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TPPは「自由」という名の「縛り」である / 怖いラチェット規定やISD条項『TPP亡国論』

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TPPは「自由」という名の「縛り」である
「永田町異聞」 新 恭 2013年02月26日(火)
 総選挙では、膨大な農業票をあてこんで、いかにもTPP交渉参加に反対であるかのごとくふるまい、政権をとるや、手のひらを返すように玉虫色の日米共同声明を出して、「聖域なき関税撤廃が前提でないことが明確になった」と芝居じみた宣言のもと、TPPを進めようとする。
 この欺瞞に満ちた安倍外交について「首相の姿勢を評価する」(朝日)、「満額回答」(産経)などと、大メディアはこぞって歓迎し、財界と農協の意見を前面に押し出して、いかにも自由貿易か、農業保護か、という単純な問題であるかのような印象をふりまいている。
 TPPというのは、「自由」という名の「縛り」であるという側面について、しっかり伝えている記事にはほとんどお目にかからない。
 多国間の関税や非関税障壁を撤廃する新ルールを設ける。その代わりに、各国がその文化、社会、精神的伝統を土台に長年かかってつくり上げてきた独自ルールを捨てることになるかもしれない。それは、国の政策的自主性、自由度を犠牲にするに等しい。
 別の表現をするなら、世界をまたにかけてマネーを追い求める企業のために、その邪魔になる壁は取り払おうという合意でもある。
 大メディアは、経済を成長軌道に乗せるのにTPP参加が必要であり、そのためには国内の規制改革にともなう一時的な痛みを甘受すべきだと主張する。しかし、新ルールづくりは、アメリカンスタンダードに近づけてゆく作業であるに違いない。
 医療分野について考えてみよう。日本医師会も農協と同じで、既得権を死守しようとする集団であり、国のかたちを変革し時代に適応しようとするムーブメントに逆行する存在として筆者はつねに批判的に書いてきたが、下手をすれば世界に誇る国民皆保険制度が崩壊するのではないかという危惧においては、同感である。
 そもそも昨今の「医療崩壊」といわれる状況をつくり出した元凶は、小泉政権の米国追随、新自由主義的政策による医療制度改革といっていいだろう。
 小泉政権は2003年からサラリーマンの医療費自己負担率を2割から3割に引き上げ、算定方式も月収ベースから賞与込みの年収ベースに変更した。そして、06年には高額療養費の自己負担限度額を引き上げた。
 その一方で、小泉政権は病院や開業医に対する診療報酬を大幅に引き下げたため、地方の病院を中心に経営が急速に悪化、閉院が相次いだ。同時に断行された臨床医研修制度改革により、従来は大学の医局によって配属先の病院を決められていた研修医が自由に病院を選択できるようになった。
 結果として、大都市圏の先端医療設備を有する病院に若手医師が集中し、地方の大学病院や公立病院では医師不足が社会問題化した。
 その影響で医療現場は過酷さを極め、医療訴訟の増加で産科、小児科、脳外科医の医師たちが現場から立ち去るケースが目立ち始めた。
 医師の偏在により、大都市と地方の医療格差が広がり、エスカレートする人手不足によってますます医療ミスが起きやすくなるという悪循環を招いている。
 このうえに、米国が要求する株式会社の医療参入、混合診療の解禁を認めたら、国民がほぼ同水準の医療の恩恵に浴し、かろうじて保ってきた社会の安定はそれこそ一気に崩れ落ちる危険性がある。
 小泉ー竹中改革が、米国から毎年突きつけられる年次改革要望書に沿って行われ、その代表例が郵政民営化であったことは今や多くの国民が知るところとなった。
 郵政民営化で特に狙われたのが簡保であり、米政府、議会の背後で強力なロビー活動をしていたのが米保険業界であった。
