知財暴君国家・中国はなぜ「やりたい放題」なのか? 報道だけではわからない“海外商標権”の落とし穴
Diamond online 2012年3月23日 岡 徳之
商標を侵害しているとされた米アップル社が、中国企業に訴えられている騒動を目の当たりにし、中国に進出する日本企業の多くは、「明日はわが身」と肝を冷やしていることだろう。我々日本人の感覚では、どう考えても中国企業側の主張に疑問符を投げかけざるを得ない。だが、商標権に関する各国の認識のバラつきを見る限り、中国ばかりを責めることもできないという難しさが根底にある。加えて、権利保護に関する中国の「モラル」がまだまだ低いという国内事情が、事態を一層難しくしている。詳しく調べてみると、中国と日本の間にも、数え上げればキリがないほど商標権問題の「火種」が燻っていることに驚かされる。知財暴君国家・中国に対して、我々はどんな予防策を講じればいいのか。彼らをうまく取り込んで、商標権の世界共通化を目指すには、どんな認識を持てばよいのだろうか。(取材・文/岡 徳之、協力/プレスラボ)
■世界の常識は中国に通じないのか 燻り続けるiPadの商標権侵害騒動
世界の常識は、中国には通じないのかもしれない。中国広東省深セン市のIT企業・唯冠科技(以下、唯冠社と記述)が、中国で自らが有する「iPad」の商標権を米アップル社が侵害していると主張し、同社に対して中国各地で「販売差し止め」を求める訴訟を起こしている騒動は、いまだ終息していない。
iPadがアップルの製品であることは、誰もが知る事実だ。当然ながら、iPadの商標権もアップルに帰属するものだと思われている。しかし、グローバル市場においてはそうは問屋が卸さないようだ。
唯冠社は、アップルに先立つ2000年代初頭に台湾で「iPad」商標を登録していた。アップルはこの事実を知り、2009年に唯冠社と交渉。台湾のグループ企業と契約し、大金を支払って商標権を獲得している。
ところが、それだけでは済まなかった。「当然、中国本土でも商標権を得られたもの」と思っていたアップルは、ここに来て唯冠社に訴えられてしまう。実は台湾と同時期に、中国本土でも唯冠深セン名義で「iPad」が商標登録されていたのだ。唯冠社は、「台湾と中国で商標登録されたものは別物扱い。売却したのは中国国外の商標権だけ」と主張している。
アップルはこれに強く反発し、事態は泥沼化。現在、広東省の高等裁判所をはじめ、各地で係争が行なわれている。先頃、上海の裁判所では唯冠社の主張が退けられたようだ。また、唯冠社が破産手続きに入る見通しになったことが報じられ、和解の可能性も見え始めた。
今回の騒動は、成長著しい中国で自社製品の販路拡大を狙う各国企業に、「他人事」とは言えない大きな不安を持って受け止められた。訴訟の報道が増えるにつれ、中国の主要都市にある家電ショップからは、軒並みiPadが撤去された。アップルにとって、この状況はあまりにも厳しい。
もし自社が中国で同じ目に遭ったら――。中国依存度が高い日本企業の関係者の中には、今回の騒動に不安を覚えている人も多いだろう。
いったい、なぜこのような事態が発生したのか。今回の事件を教訓に、我々はどんな認識を持つべきか。企業の足もとに忍び寄る、中国の商標権問題について考察してみよう。
■実は中国ばかりではなかった? 「先手必勝」の登録主義に見る落とし穴
そもそも商標権とは、知的財産権の一種で、企業などが製品やサービスに特定の名称を付けて、独占的に使用することができる権利のことだが、その考え方は国によって異なる。
ファーイースト国際特許事務所の弁理士・平野泰弘氏は、「国家によって商標権の権利発生の根拠が、商標を使用している事実を重視する『使用主義』と、商標を使用している事実をそれほど重視せず、一定の要件を満たせば登録できる『登録主義』に分かれていることが、騒動の原因の1つ」と指摘する。中国では、後者の「登録主義」を採用していることで、トラブルが多く生じているという。
「登録主義は、同じ権利内容の商標権について、最初に手続きをした者に商標権が与えられるので、先に出願した者に権利を与える『先願主義』とも呼べる立場をとっています。登録主義では、最初に誰が特許庁に手続きをしたかが明確なので、誰が権利者かを争う必要がない。一方、米国は使用主義の立場をとっており、『使用している事実』の方に重きを置いているため、中国の『登録主義』と真っ向から対立してしまう。すでに世界的な認知を得ているiPadが訴えられている状況は、こうして発生しているのです」(平野氏)
言うなれば、登録主義の国における商標権の扱いは「先手必勝」だ。自社の商品やサービスのネーミングに関わる商標権を先に取られてしまうと、それを取り戻すには多大な労力、時間、お金がかかってしまう。
