金子勝、武田徹:何が日本の「原発ゼロ」を阻んでいるのか
2012年10月9日 ビデオニュース・ドットコム
9月14日、政府のエネルギー・環境会議は、2030年代の原発ゼロを目標とする明確な政策方針「革新的エネルギー・環境戦略」を決定し、福島第一原発の大事故から1年半を経て、ようやく日本が原発にゼロに向けて動き出すかに見えた。
ところが、その直後から、方々で綻びが見え始めた。「革新的エネルギー・環境戦略」は18日の閣議決定を経て正式な政府方針となる予定だったが、閣議決定は回避された。また、原発の新説・増設を認めない方針についても、枝野経産大臣が建設中の原発はこれを容認する方針を表明するなど、原発ゼロを目指すとした政府の本気度が怪しくなってきている。
それにしても、たかが一つの発電方法に過ぎない原発をやめることが、なぜそんなに難しいのか。原子力委員会の新大綱策定会議の委員などを務める慶応大学の金子勝経済学部教授は、脱原発問題の本質は電力会社の経営問題にあると指摘する。今日、日本にとって原発は90年代に問題となった不良債権と同じような意味合いを持つと金子氏は言う。よしんば原発事故が再び起きなかったとしても不良債権は速やかに処理しなければ膨らみ続ける。最終的にそれは国民が税金や電気代をもって負担しなければならない。しかし、今その処理を断行すれば、大半の電力会社は破綻するし、同時にこれまで「原発利権」の形で隠されていた膨大な原発不良債権が表面に出てくる。原発利権や電力利権が日本のエスタブリッシュメントの間にも広く浸透しているため、政府が原発をゼロにする方針を打ち出した瞬間に、経済界や官界では蜂の巣を突いたような大騒ぎになってしまったというのだ。
一方、原発をめぐる二項対立の構図を避けるべきと主張してきたジャーナリストの武田徹氏は今回、政府案が切り崩された一因と取りざたされるアメリカ政府の意向について、アメリカは日本が核兵器の保有が可能な状況を作ることで、それを押さえ込めるのはアメリカしかいないという立場を得ることで、アジアの政治的な影響力を保持しようとしているとの説を紹介する。
世論調査やパブリックコメント等で明らかになった大多数の国民の脱原発への思いと、政府のエネルギー政策の間に大きな乖離があるように感じてしまう背景には、日本の中枢が電力・原発・アメリカといった高度経済成長や冷戦下の論理から抜けだせないでいることが無関係ではないようだ。
しかし、そんなことを言っていては、日本はこれまでも、そしてこれからも、何の政策転換もできない。民意を正しく政治に反映させるために、我々に何ができるのか。金子氏、武田氏をゲストに迎え、社会学者の宮台真司とジャーナリストの神保哲生が議論した。
■原発という不良債権
神保: 震災以降、マル激ではエネルギー政策や原発問題を大きく扱ってきましたが、「革新的エネルギー・環境戦略」の決定で、ひとつの節目を迎えたように思います。これに「原発ゼロ」という言葉が入った途端に、日本は「ゼロなんてとんでもない」と、蜂の巣をつついたような状態になってしまった。僕がもっとも議論したいのはなぜこのようなリアクションになってしまうのか、という点です。
宮台: 電力利権はとても大きい。地域独占供給体制、垂直統合方式で、そこには地域のマスコミや企業、文化事業がぶら下がっています。蜂の巣をつついたような騒ぎになる理由は、グローバル化について片方の側面だけを見ているからです。経団連は「中国やインドさえ、今後経済成長とともに、エネルギー消費量が莫大に増えるはずだ。原発をゼロにしては、日本は後れを取ってしまう」と主張しますが、どの道、新興国に追いつかれるだろう産業領域に固執して経済成長を目指すならば、貧困化・格差化は避けられない。新興国がかかわろうとしない領域で先行してイノベーションを起こし、そのメリットを得ようという発想が、日本にはないのです。つまり、イノベーションを起こすには、産業構造改革が必要になってしまうからです。霞が関の天下り先は、従来の既得権益産業と結びついているわけだから、官僚がそんな方針に賛同するはずがない。政治の空洞化のもと、霞が関の政治決定力が大きくなっているなかで、「原発ゼロ」に反発が出てくるのは当然です。
神保: 今回は、原子力委員会で新大綱策定会議の委員などを務める慶應義塾大学経済学部教授の金子勝さんと、マル激ではお馴染みのジャーナリスト・武田徹さんをゲストに迎え、経済・安全保障の両面から、あらためて脱原発について議論したいと思います。 まず、金子さんは今回の原発ゼロに対する反発をどうご覧になりましたか?
