TPPでも東電問題でも迷走し、橋下市長が当選したらあわててすり寄るーー政策のない自民党は、もはや存在理由を問われている
現代ビジネス「ニュースの深層」2011年12月02日(金)長谷川 幸洋
自民党がいよいよ情けない状態になってきた。
環太平洋連携協定(TPP)への対応をめぐって、先々週のコラムで「党として自分たちのスタンスをはっきり打ち出せないから、言葉尻をとらえて難癖をつけている。こんな態度では、永遠に支持率は上がらないだろう」と書いた。それから2週間経っても、状況は少しも変わっていない。
自民党議員だって世間の批判は分かっているはずだ。なのに、さっぱり議論を深めようともしない。いったいどうなっているのだろうか。
谷垣禎一総裁は30日、野田佳彦首相と国会で初の党首討論に臨んだ。谷垣はTPPについて「経済連携に関する特別委員会を国会に設けてほしい。コメはどうするのか。小麦や乳製品、サトウキビを守るのか守らないのか」と野田を追及した。
ところが、野田に「自民党のTPPの立ち位置はどうなっているのか」と切り返されると「政府が持つ情報が伝わってこない。情報共有からスタートしなければならない」と逃げるだけだった。「TPPについて明確な回答がなかった」と野田に追い討ちを浴びせられる始末である。
消費税も似たような感じだ。
野田は「政府が(増税の)素案をまとめたら、自民党総裁として協議に入ると約束してほしい」と述べたが、谷垣は「すでに(消費税引き上げを)党議決定し、方向を出している。2年前の衆院選で消費増税を言った人は(野田内閣に)だれもいない。首相は信を問い、足腰を鍛え直して出てこなければいけない」と衆院解散・総選挙を求めた。どうやら民主党と増税で協議するつもりはなさそうだ。
私はTPPの交渉参加に賛成で、消費税引き上げに反対である。だから野田に肩入れするわけではまったくない。ただ、谷垣の立場で考えれば、次の2点はあきらかと思う。
まずTPPへの賛否を明確にする必要がある。
いくら政府に比べて情報がないといっても、話は相手がいる交渉ごとである。日本が参加表明した後には、カナダもメキシコも入りたいと言い始めた。情勢はどんどん動いているのだ。そういう中で日本が基本的に交渉に対して、どういう姿勢で臨むのか。ここをはっきりしてもらわなくては、自民党を支持しようにも反対しようにもできないではないか。
次に消費税については、引き上げを方針を明確にした野田には基本的に協力する。自分も相手も同じ増税を目指しているのだ。それなのに「2年前は違うことを言っていたのだから、まず解散・総選挙を」というのは「お前は資格がないから、オレにやらせろ」と言うのと同じである。ようするに政策より政局、権力奪取が先に立っている。
国民にとっては、だれが政権を担おうが、正しい政策をしてくれればいい話である。
TPPと消費税。この2つをみるだけで谷垣自民党は「国民生活や日本経済、財政規律よりも政権奪取が目的の党」であることが明確になってしまった。言っていることとやっていることが違うのである。
まだある。東京電力問題だ。
自民党は原子力損害賠償支援機構法をめぐる採決に賛成し事実上、東電の存続を認めている。ところが、先の衆院予算委員会で塩崎恭久議員(予算委筆頭理事)は東電解体を前提に野田政権を追及した。株主や銀行の責任を問わずに税金や電気料金値上げの形で国民に負担をもとめるのはおかしい、と迫ったのだ。
党の立場と塩崎の主張がはっきり異なっている(この問題で私は塩崎を支持する)。
増税について、自民党は必ずしも一枚岩というわけでもない。たとえば復興増税をめぐっては、安倍晋三元首相が会長を務める「増税によらない復興財源を求める会」があり、賛同者には森喜朗元首相や中川秀直元幹事長らが名を連ねている。
いくつもの重要案件をめぐって、こうも態度がはっきりせず、行動は政局優先だとすると「自民党という政党はいったい何をしたいんだ」と問われるのも当然である。
