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全国300万台超 カメラで監視「市民警察」によって逮捕された高橋克也容疑者/リアル共同幻想論 森達也

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全国に300万台超、カメラに監視されて安心ですか?
Diamond online 2012年7月30日 リアル共同幻想論 森達也[テレビディレクター、映画監督、作家]
■ジョージ・オーウェル、『1984年』の世界
 時代は1984年。核兵器を使った第三次世界大戦を経て、オセアニアとユーラシア、そしてイースタシアという三つの超大国によって、世界は分割統治されている。
 ただし三つの国の関係は、大戦が終わった今も、決して友好的ではない。それぞれの国境付近は紛争地域でもあるらしく、戦争状態はずっと続いている(と報道されている)。
 ウィンストン・スミスが暮らすオセアニアは、国家の最高権力者であるビッグ・ブラザーによって統治されている。物資は欠乏し耐久生活を強いられているが、戦争が理由とされているので、これに不満を持つ国民はほとんどいない。
 「ウィンストンは階段に向かった。エレベーターを使おうとしても無駄なこと。万事これ以上ないほど順調なときでさえ、まともに動くことはめったになかったし、まして今は昼間の電力供給が断たれている。(中略)階段の踊り場では、エレベーターの向かいの壁から巨大な顔のポスターが見つめている。こちらがどう動いてもずっと目が追いかけてくるように描かれた絵の一つだった。絵の下には、《ビッグ・ブラザーがあなたを見ている》というキャプションがついていた。」
(『1984年』ジョージ・オーウェル/早川書房)
 オセアニアの国民たちは、思想や言語、趣味活動から恋愛に至るまで、徹底して国家から管理されている。その際に有用なツールが、テレビジョンと監視カメラの機能を併せ持つテレスクリーンだ。
 街のいたるところや個々の家の中にまで設置されたテレスクリーンは、思想警察によって運営され、国民生活のすべてを監視し続けている。テレスクリーンの前で少しでも不穏な言動をした者は、たちまち検挙され、隔離されて思想教育を受けることになる。
 「ウィンストンの背後では相変わらずテレスクリーンから声が流れ、銑鉄の生産と第9次3ヵ年計画の早期達成についてあれこれしゃべっている。テレスクリーンは受信と発信を同時に行う。声を殺して囁くくらいは可能だとしても、ウィンストンがそれ以上の音を立てると、どんな音でもテレスクリーンが拾ってしまう。さらに金属製の視界内に留まっている限り、音だけでなく、こちらの行動も捕捉されてしまうのだった。もちろん、いつ見られているのか、いないのかを知る術はない。どれほどの頻度で、またいかなる方式を使って、〈思考警察〉が個人の回線に接続してくるのかを考えても、所詮当て推量でしかなかった。誰もが始終監視されているということすらあり得ない話ではない。」
 オセアニアの国民は、少ない語彙によって思考を単純化するニュースピーク(新話法)や、矛盾を矛盾と感知させなくなるダブルシンク(二重思考)などを強制され、体制に疑問を持つことは決して許されない。例えば日記をつけることですら反国家的であるとして禁じられていて、もしも違反が発覚すれば死刑になる可能性もある重罪だ。
 国家の歴史や報道内容を改竄することを目的として設置された真理省記録局に勤務するウィンストン・スミスは、奔放な女性ジュリアとの出会いをきっかけにして国家や体制への不信感を抱き、反政府地下活動に接近する。
■「市民警察」によって逮捕された高橋克也容疑者
 ……ジョージ・オーウェルが1949年に発表した『1984年』は、ユートピア(理想郷)の反意語であるディストピア小説の代表作だ。大ベストセラーとなった村上春樹の『1Q84』のモチーフになったとの説もあるから、読んだことがある人は少なくないはずだ。
 この小説の主人公であるウィンストン・スミスは、監視カメラの機能を持つテレスクリーンによって不審な動きをチェックされ、最後には当局によって拘束され、再び国家を愛する模範市民になるために、熾烈な尋問と拷問を受けることになる。
 オウム最後の特別手配犯である高橋克也容疑者は、街中に張り巡らされた防犯(監視)カメラによって追い詰められ、最後は市民たちの通報によって逮捕された。数日前のテレビの報道番組では、出演していたコメンテーターが、この逮捕劇を称して「市民警察」という言葉を使っていた。国民総出の監視と協力によって、見事に指名手配犯を逮捕することができましたとの意味らしい。