金子: 総合資源エネルギー調査会の後ろにいる経産官僚が、エネルギー環境会議において、「原発ゼロに向けた課題について」という文書を出しています。六ケ所村再処理工場を潰すことになれば、青森県にとって非常に大きな打撃になるという話や、電力不足をどう解消するのかという問題、スマートグリッドの導入には50兆円ものコストがかかるという試算など、あらゆる角度から「課題」を示している。
宮台さんも「既得権益」の問題を挙げましたが、重要なのは、このまま脱原発に向かうと、既存の電力会社は潰れることです。東京電力はもちろん、関西電力や九州電力も危ない。原発をいま潰してしまうと、長期運用で見込んでいた減価償却が済んでいないため、一気に赤字化してしまう。東電が柏崎刈羽原発を動かしたがっているのは、2号機と4号機が新潟県中越沖地震による事故でダメージを受けたことで稼働率が低く、償却が済んでいないからです。
原発は止めているだけで、不良債権になってしまう。例えば、東電福島第一原発5、6号機、第二原発1〜4号機について、将来動かすことを前提にした維持費として年900億円かかるという。すべての原発が止まっていると、年間1兆円の赤字が生じている状態です。電力会社が公的資金を注入して処理しなければならない不良債権企業だという社会的コンセンサスを作らなければ、脱原発はできないでしょう。
神保: 「電力会社」を「銀行」に置き換えると、90年代にまったく同じ話がありました。金融機関においては、公的資金を注入して不良債権を処理するにあたって、金融不安や信用不安を招き、金融システム全体がパニック状態になるリスクを避けようとする、「トゥー・ビッグ・トゥー・フェイル」という議論がありましたが、電力会社の場合は、こうした言い訳は立つのでしょうか?
金子: 正当性はまったくありません。自分たちが不良債権企業であり、原発が高コストであることをひた隠しにして、他のエネルギーに対して優位だと主張している。まっとうな安全投資をせず、老朽原発を動かして「安価な電力だ」と言っている。原発を止めると電力不足になる、という各種のデータも、この夏を乗り越えられたことで嘘だったことが明らかになりました。「電力会社こそ処理される対象なのだ」と断じられることを避ける理由を、次々に作り出している。
スマートグリッドの導入に50兆円、省エネ・再エネへの投資に100兆円が必要だというが、なぜ「150兆円も投資のネタがある」と考えることができないのか。この20年で何のイノベーションも起こしていない日本の電機メーカーにとって、これはチャンスのはずです。ぼやぼやしていると、太陽光発電に巨額の投資を行っている中国などに、置いてきぼりにされ、とんでもなく遅れた国になってしまうでしょう。
神保: 金子さんがおっしゃるように、原発の維持に壮大なまやかしがあることは、少し考えれば分かることです。しかし、「原発ゼロ」という話になると、「とんでもない、国益に反する」という反応が出てきてしまい、メディアもそれを後押しします。武田さんは、原発についての民主党の方針についてどうお考えですか?