仮に谷垣が求める解散・総選挙になったところで、有権者は「自民党はTPPや増税問題、東電・原発問題をどうしようと考えているのか」ととまどってしまう。いまのままでは「自民党」を名乗っていても、どうやら考え方は人によってばらばらだから、1人ひとりの候補者に考え方を確かめなくてはならなくなる。
自民党がなぜ情けないかと言えば、リーダーの資質もある。どちらかといえば、谷垣は人柄がいい調整型で「千万人といえども我往かん」という強い指導力がない。それではダメだ。意見を足して二で割りながら攻めてみたところで、迫力が出るわけがない。
まずは党を壊すくらいのつもりで政策論争を詰めて、ぜひ党の方針を明確にしてもらいたい。それが無理なら、国民に分かりやすく政策を軸にして、思い切って党を分裂してもらいたい。
同じことは民主党にも言える。小沢一郎元代表は野田が消費税引き上げに突っ込むなら党が分裂する事態をにおわせている。国民目線で考えれば、小沢が言うように、政策が違うなら党分裂が正しい。政党は政策を実現するためにあるからだ。
永田町の二大政党が政策をめぐって支離滅裂状態を深める中、先の大阪ダブル選挙では大阪都構想を掲げた橋下徹前府知事が率いる「大阪維新の会」が圧勝した。たしかに都構想実現には法改正というハードルが待ち構えている。だが、構想を支持した市民、府民から見れば「政治は私たちのためにある」という明確な判断基準ができた形だ。
すなわち大阪都構想に賛成する議員なら支持、反対なら不支持という基準である。大阪都という地方自治体の組み換え構想が国政に対する判断基準になったのは画期的な出来事だ。対立候補を応援した自民党や民主党は大阪維新の会圧勝をみて、さっそく橋下にすりよっている。ここでもやはり「政策軽視、政局重視」の姿勢が鮮明になっている。
自民党も民主党も互いに「どう相手と戦うか」などという議論をする前に「そもそも自分たちはどんな政策をしたいのか」をじっくり考えるべきだ。問われているのは、政党の存在理由である。(文中敬称略)
*長谷川幸洋「ニュースの深層」(はせがわ・ゆきひろ)
東京新聞・中日新聞論説副主幹。1953年、千葉県生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業。ブリュッセル支局長などを経て現在に至る。政府税制調査会委員などを歴任。「日本国の正体 政治家・官僚・メディア―本当の権力者は誰か」(講談社刊)で第18回山本七平賞を受賞。
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自民党 政権奪還して何をする
2012年1月23日中日新聞 社説
党首の年頭あいさつにも、採択した運動方針にも、衆院解散・総選挙で政権奪還、の掛け声があふれた。しかし問題は、いま何をするか、だ。政権にかつて長くあった、老舗の党の矜持を見せよ。
自民党が野に下って三度目の、新年恒例の党大会だった。
野田民主党政権の評判はなお芳しくない。解散・総選挙で取って代わる好機だと、野党第一党として気がはやるのも無理はない。
党の運動方針には「日本の存亡をかけた政治決戦の年」「政権を奪還し、日本の危機を救う」と、それが表れた。
ところが大会は簡素ではあったが締まりがない。往時と違う盛り上がりの乏しさは冷たい雨のせいばかりではないだろう。やはり政権与党としての立場を失うことの意味をあらためて感じさせた。
端的だったのが、経団連会長、米倉弘昌氏の来賓あいさつへ会場の一部からやじが飛んだことだ。
米倉氏は、一点率直に、と前置きして、環太平洋連携協定(TPP)推進と消費増税による社会保障立て直しへ、政策論議をリードしてほしいと促しただけである。
場をわきまえよ、余計なことを言うな、の抗議のやじに、企業献金が細り、野党暮らしも板についてしまったと隔世の感だった古参党員もいたのではなかろうか。
