アベノミクスは日本経済を再生させられるか?デフレと景気停滞からの脱却図る壮大な実験
JBpress 2013.03.05(火)Financial Times
(2013年3月4日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)
「Japan is back(日本は戻ってきた)」。日本の安倍晋三首相が先月、米国のバラク・オバマ大統領と初めて会談するために訪米した時の言葉である。シンプルだが、日本で災難がここ数年続いていることを考えれば大胆不敵なメッセージだ。
「日本は二級国家ではないし、これからもそうならない」。この国がふらふらと進んできた方向がよく分からない人がいてはいけないと考えたのか、首相はそう明言した。
少し前までは、日本の首相がそんな発言をすれば物笑いの種にされる恐れがあった。日本が積み重ねた失敗の数々は今や広く知れ渡っている。
■ピークを過ぎた国と見られていた日本に異変
株価がピークをつけたのは23年も前のことで、国の借金は先進国の中で最も重い。かつては恐れられたハイテク企業も、最近はカリフォルニア州や韓国のライバルの台頭で影が薄い。人口は減りつつあり、経済はデフレに苦しんでいる。
2011年には津波と福島原発危機に襲われ、莫大な復興費用や外国から輸入するエネルギーの購入費の急増にも直面しているが、実はそれ以前から上記のような問題のせいで、日本はよく言えばピークを過ぎた国であり、悪く言えばギリシャ式の災難に次に見舞われる国であると見なす向きが多かった。
安倍氏の率いる自民党が総選挙に勝利した昨年12月16日、日本は過去15年間で5度目の景気後退の最中にあった。首相1人につき0.5回の景気後退があった計算になる。日本ではこの間に首相が10人(2007年に辞任した安倍氏も加えれば11人)も誕生したのだ。
この国の緩やかな凋落を食い止めて反転させることなどできそうにない、麻痺状態に陥った政治システムは、いつしか「決められない政治」と呼ばれるようになった。
しかし、安倍氏が再び政権を手にしてからは、何かが動き出している。同氏がワシントンで熱弁を振るう前から、金融市場は数カ月にわたって「日本が戻ってきた」と叫んでいた。
為替相場を円安にすることで輸出頼みの製造業者を支援するという選挙公約は、自己成就的な予言となった。日本円への売り攻勢を予想したトレーダーたちが円を売ったことにより、対ドルレートは昨年11月以降で15%も下落している。
これを受けて株式市場にも火がついた。日経平均株価は30%以上上昇し、2008年以来の高値をつけている(もっとも、史上最高値に比べればまだその3分の1程度だが)。先週には、積極的で非伝統的な金融政策を支持する黒田東彦氏を日銀の次期総裁候補に安倍氏が指名したことにより、株価の上昇に拍車がかかった。
「8ラウンド続けてサンドバッグのように打たれっぱなしのボクサーが『ちょっと待ってくれ、今からこいつを飲むから』と言っている試合のような感じだ」
シンフォニー・ファイナンシャル・パートナーズの共同最高経営責任者(CEO)で、日本での資産運用に携わるデービッド・バラン氏は、東京でこのところ開かれている投資家向けの会合で感じた「本物の熱気」をそう表現する。
理屈の上では、安倍氏がこのような活気を生み出すようには思われなかった。右派の政治家一族の出である同氏の首相としての1期目は1年しか続かず、数々のスキャンダルにまみれた政権として記憶されることとなった(汚職疑惑などで3人の農林水産大臣を失った)。
経済が重視されることはほとんどなく、業を煮やした有権者は参議院選挙で自民党を第1党の座から引きずり下ろした。そして安倍氏は、身体の衰弱を引き起こす消化器系の病気を理由に辞任した。
■再登板では経済を最優先、市場を沸かせる金融緩和
再登板することになった安倍氏は、前回の失敗から教訓を学んでいるように見受けられる。まず、世界金融危機と容赦ない円高によって打撃を受けた経済の問題に特に力を入れている。「アベノミクス」という名称で知られる拡張的な経済政策により、同氏の支持率は就任時よりも大幅に高い70%前後にまで押し上げられている。
今のところは、マネーを作り出して流通させることがアベノミクスの主眼になっている。
安倍氏は日本史上最大級の経済対策――借り入れを財源にした10兆円超の支出を新たに行う――を命じており、日銀に対しては、20年近く続いている消費者物価の下落を終わらせるための追加的な金融緩和を強要している。
近々退任する白川方明総裁が率いる日銀は今年1月、2%の物価上昇率目標を導入し、これが達成されるまで国債やその他の資産の買い入れにより金融システムに現金を流し続けることを約束した。
市場を特に沸かせているのはこの金融緩和だ。日銀は超低金利政策をほかのどの中央銀行よりも長く続けており、国債の買い入れなど非伝統的な金融緩和テクニックのパイオニアでもあった。
しかし、世界金融危機が拡大してからは臆病になった印象がある。米連邦準備理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)が日銀と同じアイデアをより強力に実行に移し、自らのバランスシートを日銀よりもはるかに速いペースで拡大させたからだ。
「日銀はこの20年間、『まず、構造改革が進んだところを私たちに見せてください。そうしたら私たちもお金をお見せします』と政府に言い続けてきた・・・ところがここにきて、先にお金を見せるよう強いられている」。富士通総研の上席主任研究員、マルティン・シュルツ氏はこう指摘する。
■黒田氏起用への期待
黒田氏はそれ以上のものを見せる公算が大きい。日銀の「失敗」をずっと批判してきた同氏は、2000年代の初めに財務省の財務官として大規模な円売り介入を仕掛け、これを成功させたことでよく知られている。