武田: 民主党は「3つの柱」として、「原発に依存しない社会の一日も早い実現」(40年廃炉/新設・増設なし/再稼働は規制委が安全確保したもののみ)、「グリーンエネルギー革命の実現」(省エネと再エネ推進/年内にグリーン成長戦略)、「電力システム改革」(電力自由化で国民に電力選択の自由を保障/発送電分離)を掲げている。
この目標設定は評価できますが、それをどう実現するか、ということにあまりにも踏み込めなかった。選挙が差し迫っていて、時間の制限もあるのでしょうが、方向性くらいは定めてくれないと、手応えがない政策だとしか感じられません。実際、「原発ゼロ」という方針すら見直されるような流れになってしまった。
一方で、電力が足りない場合の時限的な原発利用も認めないような、かたくなな反原発論も出てきましたが、原発推進派と脱原発派の主張を調整するような気配はなく、民主党のエネルギー政策は、どちらにも支持されずに終わってしまうだろう、という印象を持ちました。
神保: 「3つの柱」について、金子さんはどう思われますか。掛け声的なものは入っていたものの、具体的な方法論が入っていなかった、というのが武田さんのご意見でした。
金子: そのとおりです。脱原発を主張する側も十分な議論ができていないし、ここに民主党政権の弱さが表れていると思います。ひとつの救いとして、革新的エネルギー・環境戦略会議の議長が、一貫してグリーンエネルギー成長論を展開している古川元久氏だったことが挙げられますが、細野豪志氏は原子力ムラの官邸グループと親しいポジションにいて、問題を先送りにしようと動き、枝野幸男氏も原発推進派・脱原発派の間をふらふらとしている印象でした。
ただ、私はまだ第一ラウンドなんだと考えています。官邸内で原発再稼働反対を訴えている人たちにとっては不十分な議論に見えるでしょうが、最初は「脱原発依存」という言葉にとどまっていたのが、「原発ゼロ」という言い方になった流れは無視できない。すぐに脱原発とはいかなくても、少しずつマシな方向には進んでいくと思います。
神保: まだこれからだ、と。しかしながら、政治家たちが何とか原発ゼロを訴えようとしているところを、四方八方から羽交い絞めにされている状況。そのなかで「3つの柱」にたどり着いたわけですが、これがいまの日本の民主主義の偏差値なのか……という徒労感もあります。
宮台: 戦前・戦中の状況と似た部分があります。つまり、日本は零戦を造ることができても、戦争をマネージすることができなかった。同じように、原発は造れても、それをマネージすることができていないのです。大きく違うのは、現在は世論が明らかに政府の方針と逆を向いていることです。そういう意味では、国民がなめられている状態だと言える。
「どの道、既得権のあまりの大きさに気づき、脱原発など無理だとあきらめるに違いない」という前提で、甘い見通しが立てられている。そこはまさに「これから」の問題であって、僕たちの世論形成の力が問われているのではと思います。
出演者プロフィール
*金子 勝(かねこ・まさる)慶應義塾大学経済学部教授
1952年東京都生まれ。75年、東京大学経済学部卒業。東京大学大学院経済学研究科単位取得満期修了。東京大学社会科学研究所助手、法政大学経済学部教授などを経て2000年から現職。専門は制度経済学、財政学。著書に「新・反グローバリズム 金融 資本主義を超えて」、「「脱原発」成長論 新しい産業革命へ」など。
*武田 徹(たけだ・とおる)ジャーナリスト
1958年東京都生まれ。82年国際基督教大学教養学部卒業。89年同大学大学院比較文化研究科博士課程修了。84年二玄社嘱託として編集・執筆を担当、89年よりフリー。著書に「私たちはこうして「原発大国」を選んだ」、「原発報道とメディア」など。2007年より恵泉女学園大学文学部教授を兼務。
*宮台 真司(みやだい・しんじ)首都大学東京教授/社会学者
東京大学大学院博士課程修了。東京都立大学助教授、首都大学東京准教授を経て現職。専門は社会システム論。(博士論文は『権力の予期理論』。)著書に『民主主義が一度もなかった国・日本』、『日本の難点』、『14歳からの社会学』、『制服少女たちの選択』など。
*神保 哲生(じんぼう・てつお)ビデオジャーナリスト/ビデオニュース・ドットコム代表
1961年東京生まれ。コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。AP通信記者を経て93年に独立。99年11月、日本初のニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を設立。著書に『民主党が約束する99の政策で日本はどう変わるか?』、『ビデオジャーナリズム─カメラを持って世界に飛び出そう』、『ツバル−温暖化に沈む国』、『地雷リポート』など。
※各媒体に掲載された記事を原文のまま掲載しています。
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何が日本の「原発ゼロ」を阻んでいるのか〜原発という不良債権 : 金子勝×武田徹
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