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沖縄海兵隊のグアム先行移転がもたらす3つの問題  問われる日本の交渉力と米軍の抑止力

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沖縄海兵隊のグアム先行移転がもたらす3つの問題  問われる日本の交渉力と米軍の抑止力
 川上 高司
日経ビジネス 2012年2月8日(水)
  米Bloomberg Businesswek誌が2月3日、米国防総省の決定を報じた――沖縄に駐留する海兵隊を、普天間基地の移転を待つことなく、グアムへ先行移設する。「在沖海兵隊のうち4500人をグアムに移転する。4000人をオーストラリア、フィリピン、ハワイへとローテートする」。
  米国防総省も、この報道の内容を大筋で認めた。2006年の日米合意は遵守しつつ、「日米両政府は柔軟性を持って緊密に意見交換をしている」という。その後、日本政府も、米国防総省の発言に沿った発表をした。今回の移転の詳細は、2月初旬にワシントンで開催される日米審議官級協議の後に発表されることになろう。
■2006年の日米合意は維持されるのか?
  2006年の日米合意(再編実施のためのロードマップ)は、1)普天間基地を辺野古へ移転した後、2)米海兵隊8000人をグアムに移す。その後、3)嘉手納以南の米軍基地6施設を返還する、という3つの措置をパッケージで実行することを決めた。すなわち、普天間基地を辺野古へ移転しなければ、米海兵隊のグアム移転はできないこととなっていた。それが今回の決定で、辺野古飛行場が完成しなくても、普天間基地に駐留する海兵隊をグアムへ移転させることになった。
  現時点で米政府は、2006年合意は遵守すると言う。日本政府も辺野古移転を早急に行いたい、と言っている。現行パッケージを破棄するものではないものと思われるが、その位置づけは不明瞭になった。
■日本の国益は議論されたのか?
  今回の先行移転で、以下の3点が問題となる。第1は、今回の海兵隊の先行移転は米側の戦略的決定である点である。米政権が1月5日に発表した米国の新国防戦略「全世界における米国のリーダーシップの堅持」(Sustaining U.S. Global Leadership)(関連記事)に沿ったものであり、日米間の交渉において出てきたのものではない。
  パネッタ国防長官は新国防戦略を発表した際、「同戦略に沿って米軍態勢を再編する」と述べた。米国の情報誌などによれば、米国防省は海兵隊の再編を2011年末に決定した。今回の海兵隊のグアム移転はこれに沿ったものであり、「2006年合意見直し」に沿った措置とは異なる。
  今回の海兵隊の先行移転により、在沖海兵隊の数は減少する。普天間基地は、辺野古に移転されないまま普天間に残り、強化される。これらの結果は、日本の国益に沿うのか? それが論議されることなく、米国から「通達」という形でもたらされたとしたら、問題である。
■実戦部隊がグアムに引く可能性
  第2は、米軍が提供する抑止力が低下する可能性があることである。
 先行移転に伴い、海兵隊8500人がグアムへ引く。Businessweek誌の記事によれば、在沖海兵隊のうち4500人をグアムに移転し、4000人をオーストラリア、フィリピン、ハワイへローテートする。IIMEF(第3海兵遠征軍)が出したブリーフィングペーパーによれば、在沖海兵隊の人数は1万6000人。なので、そのうち半数の8500人を先行して沖縄から海外へ移転することになる。2006年の日米合意では、グアムに移転する海兵隊は司令部要員8000人とその軍属9000人としていた。
  さらに今回は、実戦部隊がグアムに移転する、と一部でささやかれている。在沖海兵隊の実戦部隊である第31海兵遠征旅団は、地上戦闘部隊、航空戦闘部隊、兵站戦闘部隊から成る総員2200人の部隊である。以下の役割を持つ。1)地域紛争及び地域で起こる不測の事態への対処・抑止、2)シーレーンの安全保障、3)大規模災害救援及び人道支援、4)アジア太平洋地域に対して米国がコミットしていることの証、5)米国と同盟国にとり優位なパワー・バランスの維持。
