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中国が恐れる尖閣「2022年問題」

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チャイナ・ウォッチャーの視点
対日けん制強化へ  中国が恐れる尖閣「2022年問題」
WEDGE Infinity 2012年05月24日(Thu)  森 保裕 (共同通信論説委員兼編集委員)
 亡命ウイグル人組織の独立運動や尖閣諸島の領有権をめぐり、中国が対日けん制を強めてきた。温家宝首相は5月に訪中した野田佳彦首相に対し、中国の「核心的利益」を尊重するよう要求し、胡錦濤国家主席は野田佳彦首相との個別会談を拒否した。中国は5月下旬に予定していた軍の制服組トップ、郭伯雄中央軍事委員会副主席の訪日も中止した。
 中国は、新疆ウイグル自治区の独立を求める亡命ウイグル人組織、世界ウイグル会議(ラビア・カーディル主席、本部ドイツ・ミュンヘン)が5月中旬、欧米以外では初めての代表大会を都内で開催したことを問題視。尖閣についても、日本が実効支配を強めていると激しく反発している。
 今年は日中国交正常化40周年だが、日中間の対立が続けば、さまざまな記念行事にも深刻な影響が出かねない。中国はなぜここまで血相を変えているのか。これまで台湾やチベットなどについて、使ってきた「核心的利益」は、尖閣諸島にも用いることを決めたのか。中国の思惑を検証した。
■対日外交の大物が警告
 日中間の対立が表面化する直前の4月下旬、中国から中日友好協会の唐家璇会長が来日し、野田首相と会談した。唐氏は日本語が堪能な元外交官で、かつて駐日公使、外相、国務委員(副首相級)を務めた中国の対日外交担当の大物だ。
 唐氏は野田首相との会談後、記者団に対し「一部の問題で日中関係が損なわれることがないよう望んでいる」と強調した。会談の具体的な内容については「想像に任せる」と明らかにしなかった。
 唐氏と親しい日本の外交筋によると、唐氏は滞在中「日本政府がカーディルにビザを出せば、たいへんなことになる」としきりに警告していたという。野田首相に対しても同様の圧力を掛けたに違いない。
■ウイグル大会 執拗な働き掛けの理由
 一方、中国の程永華大使は日本の国会議員全員に対し、世界ウイグル会議の大会開催に抗議し、カーディル主席ら幹部と接触しないよう求めた署名入りの書簡(5月8日付)を送った。
 書簡には「中国新疆ウイグル自治区は紀元前1世紀から中国の重要な一部」「世界ウイグル会議は中国の分裂をたくらむ反中国組織」「日本での大会会議開催は中国への内政干渉で、日本自身の安全にも害がある」などと記されていた。
 こうした執拗な働き掛けや、世界ウイグル会議の大会開催後の日本に対する報復的なハイレベル交流の凍結は尋常ではない。このあわてぶりは隣国、日本が「新疆独立運動の拠点」となるのを中国指導部が最も恐れていることを示している。
■「カーディル女史は暴動の首謀者」と非難
 新疆ウイグル自治区では、トルコ系ウイグル族の独立運動が根強く続いている。北京五輪開幕直前の2008年8月には、同自治区カシュガルの武装警察部隊が手製爆弾などで襲撃され、警官16人が死亡するテロ事件が発生した。
 また、09年7月には区都ウルムチでウイグル族のデモから大規模暴動が発生、漢族との対立が深まり、中国側によると、漢族ら197人が死亡、1700人が負傷。中国建国以来、最大規模の少数民族の暴動事件となり、3暴動に関与したとして35人に死刑判決を言い渡された。
 「カーディルは暴動の首謀者だ。ウイグルの独立運動を続けており、テロ組織とも関係を持つ。(中国からインドに亡命中のチベット仏教の精神的指導者)ダライ・ラマ14世に比べ、レベルが低く、ウイグル自治区について主張する内容もうそが多い。ウイグル独立勢力と日本の右翼が連携して反中国の動きを強めている。尖閣問題でも同様の動きがあり、これらを容認するのは、日本政府が対中国政策を変更したためではないかとの見方も出ている」。中国の外交筋はこう懸念を表明した。
■「日本の尖閣の実効支配を打破」
 今年3月16日、尖閣諸島付近の海域で中国の監視船2隻が日本の接続海域に入り、うち1隻は25分間、領海内に侵入した。これに関連し、中国共産党の機関紙、人民日報は3月21日付の紙面に、中国海洋局傘下の中国海監(海上保安庁に相当)の東シナ海総隊責任者に対するインタビュー記事を掲載した。
 「定例巡航で主権を示す」と題した記事によると、責任者は16日から始めた尖閣海域での巡視活動について「実効支配を続け、時効によって釣魚島(尖閣諸島)を得ようとする日本の企みを実際の行動によって打破し、中国の主権を示す」「今年に入って、日本の官民が釣魚島問題で頻繁な動きをするため、これに対応した」と二つの理由を挙げた。
 また、責任者は06年7月に東シナ海海域で「主権を守るための定期巡航」を初めて実施、07年3月には同定期巡航の制度を確立したと説明した。
■中国が恐れる「2022年問題」
 日中軍事筋によると、中国には「実効支配が50年続くと国際法の判例で尖閣が日本の領土として定着しかねない」との強い危機感がある。1972年5月の沖縄復帰により、尖閣諸島が米国から返還されて50年後は2022年5月となるため「2022年問題」ともいわれる。