メディアの中には、今回の騒動を「中国企業の身勝手な主張」「登録主義は理不尽」と批判する向きも多いが、実は商標権絡みでトラブルが発生しかねない国は、中国だけに止まらない。先進国を見回すと、日本や欧州も中国と同じ登録主義の国となっている。それに対して使用主義をとっている国が、米国やカナダだ。
一口に「登録主義」と言っても、国によって法律の内容が異なるため、全てを同じ土俵で論じることはできない。とは言え、日本や欧州で商標登録をしようとする海外企業も、場合によってはアップルのような「落とし穴」に陥る可能性がないとは言えないわけだ。米国企業のアップルは、「世界には登録主義の国が意外に多く、その法規制もかなり複雑」という認識が甘かったのかもしれない。
■最大の問題は法律ではない ちっとも向上しない「モラル」にある
では、なぜ中国ばかりで商標権絡みの騒動が頻発するのだろうか。いくら登録主義だとは言え、偶然の場合を除き、日本や欧州の企業が「本家」の企業に無断で同じ商標を登録することなど、考えられない。原因は、中国で商標権に関する「モラル」が確立されていないことだ。法律の内容云々と言うよりも、この点こそが最大の問題なのであろう。
急速に経済成長が続き、多くの企業が虎視眈々とビジネスチャンスを狙う中国では、「製品やサービスが有名になってから商標権を取得すれば間に合う」という発想では遅すぎる。有名になった後では、他人に権利を食われてしまう恐れが大きい。
そこで、自社の商品やサービスに限らず、「売れそうだ」と思ったら、他人のものまでいち早く商標登録してしまおうという風潮が強いのだ。前述の唯冠社も揶揄されている通り、それを逆手に取って利益を得ようとする向きも少なくないのが現状だ。まさに、中国が「知的財産権暴君国家」と恐れられる所以である。
実際、中国の「知財暴君国ぶり」は、iPadに限ったことではない。テレビやインターネットでは、信じられない事例が数多く報告されている。
中国の商標権問題は、実にワールドワイドだ。世界的なスーパースターの名前だって、勝手に商標登録されてしまう。元NBAのスター選手であるマイケル・ジョーダン氏が、自分の名前の中国語表記「喬丹」(Qiaodan)を無断で商標登録されたとして、中国のスポーツ用品メーカー・喬丹体育を提訴したニュースは、大きな話題を呼んだ。
喬丹体育は「喬丹」を社名として使用しており、同社が販売しているバスケットボールシューズには「Qiaodan」と明記している。ジョーダン氏の現役時代の背番号「23」を印字したウェアも販売しているという。
先頃、中国広東省の紳士服メーカーが、フランスの有名ブランド「エルメス」の中国語名である「愛馬仕」と事実上同じ「愛瑪仕」というブランド名を登録していることも報じられた。エルメスは現地で登録抹消を求めた裁判を起こしたが、却下されている。
■タオルから家電製品、果ては地名まで――。「知財暴君国」が虎視眈々と狙う日本の商標
日本の製品やサービスにも「魔の手」は迫っている。すでに中国で商標登録出願されている事例は少なくない。たとえば、伝統工芸品のタオルだ。四国タオル工業組合は、2009年12月、「今治タオル」の名称とロゴを中国で商標登録しようとしたが、すでに類似した名称とロゴを中国企業が出願しているとして、登録を拒否された。
そのため今治市と同組合は、2010年2月、中国商標局へ異議申し立てを行なった。中国側は、「今治市の主張を認めるには、今治がタオルの名産地として中国でも有名であることを証明する文書などを提出する必要がある」などと応じているという。
日本の「地名」も危ない。驚くことに、「青森」「博多」「加賀」「宇治」「近江」「山梨勝沼」といった日本の地名が、中国で登録申請(一部はすでに登録)されていることが判明しているのだ。
最近話題になっているのが、山形県の「米沢」ブランドだ。すでに中国国内の個人が「米沢」の簡体字を飲食・宿泊提供部門、加工(植物性)食品部門の2部門で商標登録出願し、公告されている。今月中に異議申し立てをしなければ商標登録されてしまう恐れがあるため、米沢市は中国・国家工商行政管理総局商標局に同措置を講ずると発表した。
これらは比較的有名なケースだが、インターネットのSNSや個人ブログなどで紹介されている細かい事例を挙げ始めると、それこそキリがない。中には、「本家」の人気にあやかろうとしてか、日本企業が発売している製品の名称をもじって商標登録していると思しきケースまである。ここまで来ると、商標権の帰属がどうのという次元の話ではない。明らかな違法行為である。
たとえば、ソニーのノートパソコン「VAIO」。中国では本物そっくりの「VAINO」なる商品が、3万4000円ほどで実際に売られているそうだ。これを偽物だと気づかずに買ってしまう人もいるかもしれない。同じソニー製品をマネたものとして、「Poly Station」というものまである。本体とコントローラーのユーザーインターフェースは初代「Play Station」のようにも見えるが、ディスク挿入部を開くと任天堂の「ファミリーコンピュータ」のようにカセットを挿す部分があるなど、商標ばかりかハードそのものが支離滅裂なのである。