  特に重要なのは、在沖海兵隊が朝鮮半島、台湾、日本での有事作戦計画に組み込まれており、大きな抑止力を担っていることである。北朝鮮は今、予断を許さない状況にある。2011年12月に金正日氏が死去した後、金正恩政権は不安定な状態にある。朝鮮半島有事の際に第31海兵遠征旅団は、朝鮮半島で展開される非戦闘員退避活動(NEO)や作戦有事計画(OPLAN)に投入される。台湾有事の際に、在台湾米国人の退避活動に海兵隊を動員できることは大きい。中国人民解放軍(PLA)は米軍との戦闘を覚悟せねばならなくなる。このことは紛争抑止につながる。
  こうした役割を担う海兵隊の実戦部隊が沖縄からグアムへ移転した場合、抑止力は低下しないのであろうか。
  低下しないと見方もできるだろう。第31海兵遠征旅団はもともと、訓練などのため沖縄の外へとローテートしており、沖縄に常駐しているわけではない。また海兵隊は2012夏から、CH53大型輸送ヘリやCH46の中型輸送ヘリに代えて、最新鋭のオスプレイ(V-22)を投入する。オスプレーの最高時速は509キロ。航続距離は953キロで、現行機種の3倍の飛行が可能だ。「距離の専制」(カコミ参照)をある程度カバーできる可能性もある。しかし、もし実戦部隊がグアムへ移転するのであれば当然ながらオスプレーもグアムへ移動することになろう。
■普天間基地の移転が凍結される恐れ
  第3に考えなければいけない点は、普天間基地の固定化(移転の事実上の中止)だ。地元沖縄で最も懸念されていることである。もし、日米政府が「辺野古への移転」に固執した(他の場所への移転を考えない)まま、海兵隊を再編しなければならないとしたら、海兵隊のグアムへの先行移転が避けられない。
  米国を取り巻く戦略環境が変化し――中国の台頭、イラクとアフガニスタンでの戦争終了――地球規模での米軍再編が必要となった。このため米国は、新国防戦略を発表した。再編において、沖縄海兵隊も例外ではなくなったと考えられる。
  先行移転が実現すれば、普天間基地を辺野古に移転する必要はなくなり、現状のままとなる。嘉手納以南の米軍基地6施設の返還も行われない。
 話を最初に戻すと、今回の海兵隊のグアムへの先行移転を契機に、2006年合意の見直しが議論されるであろう。沖縄における反対運動の状況を見れば、日米政府とも、辺野古への移設がほぼ不可能であることは分かりきっている。にもかかわらず歌舞伎をやり続けているのが現状だ。今回の在沖海兵隊の先行移転が突破口となって、本当の意味での再編協議(DPRI-II)がスタートする可能性がある。
  米海兵隊は、なぜ沖縄にいなくてはならないのか? 最大の理由は、有事の際に、米軍が直面する時間と距離の壁――「距離の専制」(Tyranny of Distance)――である。
  海兵隊が展開するのにかかる日数は、距離に応じて変わる。沖縄からならば、韓国、日本、フィリピンまで2日で展開できる。特に、台湾有事の際は、佐世保にいる強襲揚陸艦の到着を待つことなく、米海兵隊のヘリコプター部隊が直接台湾へ飛来することができる。沖縄が持つ地の利――朝鮮半島まで1200キロ、台湾までは700キロ、東京までは1600キロ――がこうした展開を可能にしている。
  これが、グアムからになると、韓国、日本、フィリピンまで4〜5日かかる。この数日の差が、有事や災害が起こった場合には決定的なダメージにつながりかねない。
・川上 高司(かわかみ・たかし)
 拓殖大学教授
 1955年熊本県生まれ。拓殖大学教授。大阪大学博士(国際公共政策)。 フレッチャースクール外交政策研究所研究員、(財)世界平和研究所研究員、防衛庁防衛研究所主任研究官、北陸大学法学部教授などを経て現職。この間、ジョージタウン大学大学院留学。RAND研究所客員研究員、日本国際問題研究所客員研究員などを兼務。また現在、参議院客員調査員、神奈川県参与、日本国際フォーラム政策委員、国際情勢研究所委員、フレッチャースクール外交政策研究所研究顧問、中央大学法学部兼任講師などを兼務する。
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