これら重要テーマに自民党はいったいどう対応するのか、まだ答えていない。消費増税などをめぐって党は、野田政権が呼び掛ける与野党協議に応じるのかどうか。会場も息を潜めて傾聴した。
谷垣禎一総裁は「いま問われているのは自民党はなぜ協力しないかではなく、信を問い直せということだ」と、総選挙やり直しが先決、との主張を繰り返した。
公約が総崩れ状態の無責任政権に終止符を打ち、正統性ある政権樹立を、という谷垣氏の言い分はよくわかる。与党との密室談合を良しとする国民などいまい。
だが、与野党協議をかたくなに拒んでいては、これまでと同じ、動かぬ国会、何も決められない政治を繰り返すことにならないか。
各種世論調査で支持政党なしの回答が急増している。二十四日からの通常国会も駆け引きやにらみ合いに終始しては、与野党で政党・政治不信まん延のお先棒担ぎを競い合うことになりかねない。
政権を奪還して何をするか。目前の危機にどう向き合うか。谷垣氏の言葉足らずが不満だ。代表質問、党首討論での出直しを待つ。
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◆「霞が関の大魔王」勝栄二郎危険極まりなし/内閣に「大増税」へと舵を切らせている 2011-10-05 | 政治
あっという間に、どじょう鍋にされたノダ 「霞が関の大魔王」勝栄二郎危険極まりなし 高橋洋一×長谷川幸洋
現代ビジネス2011年10月05日(水)週刊現代
■しっかり増税、とにかく増税
長谷川 野田佳彦政権の布陣を見ると、見事な増税シフトですね。そして、この増税一直線政権のプロデューサー兼シナリオライターが財務省の勝栄二郎事務次官であることは、衆目の一致するところです。
高橋 要するに「陰の総理大臣」ということね(笑)。
長谷川 そこで今日は「勝栄二郎」を徹底的に解剖していこうと思うんですが、その前提として、野田政権の人事について触れておきたい。これはもう明らかな党重視ですね。政策決定の鍵を握る政調会長に前原誠司前外相を起用し、仙谷由人元官房長官を政調会長代行に据えた。さらに財務省OBの藤井裕久元財務相を党税調会長にした。
野田政権は政策決定の前さばき段階で党がかなり重要な役割を果たすようにしたわけですが、これは民主党の中に反増税派ないし増税慎重派がいるから。それを押さえ込んで増税を実現するために、こんな重厚な布陣になったわけですね。
高橋 通常の政策決定プロセスは、まず政府で案を作り、それを党で揉んで、それから国会へ提出する。どこにいちばん力点を置くかというと、国会のねじれがなければ、政府か党のどちらかです。
では今回はどうかというと、国会はねじれているけど、自民党はもともと増税賛成。だから、政府段階では財務省にとっての理想的な増税メニューを打ち上げておいて、党である程度レベルダウンするけれども、国会では自民党を巻き込んで、しっかり増税。こういう筋書きがもう決まっている。つまり、党レベルでの反増税圧力をどれだけ弱められるかがポイントなんです。だから布陣は党高政低。政府としては、目いっぱい高い球を投げるだけだから、財務官僚がやればすむことなんですよ。
長谷川 党重視にした分、閣僚人事は軽くなった。その代表が、財政のことをよく知らない安住淳財務相と、旧大蔵省OBの「過去官僚」古川元久国家戦略相。この2人は財務省が完璧にコントロールできる。そこで、もうひとつのポイントが勝次官による財務省人事になるわけです。
高橋 そう。内閣は軽量だけど、そこに送り込んだ財務官僚は重量級なんです。なにしろ勝さんは、官房副長官(事務)を取ろうとした。結果的に国交省の竹歳誠事務次官に落ち着きましたが、当初は前財務次官の丹呉泰健さん(読売新聞グループ本社監査役)の起用を本気で考えていた。
