「保守的白人」の国ではなくなったアメリカ 再選されたオバマ大統領が描く国家の未来像とは
JBpress 2012.11.19(月) 石 紀美子
今回の米国大統領選挙は、大方の予想に反してあっけなく終わってしまった。
前回、オバマ大統領を選んだ選挙が「希望」に満ちていたのに対し、今回の選挙は「絶望」の中の究極の選択のような雰囲気が漂っていた。
現在、米国はもちろんのこと、ヨーロッパも日本も、悲観に蝕まれている。今回の選挙も、総評としては「内容が薄い」「論点が不明確」とされ、オバマ大統領の再選によって一体なにが変わるのか、というシニカルな見方が蔓延している。
本当にそうなのか?
慢性的な懐疑主義に陥ってしまった自身の視点を変え、新たな気持ちでこの選挙の結果を考えてみた。
そして、オバマ大統領が率いる米国の未来には、やはり「希望」があると感じた。その希望が即座に国民の日常生活を向上させることはないかもしれない。しかし、アメリカンドリームは健在なのだと再認識させられるものだった。
■理解し難い米国人の言動
とはいいつつも、選挙運動の期間中は、米国人というものが分からなくなることがよくあった。
例えば、共和党員や支持者からしつこく出た「オバマ大統領ケニアで出生説」である。大統領になる資格の1つに、米国内で生まれた市民でなければならないと憲法に定められている。オバマ大統領がハワイで生まれたというのは嘘で、父親の故郷であるアフリカのケニアで生まれたので、実は大統領になる資格がないという主張である。
ハワイの当局もホワイトハウスも出生証明書を公表したが、「ケニア出生説」の主張者たちは、書類は偽造されたものだと信じなかった。一時は、国民の4分の1が本気で信じ、共和党の大統領候補選では、ほとんどの立候補者たちが「ケニア出生説」を支持していた。
医療保険制度改革問題についても、反対意見を聞きながら幾度もため息が出た。
これまでの民間保険会社ベースの医療保険は、各保険会社の意向が強く、値段も高く、一度大病をすると破産に追い込まれるような理不尽さがあった。それを国民皆保険制度に変え、より多くの病人を救おうという、これ以上ないほど分かりやすい理論は、なぜか米国人には通用しないのである。
多くの人は「国民皆保険は、米国が社会主義に走るきっかけになる」という飛躍も甚だしい理由で反対した。しかも、社会主義が何かという基本的な知識が欠けているにもかかわらず声を大にしていた。
この他、中絶問題を巡る論争や、イスラム教に関するコメント、銃規制や移民法の議論でも、感情的で非論理的なやり取りが繰り広げられた。
■世界は本当の米国人を知らない
外国人である我々からは、ともすれば支離滅裂に見受けられる言動が多いと感じるのは、反対に我々が「本当の米国人」を知らないからなのではないか。
米国人がいかに外国人と接しないかという話になると頻繁に取り沙汰される数字が、パスポート所有率である。
公の機関がはっきりとした数字を公表していないため、様々な説が飛び交っている。いずれも米外務省が公表しているパスポート発行数などを基に数字を割り出しているが、これだという分析がないので、単なる目安でしかない。それにしても、だいたい20%前後から、多くても30%だろうと推測されている。しかも海外渡航の半数は、隣のカナダかメキシコが占めている(Office of Travel and Tourism Industries)。
57%の米国人は生まれた州に一生住み続ける。多くは、故郷である町から出ることはない(Pew Research Center)。
反対に、外国人である我々が米国に行くとすれば、だいたい都市部での観光か仕事か留学になる。都市部にはリベラルで進歩的な考え方をする人たちが多く住んでおり、支持政党はたいてい民主党だ。
外国人が仕事や留学で接する米国人は様々だろう。だが、進んで外国人と個人的に親しくしようとする米国人は、実はそんなに多くない。
つまり、外国人である我々が接する米国人の多くは、リベラルかつ進歩的な都市住民である。「平均的な米国人」でないことが多いのである。
■選挙の常識が覆された
典型的な米国人を、男性なら「ジョー」、女性なら「ジェーン」と呼ぶ。形容詞は様々で、「平均的ジョー」「ただのジョー」「ビールを半ダース持ったジョー」などで、選挙中もよく聞かれた言葉だ。
平均的なジョーもしくはジェーンは、高卒以下の25歳以上の白人で、中流階級の下の方か、労働者階級の上部に属している。年収はおよそ3万2000ドルで、郊外の持ち家におよそ3人家族で住み、一生に1度以上結婚し、1度以上離婚する。体重は60キロから93キロの間で、銃を所有する権利を信じ、何らかのペットを1匹飼っている。クレジットカードにおよそ7000ドルの借金があり、持ち家の価値はおよそ17万ドルである(米国勢調査局、ケビン・オキーフ、「Time」誌)。
これまでの選挙では、こうした「平均的な米国人」の票を取り込むことが最重要課題だった。ターゲットは保守的な白人労働者である。この層の支持を獲得すれば、当選の確率が高くなるというのが、これまでの常識だった。
それが今回の選挙で覆された。
米国はすでに白人支配の国ではなくなっている。そして、保守的な価値観が主流ではなくなっているのだ。
共和党の最大の敗因は、この点を見誤ったことにある。そして、オバマ大統領の再選に見られる希望とは、この点にある。
■「政治家が言うほどこの国は分裂していない」
連邦議員選挙では、記録的な人数のアジア系米国人と、ラテン系米国人が議員に当選した。上院には20人の女性議員が加わった。
新たに3つの州が同性婚を認め、2つの州が大麻を合法化した。これまでタブーだった違法移民の問題も解決しようという気運が高まってきている。
米国は、真の多様性国家にゆっくりと変貌を遂げている。真の意味で個人の自由、自己実現、そして誰もが尊厳を持って生きられる社会を築きつつある。この先も多くの困難があろうが、オバマ大統領と一緒に、米国は進むべき方向と新しい未来像を見いだそうとしているのである。
再選後、初めてのスピーチでオバマ大統領は国民に熱く語りかけた。
「君が黒人であろうが白人であろうが、ヒスパニックでもアジア系でもアメリカ先住民でも、若くても年取っていても、金持ちでも貧しくても、健常者でも体が不自由でも、同性愛でも異性愛でも、努力をする気持ちさえあれば、ここアメリカでは成功できるのです。
私はそんな未来をあなたたちと一緒に実現できると信じています。なぜなら政治家が言うほど、この国は分裂していません。評論家が言うほど、我々はシニカルではありません。我々は、個人的な野心よりも大きな目的を持ち、支持政党の違いに関係なく団結するのです。それが真のアメリカ合衆国の姿なのです」
================================
◆『帝国の終焉』(「スーパーパワー」でなくなった同盟国・アメリカ)日高義樹著 2012年2月13日第1版第1刷発行 PHP研究所
↧
保守的白人の国ではなくなったアメリカ/君が黒人であろうが白人であろうが、ヒスパニックでもアジア系でも
↧