 高齢者を中心に患者の治療費自己負担率を引き上げることに力点が置かれた小泉医療改革において、もっともその実現を渇望していたのが米保険業界だったことは明らかだ。
 小泉首相直属の規制改革・民間開放推進会議の理論構築を担っていた八代尚宏は著書「規制改革」のなかで、「患者の自己負担率が高まれば…自己負担分をカバーするための民間保険が登場する」と書いている。
 米国の病院ビジネスから見ると、高所得者の多い日本は魅力的な市場だが、いまの制度のままでは儲からない。
 そこで当然、米国は株式会社の参入とともに、日本で禁止されている混合診療の解禁を求めてくることは疑いようがない。
 混合診療とは、保険の適用範囲分は健康保険で賄い、範囲外の分を患者自身が支払うシステムだ。
 日本の現行の制度では、保険適用の一般的な診療か、適用外の自由診療かの、どちらかしかない。もし、患者から保険適用外の費用を徴収する場合は、初診にさかのぼり全てを自由診療として、全額患者負担としなければならない。
 もともと小泉規制改革で持ち上がった混合診療には、保険外診療の枠を広げる、すなわち患者の自己負担を拡大して、国の負担を大幅に減らそうという魂胆があった。しかし、それは日本の財政問題であると同時に、米国の医療、保険業界の狙いとも一致していた。
 株式会社が病院を経営するというだけなら、形式的に非営利というだけの医療法人の場合と、儲けの度合いにおいてはさしたる変わりはない。
 問題は混合診療であり、それが認められてこそ、高所得者向けの医療に特化することができる。米国の思惑はそこにある。
 逆に、金持ちを除く日本国民からみれば、混合診療の解禁により、政府が財政難を理由に、保険給付範囲の線引きを見直すのではないかという不安がある。
 今は健康保険で賄っている医療費までも、「保険外」となるかもしれず、おカネのない人は、ある人に比べて受けられる医療が著しく制限される可能性がある。
 従来から米国は日本政府に次のような要求をしてきている。
 「病院経営に対する株式会社の参入拡大が必要だ。構造改革特区制度で株式会社の参入が可能となっているが、その範囲は非常に限定的であり、実施の条件を緩和し、日本の構造改革特区制度を一層拡大するよう提言する」「混合診療の解禁、ドラッグラグの縮小などを求める」…。
 混合診療、株式会社の参入、ドラッグラグの縮小。これらの要求から、米国の医療、保険、製薬業界などから米議会、政府を通して働きかけられる強い対日圧力が伝わってくる。
 さてここで米側要求に頻繁に出てくる「構造改革特区」について説明するために、もう一人の重要人物に登場願わなければならない。橋本内閣から小泉内閣にかけ約10年間にわたりこの国の規制改革の推進役を担ってきたオリックスの総帥、宮内義彦だ。
 04年10月、小泉政権が構造改革の一環として成立させた改正構造改革特区法が施行され、神奈川県は05年5月に株式会社が病院を開設できるよう特区を申請した。
 そして誕生したのが高度美容医療を専門とする「セルポートクリニック横浜」という病院で、それを経営する(株)バイオマスターという医療ベンチャーには、オリックスや三菱UFJ、日本生命の投資会社が主要株主として名を連ねている。
 ただし、混合診療は特区でも認められておらず、このクリニックの業務は、先端技術を駆使した乳房再生やシワ取りなど自由診療分野に限定されている。
 その意味では、宮内にとって十分満足できるほどではなかったにせよ、株式会社医療機関が開業できる特区の設置は、一歩前進ではあっただろう。
 同時に、オリックス生命という保険会社を持ち、高額医療機器のリースなどを手がける宮内が、利害関係者でありながら国の規制緩和を推進する旗頭としての役割を同時に担っていたというのは、国民からみて胡散臭さが漂っていたことも確かである。