 その高橋が関わった地下鉄サリン事件以降、この社会は大きく変質した。「テロ警戒中」や「特別警戒中」などのポスターが至るところに貼られ、自警団や防犯ボランティアは増殖し、駅のゴミ箱は透明になり、「不審物を見かけましたら」式のアナウンスは日常となり、300万台以上の監視カメラが全国に設置された。
 この過程と並行するように厳罰化も進行し、死刑判決は急増した。2000年から2005年までの5年間における裁判所の死刑判決の総数を、1990年から95年までの5年間に比較すれば、ほぼ3倍に増大している。特に2007年は高裁と最高裁だけで47回の死刑判決が言い渡され、資料が残る過去80年間で、最も多い回数を記録している。
 つまり(皮肉なことに)高橋克也は、自らが加担した犯罪をきっかけに増殖した監視カメラによって、最後には逮捕されたということになる。ただし『1984年』との違いは、多くの人がカメラ設置を歓迎しているということだ。3年前に警察庁が実施したアンケートでは、「カメラに監視されているようで落ち着かない」と答えた人は2割に満たず、過半数は「見守られて安心できる」と答えたという。
 ところがその安心は、不安が燻っているからこその(パラドクシカルな)安心だ。たとえ監視カメラが1000万台になろうとも、不安は消えることがない(その状況を想像してほしいけれど、むしろ増大するだろう)。メディアの過剰な犯罪報道が、燻る不安にさらに拍車をかける。
■「治安が悪化している」という前提が間違っている
 こうして体感治安は悪化し続けて、厳罰化は加速する。でも(この連載でも何度も指摘しているように)治安は悪化などしていない。まったく逆だ。犯罪の発生件数は、この10年でほぼ半減している。2011年の殺人事件認知件数は、前年比1.5%減の1051件で、例年のように戦後最少をさらに更新した。
 そもそもが日本の治安状況は、世界でもほぼトップクラスで良好だ。殺人事件だけを例に挙げても、その発生件数は人口比でアメリカのほぼ10分の1で、イギリスやフランスや韓国などの3分の1だ。ところがこうした情報を知る人は少ない。まるで事実を改竄する真理省がどこかにあるかのように、国民の多くは凶悪な犯罪が急増していると思い込んでいる。
 ちなみに(日本と並んで監視カメラ大国として知られるイギリスを例外として)ヨーロッパのほとんどの国で指名手配犯のポスターは、原則的には存在しない。なぜなら無罪推定原則があるからだ。
■日本の一審有罪率、99.9%は圧倒的な世界一
 もちろんこの原則は、近代司法国家すべてに共通する。でも一審有罪率が99.9%を超える日本では(世界レベルの平均は80〜90%くらい)、「検察官が有罪を証明しないかぎり被告人は無罪として扱われる」とされる無罪推定原則が、ほとんどなし崩し的に無効化されている。容疑段階で名前や顔写真を公表することは、刑事訴訟法336条や国際人権規約に抵触することは明らかなのだけど、そんな見方はほとんどない。一審有罪率99.9%は圧倒的な世界一であり、そもそも1000件のうち999件が有罪であることが異常なのだけど、まるでダブルシンクの状態にあるように、この国の多くの人は不思議に思わない。
 『1984年』を、共産主義による独裁体制を批判した小説であると定義する人は少なくない。ほぼ定説であるといえるかもしれない。でも僕の解釈は少し違う。なぜならば国民を支配するビッグ・ブラザーは、実体としては一度も登場せず、国家の最大の敵と称されるエマニュエル・ゴールドスタインと同様に、ポスターやテレスクリーンの中にしか存在しないからだ。さらに実のところ、戦争だって本当に起きているのかどうかわからない。すべてがプロパガンダの要素である可能性がある。
 要するに彼らは共同幻想だ。リアルな独裁者や国家の敵は存在しない。でも多くの人の幻想によって彼らは存在を裏づけられ、補強され、正統性を与えられ、国民は「見守られて安心できる」とつぶやきながら相互監視体制を強化し、自らの自由や権利を、自ら抑圧して制限している。
 この場合にプロパガンダの主体は存在しない。強いて言うのなら、主体と客体は重複している。オウム以降のこの社会は、存在しない敵に脅え、存在しない悪を憎み、存在しない権威に熱狂しながら従属し、存在しない規制に縛られている。
 だから思う。『1984年』に描かれたオセアニアの状況と、指名手配犯の顔写真や監視カメラが増殖する今のこの国の現状は、いったい何が違うのだろうかと。
 推理小説なら禁じ手だけど、この小説の場合は許されるだろう。最後のフレーズを引用して、今回は終わる。
 「でももう大丈夫だ。万事これでいいのだ。闘いは終わった。彼は自分に対して勝利を収めたのだ。彼は今、〈ビッグ・ブラザー〉を愛していた。」
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森達也 リアル共同幻想論
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