長谷川 丹呉副長官だと、あまりに財務省支配がミエミエだからねえ。でも、旧建設省出身の竹歳氏は、建設公共担当の主計官も経験した勝次官とはツーカーの仲で、一心同体みたいなものでしょう。
高橋 というより頭が上がらない。予算でお世話になった勝さんの意向通りに動くと思います。それから、主計局総務課長から局次長になったばかりの太田充氏を総理秘書官として官邸に送り込んだ。彼は保守本流である主計のトップランナー。正真正銘の重量級です。
もう一つ驚くのは、蓮舫行政刷新担当相の秘書官に財務省課長の中堅クラスが行っていること。本来なら課長補佐の最終段階くらいの年次が就くポストですけど、そこに'88年入省組の吉井浩氏を送り込んでいる。
長谷川 蓮舫大臣の担当する行革とか公務員制度改革は官僚にとって重要なポイントだから、しっかり押さえておきたいという狙いですね。それに彼女は民主党のスター的存在で発信力もあるし、注目度も高い。
高橋 実は勝さんが彼女の秘書官に吉井氏を送り出したのは前回の大臣時代。その後、首相補佐官に格下げされても「補佐官補」という肩書でずっと密着させてきた。勝さんは蓮舫さんの利用価値を読んで、きっちりマークしてたわけ。
長谷川 '88年組と言えば、古川国家戦略相の同期。しかも、この期には自見庄三郎金融担当相秘書官の井藤英樹氏もいる。
高橋 古川国家戦略相は閣僚兼秘書官みたいなものだから(笑)、この「同期秘書官トリオ」は強力ですよ。財務省に入省すると一般的な省庁研修のほかに、3週間ぐらい寝食を共にする省独自の長期合宿を行う。ここで同期の結束が非常に深まり、よその役所とまったく異なる人的ネットワークになるんですね。
長谷川 なかなか見事だねえ、このあたりの勝次官の人事は。
■人呼んで「パー・ペット内閣」
高橋 さらに言えば、藤村修官房長官秘書官には'89年組で主計畑のエース候補・宇波弘貴氏をつけた。初入閣で官邸のことなど右も左もわからない官房長官は、秘書官の言いなりになるしかないでしょう。それに宇波氏は、安住財務相の秘書官になった小宮義之氏の同期。ここの連携も完璧です。
長谷川 加えて、内閣府政務官に就任した民主党の大串博志代議士も入省同期の財務省OBだ。
高橋 '83年組の太田首相秘書官を筆頭に、閣僚にこれだけの数の秘書官をはり付けておけば、財務省で内閣を切り盛りできますよ。はっきり言って、大臣なんか誰でもいい。口の悪い永田町の住人が言っていましたが、「野田パペット(操り人形)内閣」ならぬ「パー・ペット内閣」と呼ばれているそうです。
長谷川 財務省に飼われる愚かな閣僚たちか(笑)。
高橋 財務省風味のどじょう鍋と言う人もいる(笑)。
長谷川 財務省の本省人事も見ておきたい。意外だったのは、「10年に一人の大物」と呼ばれた斎藤次郎元大蔵次官の娘婿である稲垣光隆氏が主計局筆頭局次長から財務総合政策研究所長へ外されたこと。ここは、局長になれなかった人の上がりポスト。彼は'80年組のエースだったのに・・・・・・。
高橋 これも勝さんの深謀遠慮だと思います。斎藤さんは現在、日本郵政社長。今後、郵政株売却が増税額圧縮の材料として浮上する可能性がある。その際に、斎藤大先輩に遠慮なく増税路線を貫くには、娘婿が邪魔になるという計算でしょう。つまり、いくら優秀でも省益にそぐわなければ斬り捨てるという冷徹な判断をした。
長谷川 なるほど。その一方で、同期の佐藤慎一氏を官邸の内閣審議官から呼び戻して省内司令塔の総括審議官に据えた。主税局の主要課長を歴任した税制のトップランナーをこのポジションに起用した意図は明白ですね。
高橋 それに、省内トップエリートの登竜門である文書課長だった星野次彦氏を主税局審議官にしたし、主計の花形である公共担当主計官をしていた井上裕之氏を主税局税制一課長に起用した。これらの人事は完璧な増税シフトですよ。もうまるで、増税大魔王(笑)。
■マスコミの懐柔も得意です