 ところで、宮内がオリックス(前身はオリエントリース)を単なるリース会社から総合金融企業グループに成長させた原動力、M&Aはいうまでもなく米国仕込みの手法である。大が小を食ってより大きくなってゆく、マネー競争社会を絵に描いたような巨大化のプロセスは、オリックスの歩みそのものでもあった。
 そういえば、「医療の質も金次第」と米国医療を評していた医師がいる。岩田健太郎。現在、神戸大教授だが、かつて米国で働いていたころに見聞した米国医療の実態を「悪魔の味方ー米国医療の現場からー」という一冊にまとめている。
 米国は、公的医療保険が高齢者と貧困層にしか適用されず、それがカバーできる範囲も制限だらけである。その他の人々は民間保険に加入することになるが、おカネがなくて無保険状態の人が約4600万人に達しているのが現実だ。岩田は次のように書く(一部省略)。
   ◇◇◇
 あるヒスパニックのエイズ患者さんが入院してきました。保険は貧困層公的保険のメディケイドしかなく、薬物中毒の既往があります。典型的な「医者に嫌われる」患者さんのパターンです。合併症を繰り返し集中治療室と一般病棟を数か月行ったり来たり。治療費は膨れ上がって、普通の人には一生かかっても払える額ではありません。支払いは公的保険のメディケイドです。研修に来ている医学生はこういいました。「こんな患者のために私の払っている税金が使われているなんて、たまらない」
 要するに、米国の人たちは、こういう気分なのでしょう、がんばって所得を得たものが、そのがんばりに報われる権利がある。
   ◇◇◇
 アメリカ人のメンタリティの一端をあらわす話である。
 さて、オバマ大統領は2010年3月、医療保険制度改革法案を成立させたが、その内容は、補助金を支給して未加入者に民間医療保険契約をさせようというもので、見方を変えれば、税金で新たに数千万人の顧客を創出して、民間保険業界を潤す政策ととらえることもできる。
 医療制度改革に向けてスタートを切った当初は、公設の医療保険組織の設立を求める声が多かっただけに、いわば骨抜きの中身といえ、その実効性には疑問符がつく。実際、改革は進んでいるとは言い難い。
 議会にロビー活動を展開し抜本的な医療改革を妨げてきたのは、保守的な富裕層である。先述したようなアメリカ人によく見受けられるメンタリティが作用しているのだろう。
 医療において、米国は世界一の先端性を誇っている半面、その恩恵をたっぷり享受しているのはもっぱら富裕層だけであり、その他多くの国民が先進国らしからぬ医療環境に置かれているといえる。
 日本には「医は仁術」「助け合い」という精神的風土があり、米国のようにはなりたくないという点で、大多数の国民の意見は一致するはずである。
 新 恭(ツイッターアカウント:aratakyo)

『TPP亡国論』/怖いラチェット規定やISD条項/コメの自由化は今後こじ開けられる 2011-10-24 | 政治(経済/社会保障/TPP) 
 米国丸儲けの米韓FTAからなぜ日本は学ばないのか 「TPP亡国論」著者が最後の警告! 
Diamond online 2011年10月24日 中野剛志[京都大学大学院工学研究科准教授]
 TPP交渉に参加するのか否か、11月上旬に開催されるAPECまでに結論が出される。国民には協定に関する充分な情報ももたらされないまま、政府は交渉のテーブルにつこうとしている模様だ。しかし、先に合意した米韓FTAをよく分析すべきである。TPPと米韓FTAは前提や条件が似通っており、韓国が飲んだ不利益をみればTPPで被るであろう日本のデメリットは明らかだ。
 TPP(環太平洋経済連携協定)の交渉参加についての結論が、11月上旬までに出される。大詰めの状況にありながら、TPPに関する情報は不足している。政府はこの点を認めつつも、本音では議論も説明もするつもりなどなさそうだ。
 しかし、TPPの正体を知る上で格好の分析対象がある。TPP推進論者が羨望する米韓FTA(自由貿易協定)である。
■米韓FTAが参考になるのはTPPが実質的には日米FTAだから
 なぜ比較対象にふさわしいのか?
