【尖閣国有化】「追っ払えばいい」領海侵入で石原知事
産経ニュース2012.9.14 16:57
尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺で中国の海洋監視船6隻が14日、相次ぎ日本領海を侵犯した問題で、東京都の石原慎太郎知事は同日の定例会見で「人の家にずかずかと土足で踏み込んできた。追っ払えばいい。まさに気がくるっているのではないかと思う」と厳しく批判した。
日本政府の尖閣国有化で中国国内で日本人に対する暴行事件までが起きていることに対しては、一昨年の中国漁船衝突事件の影響でフジタ社員が拘束された問題にも触れつつ、「まったく関係ない一般国民を人質に取るようなやり方は本当に卑劣」と憤りをあらわに。
「かつてはいろんな教養や文化を持ち、孔子や孟子など日本に価値体系を教えるような先人がいた」としつつ「それをまったく喪失し、中国共産党の教導の下にああいうことを起こして平然としている国家は信じられないし、軽蔑する」と強い言葉で非難した。
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◆ 『尖閣戦争―米中はさみ撃ちにあった日本 西尾幹二×青木直人』(祥伝社新書223)2010年11月10日初版
p42〜
*中国の息の長い戦略的、かつ野心的な計画---西尾
ここまで日本が危うい状態に追い込まれていながら、国民のなかには、まだそこまでの危機感が浸透していないように思います。尖閣を軍事占領されることはないと考えているとしたら、それは甘い。アメリカが安保条約に基づいて抑えてくれると考えているとしたら、それはさらに甘いと私は最初に言いました。そして安保条約というのは、そんな性格のものではありませんと述べました。そこが一番のポイントだと思います。
ここから日本はどうやって尖閣を守るかという話に転じなければいけないのですが、多くの人はアメリカに対する依存心理があって、クリントン国防長官以下が安保条約の5条適用と言ってくれると、「ああ、そうか」とほっとする。私ですらも安堵するわけですから、日本人がそれで安堵するのは無理はない。北朝鮮のミサイル打上げのときに、ライス国務長官(当時)が飛んできて「大丈夫よ。日本はアメリカの核で守られているんだから、大丈夫、大丈夫」と言ってくれたら、ほっとするのと同じことです。
しかし中国の今度の行動は、そんなに単純ではありません。きわめて戦略的な、息の長い、1世紀以上にわたって練られた中国人の野心的な計画の終着点だという性格が基本にあります。
中国は清の時代に、ロシアとイギリスの両国による西域争奪戦になすすべがありませんでした。中国が第2次大戦直後にチベットを侵略したのは、それへの復讐ですが、同時にインドを北から抑え込むためでもありました。チベット動乱の3か月後に、中印国境戦争が起きています。そして、それから10年後に、中国の眼は北に向かい、中ソ国境紛争と呼ばれるソ連軍との戦争を起こしました。ソ連が油断をしていたときです。北の次は当然南です。ベトナムは清の属国でしたが、かつてフランスに奪われ、何とか取り戻したいという領土的野心をもっていました。
しかしベトナムはフランスを倒し、アメリカをも追い払うという勇敢な民族で、中国も簡単に手出しができません。ですが、アメリカはベトナム戦争で手傷を負い、厭戦気分が高まり、アメリカは2度とベトナムに戻ってこないとわかってから、中国はゆっくりと侵略の牙を磨きだし、中ソ戦争の10年後に、ベトナム侵略を開始しました。1979年の中越戦争です。
こんなふうに中国の対外侵略の歩みはゆっくりですが、1度として停止したことはないのです。東西南北の4方向に向けてのこの国の深謀に根差した膨張行動の歴史をみれば、次に残された東への野心をこの国が諦めるはずはありません。理屈ではないのです。ただ西、北、南への進出にくらべて今度は用心深かった。旧日本軍への恐怖もあるでしょうが、何といってもアメリカが怖い。