長谷川 さて、その大魔王の経歴を見ると、'95年から'96年にかけて為替資金課長を務めていますね。ところが、実際は為替資金とは無関係の仕事をしていた。当時、橋本龍太郎政権の行政改革で大蔵省については財政と金融の分離が叫ばれていて、実は大蔵省抵抗部隊の裏司令塔が勝課長だった。「あの人は手ごわかった」と当時、官邸で行革を担当していた人物から聞いています。
ちなみに為替資金課長になる前に内閣官房長官秘書官をやり、為替資金課長のあと主計局の企画担当主計官や文書課長といった、ど真ん中のエリート街道を歩んでいる。財務省の文書課長というのは、書類を扱うわけじゃなくて、要するに国会担当。予算委員会では必ず部屋の隅にいて、大臣にこういうメモを入れろとか、こう答弁させろとか、そういう指示を出す司令官ですね。
高橋 勝栄二郎という人は人心掌握がうまいんです。私の役人時代のことですが、5年も後輩で直接の部下でもない私のところに突然電話をかけてくる。ボソボソした声で「すまないけど、今度の日曜日に会えないかな」とか「ちょっと君の力を借りたくてね」とか言うわけですよ。で、指定された都内のホテルへ出向いていくと、省内の若手が何人か集まって自由闊達に議論していて、勝さんがじっと聞いている。そしてしばらくすると、その時の議論が省の政策として打ち出されたりする。若手にとっては、これが嬉しい。
長谷川 腰が低くて、他人に対して居丈高な姿勢をまったく見せないでしょう。私も安倍晋三政権時代に政府税制調査会の委員をしていて、舞台裏の会合で何度も勝さんに会いましたが、彼は総括審議官で超多忙な頃だったのに、絶対に遅刻しなかった。そして末席に座って、誰に対しても丁重に接する。
高橋 彼はしゃべり言葉が丁寧で、ゆっくりしているんですね。それで政治家やマスコミの記者にウケがいい。それと、こう言ってはアレですが、頭がキレすぎない(笑)。
長谷川 なかにはマスコミに居丈高になる官僚もいるけど、勝さんはまったく正反対。女性記者との会合も積極的にセットしていたみたいですよ。
高橋 ただね、言葉遣いが丁寧なのは、彼がドイツ育ちの帰国子女で、日本語が少し不自由だからなんです。発音も少しヘンで、電話でボソボソと「勝です」と言われると、「カツドン」に聞こえる(笑)。逆に書き言葉は、勉強して覚えたおかげか、妙に格調高い。
結局、日本語が得意じゃないから、あまりしゃべらない。ときどきしか話さないから、自然と言葉に重みが出る。そういうタイプですね。
長谷川 先ほどから見てきたように、人事もうまい。
高橋 そう。論功行賞も考えていて、日曜日の会合などに出たら、ご褒美があるんですよ。上の人のお供で海外に同行することなんです。次官OBや天下ったエライ人はヒマでよく海外に行く。その際に必ずお付きの者をつけるんですが、勝さんは日曜日に呼び出した若手をうまくセットするんです。海外出張のお供で2週間も一緒にいれば、そのOBの覚えがめでたくなる。それは出世にも少なからず影響するから、結構なご褒美なんですね。出張同行の指名を受けた側も、ああ、これは勝さんのご褒美だなと分かります。こういうやり方が非常に心憎い。
長谷川 それで省内に勝ファンが増えていくわけか。
ところで、内閣も省内も完璧なまでの増税シフトを構築した勝さんには、「剛腕・斎藤次郎の再来」という評価もある。剛腕・勝栄二郎は果たして、このまま増税路線を突っ走るのかどうか。
高橋 野田総理の代表質問への答弁に、その答えがありますよ。野党から「消費税増税の前に国民の信を問うべし」と問われ、総理は「実施の前に信を問います」と答えている。国民もマスコミも、納得しているようですけど、これは間違いなく財務省が仕掛けた罠です。