 まずTPPは、日本が参加した場合、交渉参加国の経済規模のシェアが日米で9割を占めるから、多国間協定とは名ばかりで、実質的には“日米FTA”とみなすことができる。また、米韓FTAもTPPと同じように、関税の完全撤廃という急進的な貿易自由化を目指していたし、取り扱われる分野の範囲が物品だけでなく、金融、投資、政府調達、労働、環境など、広くカバーしている点も同じだ。
 そして何より、TPP推進論者は「ライバルの韓国が米韓FTAに合意したのだから、日本も乗り遅れるな」と煽ってきた。その米韓FTAを見れば、TPPへの参加が日本に何をもたらすかが、分かるはずだ。
 だが政府もTPP推進論者も、米韓FTAの具体的な内容について、一向に触れようとはしない。その理由は簡単で、米韓FTAは、韓国にとって極めて不利な結果に終わったからである。
 では、米韓FTAの無残な結末を、日本の置かれた状況と対比しながら見てみよう。
■韓国は無意味な関税撤廃の代償に環境基準など米国製品への適用緩和を飲まされた
 まず、韓国は、何を得たか。もちろん、米国での関税の撤廃である。
 しかし、韓国が輸出できそうな工業製品についての米国の関税は、既に充分低い。例えば、自動車はわずか2.5%、テレビは5%程度しかないのだ。しかも、この米国の2.5%の自動車関税の撤廃は、もし米国製自動車の販売や流通に深刻な影響を及ぼすと米国の企業が判断した場合は、無効になるという条件が付いている。
 そもそも韓国は、自動車も電気電子製品も既に、米国における現地生産を進めているから、関税の存在は企業競争力とは殆ど関係がない。これは、言うまでもなく日本も同じである。グローバル化によって海外生産が進んだ現在、製造業の競争力は、関税ではなく通貨の価値で決まるのだ。すなわち、韓国企業の競争力は、昨今のウォン安のおかげであり、日本の輸出企業の不振は円高のせいだ。もはや関税は、問題ではない。
 さて、韓国は、この無意味な関税撤廃の代償として、自国の自動車市場に米国企業が参入しやすいように、制度を変更することを迫られた。米国の自動車業界が、米韓FTAによる関税撤廃を飲む見返りを米国政府に要求したからだ。
 その結果、韓国は、排出量基準設定について米国の方式を導入するとともに、韓国に輸入される米国産自動車に対して課せられる排出ガス診断装置の装着義務や安全基準認証などについて、一定の義務を免除することになった。つまり、自動車の環境や安全を韓国の基準で守ることができなくなったのだ。また、米国の自動車メーカーが競争力をもつ大型車の税負担をより軽減することにもなった。
 米国通商代表部は、日本にも、自動車市場の参入障壁の撤廃を求めている。エコカー減税など、米国産自動車が苦手な環境対策のことだ。
■コメの自由化は一時的に逃れても今後こじ開けられる可能性大
 農産品についてはどうか。
 韓国は、コメの自由化は逃れたが、それ以外は実質的に全て自由化することになった。海外生産を進めている製造業にとって関税は無意味だが、農業を保護するためには依然として重要だ。従って、製造業を守りたい米国と、農業を守りたい韓国が、お互いに関税を撤廃したら、結果は韓国に不利になるだけに終わる。これは、日本も同じである。
 しかも、唯一自由化を逃れたコメについては、米国最大のコメの産地であるアーカンソー州選出のクロフォード議員が不満を表明している。カーク通商代表も、今後、韓国のコメ市場をこじ開ける努力をし、また今後の通商交渉では例外品目は設けないと応えている。つまり、TPP交渉では、コメも例外にはならないということだ。
 このほか、韓国は法務・会計・税務サービスについて、米国人が韓国で事務所を開設しやすいような制度に変えさせられた。知的財産権制度は、米国の要求をすべて飲んだ。その結果、例えば米国企業が、韓国のウェブサイトを閉鎖することができるようになった。医薬品については、米国の医薬品メーカーが、自社の医薬品の薬価が低く決定された場合、これを不服として韓国政府に見直しを求めることが可能になる制度が設けられた。
 農業協同組合や水産業協同組合、郵便局、信用金庫の提供する保険サービスは、米国の要求通り、協定の発効後、3年以内に一般の民間保険と同じ扱いになることが決まった。そもそも、共済というものは、職業や居住地などある共通点を持った人々が資金を出し合うことで、何かあったときにその資金の中から保障を行う相互扶助事業である。それが解体させられ、助け合いのための資金が米国の保険会社に吸収される道を開いてしまったのだ。
