口両氏は、作業員への予防医療の重要性を語る。
「重大事故時の緊急作業において総被曝線量の国際基準上限は500ミリシーベルト。"予防"をしておけば、その10〜20倍くらいまでの被曝をしても治療が出来る」(谷口医師)
つまり、急性症状が現れ始める1000ミリシーベルト以上の被曝をしても治療は可能なのだという。方法は?
「直接、骨髄に針を刺して髄液を採取するのは、かなりの痛みを伴い、作業員が仕事に復帰するにも1週間ほどかかる。他に、G‐CSF(体内に存在する白血球を増やすサイトカインというタンパク質)という薬剤を投与し、骨髄から造血幹細胞を追い出し、採血する方法もあります。ただ、この方法でも、充分な幹細胞を得るには4〜5日かかる」(豊嶋氏)
今、この瞬間も現場の最前線では作業員が戦っている。一刻の猶予もない。だが、別の手立てがあるという。
「『モゾビル』とG‐CSFを併用することで、幹細胞を採取するため、4〜5日かかっていた治療を1泊2日の入院に短縮できます。ただ、『モゾビル』は日本では未承認なんです。欧米やアジア諸国ではすでに使用されている薬剤なのですが・・・」(豊嶋氏)
『モゾビル』は造血幹細胞の血中濃度を高め、採取しやすくする注射薬。入院1日目の夜12時頃、皮下注射で投与する。翌朝6時にG‐CSFを筋肉注射し、9時頃から採取開始。3時間後の12時頃に終了する。
「副作用は一切ない。採取も通常の採血と同様で両腕を伸ばした状態で針を刺すだけ。退院後、すぐに作業に戻っても問題はありません。私どもは、モゾビルの使用許可を得るために官邸にも足を運びました」(谷口医師)
他国で使用を許され、日本では未承認の薬剤の使用要請を官邸はどう受け止めたのか? 厚労省関係者が明かす。
「仙谷由人官房副長官はその案件について、表立って了承はしないが、薬剤の使用を禁止することもしなかった。前代未聞です」
明るい話に聞こえるが、豊嶋医師は"治療の限界"についても明かす。
「急性障害自体は2週間で治ります。だが、これはあくまで"血液の部分"に関してのみ。例えば造血器官の次に影響を受けやすい、腸などに内部汚染が進むと、腸管破壊が起こってしまいこの予防法では手に負えない。あくまで、限定的な保険のようなものです」
3月30日時点、すでに谷口医師の下には、"移植医療"依頼が届いている。患者は原発周辺のガレキ除去に向かう作業員。費用は保険が利かないため、1回20万円と高額だ。
「治療費を支払うのは国か、それとも東電や関連企業なのかー。早急に対応していかなければならない問題です」(豊嶋医師)
高い"保険料"だが、命をお金の多寡では語れない。国や東電は最低限この移植の費用を負担すべきではないか。
*強調(太字)は、来栖
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福島第一原発「被曝覚悟で闘う現場作業員たち」
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