この介入は、日本の輸出業者の支援策であると同時に金融政策の手段でもあった。
同氏は2002年に、日本はデフレ傾向を反転させるために「大規模な為替介入」を利用することができる、円安になれば輸入物価が大幅に上昇して国内の物価も上昇すると語り、市場を慌てさせた。
その後の10年間で市場介入には大きな変化があり、日本は現在、ごくまれな例外はあるものの、黒田氏の財務官時代に見られたあからさまな市場操作からは手を引いている。
それでも黒田氏は、日銀総裁の候補に正式に指名された2月28日より前のインタビューでは、金融をさらに緩和する「余地がかなりある」と思っていると述べており、日銀はこれまでよりも多種多様な資産を購入できるのではないかとも話していた。
もしそのアイデアが実行に移されれば、市場には低利の資金がさらに供給されることになり、一段の円安を間接的に促進することになるだろう。
黒田氏の日銀総裁就任には国会の承認が必要だが、安倍氏は野党からも十分な支持を取り付けると見られている。自民党がまだ過半数を確保していない参議院においても同様だ。黒田氏と、2人の副総裁候補の1人である学者の岩田規久男氏はともに、2%の物価上昇率目標は2年ほどで達成できる可能性があると語っている。
■アベノミクスが機能するとしたら・・・
アベノミクスが機能するとしたら、いくつかの形で実現する。まず、円安が輸出企業の利益を押し上げるだろう。調査によると、日本の輸出企業は経済生産全体の約15%を占めているが、最近の経済成長の丸半分を担っている。
一段の金融緩和で、低利資金が企業に流れ込み、これらの企業は、現在多くの企業がしているように現金をため込む代わりに、投資を増やすようになるだろう。
物価が上昇する――ひいては企業の売上高が拡大する――という期待がお金を使う動機をさらに増やし、経済再生の好循環を生む。一方、政府は規制面などでの障害を取り除き、日本の基本的な潜在成長力を高めることになる。
この政策は様々な形で失敗しかねず、世界第3位の経済大国である日本に一段と大きな問題をもたらす可能性がある。
「デフレの打破」は広く受け入れられる目標となったが、物価上昇の現実は消費者に衝撃を与える恐れがある。賃金が物価上昇に追いつけない場合は特にそうだ。
安倍氏がそれを懸念している証拠に、同氏は従業員の報酬を引き上げるよう説得するために経団連の加盟企業を訪問した。
これは物価が実際に上昇することを前提としているが、日銀の白川氏はかつて、日本のような構造的に弱い経済では、金融政策の緩和だけでは効果が上がらないと主張していた。同氏の見方に同意するエコノミストもいる。
■難しいデフレ脱却、意図せぬ結果を招くリスクも
JPモルガン証券の足立正道氏は、日本の「GDP(国内総生産)ギャップ」――日本の生産量と経済がフル操業した場合に生産できる量の差で、インフレを予測する重要な指標――は昨年の第1四半期から第4四半期にかけて2倍以上に拡大し、潜在GDPの3.1%に達したと指摘。「インフレが近く実現することはない」と言う。
また、意図せぬ結果を招くリスクもある。デフレは悪いことかもしれないが、日本では、デフレが一種の経済的綱渡りの支えになっていた。デフレと戦うために駆使された低金利のおかげで、政府は安く借り入れができ、弱い経済の結果である莫大な税収不足をカバーできたからだ。
もし投資家が今後、アベノミクスは成長よりもインフレと財政赤字を生み出すと考えるようになれば、長期金利が上昇しかねない。そうなれば、民間銀行が保有する膨大な国債の価値が低下し、やがて、今や2年分のGDPを上回る額の日本の公的債務を返済するコストが上昇するだろう。
「日本は安定した均衡状態にあるが、最終的には衰退に至る均衡状態だ」と富士通総研のシュルツ氏は言う。同氏は安倍氏の政策課題を支持しているが、「この均衡状態から抜け出すことは極めてリスクが高い」と言う。
安倍氏がそれでも行動しなければならない分野が、構造改革だ。財政、金融の拡張政策に続くアベノミクスの「第3の矢」である。安倍氏はワシントンで第一歩を踏み出し、環太平洋経済連携協定(TPP)について、事実上、交渉参加を約束した。
自民党が長らく煮え切らなかったTPP問題に関する決断は、農業と医療サービスの規制緩和から相対的に高い日本の法人税の減税に至るまで、経済団体が好むその他の構想にとって幸先が良い兆候かもしれない。
■本質が分かるのは参院選の後
日本での一般的な見方は、安倍氏の意図の本質は今夏の参議院選挙の後まで分からない、というものだ。もし安倍氏が今の水準に少しでも近い支持率を維持できれば、自民党は参院の過半数を取り戻し、安倍氏は政権基盤を固められるだろう。
支持者らは、そうなれば安倍氏は経済改革を一層強力に推し進めることができると話しているが、選挙での2度目の勝利により、安倍氏は2006〜07年の国家主義的な文化の闘士に戻ってしまうとの懸念もある。
安倍氏は、アジアにおける戦時中の日本の振る舞いに関する過去の公式な謝罪を撤回し、憲法から反戦条項を取り除きたいという願望を表明していた。こうした動きは韓国や、東シナ海に浮かぶ島を巡って日本と緊迫したにらみ合いを続ける中国を激高させるだろう。
また国内における支持を損なう恐れもある。世論調査によると、自民党は大半の有権者よりもかなり右寄りで、例えば、自民党の議員はほぼ全員が憲法改正を支持しているのに対し、一般市民は半分程度にとどまっている。
「首相が参議院選挙を制することができれば、こうした問題が再びスポットライトを浴びることになるだろう」。安倍氏と密に接する立場にある政府高官はこう話している。
By Jonathan Soble
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