 米国は、日本の簡易保険と共済に対しても、同じ要求を既に突きつけて来ている。日本の保険市場は米国の次に大きいのだから、米国は韓国以上に日本の保険市場を欲しがっているのだ。
■米韓FTAに忍ばされたラチェット規定やISD条項の怖さ
 さらに米韓FTAには、いくつか恐ろしい仕掛けがある。
 その一つが、「ラチェット規定」だ。
 ラチェットとは、一方にしか動かない爪歯車を指す。ラチェット規定はすなわち、現状の自由化よりも後退を許さないという規定である。
 締約国が、後で何らかの事情により、市場開放をし過ぎたと思っても、規制を強化することが許されない規定なのだ。このラチェット規定が入っている分野をみると、例えば銀行、保険、法務、特許、会計、電力・ガス、宅配、電気通信、建設サービス、流通、高等教育、医療機器、航空輸送など多岐にわたる。どれも米国企業に有利な分野ばかりである。
 加えて、今後、韓国が他の国とFTAを締結した場合、その条件が米国に対する条件よりも有利な場合は、米国にも同じ条件を適用しなければならないという規定まで入れられた。
 もう一つ特筆すべきは、韓国が、ISD(「国家と投資家の間の紛争解決手続き」)条項を飲まされていることである。
 このISDとは、ある国家が自国の公共も利益のために制定した政策によって、海外の投資家が不利益を被った場合には、世界銀行傘下の「国際投資紛争解決センター」という第三者機関に訴えることができる制度である。
 しかし、このISD条項には次のような問題点が指摘されている。
 ISD条項に基づいて投資家が政府を訴えた場合、数名の仲裁人がこれを審査する。しかし審理の関心は、あくまで「政府の政策が投資家にどれくらいの被害を与えたか」という点だけに向けられ、「その政策が公共の利益のために必要なものかどうか」は考慮されない。その上、この審査は非公開で行われるため不透明であり、判例の拘束を受けないので結果が予測不可能である。
 また、この審査の結果に不服があっても上訴できない。仮に審査結果に法解釈の誤りがあったとしても、国の司法機関は、これを是正することができないのである。しかも信じがたいことに、米韓FTAの場合には、このISD条項は韓国にだけ適用されるのである。
 このISD条項は、米国とカナダとメキシコの自由貿易協定であるNAFTA(北米自由貿易協定)において導入された。その結果、国家主権が犯される事態がつぎつぎと引き起こされている。
 たとえばカナダでは、ある神経性物質の燃料への使用を禁止していた。同様の規制は、ヨーロッパや米国のほとんどの州にある。ところが、米国のある燃料企業が、この規制で不利益を被ったとして、ISD条項に基づいてカナダ政府を訴えた。そして審査の結果、カナダ政府は敗訴し、巨額の賠償金を支払った上、この規制を撤廃せざるを得なくなった。
 また、ある米国の廃棄物処理業者が、カナダで処理をした廃棄物(PCB)を米国国内に輸送してリサイクルする計画を立てたところ、カナダ政府は環境上の理由から米国への廃棄物の輸出を一定期間禁止した。これに対し、米国の廃棄物処理業者はISD条項に従ってカナダ政府を提訴し、カナダ政府は823万ドルの賠償を支払わなければならなくなった。
 メキシコでは、地方自治体がある米国企業による有害物質の埋め立て計画の危険性を考慮して、その許可を取り消した。すると、この米国企業はメキシコ政府を訴え、1670万ドルの賠償金を獲得することに成功したのである。
 要するに、ISD条項とは、各国が自国民の安全、健康、福祉、環境を、自分たちの国の基準で決められなくする「治外法権」規定なのである。気の毒に、韓国はこの条項を受け入れさせられたのだ。
 このISD条項に基づく紛争の件数は、1990年代以降激増し、その累積件数は200を越えている。このため、ヨーク大学のスティーブン・ギルやロンドン大学のガス・ヴァン・ハーテンなど多くの識者が、このISD条項は、グローバル企業が各国の主権そして民主主義を侵害することを認めるものだ、と問題視している。
■ISD条項は毒まんじゅうと知らず進んで入れようとする日本政府の愚
 米国はTPP交渉に参加した際に、新たに投資の作業部会を設けさせた。米国の狙いは、このISD条項をねじ込み、自国企業がその投資と訴訟のテクニックを駆使して儲けることなのだ。日本はISD条項を断固として拒否しなければならない。
 ところが信じがたいことに、政府は「我が国が確保したい主なルール」の中にこのISD条項を入れているのである(民主党経済連携プロジェクトチームの資料)。
