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全盲の落語家・笑福亭伯鶴「障害者の心得」

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全盲の落語家・笑福亭伯鶴「障害者の心得」
週刊ポスト2012年7月20・27日号
〈抜粋〉
 4年前の12月、1人の全盲の男性が駅のホームで走行中の電車に巻き込まれ、重傷を負った。この男性落語家・笑福亭伯鶴(55)。高座への復帰も危ぶまれる大けがだったが、リハビリの末、彼は舞台に戻ってきた。誰もが先の展開をこう予測するだろう。「ハンデを乗り越えた落語家の復活物語」――。しかしインタビューに応じた伯鶴は、「僕がいいたいのは、社会的弱者が陥りがちな“甘え”の問題です」と語り始めた――。
 「両目が見えんのは、ハンデとか不自由ちゃいますねん。ただ不便やいうだけですわ」
  伯鶴はそう強調する。
 「両目が見えんのは、ボクの生まれながらのキャラクターですねん。そう思って生きてきました。不自由なんや、ハンデなんやというて、何でもかんでも周囲に甘えて求めるんじゃなく、『自分の力ではどうにもならないこと』を冷静に見極めて、その部分を助けてもらいたいというだけです。あの事故のときには、ボクは自分でできることを、全部やっていなかった」
  そしてこう続ける。
 「人間は誰でもラクな方をとろうとするもんやで。ボクも気持ちだけいうたらシンドイの嫌いやし。たとえば高座やけど、事故の後遺症で、まだきちんと正座がでけへんのです。それで座布団をお尻に挟んでやらせてもろうた。そりゃあラクでっせ。このまま、ずっと座布団挟んで落語したろかと思ってまうほどや。
  だけど、これを続けたら甘えになってしまう。『どうやってもできない』状態なら認めてもらうしかないんやけど、『自分がラクだから』という理由で、これから先もボクが座布団を挟んで『伯鶴は障害者やから』って皆に許してもろうたら、これはもう、都合のええ甘えですわ。『どうしてもやむを得ない』と『もらえるもんは、もろとこう』は、コレ、ぜんぜんちゃいますねん」
  大ケガのあと、5か月に及ぶ入院で見えたものがあった。
 「リハビリは大変でしたわ。歩行訓練のマニュアルは基本的に健常者を想定しとるもんやから、全盲者には奇妙キテレツな指示が飛んだりしてね。
  視覚障害者は白杖を持って歩いとるでしょ。あれは普通の杖と違うんですわ。身体を支えるための杖やなくて、障害物の状況を確認して歩くためのガイドなんです。ところが、リハビリでは片手で手すりを掴んで、もう片方の手の白杖で身体を支えながら歩きなさい、と。
  そんなもん折れてしまうがな。こんなんはボクらの努力では、どうにもならんのです。いうたらこれは、健常者の側に理解してもらうしかない」
 ●文/鵜飼克郎(ジャーナリスト)
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〈来栖の独白 2012/7/10 Tue. 〉
 お元気になられて、高座へ復帰なさって、ほんとうによかった。
 私事だが、点訳をしていた弟の死後、名古屋市盲人情報センターで音訳を少ししたことがった。
 ある日、イベントで伯鶴さんの落語を聞いた。内容はほとんど忘れたが、強く印象に残っていること(棘が刺さったように)がある。それは、「点訳・音訳している人の独り善がりにも困ったもの」ということだった。「音訳の(テープの)速度が遅い」というのである。盲人は相当速い速度でモノを聞く、聞ける。なのに、そういう盲人の性質(?)にはお構いなしに、ゆっくり読まれる(音訳される)ので困る、という率直な意見だった。そう云われてみれば、私の知る盲人の方も、テープなどは早送りで聴かれていた。点訳だの音訳だのといって、拙いものをいい気になって押しつけているのではないか、と気づかされたり反省させられたりした。
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全盲の笑福亭伯鶴さん、阪急ホームで電車に引きずられ重体 「なぜ神さまはこんな世に・・・」 2008-12-02 | 社会 
(読売新聞 - 12月02日 12:11)

     

 事故に遭った全盲の落語家、笑福亭伯鶴さん。独演会で
 1日午後11時頃、大阪市淀川区の阪急宝塚線三国駅ホームで、全盲の落語家、笑福亭伯鶴(はっかく)(本名・丹羽透)さん(51)(大阪市淀川区西三国)が、梅田発雲雀丘花屋敷行き普通列車(8両)に接触した。
 伯鶴さんはホーム上を約10メートル引きずられて転倒し、頭を強く打って重体。
 淀川署の発表などによると、伯鶴さんは列車を降りたところで、列車とホームの間に足を踏み外したらしく、線路上に白いつえが落ちていた。
 仕事の打ち合わせの後、帰宅途中だったといい、目撃者は「男性がつえをつき、ふらふらと電車の方に歩いていった」と話している。ホームには点字ブロックがあった。
 上方落語協会などによると、伯鶴さんは大阪府東大阪市出身で、1975年に6代目笑福亭松鶴さんに入門。天満天神繁昌亭に出演するなど、幅広く活躍している。
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〈来栖のつぶやき 2008.12.02〉
 伯鶴さんには、ライトハウスのイベントで来ていただいた。もう何年も前になる。
 亜矢子ちゃんもそうだけれど、盲人の方の感性は素晴らしいし、才能を強く感じさせる高座であり、演奏だ。でもやっぱり、危ないよ〜。亜矢ちゃんが言ったっけ。「私たちはアイメイト(盲導犬)に命を預けて歩いているのです」と。また「(遠慮なさらないで)何かお手伝いすることありますか、と声を掛けてください。人は決して一人では生きてゆけないものだ、と私は思うのです」と。「ボランティアは、決して大袈裟なことではない。ちょっと声をかけ、ちょっと手を貸してあげる・・・、それが大きな助けになります」とライトハウスの元館長岩山さん(盲人・故人)は言った。彼も優秀でいらっしゃった。
 この世は悲しいことが多すぎる。傷ましいことが多すぎる。苦しみが多い。阿鼻叫喚の世だ。こんな世に、神様はなぜ人を生み出したのだろう。無辜の動物たちを生み出したのだろう。

関連:大石亜矢子さんとアンさん

 


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