一方、「ニンテンドーDS」を模したものと思われる「Ninetudo DS」には、マルチディスプレイをあしらったロゴマークや似たフォントのロゴタイポまで使用されており、一目見ただけでは気づかない可能性も。ゲーム機「Wii」(ウィー)に似せた「Vii 威力棒」、「Wii Fit」に似せた「Wu Fit」という商品も販売されているようだ。
またJETRO(日本貿易振興機構)のHPには、商標権侵害の例として「SHARK」というロゴの入ったマイクが紹介されている。ロゴだけ見れば、日本の電機メーカー・SHARP(シャープ)そっくりである。中国では、まさに「何でもアリ」の状況なのだ。
■自分の身は自分で守るしかない! Facebookは60以上の商標権を申請
こうしたなか、すでに米国、欧州、韓国、日本、中国など、主要国間では特許・商標の世界共通化に向けた動きも出てきている。特許権や商標権などに関するパリ条約は昔から存在し、日本は19世紀に参加しているが、中国がパリ条約に参加したのは1985年になってからであり、歴史の深さは全く異なる。
近年では、商標の取り扱いに関する「マドリッドプロトコル」と呼ばれる国際協定も結ばれており、米国、欧州、韓国、日本などと共に中国も参加している。だが前出の平野氏は、特許・商標を世界共通化することの難しさを語る。
「マドリッドプロトコルにより、商標登録の取得手続きの統一化は、大きく前進したと言えます。ただし現状では、日本の法律は日本の領域内にしか及ばず、中国の法律は中国の領域内にしか及びません。日本には、『世界的に有名なブランドは他者による商標登録を認めない』という内容の法律がありますが、中国に『同様の法律をつくれ』と強制はできないのが現状です。中国国内にどのような法律をつくるかは、中国の自由ですから」
それでは、我々はどのような策を講じればいいのか。海外企業にとっては、自社の利害に直接関わる商標を、中国国内で一刻も早く登録してしまうという「予防策」が急務となる。
アップル騒動を受け、米Facebook社はすでに動き出した。先頃、中国当局に対して「Facebook」「F」「F8」「飛思簿」(フェイスープー)「飛書博」(フェイシューポー)「菲絲博克」(フェイスーポーコー)「面書」など、60以上の商標権を申請し、その一部は登録を終えている。「Facebookの場合は行き過ぎにしても、グローバル企業は大切なものを事前にしっかり守る予防策を重視すべき」と、平野氏は指摘する。
しかし、それだけでは不十分だ。今後は、中国を特許・商標の世界共通化に巻き込むよう、先進国が中国への働きかけをさらに強めていく必要がある。
「インターネットの普及により、世界レベルで情報の共有化が進んでいるのに、中国だけが世界基準の情報を国内で共有していない現状は問題がある。これだけヒト、モノ、マネーが国境を超えて移動する時代になったのだから、中国の意識が世界基準と違う状態が続くことは、多くの国々にとっても他人事ではない。特許・商標の国際的基準づくりに参加するよう、もっと先進国が働きかけなければいけません」(平野氏)
■商標権を心配するだけの時期は過ぎた 日本は中国に「国際標準」を促すべき
現状ではこれといった「特効薬」はなさそうだが、だからと言ってこの問題を放置せず、根気強く中国を説得していかなければならないということだ。また、日本の役割についても同氏はこう語る。
「制度を整えるだけでは、問題は解決しません。制度を運用していく人々の意識も変えていかないといけない。特許権や商標権などに関する国際条約に参加して100年以上の歴史を持つ日本が、もっと先頭に立って、知的財産権の分野でもリーダーシップを発揮していくべきです」
中国における商標権問題は、「経済成長の落とし子」とも言える。日本をはじめ、中国経済頼みの先進国にとって、今後も中国が切っても切れないパートナーであり続けることは間違いない。だからこそ、日本も彼らに意識改革を促す努力をしていく必要がある。知的財産権に対する意識がいつまでも国際水準に達しない国に、今以上の発展を望むことなどできないからだ。
我々が「商標権をとられるのではないか」と警戒するだけでよかった時期は、すでに終わっている。
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知財暴君国家・中国が虎視眈々と狙う日本の商標/タオルから家電、地名まで “海外商標権”の落とし穴
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