 その理由は、日本企業がTPP参加国に進出した場合に、進出先の国の政策によって不利益を被った際の問題解決として使えるからだという。しかし、グローバル企業の利益のために、他国の主権(民主国家なら国民主権)を侵害するなどということは、許されるべきではない。
 それ以上に、愚かしいのは、日本政府の方がグローバル企業、特にアメリカ企業に訴えられて、国民主権を侵害されるリスクを軽視していることだ。
 政府やTPP推進論者は、「交渉に参加して、ルールを有利にすればよい」「不利になる事項については、譲らなければよい」などと言い募り、「まずは交渉のテーブルに着くべきだ」などと言ってきた。しかし、TPPの交渉で日本が得られるものなど、たかが知れているのに対し、守らなければならないものは数多くある。そのような防戦一方の交渉がどんな結末になるかは、TPP推進論者が羨望する米韓FTAの結果をみれば明らかだ。
 それどころか、政府は、日本の国益を著しく損なうISD条項の導入をむしろ望んでいるのである。こうなると、もはや、情報を入手するとか交渉を有利にするといったレベルの問題ではない。日本政府は、自国の国益とは何かを判断する能力すら欠いているのだ。
■野田首相は韓国大統領さながらに米国から歓迎されれば満足なのか
 米韓FTAについて、オバマ大統領は一般教書演説で「米国の雇用は7万人増える」と凱歌をあげた。米国の雇用が7万人増えたということは、要するに、韓国の雇用を7万人奪ったということだ。
 他方、前大統領政策企画秘書官のチョン・テイン氏は「主要な争点において、われわれが得たものは何もない。米国が要求することは、ほとんど一つ残らず全て譲歩してやった」と嘆いている。このように無残に終わった米韓FTAであるが、韓国国民は、殆ど情報を知らされていなかったと言われている。この状況も、現在の日本とそっくりである。
 オバマ大統領は、李明博韓国大統領を国賓として招き、盛大に歓迎してみせた。TPP推進論者はこれを羨ましがり、日本もTPPに参加して日米関係を改善すべきだと煽っている。
 しかし、これだけ自国の国益を米国に差し出したのだから、韓国大統領が米国に歓迎されるのも当然である。日本もTPPに参加したら、野田首相もアメリカから国賓扱いでもてなされることだろう。そして政府やマス・メディアは、「日米関係が改善した」と喜ぶのだ。だが、この度し難い愚かさの代償は、とてつもなく大きい。
 それなのに、現状はどうか。政府も大手マス・メディアも、すでに1年前からTPP交渉参加という結論ありきで進んでいる。11月のAPECを目前に、方針転換するどころか、議論をする気もないし、国民に説明する気すらない。国というものは、こうやって衰退していくのだ。 *強調(太字・着色)は来栖
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『TPP亡国論』 TPPで輸出は増えない!デフレが進むだけ!アメリカの仕掛けた罠に日本はまた、はまるのか!?(集英社新書)
 TPP(環太平洋経済連携協定)参加の方針を突如打ち出し、「平成の開国を!」と喧伝した民主党政権。そして賛成一色に染まったマス・メディア。しかし、TPPの実態は日本の市場を米国に差し出すだけのもの。自由貿易で輸出が増えるどころか、デフレの深刻化を招き、雇用の悪化など日本経済の根幹を揺るがしかねない危険性のほうが大きいのだ。
 いち早くTPP反対論を展開してきた経済思想家がロジカルに国益を考え、真に戦略的な経済外交を提唱する。
 [はじめに]
 この本を世に出すにあたっては、私は、何とも言えない漠然とした不安を感じています。といっても、私個人の身に何か危害が及ぶとか、そういった類の不安感とは違います。
 この本は、国家的機密情報をリークするとか、外国の陰謀をあばくとかいったものではありません。ここに書かれていることは、すべて、公開情報をもとにしています。そして、誰にでも手に入れられる情報をもとにし、誰にでも納得できるような論理を用いて、日本のTPP(環太平洋経済連携協定)への参加について反対し、その根拠を明らかにします。それだけのことです。
 では、何が私を不安にしているのでしょうか。それは、我が国における議論や物事の進み方の異様さです。
 まず一番怖いのは、農業関係者を除く政治家、財界人、有識者あるいはマス・メディアが、ほぼすべてTPPへの参加に賛成しているにもかかわらず、その根拠があまりに弱く、その論理があまりに乱れているという点です。この全体主義的な事態は、ただごとではありません。