 責任者は「巡視活動は日本が40年間にわたって次第に強めてきた実効支配を弱める効果がある」と説明。日本側の動きとしては(1)議員の尖閣視察や上陸(2)尖閣を含む無人島の命名(3)海上保安庁法と外国船舶航行法改正の動き−を列挙し「実効支配を強化しようとしている」と決め付けた。
■都知事の発言やウイグル大会で態度硬化
 中国の外務省や学者は尖閣問題の棚上げを主張してきたが、中国の海洋権益を守る中国海洋局は「日本の実効支配を弱めるための定期巡航」を行っており、棚上げではなく、実際の行動によって、現状を変更しようとしている。
 つまり、尖閣をめぐる最近のさまざまな日中間のトラブルをも理由に挙げているが、実効支配の打破が目的なら、そうしたトラブルがあってもなくても定期巡航(故意の領海侵犯を含む)を行うというロジックとなる。この点に日本政府は注意を払うべきだ。
 中国指導部としては、尖閣をめぐる3月までのさや当てに加え、4月には石原都知事の尖閣購入計画が表面化、5月の世界ウイグル会議の大会も開催されることになり、態度をさらに硬化させた。
■「あいまい戦略」で日本に圧力
 温家宝首相が野田首相との会談で中国の「核心的利益」について述べた部分(5月14日付人民日報)は次の通りだ。
 「温家宝首相は中国側の新疆、釣魚島問題についての原則的な立場をあらためて述べ、日本側に対し、中日間の政治的な4文書の原則精神に則り、中国側の核心的利益と重大な関心をきちんと尊重し、慎重かつ妥当に関係問題を処理し、両国関係発展の正しい方向を堅持するよう促した」
 この核心的利益がウイグル、尖閣の両方の問題にかかるのか、ウイグルは核心的利益、尖閣は重大な関心なのかは、はっきりしない。
 日本外務省の担当者は会談後のブリーフィングで「尖閣について核心的利益と結び付ける発言はなかった。一般的な形としては、核心的利益と重大な関心事項を尊重するということが大事だという発言はあった」と解説した。
 中国の外交筋は筆者の質問に対し、尖閣も中国の核心的利益なのかは明言を避け、あいまい戦略によって、日本に圧力をかける姿勢を示した。
■米国には譲歩の姿勢
 中国は従来、「祖国の完全統一」の対象である台湾や、建国以来、実効支配を続けながらも独立運動が続くチベットや新疆ウイグルなどの自治区について「核心的利益」という言葉を用いて、主権・領土を守る決意をアピールしてきた。しかし、領有権を主張しながらも他国に実効支配されている島を含む南シナ海の南沙諸島や、日本が実効支配する尖閣諸島については、この言葉を用いたことはなかった。
 ところが、中国側は2010年3月に訪中した米国のスタインバーグ国務副長官とベーダー国家安全保障会議アジア上級部長(いずれも当時)に対して、南シナ海も「核心的利益」に属するとの新方針を伝達した。米政府はクリントン国務長官が南シナ海の自由航行確保は「米国の国益」と断言するなど強く反発。中国側は同年秋までに、南シナ海を「核心的利益」とは言っていないと当時の発言を否定し、新方針を取り下げた。
■中国脅威論と「伝家の宝刀」
 一方、中国政府は11年9月、中国脅威論を抑えるために発表した「平和発展白書」の中で、中国の核心的利益を(1)国家の主権(2)国家の安全(3)領土の保全(4)国家の統一(5)中国の憲法が確立した国家の政治制度と社会全体の安定(6)経済・社会の持続的な発展の基本保障――と定義した。
 この定義に照らして推論すれば、中国は尖閣も南沙も「古来、中国固有の領土」と主張してきたのだから、核心的利益に当てはまる。だが、中国は米国とのやりとりの中で、この言葉が非常に強烈であり、挑発的な意味にとられかねないことを知った。これ以上、世界の中国脅威論をあおりたくはない。
 だから、みだりに「伝家の宝刀」を持ち出さないが、ちらりと刃を見せて相手国にブラフをかけることができればよいと考え、核兵器の有無を明確にしない「あいまい戦略」のように日本をけん制しようしているのではないか。
■初の海洋協議の意義
 10年9月の中国漁船衝突事件で生じた日中両国の相互不信は根深く、事件後「東シナ海を平和・協力・友好の海とする」(08年5月の共同声明)との目標からは遠ざかる一方である。
 尖閣など東シナ海の危機管理について、両国関係機関が話し合う初の「海洋協議」が5月15、16の両日、中国浙江省杭州市で開かれた。全体会議のほか、複数のテーマごとに分科会を設けて協議する方針だったが、議論できたテーマは「政策と海洋法」だけにとどまった。
 日中関係悪化の表れだが、協議には日本から外務省、防衛省、海上保安庁、環境省など、中国側は外務、国防両省と国家海洋局などの担当者約50人が参加した。頻発する海洋摩擦の当事者機関が衝突の防止のために話し合いの席に着いた意義は大きい。こうした対話チャンネルを有効活用し、両国は日中友好の大局に立って、冷静な話し合いによって問題の解決を図るべきだ。

著者
森 保裕(もり・やすひろ)
 共同通信論説委員兼編集委員
1957年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。81年共同通信入社。91〜95年北京支局記者。98〜2001年中国総局長、05〜08年台北支局長を経て現職。
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