「増税前に信を問う」というのは、普通は増税の是非を総選挙で問うという意味ですよね。ところが「実施の前」だと、増税法案が成立して増税を行う前に選挙をするという意味になる。つまり、いま予定されている通りに来年の通常国会には消費税増税法案を出して可決成立させる。その後のしかるべき時期に信を問うことになるけど、そこで与党が勝とうが負けようが、法案が通っている以上、消費税は粛々と引き上げることになる。これが勝財務省のシナリオです。
■今度のジローはしたたかすぎ
長谷川 実施前に凍結法案を出して、増税を止める手もあるけど。
高橋 無理、無理。実施直前に総選挙を設定すれば、凍結法案を出す余裕はない。そういうスケジュール管理は、財務省のお手のものです。そのために優秀な人材を秘書官に送り出しているわけだし。それに、「ここで凍結すれば、経済が大混乱します」と政治家を脅すことだって平気でやる。
長谷川 確かに、橋本政権で消費税率を3%から5%に上げたときも、景気悪化が懸念されたのに、スケジュール通りに実施された。
高橋 そう、その挙げ句にデフレが深刻化して、税収まで減っていった。バカじゃないのって話。
長谷川 ただ、剛腕・斎藤次郎は細川護熙政権のときに、与党最大の実力者だった小沢一郎氏(当時・新進党幹事長)と組んで国民福祉税構想を打ち出して、頓挫した。しかも、その後の政権交代で与党に復帰した自民党に睨まれ、長く天下り先にも恵まれなかった。「二匹目のジロウ」も、やりすぎると同じ轍を踏む危険があるんじゃないの?
高橋 斎藤さんの場合は剛腕ゆえに根回しをあまりしなかった。そのため、ときの官房長官(武村正義氏)から「待った」をかけられたんです。つまり、総理の女房役である官房長官にすら声をかけていなかった。そして、その官房長官秘書官だったのが、若き日の勝栄二郎ですよ。
長谷川 なるほど。斎藤大先輩の失敗を間近で見ていたからこそ、官邸にも省内にも人材を張り巡らせ、用意周到に増税への布石を打っている。勝栄二郎は、「配慮の行き届いた斎藤次郎」ということか。
高橋 もう一つ忘れてはならないのが、メディアを使った国民の洗脳です。
長谷川 財務官僚にすり寄る「ポチ記者」問題ね。財務省が政府を実質的に動かしていることは、ちょっと深く取材をすればわかる。財務官僚を敵に回せばネタが取れなくなるから、記者たちは自ら官僚にすり寄っていくんです。その結果、新聞紙面には連日のように、所得税、法人税、相続税に環境税とあらゆる増税ネタが報じられることになる。財務省は「高めのつりダマ」を投げて、新聞記事になれば御の字。そのうちに国民はだんだんマヒしてきて、増税やむなしの空気ができあがる。これがいま起こっている現実ですよ。
高橋 人間って、与えられた情報でしかモノを考えられませんからね。本当は増税だけじゃなく、税外収入の道もあるのに、そっちには目がいかなくなる。まさに洗脳です。
長谷川 それがメディアを使った財務省の大衆戦略ですよ。そして、そんな財務省を動かしているのが、勝栄二郎である、と。
高橋 やっぱり霞が関の大魔王だ。
「週刊現代」2011年10月7日号より
<プロフィール>
たかはし・よういち/1955年生まれ。'80年旧大蔵省入省。内閣参事官時代に「霞が関埋蔵金」を暴露し、脚光を浴びる。'10年より嘉悦大学教授。『この経済政策が日本を殺す』『官愚の国』など著書多数
はせがわ・ゆきひろ/1953年生まれ。東京新聞論説副主幹。財政制度等審議会臨時委員、政府税制調査会委員などを歴任。官僚が政治を操る実態を描いた『日本国の正体』で'09年度山本七平賞を受賞
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現代ビジネス2011年09月02日(金)長谷川 幸洋
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存在理由を問われる、政策のない自民党/いよいよ情けない状態になってきた/政権奪還して何をする
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