 私は、TPPへの参加に賛成する議論を追っているうちに、ある共通する特徴に気づきました。それは、どの議論も、戦略的に考えようとするのを自分から抑止しているように見えるという点です。たとえるならば、戦略的に考えようとする思考回路に、サーキット・ブレーカーが付いていて、あるコードが出ると、それに反応してブレーカーが自動的に落ちて、思考回路を遮断してしまうような感じです。
 TPPをめぐる議論には、そういうブレーカーを働かせるコードが特に多いのです。いくつか例を挙げてみましょう。
「開国/鎖国」「自由貿易」「農業保護」「日本は遅れている/乗り遅れるな」「内向き」「アメリカ」「アジアの成長」「環太平洋」
 TPP賛成論には、こういったお決まりのセリフがよく出てきます。そして、こういったセリフが出てきた瞬間、論理が飛んで、TPPに参加すべきだという結論へと着地するのです。どれほど論理が矛盾していようが、どれほど現実に起きていることと反していようが、「TPPに参加するしかない」となり、他の結論を許さないようになっているのです。
 私は、TPPをめぐる議論を検証しながら、日本人の思考回路がたくさんのブレーカーでがんじがらめになっていることに気づきました。この本は、TPPに関する是非そのものを議論するというだけでなく、それを通じて、日本人の思考回路を束縛し、戦略的に考えられないようにしているブレーカーの存在を明らかにするものと思います。
 戦略的に考えられないということは、今の世の中、致命的な問題です。
 二〇〇八年のリーマン・ショック以降、世界は激変しつつあります。かつての世界恐慌がそうでしたが、世界的な大不況では、各国とも生き残りのために必死になります。そのためには手段を選ばず、武力衝突も辞さないでしょう。
 こうした中、さまざまな国が、日本に対して、うまい話やきれい事を並べながら、えげつない計略をいろいろと仕掛けてくるでしょう。私は、TPPもそのひとつだと思っています。いや、TPPなど序の口なのかもしれないのです。
 このように言うと、「排外主義的だ」「感情論だ」「内向きだ」と批判されるかもしれません。しかし、二〇一〇年の環太平洋地域に限っても、すでにいろいろとキナ臭い事件が起きました。特に目立った動きだけでも、例えば、中国漁船による尖閣沖の領海侵犯事件とそれをめぐる中国の対応、ロシア大統領による北方領土訪問、北朝鮮による核開発や韓国への砲撃などが挙げられます。予測不能の事態がいつ起きてもおかしくはない世の中になっているのです。
 これほど厳しい世界になっているのに、ちょっと戦略的に考えようとするや否や、すぐにブレーカーが落ちて思考回路を遮断してしまう。そのような頭の構造をしているようでは、あまりにも危な過ぎます。私たちは、そんなブレーカーを一刻も早く取り外して、まずは戦略的な思考の回路を取り戻さなくてはなりません。
 この本は、TPPという具体的な問題の検証を通じて、日本人の戦略的思考回路を回復させようという試みです。ですから、これからTPP以外の問題が日本に降りかかったときにも、この本に書かれた戦略的思考回路が役に立つことを狙って、私は書いています。
 実際、TPPというアジェンダが浮上した背景、そしてそれに対する政府、財界、知識人、マス・メディアの反応を解明しようとすると、農業や貿易はもちろん、世界経済の構造変化、アメリカの戦略、金融、財政、グローバリゼーション、政治、資源、環境、安全保障、歴史、思想、心理、精神と多岐にわたる論点に考察を及ぼさなければなりません。しかも、これらすべての論点が、TPPを中心にして、相互につながり、絡み合っているのです。
 言い換えれば、TPPという穴をのぞくことで、リーマン・ショック後の世界の構造変化、そして日本が直面している問題の根本が見えてくるのです。ですから、それらを頭に入れておけば、今後、TPP以外の政治経済的な問題に対処するにあたっても、きっと役に立つことと思います。
 TPPとは、それだけ根の深い問題なのです。
*中野 剛志(なかの たけし)
  一九七一年、神奈川県生まれ。京都大学大学院工学研究科助教。東京大学教養学部(国際関係論)卒業。エディンバラ大学より博士号取得(社会科学)。経済産業省産業構造課課長補佐を経て現職。専門は経済ナショナリズム。イギリス民族学会Nations and Nationalism Prize受賞。主な著書に『国力論―経済ナショナリズムの系譜』(以文社)、『自由貿易の罠―覚醒する保護主義』(青土社)など。
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