しかし、その恐怖を抑えて、中国はここへきて、そろそろ動き出したのです。今の日本はどうやらまったく怖くないようだ。アメリカも力を失って浮き足立っている。同時多発テロ以後、アメリカが恐れているのは持ち運び可能な小型核です。アメリカ軍は少しずつ戦線を引き上げて、太平洋の防衛ラインを東へ移していく可能性が高い。太平洋全域を支配しようと手を出している中国は、琉球列島が何といっても邪魔である・・・。
p45〜
*南シナ海で現実に起こっていること---西尾
こうして事態は少しずつ動いていて、中国の野望がはっきりしてきたわけですから、沖縄は本当に危ないのです。そこから先何が起こるか考えてみたいと思います。すでに東南アジアでは、島の領有をめぐってしばしば衝突が起こっていて、1988年には、スプラトリー諸島、中国では南沙諸島といいますが、そこのジョンソン環礁でベトナム、中国両軍が軍事衝突を起しており、ベトナム軍艦が沈没しています。水兵70人以上が死亡しています。99年には2度にわたってフィリピン軍艦艇と中国の漁船が衝突して、このときは漁船が沈没しています。
最近でもこの10月にも、やはり領有権を争うパラセル諸島、中国名は西沙諸島ですが、ベトナム漁船が中国に拿捕されています。8月にはインドネシアのナトゥナ諸島沖でインドネシア海軍が拿捕した中国漁船を、武装した中国艦艇にに奪還される事件が起きています。南シナ海全体が中国のこうした威嚇と、現実的な拿捕事件、あるいは軍事行動に攪乱されています。これは日本とて決して無関心でいられる事件ではありません。さしあたり南で、中越戦争のつづきでしたが、次には当然東の海上へ目が向けられます。
p62〜
*アメリカが日本から中国へとシフトした1996年---青木
モンデール発言の翌年に、天安門事件以来、7年ぶりに中国の最高首脳がアメリカを訪問しました。歴代の中国の最高首脳がアメリカに行くときは、だいたいカリフォルニアなどから入って首都のワシントンに行くのですが、江沢民の場合、初めて真珠湾を訪問して、パールハーバーを視察します。そこで米中はともに日本軍国主義と戦った同志であるという大演説をやるわけです。(略)その1年後に、今度はクリントン大統領が、これもアメリカ最高首脳としては、天安門事件以来9年ぶりに訪中しました。
注目すべきは、クリントンもまたアメリカ大統領としては初めて、最初に北京ではなく西安を訪れたことです。西安とは抗日を目的に共産党と国民党が手を組んだ「西安事件」の舞台となったところです。
p64〜
米中が関係を深めてゆく。並行して、米国でも「南京事件」「従軍慰安婦」問題で、一切日本側の事実説明に耳を傾けないという露骨な雰囲気が表れてきたわけです。人権から歴史認識へ。これが「保守のプリンス」安倍晋三や麻生太郎らの元総理を追いつめた国際力学ともなったのです。
p65〜
*国防でアメリカに翻弄され、方途を見失ってきた日本---西尾
北朝鮮の核実験に際し、故中川昭一氏らが声を挙げ、日本国内で核武装論議が湧き起こったとき、ライス国務長官(当時)があわてて飛んできて、日本はアメリカの核の傘の下にあるという「客観的認識」を示してわれわれを安心させようとした話は前に述べましたが、北の核攻撃にアメリカが核報復するという「具体的な行動方針」を示したわけではなかった。日本の核武装を恐怖しただけの話でした。やがてテポドンが列島上空を横切ったとき、アメリカの国防長官はアメリカ大陸に届かないミサイルには関心がないと言いました。
p68〜
しかし他面、ことここに至った根本原因は日米安保体制にあり、アメリカの、日本に攻撃能力を持たせまいとした占領以来の基本政策にあるのではないでしょうか。
前にも申しましたが、講和条約作りを主導し、1953年に国務長官になったジョン・フォスター・ダレスは、その2年前に、各国代表に向かって、アメリカが日本国内に基地を保有する所以は、日本の自衛権に攻撃能力の開発を許さないためだ、と説明しました。(略)以来、侵略に対してはアメリカの協力を待って排除に当たるものとされ、独力で国を守るという思想が育ってこなかったのです。
p69〜
まずアメリカが憲法9条と日米安保をセットにして、日本から独力で生きる意志や力を削いで、日本人を平和の愚民に仕立てて、六十余年を過ごさせました。
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